紫雨にとっては婚姻状を書くことは、業務作業の一環に過ぎなかった。


しかし、だれでもかれでもと婚姻関係を結んできたわけではない。


相手は、そこそこ名の知れた財閥のご令嬢たち。

紫雨にとって、紙切れの夫婦となって利がある女たちを選んできた。


ところが、大庭家は財閥でもなんでもなくただの庶民。

どちらかといえば、庶民の中でも貧しいほうだ。


そんな家の娘と夫婦となったところで、紫雨にはなにも得なことなどなかった。


紫雨はハナから大庭家を相手にするつもりはなかった。


――しかし、辰之助と秀美からの手紙を読んで紫雨の考えが変わる。


【我が娘千世は麗姫(れいき)の呪いに侵されており、一縷の望みにすがってこうして叢雲様に文を書いた次第にございます――】


文に書かれている『麗姫』とは、凶悪な陰の鬼。