この短編集はフィクションです。
本話のネタ等には賛否両論あろうかと存じますが、断じて「フィクション」ですので……。
あたたかい目でお読みいただけると幸いに存じます。
☆本日の作業用BGMは『前略 道の上より』(一世風靡セピア)でした。
ーーーーーー
夜を迎えた浅草・寺町通り。
歩道端に立ち竦んで東方へ首を傾げ、Drペ○パー(※当然頂き物)を飲みながら「うどんツリー」をぼんやり眺めていると、背後に音も無く車が止まりました。
なんとなく首を回して窺うと、真っ黒なセン○ュリーというやつです。
何気に後部座席のご老体と目が合ってしまい、私は瞬間、硬直してしまったのでございます。
☆☆☆
入り口に二人、スーツ姿のSPらしき人が突っ立っております。外にも同様に二人、こちらを背にして仁王立ちしているようです。
モニタの前で――組んだ両手を机に乗せて、ふるふる顔を揺らす、涼し気な御髪のご老体がちょんと鎮座していらっしゃいます。仕立ての良さげなダークブラウンの背広姿。
世相に疎い私でもお名前を存じ上げている、とある政党の重鎮――にくりそつ。
しばしば、「ロー・GUY(S)」と揶揄される、あのお方です。こんな感じでどうですか、お母さま。
気付いたら私は、椅子の上で正座しておりました。
☆☆☆
ご老体は机上を眺めると、やや目を見開いて『コ○・リー(中国出身の女優)』というボタンを押下されました。
あ? いつの間にこんなボタンが。
【――もしもし】
「に、にーはお」
【……なるほど、こんな感じになるのか。ああ、日本語で結構】
「しゃ、しゃようでごじゃいますか」
【……私が「斜陽」だと?】
「と、とんでもない」
うっかり噛むことも許されないようです。既に詰んでいるのでは?
むすっとした顔で、ご老体が語り出しました。
☆☆☆
【……昨日、ある人の葬儀に足を運んだんだ。……昔、結婚を誓った女性だった】
「ご、ご愁傷様でぃっす!」
【……そんな大きい声も出せるんだな】
モニタ越しにジロリ睨まれます。あわわ。
【お互い、当然のように一緒になるものと思っていた。が、しかし……当時の私は、己の「野心」に負けて、彼女を捨てた……別の女性と結婚したのだ】
「あるあるですね!」
【? なんだと?】
「いえ……なんでも……」
もう少し考えて口にしましょう、私。
「……そ、その女性を忘れることはなかった、と」
まさに一拍おいて、
【……愚問だな】
オクターブ低い声で呟かれ、それだけで走馬燈が頭をよぎりかけました。
思わず首筋に手が伸び……ああ……お母さま。「生きている」って素晴らしいかも。
【喪主は彼女の弟さんだった。私もよく見知っている。私達二人を、影ながら応援してくれていた男だった】
聞こえるか聞こえないかの体で溜息を漏らすと、
【……中には入れてもらえなかった。焼香できなかったのさ】
ご老体は視線を落とし、淡々と呟きました。
「ツイてない」――と口にするのが憚られます。
「それは……失礼ですね。謝罪を要求するべきかと」
【「謝罪を要求」とかよしとくれ。馬鹿の一つ覚えのように「謝罪! 謝罪!」と繰り返す「ご近所さん(の国家)」にはうんざりしとるんだ】
苦虫を噛み潰したようなお顔で吐き捨てます。またしても地雷を踏んでしまったのでしょうか。
どうしましょうお母さま。今、耳の裏にいやな汗が滲んでおります。
「……も、申し訳もございません。家にテレビが無いので、エロエロと世相に疎いものですから」
突然、ご老体が「ガッハ」と笑いました。
【テレビが無い……貧乏なのかね】
「激しく正解です」
☆☆☆
【――まあ、残念だが仕様がない。私もいろいろと思うところはあるが……】
ふいに顔を上げると、
【……もしあの時、彼女と一緒になっていたとすれば、私は……】
遠い目になりそうな塩梅で(戻って来―い)、
「……人の一生というものは、節目で様々に枝分かれしているような錯覚に執らわれますが、その実、結局は太い一本の『幹』しかないのだそうです」
【……ほう】
「選択肢が多岐に渡っても、選ぶ道はひとつ。『あの時ああしていれば』と思っても、結末は誰にもわかりますまい。……結句、一本の道のみが死ぬまで続くのだ――必然だ、と」
【……それは、ご住職の受け売りかね】
「いえ。とある神父さんが仰っておりました」
【神父ぅ? これはいい、洒落がきいているじゃないか】
