☆本日の作業用BGMは『悲しい色やね』(上田正樹)でした。イントロが大好きです。
この曲を聞くと、『大阪ビッグ・リバー・ブルース』(憂歌団)という曲をセットで思い出してしまいます。

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 霜月(11月)もあと僅かです。やっと冬がやって来ますよ。
 ん? 「冬がやって来る」のですよね? こちらから「冬に向かって歩いている」わけではないのですよね? どうなんですか、お母さま。ハッキリしてくださいよ、なんて。

 今年も冬眠準備の如く、しこたま「銀杏」を腹に収めました。満足でございます。
 夜中、東方西走してガムシャラに拾い集めました。匂いは確かにキツイものがありますが、う●こじゃないのはわかっているわけですから、さして苦労はありませんでした。
 せっせと穴掘って埋めましたよ。よい汗をかきました。夜中にする事でもないかもしれませんが。
 ああ、関係ないですけど、苦労というのは「他人の為にするもの」なのだそうですね。そんなもんなのでしょうか。
 苦労は若いうちに――とは申しますが、しなくてもよい苦労はその限りでもないと思うのです。
 そう思う私はやはり駄目人間なのでしょうか、お母さま。


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 開店後間もなく店に足を踏み入れたのは、過日のチーママさんでした。
 比較的スリムなダウンジャケットを着たまま椅子に腰掛けます。
 今日は髪を下ろしていらっしゃいます。化粧は薄目。
 相変わらず年齢不詳な美しさ。長い黒髪が一種妖艶な空気を醸し出しております。

 柔らかい微笑を浮かべたまま、本日も愉し気にボタン群を眺めていた彼女は、『部屋とミスターとワイシャツな監督と私』というボタンをぽちっと押下しました。

【こんばんは! また寄らせてもらいましたよ~】
「ようこそ『ツイてない御苑』へ。これからご出勤ですか」
【ええ。ちょっと寝坊して焦ったけど、無問題。却って時間に余裕できちゃったもんね】
「ナイスですねぇ~」
【それ「監督」違いじゃない? アダルティーな】
「んーどうでしょう!」
【あはは、なんか「プリティ」ぽいなあー】

 ケラケラ(ほが)らかに笑うチーママさんは、本日もご機嫌(フリ?)のようです。


「その後、例のお巡りさんとは――」
【お店には来ないようにお願いしてます】
「あれ? てっきり順調かと……」
【順調よ? お店に来て散財させるの可哀想なんだもの】
「……本気と書いてマジ、ということですか」
【そうそう! 先々もね、当然!】

 ちいさくウインクを飛ばします。舌があさってにチロと覗きました。


「お店の名前、『ホームルーム』なのですね」

 頂戴したマッチにそんな名が。

【小学校のイメージね。オーナー兼名誉会長(グランマ)の発案。「校長先生」ってことなんだけど、お店には滅多に来ないわ。娘であるママが「教頭」で現場をしきっているの。私は「保健室の先生」で、イベントでなけりゃ白衣の毎日。ウチのエースは「委員長」で、三つ編み眼鏡(※ダテ)のツンツン仕様だけど、そりゃあ人気者なんだから】

「それぞれキャラがお決まりなのですね」

【みんなワッペン付けて接客してます。お客さんを「くん付け」で呼ぶルールなの。四十代から上はギリ七十代かなあ、皆さん子供に戻ってノリノリで楽しんでらっしゃいますよ~。若い人も大歓迎だから、あなたも是非!】

「んーどうでしょう! 『ビュッ』って振って『ビューン』て振り切りますよ(?)、来年あたり(なんせ未成年ですから)」

 かの「ミスター」には「持ってる」というイメージしか浮かびません。どこぞの神社で(まつ)ってみたらどうかと思います。ご本人健在ですけど。


 チーママさんが気持ち背筋を伸ばし、視線を落としました。
 いつもは笑みの絶えない丸いお顔に、ふっと鳩羽色の憂いが漂っています。


☆☆☆


 机の上で手を組み、ひとしきり親指が迷子になっていましたが――。

【先週、体験入店の子がいて。軽くレクチャーしたあと、還暦を越えた常連の作家先生にヘルプで付いたのね。「給食」の「鯨の竜田揚げ」を皆で頂いていた時に、あろうことかその子が……「先生!」って呼んじゃったの】

