☆本日の作業用BGMは『海雪』(ジェロ)でした。延々リピート……。
本文とは全く関係ないんですが……。ジェロ君、今は会社員なんですって。
勝手にご多幸をお祈り申し上げるのであります。
ーーーーーー
高一の夏休みは、だらだらしている内「アッ」という間に終わってしまった。
部活にも入っていないので、ひたすら一日中、家に籠っていた。外出は本屋とコンビニのみ。出来るだけ日中は避ける。綾女にせっつかれても、昼日中は頑として拒んだ。
だって暑いじゃん。夏だし。なんで酷暑の中へわざわざ汗を掻きに出なきゃいけないのか。デコのニキビが増えるだけだろ。
宿題をこなす以外は、マンガとラノベを読むだけの毎日。
エッチぃマンガも、高校デビューのつもりで密かに買い込んでみた。これも勉強だ。
「買う」ところからして「勉強」だ。めちゃ恥ずいけど。
☆☆☆
夏休み明けの席替え。
一番後ろ、窓際の席(自分には相応しいと思う)に決まった。
丁度陽の入らない、薄暗い隅っこだ。人生たまには良い事もあるもんだ。
「よろしくお願い申し上げます。神幸さん」
いつのまにか名前呼びの「美冬さん」が、楚々と右隣の席に腰を下ろしていた。
授業の合間、休み時間ともなると、右隣の席にやたら人が集まって来る。この学校はどうしてこうも真面目な生徒が多いものか。
彼女たちは矢庭に美冬さんを質問責め(まさに責め)にする。一学期を終え、美冬さんのポテンシャルが学年全体に知れ渡った所以だ。
然もありなん、彼女は「授業料免除の特待生」だったのだ。エリート中のエリートだった。
彼女は能面のような冷たい表情で淡々と捌いていく。でも何故か嫌味が無い。
そして何でも知っている。勉強以外でも。
私は大概その間目を瞑り、腕を組んで頭を垂れている。ちょっと偉そうな寝姿。
本当は机に突っ伏して寝たフリをしたい。それがぼっちの定番だろうし。
だが机に突っ伏すと喉に空気が溜まって苦しい。我慢できなくなって身を起こし、「ゲフッ」となるのがエロエロ恥ずかしいので、否応なく現在のスタイルに落ち着いた。
「あの子、いつもゲップかまして気持ち悪ぃね」
そんな陰口(?)を叩かれるのも切ないのだ。
続きが気になって持ち込んでしまった、エッチぃマンガを教科書で隠しながら読んでいるうち、ふと素朴な疑問が沸き上がった。
隣をさり気なく窺うと、休み時間なのに珍しく人だかりが無い。
思い切って(試しに)、
「……美冬さん」
「なんでしょう神幸さん」
「ひとつ教えてほしいんですが」
「拝聴いたします」
私は徐に教科書ごとエッチぃマンガを見せて、
「ここ……ここなんすけど」
私が指し示すと、美冬さんは衒いもなく顔を寄せ、じっとマンガに見入る。
「……この、彼氏と×××っている女の子、なんで『泣いて』るんですかね。自分から××を開いて、『しゅごい×××ちイイー』『×××になりゅー』『んほぉ!』とかって連呼してたのに……。他の作品を見ても、みな例外なくヒロインが『泣いて』るんです。どちて?」
「ど○て坊や」風に、出来るだけ可愛いく尋ねてみた。
彼女はひとしきり、ゴミを見るようなすンごい目付きで見開きのページを睨み付け、
「嬉し泣き……と思われます。私は経験がございませんが(キリッ)、泣く程×××がいい、という揶揄なのではないでしょうか」
「へー……」
「この『んほぉ!』は初見ですので意味は分かりませんが」
「そうっすか……そんな×××イイんすか……」
私はその回答に、
「……へー……」
無意識に繰り返した。
彼女は何でも知っている(二度目)。知ったかぶりをしないのも尊敬だ。
美冬さんは眼鏡の縁をキラっと光らせ、
「――神幸さん」
「はい」
「持ち込むな、とは申しませんが(言わないんだ?)、見つからないようご注意くださいませ」
