☆本話の作業用BGMは、『クライ・ミー・ア・リバー』でした。
 作中で触れている『検死医マ●カラム(邦題)』という英国のドラマで主題歌として流れていたものです。
 ジャズのスタンダードナンバーということですが、このドラマではどなたが歌っているのかわかりません。
 当時CS(ミステリチャンネル)で観ておりましたが、このころは人生の第二次どん底期で、ドラマ・主題歌とセットでエロエロ辛い思い出も蘇ります……

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 ツイておりません。「つ●てないよういち」ですよ、お母さま(わっかるかなあ)。
 ちょっと暖かいからといって頭がボーっとしていたものか。

 以前いらしたお客さんで、自販機で商品を購入すると、釣り銭に注意が向いて商品を取り忘れてしまう、というOLさんがいらっしゃいました。
 まさに先ほど、私も同じ事をしてしまいました。

 詳細をご説明申し上げますと。
 千円札を一枚と50円玉を一枚投入し、150円のペットボトルを購入いたしました。釣り銭は900円です。
 ガタンッとモノが落ちて来て、一拍遅れて釣り銭がジャラジャラ出ます。
 100円玉で出て来たのです、一枚ずつ。
 おいおい100円かよハハハ、ガ●デム!(by 蝶野)と心中で舌打ちしつつ、ため息と共に回収し――。
 で、そのまま立ち去ってしまい。
 奇跡的に(?)ほんの数秒後気が付いて、慌ててモノを回収いたしました。
 不幸中の幸い。
 こんな不幸を回避するには精神的な成長が必須なのでしょうか。原因は全て自分にあるわけですから。

 先日は、お茶を購入して扉を開けると、お水のペットボトルが取り忘れられているのに遭遇いたしました。やっぱりいらっしゃるのですね、ご同輩が。
「ラッキーマン!」と声に出して回収したものの――実は悪戯で、なにがしか混入されているのでは――なんて考えたらなんとなく自身で「飲む」勇気が出ず。
 大事をとって、兄様に差し上げました。理由は伏せて。
 ええ、喜んでいましたよ、彼。フフッ。

 万が一、兄様が体調を崩したとして、私が殺意を疑われることはないでしょう。多分。


☆☆☆


 暮れ六ツ半(午後七時頃)に颯爽と現れたのは、「白衣」でした。
 ポケットに両手を突っ込む長身の男性。
 パッと見お若いですが、若白髪というのでしょうか。嘗て某国営放送にいらっしゃった「王子」のような白さ。
 
 椅子に腰掛け説明を熟読すると、『白い巨●(※ぶどうじゃないよ?)』というボタンを押下します。ああ、若白髪だけに(?)。

【こんばんは】
「ツイてない御苑へようこそ。これ、どの『白い巨●』なのでしょう」
【ああ、えーと……田宮●郎さんですね】
「左様でございますか」

 白衣の人が卓上で両手を組みます。

【私、監察医というのを生業(なりわい)にしておりまして――】

 死因不明な遺体の行政解剖を行うお医者さんだそうです。司法解剖も例外的に行うそうで。

【某大学の法医学教室に勤務しとります】
「ほう、左様で」
【昔観たイギリスのドラマで「検死医マッ●ラム」というのに天啓を受けた、と申しますか】

 頭をポリポリ掻きながらはにかみます。

【さて、私が今夜披露する「ツイてない」は――】
「ここへウ●バー呼んだんじゃないでしょうね」

 出前が来ても出ませんよ、私。

【ほんと、大きな声では言えませんが……解剖後のご遺体に、メスやら鋏やら放置したまま縫合して終わらせてしまったのです】
「『痛い!』って仰いませんでした?」
【それはないです、遺体だけに】

 冗談にしても笑えない。
 しかしそのような大事、こんなところ(卑下)で語ってよろしいのでしょうか。

【再鑑定の際に、都合三度、自分で発見いたしました】
「再鑑定……ドラマで見たような。『科●研の禁じら●たマリコもお行きなさいっ!』とかいう」
【ごちゃ混ぜ盛り過ぎです。火●スのサブタイトルみたいになってますよ】
「緊迫したシーンでした」
【科●研のマリコさん凄いですよね、集中力とか執念とか】
「『必ず! ホシを挙げるッッ!』ってよく叫んでますよね」
【それ違うドラマですね、内藤さんの】