「作家「先生」なんですよね?」

【そうなんだけど……お店のルールでは皆さん「くん付け」って言ったでしょ? それは大前提なの。身分も出自も忘れて、「少年に(かえ)る」心持ちで皆さん来店されるのだから……現実に引き戻すひと言だったわけ。数秒、そりゃもうお化け屋敷か? ってくらい空気が(よど)んじゃって……】

 なんとなく、店内に卒塔婆(そとば)が密集する暗い画が浮かびました。


「そ、それは、『ツイて』ないですね」

【ほんと店内の温度下がっちゃって……そしたらウチのエース(委員長)が――トレイを持ったまま立ち竦んでたんだけど、突然「ぷう♥」って――「オナラ」かましたの!】
「な●ほど!ザ・ワール――」
【場がしんとしてたから、皆その音しっかり拾ったわけですよ】
「ハイ消えたー!」
【彼女、「お、オナラじゃないのよッ?!」て真っ赤になって喚いて……すぐさまドッ! って店内も沸いたから、なんとか空気も戻ったのよ~】
「ちょっと待って? 奥さん! ゴールデンハン――」
【奥さんじゃないのよ?】


「メークミラクルですね。メークドラマでしたか?」
【もちろん偶然じゃないよ? 彼女が咄嗟に「ひり出した」んだもの】
「さすがエース。『いいんちょ神の子不思議な子』ですね」
【それも監督違いじゃね?】

 微笑したお顔が、ほんの少しだけ朱鷺色に染まります。

【……彼女のお陰で事なきを得たのだけど、冷静に思い返してみると、凍り付いてたのは店側だけだったわね。お客様はみな「気にしてない」風でもあったし……】

「年配のお客さんばかりで、「練れて」いらっしゃるのでしょうか」

【そうね……あらためて、「あの」空気を作り出しているのは、お客様の人柄に負うところが大きいんだなって実感したわ……そういえば、ココは「お客さん」なのね、「お客様」でなく】
「オーナーの方針で。『お客さん』を過度に持ち上げないように、だそうです。できるだけ目線を合わせられるようにと。『お客様』と思えば、バイアスが掛かることもあるそうで」
【そう……わかる気もするわ。お店も色々だから】

 ふっと視線を落としたチーママさんに、再び憂いが漂います。
 底抜けに朗らかなお人かと勝手に思っていましたが、人間てそんな単純でもないですよね。色々な「顔」をお持ちということで……。

「素敵なお客さんと――チームワーク抜群の良いお店ですね」
【そうね! ほんとその通り。しみじみ感謝しちゃった……】


☆☆☆


 帰り支度を始めたチーママさんに、

「彼とはおウチデートも?」

 唐突に問い掛けました。
 参考になればとの下心もあります。

【たまに、私の部屋で。彼、独身寮だからねえ。さすがに呼ばれないよ? まあ、真面目な人でよかったわ】
「『真面目じゃない』お巡りさんなんていらっしゃるので?」

 彼女は微かに、ニヤリと口の端を上げて、

【そりゃあね。「警察の人」もピンキリだから(※個人の感想です)】
「左様で?」

 意味深な笑みに当惑しながらも、

「んーゴッド・ブレス・ユーですねー」

 いつもの通り、言葉を送り出しました。

【なあ~んか「村西さん」ぽいンだよな~】

 クスクス笑いながら、彼女はお店へ向かいました。



 ここには、色々なプロフェッショナルな方も来店されます。
 皆さん素晴らしい矜持をお持ちで感服いたしますが、語られる様々な「ツイてない」から私も得られることがある――そんな気もいたしますよ、お母さま。