今度こそ、腹の底から笑っているぞ、といった風な笑い声が店内に響き渡りました。
ふと目を上げると、入り口を挟むように陣取るSPのお二人が、微かに口の端をあげていらっしゃいます。
笑い声が治まった頃合いで、
「貴方の選択は必然です。そう、思います。今の奥様と結ばれる運命だったのです。奥様に感謝です」
ご老体がこちらをじっと見据え、再びゆっくりと両手を組みました。
手もお顔も、心なし微かに震えているように見えます。これが噂の「超振動」でしょうか。
【…………そう、かな……うん。もちろん、カミさんには感謝している。あらためて、きちんと伝えるよ。ありがとう】
ひとしきり、組んだ手元をじっと見詰めていらっしゃいました。
黙ってモニタを凝視する私は、頭の隅で「早く時間にならねーかなー」と悶々としていたのでございます。
やがて――。
【……私はね、引退しようと思っているんだ。いつの間にか、気付いたら八十(歳)を越えている……敵対視しているやつ、恨みを抱いているやつも多かろうから、人並みの穏やかな最後を迎えられるかはわからない……ここへ来ることもないかもしれない】
そう言って、突然「ぱんっ」と柏手をひとつ。
間を置いて、表口から青いスーツ姿の中年男性が飛び込んで来ました。
ご老体がこちらを向いたまま右手を翳すと、その男性は慌てて鞄を抱え、中から封筒を一つ取り出してその手に置きました。
老人は、その封筒をプッシュホン脇にそっと「立て(!)」て、
【そろそろ時間だな。今日は貴重な時間を割いてくれてありがとう。これは「お布施」と思ってくれ】
「? ゴ、ゴッッド・ブレス――」
言うや、さっと立ち上がり、私が言葉を継ぐ間もなく受話器を置くと、こちらを振り返ることなく、すーっと店を出て行かれました。
モニタは、人っ子ひとりいない白い店内の静止画像を、飽くことなく流し続けました。
☆☆☆
封筒には、私の短い生涯で目にしたことのない「お宝」が詰まっておりました。
家へ帰るなり兄様に報告し、封筒を手渡しますと――。
彼は黙って封筒を覗き、中からお札を二枚抜き取ると、
「お布施だっつんだから、ありがたく頂戴しよう。お前にも臨時ボーナスだよ」
ぞんざいに渡されました。
懐に封筒を収めた兄様は、小さくスキップしながら母屋の奥へと消えて行きました。
なんとなく釈然としない思いもいたしましたが、私は大人しく離れへと戻ったのでございます。
臨時ボーナス、どういたしましょう、お母さま。
あわびのステーキ食べてもいいですか?
その前に、「テレビ」を購入した方がよろしいでしょうか。
――ご老体の奥様は、数年前に亡くなっていたそうです。後になって知ったのでございます。
本話のネタ等には賛否両論あろうかと存じますが、断じて「フィクション」ですので……。
あたたかい目でお読みいただけると幸いに存じます。
☆本日の作業用BGMは『前略 道の上より』(一世風靡セピア)でした。
ーーーーーー
夜を迎えた浅草・寺町通り。
歩道端に立ち竦んで東方へ首を傾げ、Drペ○パー(※当然頂き物)を飲みながら「うどんツリー」をぼんやり眺めていると、背後に音も無く車が止まりました。
なんとなく首を回して窺うと、真っ黒なセン○ュリーというやつです。
何気に後部座席のご老体と目が合ってしまい、私は瞬間、硬直してしまったのでございます。
☆☆☆
入り口に二人、スーツ姿のSPらしき人が突っ立っております。外にも同様に二人、こちらを背にして仁王立ちしているようです。
モニタの前で――組んだ両手を机に乗せて、ふるふる顔を揺らす、涼し気な御髪のご老体がちょんと鎮座していらっしゃいます。仕立ての良さげなダークブラウンの背広姿。
世相に疎い私でもお名前を存じ上げている、とある政党の重鎮――にくりそつ。
しばしば、「ロー・GUY(S)」と揶揄される、あのお方です。こんな感じでどうですか、お母さま。
気付いたら私は、椅子の上で正座しておりました。
☆☆☆
ご老体は机上を眺めると、やや目を見開いて『コ○・リー(中国出身の女優)』というボタンを押下されました。
あ? いつの間にこんなボタンが。
【――もしもし】
「に、にーはお」
【……なるほど、こんな感じになるのか。ああ、日本語で結構】
「しゃ、しゃようでごじゃいますか」
【……私が「斜陽」だと?】
「と、とんでもない」
うっかり噛むことも許されないようです。既に詰んでいるのでは?
