ニヤリと口角を上げ、不気味に微笑む菊丸。

そんなこと、ようやく不破家へ帰ることを心待ちにしていた千世が知るはずもなかった――。



船を降り少し歩くと、懐かしい屋敷が見えてきた。

不破家の屋敷だ。


本来なら半月かかる帰り道も、菊丸がおぶってくれたおかげで10日もたたず帰ってくることができた。


叢雲家から逃げ出せない日々もあり、千世が不破家を出てからすでに二月(ふたつき)近くがたとうとしていた。


千世の着物の懐には、紫雨との離縁状。

紫雨と離縁したというなによりの証拠。


千世は速くなる鼓動をなんとか押さえながら、不破家の屋敷へと近づく。


――すると。


「それじゃあ、ちょっと出かけてくる」

「お気をつけて、いってらっしゃいませ」


屋敷の門が開いた。

中から、使用人に見送られながらだれかが出てくる。