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夜半過ぎ。天満と御琴を乗せた車は東へと向かっていた。
「『黄泉比良坂』はね、黄泉の国への入口なの。あの世とこの世を繋ぐ場所なんだって、お爺ちゃんが言ってた」
窓の外を流れていく黒い景色を見つめながら、御琴が言った。
「黄泉比良坂ねえ。一応観光スポットとしても紹介されてたけど、俺も実際に行くのは初めてだな」
天満はそう言って、以前読んだ観光案内の記事を思い出す。
島根の東部に存在するという黄泉比良坂。古くは日本神話にも登場するその場所は、 伊邪那岐命が亡き妻に会いにいくために通った道として伝えられている。
「時治の爺さんは最初からわかっていたのか? 俺がこうして、黄泉の国へ向かおうとすることも」
「お爺ちゃんの予言は、いつも当たるの。だから全部わかってたと思う。あんたがこれからどうするかってことも」
時治と御琴の言葉を信じるなら、時治には『未来視』の力が備わっていたことになる。彼も右京と同じで、未来を予測した上で目的のために動いていたのだ。
「最初から全部わかった上で、俺たちを思い通りに動かすために一芝居打ったってことか。爺さんも、あんたも、周りの取り巻きたちも」
出雲のあの家を訪れたときから、ずっと違和感を覚えていた。あの家にいる者たちは皆、何かを隠すような挙動不審な点が多かった。
「御琴さまだけは、予定外の言動が見られましたけどね」
と、それまで黙っていた運転手の女性が言った。棘を含んだその指摘に、御琴は気まずそうに目を伏せる。
「それは、……ごめんなさい。でも黙ってられなかったの。みんながお爺ちゃんだけを悪者にして、あの兼嗣って人もそれを鵜呑みにしてたから」
天満たちがあの家を訪れたとき、御琴は周りの者を『嘘つき』だと言っていた。あの言動は、周りの者からすれば全くの想定外だったらしい。
御琴は隣に座る天満へ顔を向けると、縋るように言った。
「お願い。お爺ちゃんのことを恨まないで」
まだ幼さの残る少女の、切実な願いだった。しかし今はまだ、天満はそれを了承するわけにはいかない。時治の本当の狙いは未だわかっておらず、さらには兼嗣を人質に取られているのだ。
と、そこへスマホの着信音が鳴り響いた。天満は羽織の袂からそれを取り出すと、画面の確認もせずに耳に当てる。
「璃子か?」
「ええ、璃子ですよ。言われた通り、『だいこくさま』について調べましたので報告しますね」
普段通りの少女の声が、スピーカー越しに聞こえてくる。
「縁結びの神として出雲大社に祀られている大国主命と、七福神の一人であり福を授ける大黒天。どちらも『だいこくさま』という呼び名がありますが、それぞれ別の神様ですね。でも、昔は同一視されていた時期もあったようです。この辺りは、受け取り手によっても解釈が変わってくるようですね」
「確か、大国主命は日本神話の神。そして大黒天は、もともとはインドから伝わった神様だったな」
「そうです、そうです。大黒天はインドのヒンドゥー教の最高神・シヴァ神の化身といわれていて、サンスクリット語では『マハーカーラ』。シヴァ神が世界を破壊するときの姿だといわれています」
「世界を破壊する……」
なんとも物騒な響きだった。現代の日本に伝わる大黒天の姿とは似ても似つかぬイメージである。
「一口に『大黒天』といっても、受け取り手によって解釈が変わるのはこのためですね。ヒンドゥー教では破壊と再生を司る戦闘神。仏教では豊穣と財福を司る守護神です。多面性があるという点では、人間と似通った部分もあるのかもしれませんね」
——お爺ちゃんは、だいこくさまなの。
御琴の言葉が思い出される。
人には優しい面と恐ろしい面とがあり、時治もまたそうであると、彼女は言いたかったのだろうか。