☆本話の作業用BGMは、『子供達を責めないで』(伊武雅刀)でした。お若い。
お歌というより演説。
いま動画を目にすると「んん?」な感じなんですけど、バック・グラウンド・ミュージックとしては「アリ」なのかなと。
正直、歌詞としてはスルーです。台詞?は「音」として認識しております。
声はイイですからね。さすが総統閣下。ジーク! ジ●ン!(これ違うヤツ)。
ーーーーー
クラス内の名前とお顔がほぼ一致してきたGW明け、席替えがありました。
私が配備されたのは、窓際の最後尾からひとつ前(の部隊)。
美冬さんは廊下側最前列……。
とうとう離ればなれでございます。
どうかご堅固で……ホロリ。
一体、明日からどう過ごせと……。
伊予神さんは――どこぞでご健勝のことと存じます(失念)。
国語の授業で宿題を命じられました。
「父の日に寄せた作文を創作せよ」とのことです。
来週月曜提出とのこと。
提出ノルマ達成で、「(国語の)内申点×10倍」ですと。ある種の救済措置なのでしょうか。
似非クイズ番組に於ける最終問題のよう。
系列大学の進学率がほぼ100%である秘密を垣間見てしまったようです。
まさか、高校生にもなって父の日の作文を書くことになるとは。
暫し動揺していると、概要を記載したペラいプリントが前から流れて来ました。
プリントは3枚あります。
私はなんとなく2枚抜き取り、残る1枚を最後尾の少女Bへと黙して渡しました。
先生のレクチャーが終わってもなお、私は石のように硬直しております。
フィクションにしても、何一つ、欠片も頭に浮かんできません。
☆☆
魔王討伐よりも難解と思われる宿題を課された翌日――土曜、の午前中。
マミーは女友達と芝居を見に行くとかで、早くから家を出ております。
課題に手を付ける気にもならず、離れでダラダラ自宅警備(読書)に勤しんでいた私のもとへ、珍しく親父どのが姿を見せました。
「神幸ちゃん、ちょっと手伝ってほしいんだよ」
「(えー……今イイとこなんだけど)」
「口にしてくれないと分かんないよ、おいちゃんも」
とある女性(檀家さん)のお見舞いだそうです。
なぜ、私も?
小遣いを先払いで握らされ、渋々表へ出ますと。
光生がぼーっと突っ立っておりました。
「兄様も?」
微かに口端を上げたハゲは、
「何故。俺も同道すると思う?」
「さあ。何故です?」
「俺にも分からん」
☆
少々気合が入り過ぎの感がある陽射しを避けつつ、裏通りを三人で下って行きます。
青い作務衣姿の二人と、ねずみ色のスウェット上下に身を包むバリバリの処女(希少)。
あなたが「普段着でいいよ」って言うから……今日は「スウェット記念日」ね。
行き先を問えば、め●りんのバス停がある所じゃないですか。
なんで徒歩なのよ。
お見舞いと言う割りに手ぶらだし。
「この三人で外を歩くの、初めてじゃないかな」
少し頬のこけた青白い顔で、親父がひそーり微笑みました。
☆
ゆるり歩いて40分ほど、神田和泉町の大きな病院へ到着。
来るのは初めて。来たいと望んだこともありませんが。
「おーここか。池波先生も入院してたんだよな……」
建物を見上げて、兄様が感慨深げに漏らしました。
上階の個室前へ辿り着くと、
「人見知りの神幸ちゃんに、良い物を授けよう」
親父殿は懐へ片手を突っ込むと、何やら赤い布を取り出しました。
「これ被っといてくれる?」
広げて見ると――マ●ベルコミックの有名な「蜘蛛のヒーロー」のマスクでした。
ほほう、これを被れと。
未成熟の乙女に。
「これなら恥ずかしくないでしょ? 格好イイし」
確かに、恥ずかしくはないでしょね(そうかな?)。
私は微かに加齢臭の残るそのマスクをささっと被りました。
「まあまあだな。俺はサ●ギマンの方がイカすと思うけど」
兄様がアゴを擦りながら呟きました。
ああ、似てるかも。
私はイナズ●ンの方が好きです。
ふっと笑みの消えた親父が、ドアを静かにノックいたしました。
迎え入れてくださったのは、髪を後ろでひっ詰めた妙齢の女性。
猫の顔がプリントされたエプロン姿。
アメショーかな?
