☆本日の作業用BGMは、『不思議Tokyoシンデレラ』(セイントフォー)でした。
アスリート寄りのアイドル、という感じで……。
歌い終わって、あんなにハァハァいっとる歌い手さんは珍しかったっす。
ーーーーーー
桜花爛漫の候、いよいよ春たけなわでございますよ、お母さま。
西の空が低い雲を並べ――あなた夢のように……これじゃ○んでしまいます。いかんいかん。
綾女は高校ラストイヤーに突入です。
大学進学なら受験生という扱いですが、本人は明確な意思表示をしておりません。
やれ、今年も海へ行くとか映画を一杯見るとか約束したじゃないとかあなた約束したぢゃないとか……受験生らしからぬことを「愚だ愚だ!」と申しておりました。
楽しそうですね。夏休みの無い私には縁の無いお話で……。
あ、痛い。チョメチョメが。
★★★
春うらら――先般、兄様に誘われ、上野のお山へ行ってまいりました。
昼過ぎに叩き起こされ、グ――ねずみ色、そう、ねずみ色のスウェット上下にスニーカーを引っ掛け、ぼさぼさ頭のまま引き摺られて行きました。
ご安心ください、靴下は履いてますよ、勿論。純一じゃあるまいし。
素足にスニーカーなんて絶対にあり得ません。だって、臭くなっちゃうでしょ? 足も靴も心も。あ、痛い、かも……。
丁度その日は、「灌仏会」という催しが。
釈迦の誕生日ということで(※私には真偽のほどが分かりません)。
秋色桜(しゅうしきざくら)という変わった桜が盛りですが、私は「月の松」というのに目を引かれ、暫くぼーっと眺めております。
広重も名所江戸百景で描いているという、枝がまん丸に生えた松です。
彼も(知り合いではありませんが)このまんまるから月を覗いたのでしょうか、なんて。
数百年の時を隔て、今私も広重さんと同じ景色を観ているのかもと思うと、不思議な心持ちになります。
灌仏会云々は口実で、兄様の目的は、とある売店でした。
東照宮近くにあるその売店はイート・インも備えており、中へ入ると「昭和」そのものでした。
ここの「カレーそうめん」(茹でたそうめんにカレールーを乗せたもの)が彼のお目当てです。食事というより酒のつまみに合うのだそうです。
実際兄様は昼間からビールを注文し、焼きそばを食む私よりも時間を掛けて堪能しているようでした(※実際に現在も出しているか不明)。
……こんなもんで如何ですか、お母さま。
時候の挨拶がわり(?)ということで。
☆☆☆
やや風の強いこの日、最初のお客さんがいらっしゃいました。
大きな白いマスクをした中年男性です。
鶯色、とでもいうのでしょうか、あまりお目に掛からないような色調のスーツ姿。
ふさふさの髪は多少白髪交じりです。
椅子に腰掛け説明書きを一瞥し、視線を落としてボタン群を眺めます。
彼はやや顔を紅潮させると、『……カ・イ・カ・ン……』というボタンを押下いたしました。
【こんにちは】
「ツイてない御苑へようこそ」
【ああ……天使だ。天使の声です】
「確か、昔のお薬のようなお名前の女優さんですよね」
【不思議な気分です。まさか天使が自らそんなボケを――「まる」です。「がん」とは読みません】
「薬師がんじゃないのですね」
【薬師マルです】
薬師丸というお薬が由来かと思っておりました。
【世代どんぴしゃの天使です。それはもう、清涼なお声で――へぷっ、きゃん!】
きゃん?
