「どちらさまでしょうか」


突然、背後から声がする。

驚いて振り返る千世。


そこには、使用人らしき着物姿の年配の女がたたずんでいた。


この人も鬼だろうか…。


不安げな表情を浮かべる千世。


しかし、こんなところで怖気づいていてはいけない。

千世は自らを奮い立たせる。


「わ…わたしは、大庭千世と申します。…叢雲紫雨様にお会いしたくてやってまいりました」

「まあ!大庭千世様といえば、旦那様の奥様でいらっしゃるお方ですね」


…“奥様”。


千世はその言葉に違和感を覚える。

同時に落胆した。


婚姻関係は、なにかの間違いであると思いたかったから。

しかし、そうではないのだと。


「旦那様でしたら、こちらです。どうぞお上がりください」


使用人に招き入れられ、千世は屋敷の中へ。