☆本話の作業用BGMは、『空と君のあいだに』(中島みゆき)でした。
某ドラマの主題歌です。
「空と君のあいだ」なんてフレーズ、自分なら生涯頭に浮かばないです。
この曲の歌詞が「犬の目線」で書かれたと聞いた途端、涙腺が決壊した記憶が……。
ーーーーー
なんとなく日の落ちるのが早くなったような今日この頃。
暮れ七つ半(午後五時頃)に来店したお客さんは、真っ赤なジャケットに白いスラックス、黄色いハンチング帽という、一風変わった出で立ちでした。
涼しげな感じが一切ございません。
大門部長刑事のようなサングラスがボタン群に向けられ――やがて『同情するなら●をくれ! イエス・ユー・キャン!』という丸ポチをそっと押します。
受話器を取り、思い出したように帽子とサングラスを外し――
突然出現したテラテラのツルツル頭に釘付けになっていると、
【お疲れ様でございます。お忙しい中恐縮です】
「ツイてない御苑へようこそ。こ――お客さん……」
【名前で結構ですよ、神幸お嬢さん】
うち(寺)の若頭――もといナンバー2、現場を取り仕切っている光旭さんでした。
アラフォー……だったと思います。濃い目のイケメンです。
「なんだ、ご存知なんですね光旭さん」
【ええ。ここを起ち上げる際、坊ちゃん(光生)と散々議論しましたから……詳細は存じ上げております】
「左様でしたか……。いやあよかったです、一瞬、ロ●ット刑事K(※1)が聞き込みにいらしたのかと思いましたよ」
【ロボ……ああ、年配の方には偶に言われます】
「やはり戦う際は全裸ですよね?」※2
【煽ってもやりませんよ】
「いつもそんなハレンチな装いで外出されるので?」
【……お口が悪い、相変わらず】
濃い目のイケメン、苦い顔で呟いたものです。
☆☆☆
事務所でお茶でもとお誘いしたところ、
【いえ、お構い無く。この壁は塩梅が良いので、このままで】
晋三と似たようなことを口にします。
【安達さんの声も、もう少し聞いてみたいので】
おどけた台詞とは裏腹に、神妙な面持ちになりました。
「……今日はどうされたのです?」
【……申し訳ございません。ちよと、愚痴を零したくなりまして……。家(寺)ではどうにもその……】
光旭さんは少年の時分から、ずっと寺に住み込んでらっしゃいます。
プライベートも無いような状況です、迂闊なことは口に出来ないのかもしれませんね。
力のない視線をこちらへ向けると、
【……ちょいちょい坊っちゃんの縁談話が持ち込まれるのです。あ、人間の女性ですよ?】
「でしょうね」
【私としては、早く身を固めていただきたいと思っておりますので、渡りに舟の心持ちでひょいひょいお話を受けておりまして……今日もその帰りなのです。ですが……】
光旭さんは浅いため息をつくと、静かに項垂れました。
「何か、問題でも?」
【ぼ――光生さん、片っ端からお断りになるもので……】
「お写真も見ずにですか?」
【稀に、写真にくぎ付けになることもあります。でも、結局は未練を断ち切るかのように――】
「――断っちゃう」
【ええ。私もさすがに……途方に暮れなずむ町の――】
「――光と影の中……ああ、ひょっとして、人間の男性が」
【それはないです。お小さい頃から側におりますが、間違いなく「女好き」ですよ。「血筋」なんですかねえ……】
「女好き」だけは囁くように言ったものです。
ぼんやり天井に目を向けます。
「理由を直接問いただされては」
【何度か言上いたしました。そのたび、大体くるりと背中を向けて、「少しは恰好つけさせろ」と】
「はあ?」
【寝た●りしてる間に出て行ってくれと】
「『勝手に●やがれ』と。何様だよ……ジ●リー様か」
【はぐらかされて終わりなんですよ】
不毛な遣り取りですね。
真っ当な理由などあるのでしょうか。お母さまはご存知で?
