千世には未だに理解しがたかった。


なぜなら、紫雨はすんなりと離縁の話を受け入れ、離縁状にも一筆書いた。

これで、ようやく紫雨との婚姻関係から外れると思っていたのに。


しかも紫雨は、人間嫌いで有名な鬼。

その人間である自分が本命の妻として選ばれるはずがない。


しかし、千世がどれだけ考えたところで、紫雨の突然の言動の真意はわからなかった。


それに、会ったときは千世の名前すら記憶しておらず、興味が薄かったあの紫雨が――。


「千世、ここにいたのか。探したぞ」


ことあるごとに気にかけ、やさしい言葉をかけてくる。


「こんなところでなにをしていたんだ?」

「お…お夕飯の支度を…」

「いつも言っているが、そんなものは使用人に任せればいい」

「…そうはいきません。なにかしていないと落ち着かないので…」