リアルなご尊顔に吹き出し付き、『虎だ! 虎になるのだ!』と吠えてらっしゃる。
夢を見るのはご自由ですが、それぞれ「分」というものが……。
女性は静かな目で一同を流し見て、私の顔にフォーカスすると「魚っ!」と言って後退りました。
奥のベッドに、片足をギプスで固定された高齢の女性が身を起こしてらっしゃいます。
上品に緩いカールの掛かった銀髪が、ツインテールで揺れていました。
「女学生みたいで可愛いねえ、××さん」
親父のおべっかに、女性がほんのり頬を染めました。
「わざわざごめんなさいね。……ところで、そちらの男性と――ス●イダーマンさん?」
「倅と――見習いの子だよ。ちょっと人見知りでね」
まあ、と若干驚く女性に、私は無言で会釈を。
なんとなく、「ウォンテッド!」のポーズをサービスで披露いたしました。
マスク効果恐るべし。
女性が愉し気にコロコロと笑い声を上げます。
ほっ。
丸椅子に腰掛けたふいの来客にお茶を置くや、お付きの女性が部屋を出て行きました。
私ひとり、所在無さげに丹田の辺りで手を組んだまま直立不動です。
親父はかの後ろ姿を見送ると、
「災難だったね」
静かに声を掛けました。
「そうねえ……家人には『部屋で転んだ』としか言ってないけど……」
謎めいた微笑を浮かべる女性に、
「――で。お話というのは?」
オクターブ低い声で、親父が囁きました。
「ええ……」
お顔を上げた女性の瞳が光ります。
☆
「わたし、ある日気が付いたの」
「うん?」
「ズボンやスカートを身に着けるとき――靴下などもそうだけど――いつも、『左足から履いていた』という事実に」
親父も兄様も、神妙に耳を傾けているように見えます。
「……………………そう」
「それで、『右足から履いたらどうなのかしら?』と思って、挑戦してみたのよね」
無言で顔を見合わせるハゲ&ハゲ。
「まさか、それで――」
「足が縺れて転んじゃったの。それで膝折っちゃった……誰にも言ってないのよ? ここだけのお話!」
そこまで言い切ると、女性は楊貴妃の如く上品に笑い転げました。
親父もつられたように大笑い。
兄様は石のようになり……私は唖然として立ち竦むばかり。
☆☆
「面白いよねえ」
満足気に病院を後にした親父が、歩きながら宙に声を投げました。
「骨折はアレだったけど、内緒の話がまさか……神幸ちゃんのマスク姿より面白いとはなあ。負けた」
「なあ、あれで終わりなんか?」
眉根を寄せた兄様が、不機嫌を滲ませて親父に問います。
「そうみたいだね」
「わざわざ呼び出しといてか」
「墓場まで持って行くのが勿体無いと思ったんかねえ」
ああ、と気が付いたように親父が振り返りました。
「神幸ちゃん、もういいよ。マスク取っても」
「なに気に入ってんだ。馴染みすぎだろ」
ああそういえば。
一体化してました。何の違和感もなく。
ビルの隙間を通り過ぎる刹那、マスクを剥ぎ取りました。
町中華の油が混じったような温い風を浴びて、しかしながら爽快な気分で目を細めてみたのでございます。
「……なんか、腹へったな」
鼻をひくつかせ、ポツリ漏らした兄様の呟きに、
「なにか美味しいもの食べて帰ろうか。神幸ちゃん何がいい?」
にぱっと笑う親父どの。
「寿司――『音やん』が握る寿司が食べたい」※
「じゃマンガでも読め」
「ようし、行こうかお寿司、立ち食いだけど!」
ええー……今日は座れない日なのかな……。
マスクのお陰でぺったりな髪を漉きながら、なにも高揚しないまま、しおしおと後を付いて行きました……。
☆☆
――その日の夜。
二つの屈託が就寝を妨げておりました。
ひとつには、あのお婆さまの心持ち。
何故。ご家族にも内緒なのでしょう。
そしてもうひとつは、「作文」。
我が娘にマスク被らせて悦に入っているよな父親を、どう持ち上げたらよいのでしょう。
棄権……かな。
ーーーーー
※ 漫画『【熱血!寿司職人物語】音やん』(中村博文)。
音やんから関西弁が抜けてくるあたりから俄然面白い気がします。勉強になります。
