☆本話の作業用BGMは、『小さな船乗り』(町田義人)でした。
テレビアニメ『宝島』のエンディングです。
優しい歌詞です。
ーーーーー
終日曇天模様のその日。
久し振りに顔を見せた女性は、紙袋をひとつ、片手にプラプラ提げていらっしゃいました。
スリムジーンズに大きめのトレーナーという、遠慮のない装い。
口元をムムムと波打たせ、苦虫をチョメチョメしたようなお顔で椅子に腰を下ろします。
紙袋をテーブルに置くと、『「タフ」誕●編~ジローの師匠』というボタンを押下しました。※1
今日はアニメじゃないのですね、茂森(仮)さん。Vシネですか、あらあら・まあまあ。
主演は、伝説と化した漫才師のご子息――格好良かったです。
☆☆☆
【こんにちはー! ウフフ☆オッケー♪ ロ●ラだよ!】
こめかみに青筋を浮かべながら、無理くり微笑みます。なんか痛々しい。
何故いまローラ?
「『いつもツイてない御苑』にようこそ(彼女限定)。箱根に行ってらしたんですか」
紙袋をチラと見やって声を掛けます。
【強羅だよ!】※2
「ぶふ……あ、あの、ちょっと見ないうちにお痩せになりました?」
なだらかなお胸のあたりに視線が留まりました。
【平らだよっ!(怒)】
「ご自宅でもそんなラフな装いで?」
【半裸だよ?…………なあ……もう……勘弁してくれ…………】
自ら振っておいて……茂森(仮)さん、沈むように頭を垂れたものです。
☆☆☆
紙袋から取り出してテーブルに置いたのは、両手に乗る程度の直方体でした。
不思議な紋様が美しく並んだ、木製と思しき箱です。
「これはこれは、恐縮です。わたくしなんぞにこのようなお土産を……」
本気で感激しておりますと、
【ごめん。これ、あたしの土産なの。あなたにはこっち。お口に合うかなあ】
箱の隣に、一回り小さな紙包みをそっと置きます。
【生湯葉なんだけど。食べられる?】
「ありがとうございます。バッチ来いです」
木箱は箱根寄木細工という伝統工芸品だそうです。恥ずかしながら初見です。
文字通り「木を寄せ集めて」作るそうです。
精緻な幾何学模様の美しさに、見ているだけでワクワクするものがあります。
この箱は、面の仕掛け部分を引いたり押したり動かして箱を開ける、パズル要素を組み込んだ小箱で、「秘密箱」というそうです。
茂森(仮)さんが、カタカタチーンと音をたてながら実演してくれるものの、一向に箱が開く気配がありません。
今更ですが、来店時からお顔の色が……。
「そんなに何度もジョブが必要なのですか?」
【ピンきりなんだけど、この箱は18回やんないと――】
「――18回?!」
最早金庫じゃないですか。
【最初は、取説見ながら開けて……】
「一度は開けたのですね」
【……でも気が付いたら、取説がどっか行ってた】
「………………」
【何か試しに突っ込んだ気がするんだけど……それっきり『開かずの秘密箱』に】
「……文字通り」
【ツイてないでしょお?】
「ご愁傷さまです」
茂森(仮)さんは前髪をちょいちょい糺すと、
【ツイてないでしょお?】
思い出したように繰り返しました。
「それはいけません。一番無駄なことは、同じ事を繰り返すことだとCMで言ってました」
【………………開けてくんないかな、コレ】
「は? あのう、私は――」
【お願い! 助けると思って!】
眼前で両手を併せた茂森(仮)さん、肘で紙包みをズイっと前に押し出しました。
物理……この小部屋で、これまでず~っと、ひたすら古文の教科書を開いて眺めてきたのに、今日突然――次のページから「物理」になりました……そんな心持ちでございますよ、お母さま。あんまりだ……。
「えと、購入元へ連絡して取説を送っていただいては?」
【これは、願掛けみたいなもんなのよ……】
「願掛け?」
【自力で乗り越えることに意義があるの! ……多分】
「自力じゃないじゃん……ああ、『これが解決したら旦那との仲も修復できるかも』と?」
【修復の必要などない! 断じて!】
理不尽……改めて申し上げます。ここはお悩み相談所ではありません……。
「ゴッド……」
言い差して止めました。
加護が必要なのは私かも……。
☆☆☆
どう考えても私の手には余ります。
頂戴した猶予は明日の開店時(午後5時)です。
退勤後ふらふら歩を進めるうち、気が付けばまたも母屋の台所でした。
これはやはり、ビールでも飲まないと……発泡酒でもいいですけど。
