そう。

それは、叢雲紫雨だった。


「紫雨…様……」


雨と涙でぬれた顔を紫雨に向ける千世。

紫雨は、そんな千世の視線に合わすようにしてしゃがみ込んだ。


「帰ろう、千世」

「…帰る?どこにですか…」

「俺の屋敷だ。着替えと温かい飲み物を用意させておこう」


てっきり、逃げた報復としてこの場で殺されるかと思いきや、思いも寄らない言葉に驚く千世。


「…な、なにを言っているのですかっ。わたしは、あなた様と離縁したのです…!それに、お屋敷を逃げ出してきた身。また戻るなど、図々しくて――」

「図々しかろうとなんだろうと、俺がそばにいてほしいんだ。これから先、ずっとずっと…」


そう言って、紫雨は傘を握る手とは反対の手で千世の頬にそっと触れる。

紫雨も雨にぬれているというのに、その手は温かかった。