逢魔時に出会う誰そ彼

『ぼくの運命を変えたのは、たった1人の女の子だった。』

その子のためなら、ぼくは何にでもなろう。そう思った。きっとぼくの幼馴染のあいつは、そんなぼくに驚いただろう。独りよがりなぼくの心を無理やりこじ開けてきたあいつは、ぼくの変化をどう思うのだろう。ぼくは、春の雷に撃たれて、運命が変わったんだ。

入学式が終わり、武がどこかへ走って行ってしまった。おかげで、ぼくは暇になり、校舎をうろうろしていた。
「武、どこ行ったんだろう…?シスコンだから、美宇さんのとこかな…。」
家庭科室を見に行くか?いや、今日はいいや。女子に話しかけられると面倒だし。みんなが部活を決め終わる時期になってから、料理部に入部すればいい。ぼく目当てに入られても萎える。……かと言って、さっさと帰るのも味気ない。考えごとをしながら歩いてたら、誰かに、ドン‼︎とぶつかった。
「ぴゃっ⁉︎」
「え?」
変な悲鳴をあげて、相手が吹っ飛ぶ。ぼくは背も高いし、武道も習ってるから体幹がしっかりしている。正面からぼくにぶつかって問題ないのは、武のように鍛えてるやつくらいだろう。
「……ねぇ、君、大丈夫?」
吹っ飛んでいった女子生徒に声をかける。胸元の入学式の花を見て、自分と同じ、一年生なことが分かった。
「いだい〜‼︎」
べそべそと泣く女子。心の中で舌打ちをした。女子は苦手だ。勝手に好きになったり、冷たいと言ったり。すぐ泣く。うるさいし、追いかけてきたりもする。出来れば話したくない。
「……立てる?保健室行く?」
なるべく、穏便に手短に済まそうとする。グスグスと泣く女子に、少し考えてから、手を差し出した。女子は、ぼくの手を取ることなく、立ち上がった。
「ぶつかって、ごめんなさい。」
くすん、と鼻をすすりながら、ぺこりと頭を下げる。急に謝られ、ぼくは面食らった。
「あ、いや…ぼくこそ、ごめん。考え事してた。」
居心地が悪くなった。相手がこんなにちゃんと謝ってくるなんて予想してなかった。その子は、制服からハンカチを出して、自分の顔をぐしぐしと拭った。
「私も、地図見ながら、歩いてた……。」
そう言いながら、こちらを見る。その子の少し蜂蜜色が混じった瞳が、ぼくを映した。顔を拭ったせいで、少し鼻の頭が赤い。くらり、と自分の中に熱がまわるのを感じた。
「あ〜…えっと、これ。お詫び。吹っ飛ばしたし。」
カバンの中からクッキーを取り出した。今朝、作って食べきれないから、武に渡そうと思っていたやつだ。
「え!いいの⁉︎」
その瞬間、その子は目を輝かせた。渡した瞬間、袋を開けて、パクリと食べる。
「美味しい〜‼︎」
へら、と笑った顔がこちらを向いた。その瞬間、ぼくは雷に打たれたような衝撃が走った。バクバクと心臓が熱くなる。
「す、座って食べなよ。そこ、ベンチあるし。」
中庭を指さす。彼女は、きょとんとした顔でベンチを見た。
「ほんとだ。行こ?」
もぐもぐ口を動かしながら、彼女はベンチに座った。ぼくもなんとなく隣に座る。ちらりと彼女の横顔を見た。
「ちょっと、頬に食べこぼしついてるんだけど……。」
「んむ…?どこ?あ、あった。」
彼女は、頬についたクッキーのかけらをとり、それもパクリと食べた。ぎゅぅぅうと心が締め付けられる。
「……そんなに美味しいわけ?」
「うん!」
彼女がぼくの方を見て、にこりと笑う。
「同じ学年?」
ぼくの胸元の花を見て、聞いてくる。
「ん?あぁ。そう。」
「クラス違うよね?どう?いいクラス?」
もぐもぐとクッキーを食べながらも話を続ける。
「さぁ?知らない人ばっかだし。いいクラスじゃなくても別に。」
ぼくは、武とは違うクラスだ。そもそもぼくは、小学生のときもクラスに馴染んでいなかった。友達という友達も武以外にいなくって、放課後だって家の手伝いか、青山先生の道場に行くかだった。なので、今更クラスで浮こうが気にもならない。ぼくにとって、大抵のことはどうだっていいのだ。
「そっかぁ〜。」
彼女は、ご馳走様、とクッキーを食べ終えて、手を合わせた。
「君にとって大事なもの、見つかったらいいね!」
彼女がぴょこ、とベンチから立つ。
「大事なもの?」
「そ!いい学生生活には大事なものがないと!」
ドキリとした。ぼくがどうでもいいと考えていることが分かっているようだ。ぶわりと風が吹く。桜の花びらが踊るように彼女の周りを舞った。その瞬間、彼女のぼくを見る目が黄金糖のように輝いた……気がした。心が痺れる感覚がぼくを支配する。
「クッキーありがと!君の学生生活に幸多からんことを!じゃね!」
「あっ…」
くるり、と踊るようにして彼女は去っていった。
「春の雷……」
ぼくのつぶやきは風が桜の花びらとともに攫っていった。

