「俺はお前にそんな顔はさせない。だから、俺のところへこい」


熱いまなざしで千世を捉える紫雨。

その瞳に、思わず千世はドキッとする。


千世には帰る場所も、そばに寄り添ってくれる人もいない。

もうこのまま死んでしまおうとさえ思っていた。


――ならば。

どうせ死ぬというのならいっそのこと、この身を鬼に捧げてみるのもいいのかもしれない。


生かすも殺すも紫雨次第。


千世は覚悟を決めた。


「…わかりました。ふつつか者ではございますが、改めましてどうぞよろしくお願いします」


千世は水たまりの地面にちょこんと手をつくと、紫雨に向かって丁寧に頭を下げた。


それを見た紫雨の口角が上がる。

千世の着物の懐に素早く手を忍ばせると、そこから離縁状を引き抜いた。


「だったら、もうこれはいらないだろう?」