むすっとした顔で、ご老体が語り出しました。
☆☆☆
【……昨日、ある人の葬儀に足を運んだんだ。……昔、結婚を誓った女性だった】
「ご、ご愁傷様でぃっす!」
【……そんな大きい声も出せるんだな】
モニタ越しにジロリ睨まれます。あわわ。
【お互い、当然のように一緒になるものと思っていた。が、しかし……当時の私は、己の「野心」に負けて、彼女を捨てた……別の女性と結婚したのだ】
「あるあるですね!」
【? なんだと?】
「いえ……なんでも……」
もう少し考えて口にしましょう、私。
「……そ、その女性を忘れることはなかった、と」
まさに一拍おいて、
【……愚問だな】
オクターブ低い声で呟かれ、それだけで走馬燈が頭をよぎりかけました。
思わず首筋に手が伸び……ああ……お母さま。「生きている」って素晴らしいかも。
【喪主は彼女の弟さんだった。私もよく見知っている。私達二人を、影ながら応援してくれていた男だった】
聞こえるか聞こえないかの体で溜息を漏らすと、
【……中には入れてもらえなかった。焼香できなかったのさ】
ご老体は視線を落とし、淡々と呟きました。
「ツイてない」――と口にするのが憚られます。
「それは……失礼ですね。謝罪を要求するべきかと」
【「謝罪を要求」とかよしとくれ。馬鹿の一つ覚えのように「謝罪! 謝罪!」と繰り返す「ご近所さん(の国家)」にはうんざりしとるんだ】
苦虫を噛み潰したようなお顔で吐き捨てます。またしても地雷を踏んでしまったのでしょうか。
どうしましょうお母さま。今、耳の裏にいやな汗が滲んでおります。
「……も、申し訳もございません。家にテレビが無いので、エロエロと世相に疎いものですから」
突然、ご老体が「ガッハ」と笑いました。
【テレビが無い……貧乏なのかね】
「激しく正解です」
☆☆☆
【――まあ、残念だが仕様がない。私もいろいろと思うところはあるが……】
ふいに顔を上げると、
【……もしあの時、彼女と一緒になっていたとすれば、私は……】
遠い目になりそうな塩梅で(戻って来―い)、
「……人の一生というものは、節目で様々に枝分かれしているような錯覚に執らわれますが、その実、結局は太い一本の『幹』しかないのだそうです」
【……ほう】
「選択肢が多岐に渡っても、選ぶ道はひとつ。『あの時ああしていれば』と思っても、結末は誰にもわかりますまい。……結句、一本の道のみが死ぬまで続くのだ――必然だ、と」
【……それは、ご住職の受け売りかね】
「いえ。とある神父さんが仰っておりました」
【神父ぅ? これはいい、洒落がきいているじゃないか】
今度こそ、腹の底から笑っているぞ、といった風な笑い声が店内に響き渡りました。
ふと目を上げると、入り口を挟むように陣取るSPのお二人が、微かに口の端をあげていらっしゃいます。
笑い声が治まった頃合いで、
「貴方の選択は必然です。そう、思います。今の奥様と結ばれる運命だったのです。奥様に感謝です」
ご老体がこちらをじっと見据え、再びゆっくりと両手を組みました。
手もお顔も、心なし微かに震えているように見えます。これが噂の「超振動」でしょうか。
【…………そう、かな……うん。もちろん、カミさんには感謝している。あらためて、きちんと伝えるよ。ありがとう】
ひとしきり、組んだ手元をじっと見詰めていらっしゃいました。
黙ってモニタを凝視する私は、頭の隅で「早く時間にならねーかなー」と悶々としていたのでございます。
やがて――。
【……私はね、引退しようと思っているんだ。いつの間にか、気付いたら八十(歳)を越えている……敵対視しているやつ、恨みを抱いているやつも多かろうから、人並みの穏やかな最後を迎えられるかはわからない……ここへ来ることもないかもしれない】
そう言って、突然「ぱんっ」と柏手をひとつ。
間を置いて、表口から青いスーツ姿の中年男性が飛び込んで来ました。
ご老体がこちらを向いたまま右手を翳すと、その男性は慌てて鞄を抱え、中から封筒を一つ取り出してその手に置きました。
老人は、その封筒をプッシュホン脇にそっと「立て(!)」て、
【そろそろ時間だな。今日は貴重な時間を割いてくれてありがとう。これは「お布施」と思ってくれ】
「? ゴ、ゴッッド・ブレス――」
言うや、さっと立ち上がり、私が言葉を継ぐ間もなく受話器を置くと、こちらを振り返ることなく、すーっと店を出て行かれました。
モニタは、人っ子ひとりいない白い店内の静止画像を、飽くことなく流し続けました。
☆☆☆
封筒には、私の短い生涯で目にしたことのない「お宝」が詰まっておりました。
家へ帰るなり兄様に報告し、封筒を手渡しますと――。
彼は黙って封筒を覗き、中からお札を二枚抜き取ると、
「お布施だっつんだから、ありがたく頂戴しよう。お前にも臨時ボーナスだよ」
ぞんざいに渡されました。
懐に封筒を収めた兄様は、小さくスキップしながら母屋の奥へと消えて行きました。
なんとなく釈然としない思いもいたしましたが、私は大人しく離れへと戻ったのでございます。
臨時ボーナス、どういたしましょう、お母さま。
あわびのステーキ食べてもいいですか?
その前に、「テレビ」を購入した方がよろしいでしょうか。
――ご老体の奥様は、数年前に亡くなっていたそうです。後になって知ったのでございます。