☆☆☆
ひと通り、兄様の恥ずか死エピソードを光旭さんにご開帳いただき、私自身はおおいに楽しめたのですが。
結局、単なる雑談で終わってしまいました。
それでも、来店時うす緑っぽかった光旭さんのツルツルの頭は、信号機の黄色よりは濃く感じられます。
「ああ、そうだ。光旭さん」
【はい、なんでしょう?】
「ここでの会話は、サービス向上のため録音させていただいております」
【先に逝ってください南無釈迦牟尼仏……じゃなくて! 初めに言ってくださいよ】
「嘘嘘、嘘ですよ。私自身は何もしておりません」
【……お人が悪い。相変わらず】
ハゲが何を仕込んでいるかは、私には分からんですけど。
「ゴッド・ブレス・ユー」
【ありがとうございました。ゴッド・ブレス・ユー】
濃い目のイケメン僧侶、恭しく手を合わせたものです。
☆☆☆
退勤後、ビールでも飲もうと(※お陰様でめでたく成人に)母屋へと上がり。
台所へと足を踏み入れると、綾女がテーブルで何やら勉強中でした。
薄目で眺めると、何某かの問題集のようです。
「あ、神幸ちゃんおっつー」
「ただいま。勉強中? でしたか」
問題集をガン見します。え、これは――
「綾女ちゃん、大学受けないんですよね?」
夏休み中も、予備校へ足を運んだという話は聞きません。
「予定ではプー……フリーターだね。まあ、年明けに進路が突然確定するかもだけど」
「これ。ひょっとして春先から――」
「そうそう。桜子さんからレクチャー受けてさあ……ヤバイよね」
綾女が目を輝かせながら、楽しそうに話します。
そうだったんだ……。
「ニートが増えると塩梅悪いですよ」
「神幸ちゃんニートじゃないじゃん。結構お固めのバイトなんでしょ? 兄貴が言ってた、心配すんなって。だから冷やかしにも行かないからさ、安心して?」
もう来てますよ……口には出しませんが。
ふっと、光旭さんの言葉が頭を過りました。
「綾女ちゃん」
「うん?」
「5年前、私と母さんがここへ戻るとなって、皆さんの反応はどうでした?」
「今更?! そうねえ……みんなふっつーだったよ? あたしは跳び上がって喜んだけど……アニキごめん!」
綾女は柏手を打つと、バ●ー・ボンズのように両手の人差し指を天に向け、
「内緒って言われてたけど……アニキ、地味に泣いたんだよね」
「……泣いて?」
「アニキってさあ、ちょっとシスコン入ってるじゃん?」
「……………………えっ?」
その時、裏口がガラッと開いて、たれかヌッと台所に上がり込みました。
スベスベ頭に金の鉢巻き、猫のような髭を三本ずつ両頬にあしらった兄様でした。
ほんのり桃色の顔に、死人のような目付き……。
作務衣の胸元を、扇子でしきりに仰ぎます。
綾女が分かりやすく固まりました。
「お帰りなさい。なんです? そのお姿は」
「なんだチミはってか? 『虎々』の和藤内に決まっとるだろ」
「「和藤内?」」
ここイチで姉妹がハモります。
「虎々」とは、浄瑠璃・国性爺合戦から派生したお座敷遊びで、ジャンケンのようなものだそうです。
ハゲがしたり顔でレクチャーします。
「エリア内の坊さん達と飲みがあってな……大概は若輩者のおいらが幇間(太鼓持ち)の真似事をするわけだ。で、この始末だ」
言い置くと、冷蔵庫から取り出した麦茶をコップにドバドバ注ぎ、一気に飲み干しました。
カンッとコップを置き、太い鼻息をひとつ、
「俺ぁ寝る。おやすみさん」
踵を返すと、あっさりと台所を出て行きます。
あ、聞く間もなかったな。
(光生さんは……好きでこの道に入ったわけではないですからねえ……)
また光旭さんの言葉が浮かびました。
父が亡くなり、否応なく後を襲うことになった兄様。
(「俺ぁ、家長だからなぁ……」と、よくこぼしてらっしゃいました)
床に沈みそうな足を引き摺りつつ、ゆっくりと母屋奥へと消えていく兄様の背中を、私は黙って見送ることしか出来ませんでした……。
ーーーーー
※1 石森章太郎(当時)原作の漫画、および原案の特撮ドラマ「ロボット刑事」の主人公。