【きゃん! きゃん!】
「あの……ポメとか、犬をお飼いに?(マスク内で?)」
【……どうやら花粉症のようです――きゃん! どうも、我慢するとこんな感じで】
なんと可愛らしい「くさめ」でしょう。
まあ私は「猫派」なので、ほだされることはありませんが。
【これまで縁が無かったのですが。ツイておりませんよ。車通勤をやめて自転車にした途端、襲われてしまいました】
「左様で。それはツイておりませんでしたね」
【花粉が体内に蓄積されて、許容量を超えると発症(?)するそうで】
「ああ、なるほど」
引きこもりには縁が無いモノですね。
そう言われると、私もまだ悩まされたことがございません。
【せき、鼻水、くしゃみ、ひと通りです。目も痒いです。こんなしんどいとは思いもしませんでした】
「大変ですね(全く自分にはわかりませんが)」
【職場では多少落ち着きますが、頭がぼーっとして仕事が捗りません】
そうなると、ここではなくお医者に行った方がよろしいでしょうね。
「両手を頭に当てて、『きゃんきゃん!』とやってみるのはどうでしょう」
【? そうすると、症状が和らぐのですか? 聞いたことないですけど】
「いえ、女子社員の受けがよろしいかと思いまして」
【…………】
あースベりましたね。然もありなん。
彼はしばらくポカンと呆けておりましたが、
【ついでにもう一つ、ツイてないを語ってもよろしいでしょうか】
「存分に。拝聴いたします」
彼は「ちょっと失礼」とひと言断り、ポケットからハンケチを取り出すと後ろを向いて、びーっと鼻をかみました。
ティッシュではありません。イギリス紳士のような振る舞いですね(見た事ないですけど)。
マスクを整え、前を向いて語り出しました。
【昨年の秋に、とある国家資格を受検いたしました。年明け一月に発表があったのですが、あえなく撃沈です】
「左様でございましたか。ご愁傷様でございます」
【もう数年で定年なのですが、なにか定年後に漠然とした不安を抱きまして……独立系の資格ですが、一念発起して半年ほど時間を掛けて臨みました】
一月の発表で、今、ツイてないを捨てに……。
【水道橋の某私立大学が会場で。この間、偶々通り掛かりまして、苦い思い出が蘇りました……】
「……」
【そこでふと、思い出したのです】
★★★
試験を終え、出来に不安を抱えながらよろよろ正門を出た彼は、腕時計を忘れたことを思い出しました。
大方の受検生が校舎を後にした頃合いで、踵を返して再び正門へ向かうと。
若い女性の二人連れが正門を出て来ました。
内一人が足を止め、くるりと校舎へ向き直り――
【長い黒髪が美しい、眼鏡を掛けた女性でした……。彼女は直立不動ののち、突然、校舎へ向けて深々と身体を折ったのです】
その女性は、長いことお辞儀していたそうです。
【頭をガンッと打たれたような衝撃を感じました。とても美しく、清々しい光景……私はふとその瞬間に、「自分は今回通らないかもしれないな」と確信めいた予感を……】
女性が顔を上げると、連れの小柄な女の子が走り寄り、なにやら声を掛けます。
そして、その女の子も、徐にお辞儀をしたのだそうです。
☆☆☆
【――ということを、鮮烈に思い出しました。自分が落ちたのも仕様がなかったような気に……あらためて、また今年の秋に挑戦しよう、俄然やる気が湧いて来たのです】
「……それは、ようございました」
その女性が、どんな思いで深い礼をしたものか。
単なる試験会場にも関わらず。
【あの光景を目にしたのは僥倖だったかもしれません。少なくとも、私自身の心構えが変わりました。今は、あの御二人に感謝しています】
「……きっと、次回は大丈夫です」
【ありがとうござ――きゃん!】
男性がマスク内でまた吼えました。
花粉症との戦いもしばらくは続くのでしょうが――。
「ゴッド・ブレス・ユー……神のご加護を」
私は心から、男性に言葉を送ったのでございます。
あ。ヨーグルト、毎日食すと良いらしいですよ?
事情通が申しておりました。
アスリート寄りのアイドル、という感じで……。
歌い終わって、あんなにハァハァいっとる歌い手さんは珍しかったっす。
ーーーーーー
桜花爛漫の候、いよいよ春たけなわでございますよ、お母さま。
西の空が低い雲を並べ――あなた夢のように……これじゃ○んでしまいます。いかんいかん。
綾女は高校ラストイヤーに突入です。
大学進学なら受験生という扱いですが、本人は明確な意思表示をしておりません。
やれ、今年も海へ行くとか映画を一杯見るとか約束したじゃないとかあなた約束したぢゃないとか……受験生らしからぬことを「愚だ愚だ!」と申しておりました。
楽しそうですね。夏休みの無い私には縁の無いお話で……。
あ、痛い。チョメチョメが。
★★★
春うらら――先般、兄様に誘われ、上野のお山へ行ってまいりました。
昼過ぎに叩き起こされ、グ――ねずみ色、そう、ねずみ色のスウェット上下にスニーカーを引っ掛け、ぼさぼさ頭のまま引き摺られて行きました。
ご安心ください、靴下は履いてますよ、勿論。純一じゃあるまいし。
素足にスニーカーなんて絶対にあり得ません。だって、臭くなっちゃうでしょ? 足も靴も心も。あ、痛い、かも……。
丁度その日は、「灌仏会」という催しが。
釈迦の誕生日ということで(※私には真偽のほどが分かりません)。
秋色桜(しゅうしきざくら)という変わった桜が盛りですが、私は「月の松」というのに目を引かれ、暫くぼーっと眺めております。
広重も名所江戸百景で描いているという、枝がまん丸に生えた松です。
彼も(知り合いではありませんが)このまんまるから月を覗いたのでしょうか、なんて。
数百年の時を隔て、今私も広重さんと同じ景色を観ているのかもと思うと、不思議な心持ちになります。
灌仏会云々は口実で、兄様の目的は、とある売店でした。
東照宮近くにあるその売店はイート・インも備えており、中へ入ると「昭和」そのものでした。
ここの「カレーそうめん」(茹でたそうめんにカレールーを乗せたもの)が彼のお目当てです。食事というより酒のつまみに合うのだそうです。
実際兄様は昼間からビールを注文し、焼きそばを食む私よりも時間を掛けて堪能しているようでした(※実際に現在も出しているか不明)。
……こんなもんで如何ですか、お母さま。
時候の挨拶がわり(?)ということで。
☆☆☆
やや風の強いこの日、最初のお客さんがいらっしゃいました。
大きな白いマスクをした中年男性です。
鶯色、とでもいうのでしょうか、あまりお目に掛からないような色調のスーツ姿。
ふさふさの髪は多少白髪交じりです。
椅子に腰掛け説明書きを一瞥し、視線を落としてボタン群を眺めます。
彼はやや顔を紅潮させると、『……カ・イ・カ・ン……』というボタンを押下いたしました。
【こんにちは】
「ツイてない御苑へようこそ」
【ああ……天使だ。天使の声です】
「確か、昔のお薬のようなお名前の女優さんですよね」
【不思議な気分です。まさか天使が自らそんなボケを――「まる」です。「がん」とは読みません】
「薬師がんじゃないのですね」
【薬師マルです】
薬師丸というお薬が由来かと思っておりました。
【世代どんぴしゃの天使です。それはもう、清涼なお声で――へぷっ、きゃん!】
きゃん?
