逢魔時に出会う誰そ彼

白沢先生が校長先生を連れて行った。立ち去るときに、白沢先生は僕にも早めに龍哉くんたちと合流するようにと言ってきたので、龍哉くんたちと連絡を取る。中庭に集合になったので、近くのベンチに座った。
「不思議な人だったなぁ〜。」
校長先生を思い出す。なんだか、他人な気がしなかった。自分の手を見る。握ってもらった手は、まだあたたかい気がして、安心する。
「ん?」
僕はベンチの近くに何かが落ちているのを見つけた。
「……羽だ。」
朝見たカラスの羽と同じ羽が落ちている。何となく拾おうと手を伸ばしたら、ぞわりと先ほどの悪寒が戻ってきた。そのとき、上から声が聞こえる。
「退け!聖仁!」
その声で、手を引き、上を見る。上からは、ぶわりとスカートをはためかせた龍哉くんが飛んできた。何階かの窓から飛び降りてきたようだ。手には、いつもの刀を握っている。
『―――黎明(れいめい)!』
そう叫び、羽を斬った。すると羽はサラリと砂のようになり、消える。そのまま、ストッと着地する龍哉くん。色々聞きたいことがあるが、言いたいこともあった。
「龍哉くん、パンツ隠してよ!スカートの中、むちゃくちゃ見えたんだけど!」
「うるせぇ!男のパンツ見て騒いでんじゃねぇよ!」
「言い方ひどいな⁉︎」
飛び降りてきた龍哉くんに文句を言うと、乱暴に言い返された。
「あと、さっきの何?」
「人に紛れて、『なにか』が校内に入ってきているようね。」
僕が龍哉くんに投げた質問は、中庭に来た朱音さんが答えてくれた。朱音さんの隣には凛さん。
「なにか?」
「武の結界に歪みが生じてる。バグみたいな……今は大きな影響が出てるわけじゃねぇけど、このまま結界を壊される可能性がある。結界の歪みがある場所を探してたら、さっきと同じ羽がある場所に歪みがあることが分かった。」
「黒岩は結界の修復にまわってるわ。結界を壊されると、他のあやかしも入ってきて、暴れかねないから。」
龍哉くんと朱音さんが顔を顰めた。
「あの羽を壊すと、歪みが止まるみたい。上も気づいているみたいだし、早く対処しないとうるさいだろうね〜。」
凛さんは面倒くさそうに言った。
「それ大丈夫なの?」
僕が言うと、凛さんは笑った。
「どうにかするよ。学祭、もっと楽しみたいしね〜。」
「早く解決すんぞ…!弥太兄たちの劇までに片付ける!そんで弥太兄が見られたくない姿を見てやるんだ…!オレのメイド姿、笑ったこと後悔させてやるよ!」
「理由が最低…。」
龍哉くんの言葉に朱音さんはため息をついた。

