「…それじゃあ、僕はこれで失礼する。そろそろ雨も降り出しそうだから、早く雨宿りできる場所へ移ったほうがいい」


正彦は足早に千世のもとから去ると、屋敷の門に手をかけた。


「…正彦さん!」


千世が叫ぶも、正彦は振り返ることなく屋敷の中へと入っていった。


春子の妊娠の知らせを聞いてから、正彦は一度も千世と視線を合わせることはなかった。

それが、正彦の答え。


しばらく、不破家の屋敷の前で呆然とたたずんでいた千世。

そのうち、どんよりとした灰色の分厚い雲がかかった空から、ぽつぽつと雨が降り始めた。


千世の帰るべきはずの家はここだった。

しかし、門は固く閉ざされ、千世の帰りは歓迎されてはいなかった。


次第に大粒の雨へと変わり、千世の体を容赦なくぬらす。


それと同時に千世の頬を伝っていく雨――いや、涙。