水木のアニキが主題歌で「ロボット刑事K」と歌ってらっしゃるので、てっきりタイトルもそうかと思ってました。
※2 敵と戦う際は服を脱ぎ捨てるのがお約束。脱ぐとパワーが5倍に! という設定だそうで。
某ドラマの主題歌です。
「空と君のあいだ」なんてフレーズ、自分なら生涯頭に浮かばないです。
この曲の歌詞が「犬の目線」で書かれたと聞いた途端、涙腺が決壊した記憶が……。
ーーーーー
なんとなく日の落ちるのが早くなったような今日この頃。
暮れ七つ半(午後五時頃)に来店したお客さんは、真っ赤なジャケットに白いスラックス、黄色いハンチング帽という、一風変わった出で立ちでした。
涼しげな感じが一切ございません。
大門部長刑事のようなサングラスがボタン群に向けられ――やがて『同情するなら●をくれ! イエス・ユー・キャン!』という丸ポチをそっと押します。
受話器を取り、思い出したように帽子とサングラスを外し――
突然出現したテラテラのツルツル頭に釘付けになっていると、
【お疲れ様でございます。お忙しい中恐縮です】
「ツイてない御苑へようこそ。こ――お客さん……」
【名前で結構ですよ、神幸お嬢さん】
うち(寺)の若頭――もといナンバー2、現場を取り仕切っている光旭さんでした。
アラフォー……だったと思います。濃い目のイケメンです。
「なんだ、ご存知なんですね光旭さん」
【ええ。ここを起ち上げる際、坊ちゃん(光生)と散々議論しましたから……詳細は存じ上げております】
「左様でしたか……。いやあよかったです、一瞬、ロ●ット刑事K(※1)が聞き込みにいらしたのかと思いましたよ」
【ロボ……ああ、年配の方には偶に言われます】
「やはり戦う際は全裸ですよね?」※2
【煽ってもやりませんよ】
「いつもそんなハレンチな装いで外出されるので?」
【……お口が悪い、相変わらず】
濃い目のイケメン、苦い顔で呟いたものです。
☆☆☆
事務所でお茶でもとお誘いしたところ、
【いえ、お構い無く。この壁は塩梅が良いので、このままで】
晋三と似たようなことを口にします。
【安達さんの声も、もう少し聞いてみたいので】
おどけた台詞とは裏腹に、神妙な面持ちになりました。
「……今日はどうされたのです?」
【……申し訳ございません。ちよと、愚痴を零したくなりまして……。家(寺)ではどうにもその……】
光旭さんは少年の時分から、ずっと寺に住み込んでらっしゃいます。
プライベートも無いような状況です、迂闊なことは口に出来ないのかもしれませんね。
力のない視線をこちらへ向けると、
【……ちょいちょい坊っちゃんの縁談話が持ち込まれるのです。あ、人間の女性ですよ?】
「でしょうね」
【私としては、早く身を固めていただきたいと思っておりますので、渡りに舟の心持ちでひょいひょいお話を受けておりまして……今日もその帰りなのです。ですが……】
光旭さんは浅いため息をつくと、静かに項垂れました。
「何か、問題でも?」
【ぼ――光生さん、片っ端からお断りになるもので……】
「お写真も見ずにですか?」
【稀に、写真にくぎ付けになることもあります。でも、結局は未練を断ち切るかのように――】
「――断っちゃう」
【ええ。私もさすがに……途方に暮れなずむ町の――】
「――光と影の中……ああ、ひょっとして、人間の男性が」
【それはないです。お小さい頃から側におりますが、間違いなく「女好き」ですよ。「血筋」なんですかねえ……】
「女好き」だけは囁くように言ったものです。
ぼんやり天井に目を向けます。
「理由を直接問いただされては」
【何度か言上いたしました。そのたび、大体くるりと背中を向けて、「少しは恰好つけさせろ」と】
「はあ?」
【寝た●りしてる間に出て行ってくれと】
「『勝手に●やがれ』と。何様だよ……ジ●リー様か」
【はぐらかされて終わりなんですよ】
不毛な遣り取りですね。
真っ当な理由などあるのでしょうか。お母さまはご存知で?