無理矢理渡された箱根細工をダイニングテーブルにそっと置くと、我知らず溜息が漏れます。
頬杖をつきつつビールをちびちび呷っていると、またしても裏口から誰か上がり込みました。
獣の顔? が前面に描かれた茶色い紙袋――を被った、ウチの巨人でした。
片手をひらひらさせると、巨人も無言で片手を上げます。
「また『虎々(お座敷遊び)』の和藤内ですか?」
「よく見ろ。どこから見ても『虎』だろう」
幼稚園に掲示してあるような複雑な絵であります。
この格好で近隣を徘徊できるあんたは凄いよ、欽●ン賞決定。
「どうした、それ」
兄様は左隣の椅子へ腰を下ろすと、顎で秘密箱を指しました。
私は、あたりに人の気配がないことを一応確認します。
「で?」
虎は、紙袋の顔をくりっと向けて問い掛けました。
「ぶふ……こっち見ンな!」
正面から見るとなんて愉快な虎なのでしょう。
「失礼だな。書道の先生がわざわざ書いてくだすったんだぞ」
「そいつはどうも……ちよと、助けてほしいのです、兄様」
御苑での顛末を、ゆっくりとご説明申し上げたのでございます。
☆☆☆
ビールを飲み干してボンヤリ見つめる私の前で(少しの期待も無く)。
虎の巨人は――
紙袋に空いた小さな穴から、ひとしきり箱を眺めると。
――10分ほど、忙しなく両手を動かし、聞き耳をたて、箱を覗き込み、と格闘したのち、あっさりと箱を開けてしまいました。
ミラクル――。
あっけにとられたものの、開錠を再演する兄様に促され、私は慌てて手順を紙に綴ったのでございます。
こういうのは、右脳と左脳、どちらのお手柄になるのでしょうね。
勇者は特にドヤ顔ということもなく(見えないけど)、ヤレヤレ風に冷たい麦茶のコップを口へと運んで、紙袋の上から鼻へと突き刺しました。
一瞬で水浸し。
秘密箱の中に何か存在しております。
取り出してみると、東浅草にあるコンビニのレシートでした。
ちくわ98円、ビール292円との刻印。
深夜――テレビだけが空しく光るリビングで、独りちくわを齧りつつ、ビールを舐める茂森(仮)さんのお姿が脳裏に再生されました……なんちゃって。
レシートを取り出した奥にも何かあります。
幾重にも畳まれた紙――取扱説明書でした。
私と兄様は顔を見合わせ、腹の底から瘧を吐き出したのでございます。
☆☆☆
「ありがとうございました。兄様がこんなにお優しくて頼りになるとは」
精一杯の愛嬌を乗せて、ニッコリ微笑んでみたのでございます。
「ば――まっしか! これでも兄だからな。まあ、何かあったら頼るがよい!」
どこぞのお殿様のような台詞を言い置いて、兄様はささっと踵を返しました。
あの紙袋の下で、今どんな顔をしているものか……。
てか、いい加減取れよ、紙袋。
薄暗い廊下を歩む彼が、途中から小さくスキップするのを私は見逃しませんでした。
向こうからやって来てバッタリ遭遇した綾女が、
「うおおおいっ?! 猫? ライオン? なんでだよっっ?!」
叫んでへたり込みました。
「虎とらと~ら」(※虎々の掛け声)
「こっちくんな!」
「オッケー♪ 虎だよ?」
「やかましっ(泣)!」
奥へとにじり動く兄と涙目の妹がギャーギャー喚いております。
永峰家は本日も平和でございますよ、お母さま。
ーーーーー
※1 古のVシネマ。木村一八扮するピザ屋のバイト少年が、殺し屋と出会って弟子入りし……。
雰囲気のある俳優さんでした。誠に勿体無い……
※2 テレビ東京系『出没!アド街ック天国(箱根強羅温泉の回)』にて、当時MCだった大江麻理子アナが放った一発。
テレビアニメ『宝島』のエンディングです。
優しい歌詞です。
ーーーーー
終日曇天模様のその日。
久し振りに顔を見せた女性は、紙袋をひとつ、片手にプラプラ提げていらっしゃいました。
スリムジーンズに大きめのトレーナーという、遠慮のない装い。
口元をムムムと波打たせ、苦虫をチョメチョメしたようなお顔で椅子に腰を下ろします。
紙袋をテーブルに置くと、『「タフ」誕●編~ジローの師匠』というボタンを押下しました。※1
今日はアニメじゃないのですね、茂森(仮)さん。Vシネですか、あらあら・まあまあ。
主演は、伝説と化した漫才師のご子息――格好良かったです。
☆☆☆
【こんにちはー! ウフフ☆オッケー♪ ロ●ラだよ!】
こめかみに青筋を浮かべながら、無理くり微笑みます。なんか痛々しい。
何故いまローラ?
