僕がそのコンビニでアルバイトを始めたのは、高校に入って最初の夏休みの頃だった。
 通っていた高校からは少し離れた場所にあったが、同じ学校の生徒はやってこないし、家からはそれなりに近かった。僕は自転車を持っていたので、平日だろうが休日だろうが構わず出勤が可能だった。立地的には、かなりの優良物件と言える。
 中学校時代の先輩から、コンビニは楽で良いのだと聞いていた。
 彼曰く、スッタフは皆優しいし、お客さんとの談笑は心の癒しになるということだった。
 しかし現実はまるで違っていた。楽しいと思えるものは、どこにもなかった。想像を絶する業務の数々に忙殺されるだけだった。
 こちらがどれだけ愛想を良くしていても怒鳴りつけてくる老人客はいるし、普段は温厚なのに突如として激昂する店長の相手をしなくてはならなかった。
 狭い店内の空間には、これこそ立派な社会への登竜門とばかりに厄介ごとが散りばめられていた。その全てを可視化できたなら、足の踏み場も無くなってしまうのではないかとさえ思うほどだ。
 特に厄介に感じたのは、店の経営をする店長の存在だった。学校が終わり、夕方から夜までの時間帯にシフトに入る僕は、その度に店長と顔を合わせることになる。
 頭に所々白髪が混じっている中年の男性だった。腕と腹がとにかく太く、贅肉が服の上からでも見て取れるようなずんぐりとした体型が特徴的だ。男にしては背が低めなのだが、横に広いせいで周囲に威圧感をばら撒いている。目元は常に優しく笑いかけているのだが、地響きのような低い声がせっかくの柔らかな印象を霧散させていた。
 店長は普段、おとなしいとか、優しいと言われるような性格をしている。少なくとも、買い物のために数分店にいるだけのお客さんの目にはそう映るだろう。だが、僕たち従業員からしてみればそんなものは取り繕ったうわべだけの笑顔だと言える。彼は従業員に対しては、恐ろしく厳しい。何か業務上の指導を行う際も、仕事中にミスをした場合でも、彼は仮面を被ったようにして作る笑みを湛えたまま従業員を詰めるのだ。
 どうしてミスをしたのか。原因はなんなのか。事態がもっと深刻だった場合、お金を支払う事はできるのか。そういった詰問を、アルバイトの学生だろうがパートの主婦だろうが関係なく行う。目の前にお客さんがいる時にも、構わないといった様子で行うことだってあった。
 酷い時には、学生を泣かせたりもした。気の弱い男子や女子をとにかく詰めて、その結果辞めていった人も何人かいた。
 通路の真ん中で指導を始めてお客さんの邪魔になったり、レジで精算中にも関わらず指導が入ったところもこれまで何度か目にしてきた。
 よくこんなことをしていて店が潰れないものだと、思わずにはいられない。