 和んでもらおうかと振った渾身のギャグも、(あぶく)となり消え失せました。

【ツイてない、などと言ってはいけない話です……病院の外科に異動願いを出した事もあったのですが、さすがに認められず】
「生体に忘れ物されたら大変です」
【まさに仰るとおりなのです……仕事の際は全集中で、終わると急激に気が抜けて一気に脱力します。ヘロヘロなんですよ。パートナーも大概気が付かず――あのような仕儀に】
「溶けるメス・ハサミなど無いのですか?」
【ええ。残念ながら……。再鑑定だから分かったものの、ひょっとすると今までにも結構な頻度でやらかしたのでは、と思うと……】

 軽く俯き、妙に厳しい目つきで黙り込みました。
 絵面はさながら、「獲物を取り逃がした銀狼」という塩梅です。

 
 ――取り忘れ、か。
 自販機と一緒くたにしてはいけませんよね、お母さま。
 噂など耳にした事はありましたが、現実にあることだったとは驚きです。


「……小さい頃からよく忘れ物をするお子でしたか?」
【いえ、特別そんなことも……そうですねぇ……人生最大の忘れ物は――高校の頃、映画館に小学生の甥っ子を忘れて帰って来たことぐらいで】
「おおごとじゃないですか。『球場に一茂を忘れて家に帰ったミ●ター』みたい(※実話だそうです)」
【映画はド●えもんでした。何作目だったかな?】
「そこはどうでもいいです」
【いやあ懐かしいなあ!】

 目を輝かせる銀狼。嬉しそうな顔しちゃって……。
 甥っ子さんは、今でも恨みに思っているかもしれませんよ。
 今の貴方を見たら怒髪天じゃありませんか?

 
 集中力がプッつん途切れるのが問題――でも、仕事終わりなら仕様がないような。

「……私が考え得る『魔法の言葉』を授けましょう」
【そんな便利な魔法がっ?!】

 期待にぱっと(おもて)が輝く銀狼。

「処置終了と同時に、『さあみんな、忘れ物は無いかな?』と叫んでください」
【…………】
「何かご不満でも?」
【……そんなんで……】
「『家に帰り着くまでが遠足』です。必ず声に出すようにお願い申し上げます」
【……】
「まだお疑いですか……仕様がないですね……では、この歌を頭に浮かべながら叫んでみましょうか」

 私はタブレットで素早く検索し、ヒットしたお歌を受話器に。

「『――♪ 探し物はな●ですか? 見つけにくい●のですか?――』」
【……これは……】
「井上陽水さんの手による『夢の中へ』という曲です」
【聞いたことあります】
「それは重畳。では、出だしに合わせて叫んでください」
【えっ?】
「練習しておきましょう」

 銀狼は一瞬苦い顔をいたしましたが、渋々練習を開始いたしました。


☆☆☆


「――処置終了と同時に、あなたの頭の中にこの曲が流れ始め、練習したとおり『さあみんな、忘れ物は無いかな?』と大声で叫びます。少なくともパートナーは反応するでしょう。勿論、あなたも探すのです、例え見つけにくいモノでも」
【……ヤッテ……ミ、マ、ス……オフクロサン……】

 練習で喉をやられた銀狼が、森●一さんのように呟きました。

「ゴッド・ブレス・ユー」

 もう二度と、迷子のメスやら鋏が出ないことをお祈り申し上げます。
 

☆☆☆


 帰りに立ち寄ったコンビニで。

 BGMが変わり、次の曲のイントロが流れ始め――。
 あ、あの曲だ――と思った刹那、

「さあみんな、忘れ物は無いかなっっ?!」

 無意識に大声で叫ぶと、レジのお兄さん(外国の人)がバッと後退()さって壁に激突したのでした。
 背後の棚から、贈答用のゼリーやらクッキーやらの箱が雪崩れ落ち、淡雪のような埃が微かに舞い――

「……ビ、ビザキレテナイヨ?」

 お兄さんが穏やかでないセリフを呟きました。

 ――ええ、そりゃあもう、ちびっと漏●すほど恥ずかしかったですけど、それがナニか?