「『いつもツイてない御苑』にようこそ(彼女限定)。箱根に行ってらしたんですか」
紙袋をチラと見やって声を掛けます。
【強羅だよ!】※2
「ぶふ……あ、あの、ちょっと見ないうちにお痩せになりました?」
なだらかなお胸のあたりに視線が留まりました。
【平らだよっ!(怒)】
「ご自宅でもそんなラフな装いで?」
【半裸だよ?…………なあ……もう……勘弁してくれ…………】
自ら振っておいて……茂森(仮)さん、沈むように頭を垂れたものです。
☆☆☆
紙袋から取り出してテーブルに置いたのは、両手に乗る程度の直方体でした。
不思議な紋様が美しく並んだ、木製と思しき箱です。
「これはこれは、恐縮です。わたくしなんぞにこのようなお土産を……」
本気で感激しておりますと、
【ごめん。これ、あたしの土産なの。あなたにはこっち。お口に合うかなあ】
箱の隣に、一回り小さな紙包みをそっと置きます。
【生湯葉なんだけど。食べられる?】
「ありがとうございます。バッチ来いです」
木箱は箱根寄木細工という伝統工芸品だそうです。恥ずかしながら初見です。
文字通り「木を寄せ集めて」作るそうです。
精緻な幾何学模様の美しさに、見ているだけでワクワクするものがあります。
この箱は、面の仕掛け部分を引いたり押したり動かして箱を開ける、パズル要素を組み込んだ小箱で、「秘密箱」というそうです。
茂森(仮)さんが、カタカタチーンと音をたてながら実演してくれるものの、一向に箱が開く気配がありません。
今更ですが、来店時からお顔の色が……。
「そんなに何度もジョブが必要なのですか?」
【ピンきりなんだけど、この箱は18回やんないと――】
「――18回?!」
最早金庫じゃないですか。
【最初は、取説見ながら開けて……】
「一度は開けたのですね」
【……でも気が付いたら、取説がどっか行ってた】
「………………」
【何か試しに突っ込んだ気がするんだけど……それっきり『開かずの秘密箱』に】
「……文字通り」
【ツイてないでしょお?】
「ご愁傷さまです」
茂森(仮)さんは前髪をちょいちょい糺すと、
【ツイてないでしょお?】
思い出したように繰り返しました。
「それはいけません。一番無駄なことは、同じ事を繰り返すことだとCMで言ってました」
【………………開けてくんないかな、コレ】
「は? あのう、私は――」
【お願い! 助けると思って!】
眼前で両手を併せた茂森(仮)さん、肘で紙包みをズイっと前に押し出しました。
物理……この小部屋で、これまでず~っと、ひたすら古文の教科書を開いて眺めてきたのに、今日突然――次のページから「物理」になりました……そんな心持ちでございますよ、お母さま。あんまりだ……。
「えと、購入元へ連絡して取説を送っていただいては?」
【これは、願掛けみたいなもんなのよ……】
「願掛け?」
【自力で乗り越えることに意義があるの! ……多分】
「自力じゃないじゃん……ああ、『これが解決したら旦那との仲も修復できるかも』と?」
【修復の必要などない! 断じて!】
理不尽……改めて申し上げます。ここはお悩み相談所ではありません……。
「ゴッド……」
言い差して止めました。
加護が必要なのは私かも……。
☆☆☆
どう考えても私の手には余ります。
頂戴した猶予は明日の開店時(午後5時)です。
退勤後ふらふら歩を進めるうち、気が付けばまたも母屋の台所でした。
これはやはり、ビールでも飲まないと……発泡酒でもいいですけど。