「ちょっとあんた。」
彼女と去ったあと、中庭にいたら1人の先輩に呼ばれた。声をかけられ、そちらを向いた途端、景色が変わる。岩肌と竹林が目立つ山だ。
「なんですか?これ。」
「あんた冷静すぎない?普通もう少し驚くわよ?」
男子生徒であるその人は、女性的な話し方でぼくに話しかけた。
「いや、驚いてはいるんですけど。」
「ん〜…説明すると長くなるんだけどね?」
「あなた、上級生ですよね?バッヂが美宇さんと同じ色だ。もしかして、黒岩武とその姉も関係ありますか?」
「待って。話早すぎるわよ。」
もうちょっと説明させなさいよ、とその人は言った。
「まぁ、黒岩姉弟も関係あるわね。あんたがどこまで知ってるのか分からないけど。」
その人が言うにはこの世には神獣がいて、その加護を受けて瑞桃をあやかしから守る、四神と呼ばれる存在がいるらしい。それに選ばれたのがぼくだと言う。
「ふうん。」
「いや、反応うっすいわね。あやかしとか驚かないわけ?」
「神獣についての方は初耳で驚きましたね。あやかしは『感じた』ことはあるんで。見えたことはないけど、会ったことはありますよ。」
武と一緒に戦った、あのときを思い出した。
「へぇ。」
その人はピクリと片眉をあげた。
「まぁ、あんたがアタシの後継者に最(・)適(・)なのよ。」
「その言い方だと他にも候補はいるんですね。」
その人は黙った。これ以上は言わないという意思表示だろう。ぼくは武のことを考えた。武は美宇さんのところに行ったのだろう。それなら、武は、きっと……。
「まぁ、いいですよ。ぼくがやります。」
お堅くて正義感が強い幼馴染のことを思う。彼は自分の正義のためにこれをやるのだろう。何も言わなかったけど、武はこれをずっと知っていたのだろう。それに付き合うのも悪くない。……あと、彼女が笑える瑞桃にするためなら、尚更。先ほど会った彼女を思い出して、そう思った。
「ぼく、ちょうど大事なもの、欲しかったんですよね。」
「はぁ?…まぁいいわ。やってくれるならそれで。」
意味がわからない、という顔をしたその人は、ぼくでない何かに話しかけた。
「ねぇ。聞いてたでしょ?宿星を受け入れるのは、この子で決定よ。」
『あぁ、しかとこの耳に。』
ガサリ、竹林から真っ白の虎が出てくる。
「⁈」
「あら?やっと驚いた顔をした。」
ふん、とその人は笑った。
「…流石にこれは驚くでしょ。虎?あなたが神獣?……ねぇ、本当にぼくでいいの?」
その白い虎に聞いた。白虎は、ぼくを見て、ぴるるっと耳を震わせた。
『私の選びに狂いはない。』
白虎は確信をもった声でそう言った。人ではないその目に見つめられると吸い込まれそうだ。
「…そう。なら、ぼくで。」
グルル…と白虎が一息ついた。言葉を唱える。
『瑞桃に現れし誰そ彼 汝に この力 授けよう 平穏を脅かす誰そ彼 この力強い輝きに解かされよ』
白い光が輝き、強い風が吹く。目が開けられなくて、周りが見えない。ぼくは手を伸ばすと何かを掴んだ。
『私の大切な瑞桃を頼む。』
白虎の声が聞こえ、風が止んだ。目を開けると、そこは元の景色だった。ぼくは自分の手元を見る。先ほどの景色にあった竹のような長い棒。先端には刃。
「これは……薙刀?」
「あら、いいじゃない。似合ってるわよ。」
その人はそう言って、ん〜っと伸びをする。
「あ、アタシ、玉城 碧虎。さて、行くわよ。着いてきなさい。」
「え?どこに?」
「黒岩姉弟がいるところ。」
その人はせかせかと歩いて行く。途中で振り返った。
「あ、それ片付けなさいよ?」
薙刀を指差し、こう、手を振って見せるので、同じように手を振った。薙刀が消える。
「消えた…。」
「扱い方もあとで説明するから。」
その人は急ぎ足でどこかへ向かう。ぼくはおとなしく着いて行くことにした。歩きながら、考える。ぼくにも大事なものが出来るのだろうか。もし、大事なものが出来たら、彼女に話したい。あの春の雷のようだった彼女は、なんと言うだろうか。運命が変わった。あのときのぼくは、まさか自分が誰かのために「王子」にだってなるような人間になるなんて思ってもいなかったのだ。