「ですが、ご用があって出かけられるのでは…」

「かまわないよ。さっ、使用人たちも探している。それに外は冷えるから、早く中へ」

「はい。お医者様をお待たせしているので、正彦さんもすぐにきてくださいね」

「ああ」


正彦は、春子を屋敷の中へ入れると門を閉じた。


そして、罰が悪そうにゆっくりと振り返る。

その視線の先にいるのは、隠れていた茂みから姿を現した千世。


「…正彦…さん……」


千世はおぼつかない足取りで、呆然としながら正彦のもとへやってくる。


「今の方は…」


千世の問いに、顔を背ける正彦。

そうして、なんとか絞り出すようにして声をもらす。


「…彼女は、春子さん。僕の…婚約者だ」


その言葉を聞いて、胸を鋭い刃物で一突きにされたかのような衝撃が千世に走った。