お歌というより演説。
いま動画を目にすると「んん?」な感じなんですけど、バック・グラウンド・ミュージックとしては「アリ」なのかなと。
正直、歌詞としてはスルーです。台詞?は「音」として認識しております。
声はイイですからね。さすが総統閣下。ジーク! ジ●ン!(これ違うヤツ)。
ーーーーー
クラス内の名前とお顔がほぼ一致してきたGW明け、席替えがありました。
私が配備されたのは、窓際の最後尾からひとつ前(の部隊)。
美冬さんは廊下側最前列……。
とうとう離ればなれでございます。
どうかご堅固で……ホロリ。
一体、明日からどう過ごせと……。
伊予神さんは――どこぞでご健勝のことと存じます(失念)。
国語の授業で宿題を命じられました。
「父の日に寄せた作文を創作せよ」とのことです。
来週月曜提出とのこと。
提出ノルマ達成で、「(国語の)内申点×10倍」ですと。ある種の救済措置なのでしょうか。
似非クイズ番組に於ける最終問題のよう。
系列大学の進学率がほぼ100%である秘密を垣間見てしまったようです。
まさか、高校生にもなって父の日の作文を書くことになるとは。
暫し動揺していると、概要を記載したペラいプリントが前から流れて来ました。
プリントは3枚あります。
私はなんとなく2枚抜き取り、残る1枚を最後尾の少女Bへと黙して渡しました。
先生のレクチャーが終わってもなお、私は石のように硬直しております。
フィクションにしても、何一つ、欠片も頭に浮かんできません。
☆☆
魔王討伐よりも難解と思われる宿題を課された翌日――土曜、の午前中。
マミーは女友達と芝居を見に行くとかで、早くから家を出ております。
課題に手を付ける気にもならず、離れでダラダラ自宅警備(読書)に勤しんでいた私のもとへ、珍しく親父どのが姿を見せました。
「神幸ちゃん、ちょっと手伝ってほしいんだよ」
「(えー……今イイとこなんだけど)」
「口にしてくれないと分かんないよ、おいちゃんも」
とある女性(檀家さん)のお見舞いだそうです。
なぜ、私も?
小遣いを先払いで握らされ、渋々表へ出ますと。
光生がぼーっと突っ立っておりました。
「兄様も?」
微かに口端を上げたハゲは、
「何故。俺も同道すると思う?」
「さあ。何故です?」
「俺にも分からん」
☆
少々気合が入り過ぎの感がある陽射しを避けつつ、裏通りを三人で下って行きます。
青い作務衣姿の二人と、ねずみ色のスウェット上下に身を包むバリバリの処女(希少)。
あなたが「普段着でいいよ」って言うから……今日は「スウェット記念日」ね。
行き先を問えば、め●りんのバス停がある所じゃないですか。
なんで徒歩なのよ。
お見舞いと言う割りに手ぶらだし。
「この三人で外を歩くの、初めてじゃないかな」
少し頬のこけた青白い顔で、親父がひそーり微笑みました。
☆
ゆるり歩いて40分ほど、神田和泉町の大きな病院へ到着。
来るのは初めて。来たいと望んだこともありませんが。
「おーここか。池波先生も入院してたんだよな……」
建物を見上げて、兄様が感慨深げに漏らしました。
上階の個室前へ辿り着くと、
「人見知りの神幸ちゃんに、良い物を授けよう」
親父殿は懐へ片手を突っ込むと、何やら赤い布を取り出しました。
「これ被っといてくれる?」
広げて見ると――マ●ベルコミックの有名な「蜘蛛のヒーロー」のマスクでした。
ほほう、これを被れと。
未成熟の乙女に。
「これなら恥ずかしくないでしょ? 格好イイし」
確かに、恥ずかしくはないでしょね(そうかな?)。
私は微かに加齢臭の残るそのマスクをささっと被りました。
「まあまあだな。俺はサ●ギマンの方がイカすと思うけど」
兄様がアゴを擦りながら呟きました。
ああ、似てるかも。
私はイナズ●ンの方が好きです。
ふっと笑みの消えた親父が、ドアを静かにノックいたしました。
迎え入れてくださったのは、髪を後ろでひっ詰めた妙齢の女性。
猫の顔がプリントされたエプロン姿。
アメショーかな?