みんなで校内を走り回る。効率を考えて、僕たちは二手に分かれた。僕と龍哉くん、凛さんと朱音さんだ。白水くんは、かづ生徒会長と合流したらしい。美宇さんは武くんといるようだ。弥太郎先輩と碧ちゃん先輩もどこかにいるのだろう。五神とグループ通話を繋いで、武くんが調べる結界の歪みからおおよその位置を考え、そこに走る。
「龍哉くん!次はあっち!」
「分かった!」
僕が武くんとの連絡をして、龍哉くんにおおまかな位置を伝える。校内に散りばめられた羽を探して壊して、僕たちだけで、8枚。羽が見つかるたびに、五神たちの声が険しくなっていった。こんなに、一体、いつ誰が…?そんなことを考えるけど、今は羽を壊すことが最優先だ。
「どう?戻った?うん!…うん。え?」
「どうした?聖仁。」
羽を壊した後、電話している僕の隣に龍哉くんが立った。
「あと、ちょっとらしい…。」
「よっし!…で?次はどこ?」
「それが…どこなのかが全く分からないって……。」
「はぁ?結界の歪みが出てる場所にあるだろ。」
「歪みのある場所の羽を壊しきったのに、結界が戻りきらなくて…だから、どこかにまだあるっぽいことしか分からないらしくって…。」
「はぁ?ちょっと電話貸して。」
僕の手からスマホを取る龍哉くん。
「武、どうなってんだよ。」
『こっちもどういうわけか分からない。姉さんと相談中だ。』
声だけで、武くんが眉間に皺を寄せてるのが分かる。
『美宇さんもそこにいるんだよね?』
スマホから凛さんの声がした。グループ通話なので、凛さんたちも会話を聞いていたようだ。
『えぇ。確かに歪みのあった場所は直っていったんだけど、まだ何かおかしくて……。でもねぇ。勘っていうのかしら?武とも話してるんだけど、おそらく残りの羽は……』
美宇さんの声が聞こえた。
「「「あと、1枚。」」」
凛さん、武くん、美宇さんの声が揃った。他のみんなが黙る。あやかしを感じ取ることに長けている3人が言うということは、枚数は確かなんだろう。しかし、うちの学校は広いから、探すのがかなり難しい。
「あと1枚……!」
龍哉くんも感じ取れなかった1枚。見つけるのは至難の業なはずだ。……あと1枚。
「あ……!」
僕は朝の出来事を思い出した。僕が窓から捨てるとぼやりと消えた羽。
「僕、それ見たかも!」
『え?』
通話しているみんなが同時に声を出した。
「どこで⁉︎」
龍哉くんが僕の顔を見る。
「教室!窓から捨てちゃった!」
「まじかよ!んで⁉︎どこ落ちた?」
「それが…見えなくなったんだよ!」
「はぁ?見えなくなったって…。じゃあどうやって探せば……」
龍哉くんが舌打ちをする。僕は校舎を見た。僕たち2年2組の教室は3階だ。僕はあの窓から羽を捨てた。そして、その羽は……。ぞわり。あの悪寒を思い出した。
「っ!職員室の近く!奥の方!」
僕の言葉に凛さんが反応する。
『⁉︎っ、校長室!』
凛さんが焦った声を出した。一瞬で声が遠くなる。
『凛⁉︎凛が走っていったわ!とりあえず、あたしも追いかけるから!』
朱音さんがワタワタと話して、通話を切る。
「凛さんたちだ!」
僕は校舎を指差した。一番上の階を凛さんが走っているのが見える。それはこれまで見た凛さんの中でもトップスピードだ。
「オレらも行くぞ!」
龍哉くんの言葉にうなずき、僕らも走り出した。

ほぼ同時に職員室前についた凛さんたちと僕たち。みんな大粒の汗をかいていた。
「どうか、ご無事で……!」
凛さんが、聞こえないような小さな声でつぶやいた。
「ここの……どこだ⁉︎」
龍哉くんがキョロキョロする。
「分からない……!でもここにあると思う‼︎」
確信はない。でも、みんなが探している羽が、あの悪寒の理由な気がした。
「でも消えたんでしょ?」
朱音さんが険しい顔をした。目に見えない、そして鼻がいい龍哉くんが全く分からない。凛さんも流石に分からないらしく目を忙しなく動かしている。
「どこかに入って消えたというよりあれは……」
僕は羽が消えたときのことを思い出した。ふわり、ふわり、……ぼやり。もしかして、あれは消えたのではなく、意図的に消したのでは?そう思い、凛さんを振り返る。
「凛さん!『真澄鏡』だよ!」
「え?」
凛さんが僕を見た。
「馬鹿!あれは対象の正体を見破るんだって!」
「仮に隠されている姿を見つけるとしても、どこにあるか全く分からない状態で使うものじゃないわ。範囲が広すぎるもの。」
龍哉くんと朱音さんが言った。
「そっか……」
僕は肩を落とした。
「……いいよ。やろう。」
「「凛⁉︎」」
朱音さんと龍哉くんが驚き、凛さんを見る。
「広範囲にはなるけど、今はそれしか見つけ方が分からないし。妙な隠され方をされてるから、一瞬しか見えないかもしれないけど…やるしかないよ。」
凛さんが扇子を開く。
「でも、何回も出来る気しないから。一回で見つけて欲しい。」
その言葉に僕たちは頷いた。
「凛が言うなら。」
「目はいいから。任せろ。」
「僕はこっちを見とくね!」
凛さんを背中で囲むようにして立つ。凛さんはもちろん、僕たちも集中しなくてはいけない。
空花乱墜(くうげらんつい)、偽りの影を纏うもの。清き月夜は真実を映すーーー』
凛さんの声が暗い廊下に吸い込まれる。
天眼(てんげん)真澄鏡(まそかがみ)
きらりと空気が変わった。僕は視界の端に黒を見つけた。
「あっ!」
「見つけた!」
僕と同時に朱音さんが声を上げた。ヒュン!と目にも止まらぬ速さで矢が羽を射止める。黒い羽が弾け飛ぶように消えた。その瞬間、スマホが鳴る。僕は通話をスピーカーモードにした。
『今、結界が戻った!』
武くんの安心した声。
「良かった!今、最後の羽を壊したよ!」
ふっと空気が軽くなった気がした。ふぅ…と凛さんが安堵の吐息を漏らした。
「これで大丈夫だな。」
『あぁ。姉さんも安心して、学祭に戻った。』
「いや、早すぎだろ。」
龍哉くんが言った。
「でも、僕たちも戻らないと。弥太郎先輩たちの劇始まるよね?」
「あ!本当だ!」
龍哉くんが弾かれたように走り出した。僕、凛さん、朱音さんも龍哉くんを追いかける。ちらりと振り返った廊下は心なしか明るく、空気が澄んだ感じがした。