無理矢理渡された箱根細工をダイニングテーブルにそっと置くと、我知らず溜息が漏れます。
頬杖をつきつつビールをちびちび呷っていると、またしても裏口から誰か上がり込みました。
獣の顔? が前面に描かれた茶色い紙袋――を被った、ウチの巨人でした。
片手をひらひらさせると、巨人も無言で片手を上げます。
「また『虎々(お座敷遊び)』の和藤内ですか?」
「よく見ろ。どこから見ても『虎』だろう」
幼稚園に掲示してあるような複雑な絵であります。
この格好で近隣を徘徊できるあんたは凄いよ、欽●ン賞決定。
「どうした、それ」
兄様は左隣の椅子へ腰を下ろすと、顎で秘密箱を指しました。
私は、あたりに人の気配がないことを一応確認します。
「で?」
虎は、紙袋の顔をくりっと向けて問い掛けました。
「ぶふ……こっち見ンな!」
正面から見るとなんて愉快な虎なのでしょう。
「失礼だな。書道の先生がわざわざ書いてくだすったんだぞ」
「そいつはどうも……ちよと、助けてほしいのです、兄様」
御苑での顛末を、ゆっくりとご説明申し上げたのでございます。
☆☆☆
ビールを飲み干してボンヤリ見つめる私の前で(少しの期待も無く)。
虎の巨人は――
紙袋に空いた小さな穴から、ひとしきり箱を眺めると。
――10分ほど、忙しなく両手を動かし、聞き耳をたて、箱を覗き込み、と格闘したのち、あっさりと箱を開けてしまいました。
ミラクル――。
あっけにとられたものの、開錠を再演する兄様に促され、私は慌てて手順を紙に綴ったのでございます。
こういうのは、右脳と左脳、どちらのお手柄になるのでしょうね。
勇者は特にドヤ顔ということもなく(見えないけど)、ヤレヤレ風に冷たい麦茶のコップを口へと運んで、紙袋の上から鼻へと突き刺しました。
一瞬で水浸し。
秘密箱の中に何か存在しております。
取り出してみると、東浅草にあるコンビニのレシートでした。
ちくわ98円、ビール292円との刻印。
深夜――テレビだけが空しく光るリビングで、独りちくわを齧りつつ、ビールを舐める茂森(仮)さんのお姿が脳裏に再生されました……なんちゃって。
レシートを取り出した奥にも何かあります。
幾重にも畳まれた紙――取扱説明書でした。
私と兄様は顔を見合わせ、腹の底から瘧を吐き出したのでございます。
☆☆☆
「ありがとうございました。兄様がこんなにお優しくて頼りになるとは」
精一杯の愛嬌を乗せて、ニッコリ微笑んでみたのでございます。
「ば――まっしか! これでも兄だからな。まあ、何かあったら頼るがよい!」
どこぞのお殿様のような台詞を言い置いて、兄様はささっと踵を返しました。
あの紙袋の下で、今どんな顔をしているものか……。
てか、いい加減取れよ、紙袋。
薄暗い廊下を歩む彼が、途中から小さくスキップするのを私は見逃しませんでした。
向こうからやって来てバッタリ遭遇した綾女が、
「うおおおいっ?! 猫? ライオン? なんでだよっっ?!」
叫んでへたり込みました。
「虎とらと~ら」(※虎々の掛け声)
「こっちくんな!」
「オッケー♪ 虎だよ?」
「やかましっ(泣)!」
奥へとにじり動く兄と涙目の妹がギャーギャー喚いております。
永峰家は本日も平和でございますよ、お母さま。
ーーーーー
※1 古のVシネマ。木村一八扮するピザ屋のバイト少年が、殺し屋と出会って弟子入りし……。
雰囲気のある俳優さんでした。誠に勿体無い……
※2 テレビ東京系『出没!アド街ック天国(箱根強羅温泉の回)』にて、当時MCだった大江麻理子アナが放った一発。