☆☆☆
ひと通り、兄様の恥ずか死エピソードを光旭さんにご開帳いただき、私自身はおおいに楽しめたのですが。
結局、単なる雑談で終わってしまいました。
それでも、来店時うす緑っぽかった光旭さんのツルツルの頭は、信号機の黄色よりは濃く感じられます。
「ああ、そうだ。光旭さん」
【はい、なんでしょう?】
「ここでの会話は、サービス向上のため録音させていただいております」
【先に逝ってください南無釈迦牟尼仏……じゃなくて! 初めに言ってくださいよ】
「嘘嘘、嘘ですよ。私自身は何もしておりません」
【……お人が悪い。相変わらず】
ハゲが何を仕込んでいるかは、私には分からんですけど。
「ゴッド・ブレス・ユー」
【ありがとうございました。ゴッド・ブレス・ユー】
濃い目のイケメン僧侶、恭しく手を合わせたものです。
☆☆☆
退勤後、ビールでも飲もうと(※お陰様でめでたく成人に)母屋へと上がり。
台所へと足を踏み入れると、綾女がテーブルで何やら勉強中でした。
薄目で眺めると、何某かの問題集のようです。
「あ、神幸ちゃんおっつー」
「ただいま。勉強中? でしたか」
問題集をガン見します。え、これは――
「綾女ちゃん、大学受けないんですよね?」
夏休み中も、予備校へ足を運んだという話は聞きません。
「予定ではプー……フリーターだね。まあ、年明けに進路が突然確定するかもだけど」
「これ。ひょっとして春先から――」
「そうそう。桜子さんからレクチャー受けてさあ……ヤバイよね」
綾女が目を輝かせながら、楽しそうに話します。
そうだったんだ……。
「ニートが増えると塩梅悪いですよ」
「神幸ちゃんニートじゃないじゃん。結構お固めのバイトなんでしょ? 兄貴が言ってた、心配すんなって。だから冷やかしにも行かないからさ、安心して?」
もう来てますよ……口には出しませんが。
ふっと、光旭さんの言葉が頭を過りました。
「綾女ちゃん」
「うん?」
「5年前、私と母さんがここへ戻るとなって、皆さんの反応はどうでした?」
「今更?! そうねえ……みんなふっつーだったよ? あたしは跳び上がって喜んだけど……アニキごめん!」
綾女は柏手を打つと、バ●ー・ボンズのように両手の人差し指を天に向け、
「内緒って言われてたけど……アニキ、地味に泣いたんだよね」
「……泣いて?」
「アニキってさあ、ちょっとシスコン入ってるじゃん?」
「……………………えっ?」
その時、裏口がガラッと開いて、たれかヌッと台所に上がり込みました。
スベスベ頭に金の鉢巻き、猫のような髭を三本ずつ両頬にあしらった兄様でした。
ほんのり桃色の顔に、死人のような目付き……。
作務衣の胸元を、扇子でしきりに仰ぎます。
綾女が分かりやすく固まりました。
「お帰りなさい。なんです? そのお姿は」
「なんだチミはってか? 『虎々』の和藤内に決まっとるだろ」
「「和藤内?」」
ここイチで姉妹がハモります。
「虎々」とは、浄瑠璃・国性爺合戦から派生したお座敷遊びで、ジャンケンのようなものだそうです。
ハゲがしたり顔でレクチャーします。
「エリア内の坊さん達と飲みがあってな……大概は若輩者のおいらが幇間(太鼓持ち)の真似事をするわけだ。で、この始末だ」
言い置くと、冷蔵庫から取り出した麦茶をコップにドバドバ注ぎ、一気に飲み干しました。
カンッとコップを置き、太い鼻息をひとつ、
「俺ぁ寝る。おやすみさん」
踵を返すと、あっさりと台所を出て行きます。
あ、聞く間もなかったな。
(光生さんは……好きでこの道に入ったわけではないですからねえ……)
また光旭さんの言葉が浮かびました。
父が亡くなり、否応なく後を襲うことになった兄様。
(「俺ぁ、家長だからなぁ……」と、よくこぼしてらっしゃいました)
床に沈みそうな足を引き摺りつつ、ゆっくりと母屋奥へと消えていく兄様の背中を、私は黙って見送ることしか出来ませんでした……。
ーーーーー
※1 石森章太郎(当時)原作の漫画、および原案の特撮ドラマ「ロボット刑事」の主人公。
水木のアニキが主題歌で「ロボット刑事K」と歌ってらっしゃるので、てっきりタイトルもそうかと思ってました。
※2 敵と戦う際は服を脱ぎ捨てるのがお約束。脱ぐとパワーが5倍に! という設定だそうで。