足早に足元の悪い山道を抜けていた、――そのとき。


「…きゃっ…!」


足を踏み外した千世は、そのまま崖の下へ滑り落ちてしまった。

死が脳裏をよぎった千世は、そのまま気を失ってしまう。



* * *



千世がゆっくりとまぶたを開けると、闇夜の中で踊るように焚き火が揺らめいていた。


「わたしは…」


上体を起こすと、体には着物の羽織りがかけられていた。


「よかった、気がついて」


突然声がして、千世が驚いて顔を上げると、焚き火の向こう側に紺青色の着物に袴姿の男がいた。

丸太に腰掛け、千世にやさしいまなざしを向けている。


「…あなたは」

「おっと…、驚かせてしまってすまない。ボクの名前は、菊丸(きくまる)。この辺りで商人をしている」


聞くと、菊丸は向こうの町からこちらの町へ商品を届けにこの山道へ入ったところ、崖の下で倒れている千世を見つけたのだった。