動揺したり心が荒れている時、私はよく「紙を切る」という行動にでます。
白い紙をただひたすら真っ直ぐ、幅1センチほどの棒状にハサミで切り揃えるのです。
心中が暴風雨だと、上手く真っ直ぐに切れないらしいです。
以前読んだ、「側近 左(悪)」とか「全中裏」とかいう奇妙な名詞の飛び交う、中学生の女の子がヒロインを務める少女マンガでやっていたのに興味を引かれ、まんま真似し始めたのです。
初めから、思っていたより上手に切れました。今もそんな感じです。才能かもしれません。五輪種目に採用されたなら銀メダルも夢ではないかと思われます。
切り出された紙は当然もったいないので、二本ずつ組み合わせて「栞」にします。10センチほどの白い栞が大量に生産されるわけです。
時には紙を繋げて、ベルトのような長いモノが出来上がります。
ここまでやると、流石に心持ちも落ち着いてきます。
卓上には、浜に打ち上げられた大量の魚の如く――生気の無い栞が残されることになります。
本日も、気が付くと処分に困る量の「それ」が――何某か天然記念物のような、白い個体が眼前に折り重なっております。形代のようでもあります。
ぼへえーと溜息を一つ吐いたところで、表からカランという音が届きました。
☆☆☆
【今日、チョ~ツイてなかったんすよっ!】
モニタ画面で頭を掻きむしっているのは――先般、「あなたとハプ○ング(石○秀美)」事件で顔を真っ赤にした、宅配便のお兄ちゃんでした。
日常お見掛けする制服に身を包み、片手で帽子を振りながら、泣きそうなお顔で訴えていらっしゃいます。
彼が選択したのは『坂道の誰か』という、実に曖昧なボタンでした。
一見すると「あのグループ」かなとは思いますが――誰一人、私の脳内には浮かんでまいりません。私は坂道もジ○ニーズも安倍チルドレンも、メンバーもグループの区別すらもつきません。
他方、家やこの店の近在に急坂が存在しないため、ぼんやり連想されるのは、せいぜい神田明神や湯島天神の「男坂・女坂(※石段)」くらいです。ああ、愛宕神社や品川神社の石段も凄まじいですね。
【もしもし? あれ? これ繋がってますっ?!】
「ツイてない御苑へようこそ。ご安心ください、『履いてます』」
【(安◯?)そういえば……こないだの方です? あ、あの……(顔は見えないかぁ……)】
「申し訳ございません。何を仰っているのかわかりませんが、ワタクシハショケンデス」
――忘れちまいな、あたしみたいなワルのことなんて。獣〇ライガーは白昼夢に決まってるさ。
我知らず、空いている右手の人さし指がトントンと机を叩きます。
【そ、そうですか……ちょっと残念】
「で、なにがツイてないのですか」
【あ、ああ、そうなんすよ! 聞いてくれますか××ちゃん?!】
(あンだって? すりゃ日本人かえ?)
ご近所のお婆ちゃんぽい返しが浮かびます。キラキラネームは罪深い。
彼は興奮しながらも、今日起こった「ツイてない」を説明してくださいました。
☆☆☆
軽自動車で配送中、第一京浜を東へ向かっていた「お兄ちゃん」は、「札の辻」の交差点に差し掛かり、赤信号への変り端、車線変更したのだそうです。
前をゆく、のんびりマイペース(自分勝手ともいう)な車にイライラしていての判断です。
青信号に変わって抜群のスタートを決めた途端(本人談)、白バイに指示され、停まるように誘導を。
「車線変更禁止区間での車線変更」を咎められたらしいのです。
【でも、車線は「黄色の実線を白線で挟んで」いるやつでした】
原付程度は嗜む私も、車線変更という命懸けの行為は殆どしないので、いまいち詳細がわかりません。
彼曰く――
【黄色の実線は跨いだらだめなんですけど、それを白い線で挟んであるヤツは「越えて」もいいハズなんです。教習所で習いました】
バス停付近などでよく見かけるパターンだそうです。
【オイら、自信満々で白バイのお巡りさんに訴えたらー】
おや? お国訛りでしょうか。ちょっと懐かしい響きですね。
かつて女子高に通っていた頃、陰で「$(ダラー)」と親しみを込めて渾名される英語の先生がいらっしゃいました。ちょいちょい語尾が「だらー」となるのです。
最初のころは、言葉尻に「だらー」とつく英文に戸惑ったものです。「may beだら~」とか「ミリオンダラーだらー」などと言われると、どこまでが「英語」なのか――皆困惑したのであります。
【でも結局……青切符を切られたらー……】
「蓋が固すぎて開かない」風な苦悶の表情を浮かべ、お兄ちゃんがギリギリと歯ぎしりしてらっしゃいます。マウスピースを進呈したくなるような、ハッキリとした不快な金属音が耳に届きます。
【お巡りさん曰く、この交差点は「黄色の実線を白い破線が挟んでいる」タイプで、跨ぐのは不可だと。「白い実線で挟んでいる」車線じゃないとダメだらー? って……】
なかなか面倒臭い設定ですね。間違いなく私も引っ掛かると思います。
【バス停付近とかは「白の実線」、長い緩やかなカーブなんかにあるのは「白い破線」で挟んであるそうならー】
「何故そのような紛らわしい設定を……」
【オイらも聞いたらー! したっけ……お巡りさん、なんて答えたと思うら?】
——方言やらごっちゃだな。
【破線は「単なるアクセントです!」やって……そんな理由ありえひんのらーっ!】
「アクセント? そんな……は? 勿論抗議したのでしょうね」
【したけど、覆らねーらー……オイらの勘違いと言われりゃそれまでだらー……】
「たしか反則金を突っぱねて訴訟に移行することができたハズですが」
【仕様がねーらー。国家権力には逆らえねーらー……裁判する気力もねーらー……】
ねーらー3連発後――ガックリと頭を垂れました。
確かに彼の不手際かもしれませんが、同じように勘違いされているドライバーも多いのでは?