【きゃん! きゃん!】
「あの……ポメとか、犬をお飼いに?(マスク内で?)」
【……どうやら花粉症のようです――きゃん! どうも、我慢するとこんな感じで】
なんと可愛らしい「くさめ」でしょう。
まあ私は「猫派」なので、ほだされることはありませんが。
【これまで縁が無かったのですが。ツイておりませんよ。車通勤をやめて自転車にした途端、襲われてしまいました】
「左様で。それはツイておりませんでしたね」
【花粉が体内に蓄積されて、許容量を超えると発症(?)するそうで】
「ああ、なるほど」
引きこもりには縁が無いモノですね。
そう言われると、私もまだ悩まされたことがございません。
【せき、鼻水、くしゃみ、ひと通りです。目も痒いです。こんなしんどいとは思いもしませんでした】
「大変ですね(全く自分にはわかりませんが)」
【職場では多少落ち着きますが、頭がぼーっとして仕事が捗りません】
そうなると、ここではなくお医者に行った方がよろしいでしょうね。
「両手を頭に当てて、『きゃんきゃん!』とやってみるのはどうでしょう」
【? そうすると、症状が和らぐのですか? 聞いたことないですけど】
「いえ、女子社員の受けがよろしいかと思いまして」
【…………】
あースベりましたね。然もありなん。
彼はしばらくポカンと呆けておりましたが、
【ついでにもう一つ、ツイてないを語ってもよろしいでしょうか】
「存分に。拝聴いたします」
彼は「ちょっと失礼」とひと言断り、ポケットからハンケチを取り出すと後ろを向いて、びーっと鼻をかみました。
ティッシュではありません。イギリス紳士のような振る舞いですね(見た事ないですけど)。
マスクを整え、前を向いて語り出しました。
【昨年の秋に、とある国家資格を受検いたしました。年明け一月に発表があったのですが、あえなく撃沈です】
「左様でございましたか。ご愁傷様でございます」
【もう数年で定年なのですが、なにか定年後に漠然とした不安を抱きまして……独立系の資格ですが、一念発起して半年ほど時間を掛けて臨みました】
一月の発表で、今、ツイてないを捨てに……。
【水道橋の某私立大学が会場で。この間、偶々通り掛かりまして、苦い思い出が蘇りました……】
「……」
【そこでふと、思い出したのです】
★★★
試験を終え、出来に不安を抱えながらよろよろ正門を出た彼は、腕時計を忘れたことを思い出しました。
大方の受検生が校舎を後にした頃合いで、踵を返して再び正門へ向かうと。
若い女性の二人連れが正門を出て来ました。
内一人が足を止め、くるりと校舎へ向き直り――
【長い黒髪が美しい、眼鏡を掛けた女性でした……。彼女は直立不動ののち、突然、校舎へ向けて深々と身体を折ったのです】
その女性は、長いことお辞儀していたそうです。
【頭をガンッと打たれたような衝撃を感じました。とても美しく、清々しい光景……私はふとその瞬間に、「自分は今回通らないかもしれないな」と確信めいた予感を……】
女性が顔を上げると、連れの小柄な女の子が走り寄り、なにやら声を掛けます。
そして、その女の子も、徐にお辞儀をしたのだそうです。
☆☆☆
【――ということを、鮮烈に思い出しました。自分が落ちたのも仕様がなかったような気に……あらためて、また今年の秋に挑戦しよう、俄然やる気が湧いて来たのです】
「……それは、ようございました」
その女性が、どんな思いで深い礼をしたものか。
単なる試験会場にも関わらず。
【あの光景を目にしたのは僥倖だったかもしれません。少なくとも、私自身の心構えが変わりました。今は、あの御二人に感謝しています】
「……きっと、次回は大丈夫です」
【ありがとうござ――きゃん!】
男性がマスク内でまた吼えました。
花粉症との戦いもしばらくは続くのでしょうが――。
「ゴッド・ブレス・ユー……神のご加護を」
私は心から、男性に言葉を送ったのでございます。
あ。ヨーグルト、毎日食すと良いらしいですよ?
事情通が申しておりました。