千世の汚れた着物やボサボサに乱れた髪を見ると、とてつもなく大変な道のりだったということがわかる。


そんな健気すぎる千世の姿に胸は打たれるも、正彦は抱きしめてやることはできなかった。


正彦には、すでに春子という婚約者がいる。

式の日取りも決まっていて、おまけに運よく早々に子宝にも恵まれた。


正彦が以前のようにあたたかみのあるやさしいまなざしを向ける相手は、…もう千世ではない。


「…千世、本当にすまない。だが…、君と婚約することは…できない」

「そ…、そんな……。でしたら、わたしはなんのためにっ…」

「これで、君の婚姻歴も戸籍から削除される。見知らぬ婚姻歴がなくなっただけでも、いいことじゃないか。これから君も、きっといい男性と巡り会えるよ」

「わたしには、そのような方は必要ありません…!わたしが想うのは、正彦さんだけで――」