たまに見受けられる、警察や公安のトラップにも感じられます。
事故でもないのに、パトカーや白バイが待機していたということは、元々かの交差点はかっこうの「釣り場」なのかもしれませんね(※以上、個人の感想)。
一般庶民からしたら甚だ理不尽です。
項垂れる影のような彼の姿を見つめながら、私の胸中はやるせない思いで一杯になりました。
自身は道交法を遵守しつつ、一所懸命仕事に励んでいたつもりなのでしょうに……。
「心中お察しいたします。私も勉強になりました。あなたも、そのトラップには二度と引っ掛からないでしょう?」
【……そう……だらぁ…………くっ】
真っ白く磨かれたツルツルの床が、涙ぐむ彼の目から光り滴る雫を、ひと粒ふた粒と音も無く受け止めます。
「きっと、先般のドロ○ジョ様も仰いますよ(ん?)」
【……な、なんて……】
「し……しぃぃ~んぱぁぁ~い無いさあああぁぁぁあああ~~~っっっ!(from大西ラ◯オン)」
適切な励ましが全く浮かびませんでした。
悪態も無く、泣いて悔しがる純な(?)彼をなんとなく羨ましく思いながら、泣き止むまでずっと見つめていました。
(……ゴッド・ブレス・ユー……)
傷心の彼に、紙を切る儀式を提案してみましょか。どうでしょう? お母さま。
白い紙をただひたすら真っ直ぐ、幅1センチほどの棒状にハサミで切り揃えるのです。
心中が暴風雨だと、上手く真っ直ぐに切れないらしいです。
以前読んだ、「側近 左(悪)」とか「全中裏」とかいう奇妙な名詞の飛び交う、中学生の女の子がヒロインを務める少女マンガでやっていたのに興味を引かれ、まんま真似し始めたのです。
初めから、思っていたより上手に切れました。今もそんな感じです。才能かもしれません。五輪種目に採用されたなら銀メダルも夢ではないかと思われます。
切り出された紙は当然もったいないので、二本ずつ組み合わせて「栞」にします。10センチほどの白い栞が大量に生産されるわけです。
時には紙を繋げて、ベルトのような長いモノが出来上がります。
ここまでやると、流石に心持ちも落ち着いてきます。
卓上には、浜に打ち上げられた大量の魚の如く――生気の無い栞が残されることになります。
本日も、気が付くと処分に困る量の「それ」が――何某か天然記念物のような、白い個体が眼前に折り重なっております。形代のようでもあります。
ぼへえーと溜息を一つ吐いたところで、表からカランという音が届きました。
☆☆☆
【今日、チョ~ツイてなかったんすよっ!】
モニタ画面で頭を掻きむしっているのは――先般、「あなたとハプ○ング(石○秀美)」事件で顔を真っ赤にした、宅配便のお兄ちゃんでした。
日常お見掛けする制服に身を包み、片手で帽子を振りながら、泣きそうなお顔で訴えていらっしゃいます。
彼が選択したのは『坂道の誰か』という、実に曖昧なボタンでした。
一見すると「あのグループ」かなとは思いますが――誰一人、私の脳内には浮かんでまいりません。私は坂道もジ○ニーズも安倍チルドレンも、メンバーもグループの区別すらもつきません。
他方、家やこの店の近在に急坂が存在しないため、ぼんやり連想されるのは、せいぜい神田明神や湯島天神の「男坂・女坂(※石段)」くらいです。ああ、愛宕神社や品川神社の石段も凄まじいですね。
【もしもし? あれ? これ繋がってますっ?!】
「ツイてない御苑へようこそ。ご安心ください、『履いてます』」
【(安◯?)そういえば……こないだの方です? あ、あの……(顔は見えないかぁ……)】
「申し訳ございません。何を仰っているのかわかりませんが、ワタクシハショケンデス」
――忘れちまいな、あたしみたいなワルのことなんて。獣〇ライガーは白昼夢に決まってるさ。
我知らず、空いている右手の人さし指がトントンと机を叩きます。
【そ、そうですか……ちょっと残念】
「で、なにがツイてないのですか」
【あ、ああ、そうなんすよ! 聞いてくれますか××ちゃん?!】
(あンだって? すりゃ日本人かえ?)