学祭終わり。僕たちは、弥太郎先輩たちの劇の話で盛り上がっていた。ちなみに劇は『白雪姫』だった。
「いや〜碧ちゃん、継母似合ってたね!魔女になるところも特殊メイクレベルで…。」
「本当に。白雪姫の美しさに嫉妬するところなんて、まるで当て書きのようだったね。」
凛さんが楽しそうに言った。同じように劇を観に行ったらしい白水くんが頷きながら返事をする。
「当て書きは悪口じゃね?」
龍哉くんが突っ込んだ。
「弥太郎が顔だけだした鏡なの、シュールでむちゃくちゃ面白かったわね…。」
「鏡もだが、馬もマスクをかぶっていたけど、体型で弥太郎先輩とすぐ分かったな…。」
朱音さんと武くんは、珍しく爆笑したらしく、笑い疲れて力尽きていた。
「すごい写真が撮れてしまった……。」
僕はカメラをチェックする。鏡の弥太郎先輩、継母の碧ちゃん先輩。碧ちゃん先輩の迫真の演技に顔だけ浮いた弥太郎先輩がシュールなとんでもない一枚。僕は五神たちを見た。
「今思い出してもやばいな。」
「ちょっと龍哉やめて、思い出しちゃうから…ふっ!」
「ぶふっ!」
「武、よっぽど面白かったんだね。珍しい。」
「朱音も面白かったようで、碧ちゃんもうれしいと思うよ〜。」
龍哉くん、朱音さん、武くん、白水くん、凛さんが、ケラケラと笑う。僕は、その楽しそうな光景を一枚、写真におさめた。カメラを見ると声がしなくても賑わっているのが分かる。
「本当、仲良いな。」
僕はつぶやいた。

―――

学祭が終わり、夜が空を包んでいく。歩く人影はふたつ。
「あれ?全部壊されちゃったの?」
「ひとつ、仕掛けておいたんだがな。」
「流石だなぁ。派手に仕掛けたら、『見えない』ひとつは油断するかと思ったんだけど。」
一人が、興味ありげに、そして少しうれしげに言った。
「仕掛けた際に『見えた』者がいたようでな。当初の目的ではないが良いところに投げ込んでくれた。」
もう一人が冷静に返す。その人物の手には、羽。
「でも見つかっちゃったからね。まぁ、うまくいけばラッキーくらいだったから、しょうがないか。」
ん〜と伸びをする人物。その目は夜が強くなるにつれ、爛々と光る。
「そろそろ、動けそうだな……。」
そのつぶやきは、闇夜に溶けていった。