「……気を付けます」
「もの分かりのよい百科事典」でよかった。席替えのお陰で、学校生活も少しは楽しく思えるようになってきた。
☆☆☆
昼時は、隣と机をくっつけてご一緒するようになった。
憧れていたシチュエーション。情けないが、不覚にも嬉しくて涙が滲んだ。
あ、××××じゃなくても嬉し泣きをするんだ。そうなのか。
学校生活で、誰かとお昼をご一緒するなど生まれて初めてなのだ。
当然、言い出しっぺは美冬さんである。私からそんな大それた事は言上出来ない。
向かい合わせでなく横並びというのが少々残念な気もするが、正面からまじまじとご尊顔を拝する勇気は無いので、これはこれで。
元々、弁当持参の生徒は少数派だ。お嬢様が多いので、てっきりお重のようなお弁当がデフォかと思っていた。
学食のメニューがやけに豪華なのだ。ランチとは思えない値段。庶民にはとてもじゃないが手も出ない。先生方の姿を見掛けた事が無い。
この日もいつものようにモソモソ弁当を食んでいると、
「……神幸さん」
「はい?」
美冬さんは小さいお口でお弁当を食み、優雅に咀嚼して嚥下した(この方は飲み込むまで口を開かない。お上品なのだ)。
私は黙って彼女が口を開くのを待っていたが、
「先程の、『泣いている』シーンについて……」
「(今頃?)な、なにか問題が?」
「嬉し泣き……が正解とも言えない気がしてきました」
「……はあ」
「わたくしも経験が無いところでありますので(キリッ)、あくまで想像だと思ってください」
「……そ、そうですか」
「経験者を捕まえて直接お聞きになるのが早いでしょう」
「え? なんて聞いたら……」
「あなたもやはり『×××の際泣いてしまわれますか? どうして泣いてしまわれるのですか?』と」
目を伏せた彼女が、そのままチラとこちらを見上げた。
ちょうど、フレームと眼が重なって瞳の色は窺えないが、口元が波打っているので、多少は恥ずかしいのかもしれない。
なんでこんなクソ真面目なのか。
でも、こんな彼女だからこそ、俄然興味も好感も増していくのが止められない。
私の弁当はウチの賄いさん(雅子さんという)の手によるが、美冬さんのそれは「自作」だという。
鳥越の自宅では、兄と二人暮らしなのだそうな。家事全般、彼女の担当らしい(※自ら希望した負担)。
「ご両親は?」
「幼い頃、二人共亡くなりまして」
「なな、なんで? 病気? 事件?」
彼女はフッと軽く笑みを浮かべると、
「神幸さんは何事もストレートにお聞きになるので、さっぱりしていてよいですね」
「……あ、すんません。忖度できないダメ人間で……」
「いえ、はっきりしていてよろしいかと。わたくしとしてはその方が気も楽です」
屈託なくニッコリ笑うそのお顔は、嘘ではないと語っているようにも見える。
彼女はいつも、つるりとした能面のような無表情だが、ふと微笑をかます事がある。
こうしてお昼をいただいている時間と、ある話題になった時。
彼女と話をしていると、いつの間にか彼女の「お兄様」の話になっている事が多い。
そもそも、何故自分の兄を「お兄様」と呼ぶのかが良く分からない。
聞けば、
「亡くなった両親も、養ってくれた叔父夫婦も地方公務員です」
との事なので、特別セレブという訳でもないようだ。
上京して兄貴と再会したのち、気が付いたら「お兄様」呼びになっていたらしい。
そんな事あるのだろうか。
もう一つ、聞いても釈然としなかったのが――
「朝、お兄様と別れる際、『ハグ』をするのが慣習となっております」
……そんな奇特な(ズブズブに仲が良い)兄妹も、世の中にはいらっしゃるのだろうか。
聞いた事ないけど。
確か兄と妹って、そんなコトする生き物じゃないでしょう?