ご近所のお婆ちゃんぽい返しが浮かびます。キラキラネームは罪深い。
彼は興奮しながらも、今日起こった「ツイてない」を説明してくださいました。
☆☆☆
軽自動車で配送中、第一京浜を東へ向かっていた「お兄ちゃん」は、「札の辻」の交差点に差し掛かり、赤信号への変り端、車線変更したのだそうです。
前をゆく、のんびりマイペース(自分勝手ともいう)な車にイライラしていての判断です。
青信号に変わって抜群のスタートを決めた途端(本人談)、白バイに指示され、停まるように誘導を。
「車線変更禁止区間での車線変更」を咎められたらしいのです。
【でも、車線は「黄色の実線を白線で挟んで」いるやつでした】
原付程度は嗜む私も、車線変更という命懸けの行為は殆どしないので、いまいち詳細がわかりません。
彼曰く――
【黄色の実線は跨いだらだめなんですけど、それを白い線で挟んであるヤツは「越えて」もいいハズなんです。教習所で習いました】
バス停付近などでよく見かけるパターンだそうです。
【オイら、自信満々で白バイのお巡りさんに訴えたらー】
おや? お国訛りでしょうか。ちょっと懐かしい響きですね。
かつて女子高に通っていた頃、陰で「$(ダラー)」と親しみを込めて渾名される英語の先生がいらっしゃいました。ちょいちょい語尾が「だらー」となるのです。
最初のころは、言葉尻に「だらー」とつく英文に戸惑ったものです。「may beだら~」とか「ミリオンダラーだらー」などと言われると、どこまでが「英語」なのか――皆困惑したのであります。
【でも結局……青切符を切られたらー……】
「蓋が固すぎて開かない」風な苦悶の表情を浮かべ、お兄ちゃんがギリギリと歯ぎしりしてらっしゃいます。マウスピースを進呈したくなるような、ハッキリとした不快な金属音が耳に届きます。
【お巡りさん曰く、この交差点は「黄色の実線を白い破線が挟んでいる」タイプで、跨ぐのは不可だと。「白い実線で挟んでいる」車線じゃないとダメだらー? って……】
なかなか面倒臭い設定ですね。間違いなく私も引っ掛かると思います。
【バス停付近とかは「白の実線」、長い緩やかなカーブなんかにあるのは「白い破線」で挟んであるそうならー】
「何故そのような紛らわしい設定を……」
【オイらも聞いたらー! したっけ……お巡りさん、なんて答えたと思うら?】
——方言やらごっちゃだな。
【破線は「単なるアクセントです!」やって……そんな理由ありえひんのらーっ!】
「アクセント? そんな……は? 勿論抗議したのでしょうね」
【したけど、覆らねーらー……オイらの勘違いと言われりゃそれまでだらー……】
「たしか反則金を突っぱねて訴訟に移行することができたハズですが」
【仕様がねーらー。国家権力には逆らえねーらー……裁判する気力もねーらー……】
ねーらー3連発後――ガックリと頭を垂れました。
確かに彼の不手際かもしれませんが、同じように勘違いされているドライバーも多いのでは?
たまに見受けられる、警察や公安のトラップにも感じられます。
事故でもないのに、パトカーや白バイが待機していたということは、元々かの交差点はかっこうの「釣り場」なのかもしれませんね(※以上、個人の感想)。
一般庶民からしたら甚だ理不尽です。
項垂れる影のような彼の姿を見つめながら、私の胸中はやるせない思いで一杯になりました。
自身は道交法を遵守しつつ、一所懸命仕事に励んでいたつもりなのでしょうに……。
「心中お察しいたします。私も勉強になりました。あなたも、そのトラップには二度と引っ掛からないでしょう?」
【……そう……だらぁ…………くっ】
真っ白く磨かれたツルツルの床が、涙ぐむ彼の目から光り滴る雫を、ひと粒ふた粒と音も無く受け止めます。
「きっと、先般のドロ○ジョ様も仰いますよ(ん?)」
【……な、なんて……】
「し……しぃぃ~んぱぁぁ~い無いさあああぁぁぁあああ~~~っっっ!(from大西ラ◯オン)」
適切な励ましが全く浮かびませんでした。
悪態も無く、泣いて悔しがる純な(?)彼をなんとなく羨ましく思いながら、泣き止むまでずっと見つめていました。
(……ゴッド・ブレス・ユー……)
傷心の彼に、紙を切る儀式を提案してみましょか。どうでしょう? お母さま。