当人はこの話をした際、珍しく頬を染めて身を捩ってみせた。
「それこそ、××泣きしなかったの?」
問わずにはいられなかった。
本文とは全く関係ないんですが……。ジェロ君、今は会社員なんですって。
勝手にご多幸をお祈り申し上げるのであります。
ーーーーーー
高一の夏休みは、だらだらしている内「アッ」という間に終わってしまった。
部活にも入っていないので、ひたすら一日中、家に籠っていた。外出は本屋とコンビニのみ。出来るだけ日中は避ける。綾女にせっつかれても、昼日中は頑として拒んだ。
だって暑いじゃん。夏だし。なんで酷暑の中へわざわざ汗を掻きに出なきゃいけないのか。デコのニキビが増えるだけだろ。
宿題をこなす以外は、マンガとラノベを読むだけの毎日。
エッチぃマンガも、高校デビューのつもりで密かに買い込んでみた。これも勉強だ。
「買う」ところからして「勉強」だ。めちゃ恥ずいけど。
☆☆☆
夏休み明けの席替え。
一番後ろ、窓際の席(自分には相応しいと思う)に決まった。
丁度陽の入らない、薄暗い隅っこだ。人生たまには良い事もあるもんだ。
「よろしくお願い申し上げます。神幸さん」
いつのまにか名前呼びの「美冬さん」が、楚々と右隣の席に腰を下ろしていた。
授業の合間、休み時間ともなると、右隣の席にやたら人が集まって来る。この学校はどうしてこうも真面目な生徒が多いものか。
彼女たちは矢庭に美冬さんを質問責め(まさに責め)にする。一学期を終え、美冬さんのポテンシャルが学年全体に知れ渡った所以だ。
然もありなん、彼女は「授業料免除の特待生」だったのだ。エリート中のエリートだった。
彼女は能面のような冷たい表情で淡々と捌いていく。でも何故か嫌味が無い。
そして何でも知っている。勉強以外でも。
私は大概その間目を瞑り、腕を組んで頭を垂れている。ちょっと偉そうな寝姿。
本当は机に突っ伏して寝たフリをしたい。それがぼっちの定番だろうし。
だが机に突っ伏すと喉に空気が溜まって苦しい。我慢できなくなって身を起こし、「ゲフッ」となるのがエロエロ恥ずかしいので、否応なく現在のスタイルに落ち着いた。
「あの子、いつもゲップかまして気持ち悪ぃね」
そんな陰口(?)を叩かれるのも切ないのだ。
続きが気になって持ち込んでしまった、エッチぃマンガを教科書で隠しながら読んでいるうち、ふと素朴な疑問が沸き上がった。
隣をさり気なく窺うと、休み時間なのに珍しく人だかりが無い。
思い切って(試しに)、
「……美冬さん」
「なんでしょう神幸さん」
「ひとつ教えてほしいんですが」
「拝聴いたします」
私は徐に教科書ごとエッチぃマンガを見せて、
「ここ……ここなんすけど」
私が指し示すと、美冬さんは衒いもなく顔を寄せ、じっとマンガに見入る。
「……この、彼氏と×××っている女の子、なんで『泣いて』るんですかね。自分から××を開いて、『しゅごい×××ちイイー』『×××になりゅー』『んほぉ!』とかって連呼してたのに……。他の作品を見ても、みな例外なくヒロインが『泣いて』るんです。どちて?」
「ど○て坊や」風に、出来るだけ可愛いく尋ねてみた。
彼女はひとしきり、ゴミを見るようなすンごい目付きで見開きのページを睨み付け、
「嬉し泣き……と思われます。私は経験がございませんが(キリッ)、泣く程×××がいい、という揶揄なのではないでしょうか」
「へー……」
「この『んほぉ!』は初見ですので意味は分かりませんが」
「そうっすか……そんな×××イイんすか……」
私はその回答に、
「……へー……」
無意識に繰り返した。
彼女は何でも知っている(二度目)。知ったかぶりをしないのも尊敬だ。
美冬さんは眼鏡の縁をキラっと光らせ、
「――神幸さん」
「はい」
「持ち込むな、とは申しませんが(言わないんだ?)、見つからないようご注意くださいませ」
「……気を付けます」
「もの分かりのよい百科事典」でよかった。席替えのお陰で、学校生活も少しは楽しく思えるようになってきた。
☆☆☆
昼時は、隣と机をくっつけてご一緒するようになった。
憧れていたシチュエーション。情けないが、不覚にも嬉しくて涙が滲んだ。
あ、××××じゃなくても嬉し泣きをするんだ。そうなのか。
学校生活で、誰かとお昼をご一緒するなど生まれて初めてなのだ。
当然、言い出しっぺは美冬さんである。私からそんな大それた事は言上出来ない。
向かい合わせでなく横並びというのが少々残念な気もするが、正面からまじまじとご尊顔を拝する勇気は無いので、これはこれで。
元々、弁当持参の生徒は少数派だ。お嬢様が多いので、てっきりお重のようなお弁当がデフォかと思っていた。
学食のメニューがやけに豪華なのだ。ランチとは思えない値段。庶民にはとてもじゃないが手も出ない。先生方の姿を見掛けた事が無い。
この日もいつものようにモソモソ弁当を食んでいると、
「……神幸さん」
「はい?」
美冬さんは小さいお口でお弁当を食み、優雅に咀嚼して嚥下した(この方は飲み込むまで口を開かない。お上品なのだ)。
私は黙って彼女が口を開くのを待っていたが、
「先程の、『泣いている』シーンについて……」
「(今頃?)な、なにか問題が?」
「嬉し泣き……が正解とも言えない気がしてきました」
「……はあ」
「わたくしも経験が無いところでありますので(キリッ)、あくまで想像だと思ってください」
「……そ、そうですか」
「経験者を捕まえて直接お聞きになるのが早いでしょう」
「え? なんて聞いたら……」
「あなたもやはり『×××の際泣いてしまわれますか? どうして泣いてしまわれるのですか?』と」
目を伏せた彼女が、そのままチラとこちらを見上げた。
ちょうど、フレームと眼が重なって瞳の色は窺えないが、口元が波打っているので、多少は恥ずかしいのかもしれない。
なんでこんなクソ真面目なのか。
でも、こんな彼女だからこそ、俄然興味も好感も増していくのが止められない。
私の弁当はウチの賄いさん(雅子さんという)の手によるが、美冬さんのそれは「自作」だという。
鳥越の自宅では、兄と二人暮らしなのだそうな。家事全般、彼女の担当らしい(※自ら希望した負担)。
「ご両親は?」
「幼い頃、二人共亡くなりまして」
「なな、なんで? 病気? 事件?」
彼女はフッと軽く笑みを浮かべると、
「神幸さんは何事もストレートにお聞きになるので、さっぱりしていてよいですね」
「……あ、すんません。忖度できないダメ人間で……」
「いえ、はっきりしていてよろしいかと。わたくしとしてはその方が気も楽です」
屈託なくニッコリ笑うそのお顔は、嘘ではないと語っているようにも見える。
彼女はいつも、つるりとした能面のような無表情だが、ふと微笑をかます事がある。
こうしてお昼をいただいている時間と、ある話題になった時。
彼女と話をしていると、いつの間にか彼女の「お兄様」の話になっている事が多い。
そもそも、何故自分の兄を「お兄様」と呼ぶのかが良く分からない。
聞けば、
「亡くなった両親も、養ってくれた叔父夫婦も地方公務員です」
との事なので、特別セレブという訳でもないようだ。
上京して兄貴と再会したのち、気が付いたら「お兄様」呼びになっていたらしい。
そんな事あるのだろうか。
もう一つ、聞いても釈然としなかったのが――
「朝、お兄様と別れる際、『ハグ』をするのが慣習となっております」
……そんな奇特な(ズブズブに仲が良い)兄妹も、世の中にはいらっしゃるのだろうか。
聞いた事ないけど。
確か兄と妹って、そんなコトする生き物じゃないでしょう?
当人はこの話をした際、珍しく頬を染めて身を捩ってみせた。
「それこそ、××泣きしなかったの?」
問わずにはいられなかった。