リアルなご尊顔に吹き出し付き、『虎だ! 虎になるのだ!』と吠えてらっしゃる。
夢を見るのはご自由ですが、それぞれ「分」というものが……。
女性は静かな目で一同を流し見て、私の顔にフォーカスすると「魚っ!」と言って後退りました。
奥のベッドに、片足をギプスで固定された高齢の女性が身を起こしてらっしゃいます。
上品に緩いカールの掛かった銀髪が、ツインテールで揺れていました。
「女学生みたいで可愛いねえ、××さん」
親父のおべっかに、女性がほんのり頬を染めました。
「わざわざごめんなさいね。……ところで、そちらの男性と――ス●イダーマンさん?」
「倅と――見習いの子だよ。ちょっと人見知りでね」
まあ、と若干驚く女性に、私は無言で会釈を。
なんとなく、「ウォンテッド!」のポーズをサービスで披露いたしました。
マスク効果恐るべし。
女性が愉し気にコロコロと笑い声を上げます。
ほっ。
丸椅子に腰掛けたふいの来客にお茶を置くや、お付きの女性が部屋を出て行きました。
私ひとり、所在無さげに丹田の辺りで手を組んだまま直立不動です。
親父はかの後ろ姿を見送ると、
「災難だったね」
静かに声を掛けました。
「そうねえ……家人には『部屋で転んだ』としか言ってないけど……」
謎めいた微笑を浮かべる女性に、
「――で。お話というのは?」
オクターブ低い声で、親父が囁きました。
「ええ……」
お顔を上げた女性の瞳が光ります。
☆
「わたし、ある日気が付いたの」
「うん?」
「ズボンやスカートを身に着けるとき――靴下などもそうだけど――いつも、『左足から履いていた』という事実に」
親父も兄様も、神妙に耳を傾けているように見えます。
「……………………そう」
「それで、『右足から履いたらどうなのかしら?』と思って、挑戦してみたのよね」
無言で顔を見合わせるハゲ&ハゲ。
「まさか、それで――」
「足が縺れて転んじゃったの。それで膝折っちゃった……誰にも言ってないのよ? ここだけのお話!」
そこまで言い切ると、女性は楊貴妃の如く上品に笑い転げました。
親父もつられたように大笑い。
兄様は石のようになり……私は唖然として立ち竦むばかり。
☆☆
「面白いよねえ」
満足気に病院を後にした親父が、歩きながら宙に声を投げました。
「骨折はアレだったけど、内緒の話がまさか……神幸ちゃんのマスク姿より面白いとはなあ。負けた」
「なあ、あれで終わりなんか?」
眉根を寄せた兄様が、不機嫌を滲ませて親父に問います。
「そうみたいだね」
「わざわざ呼び出しといてか」
「墓場まで持って行くのが勿体無いと思ったんかねえ」
ああ、と気が付いたように親父が振り返りました。
「神幸ちゃん、もういいよ。マスク取っても」
「なに気に入ってんだ。馴染みすぎだろ」
ああそういえば。
一体化してました。何の違和感もなく。
ビルの隙間を通り過ぎる刹那、マスクを剥ぎ取りました。
町中華の油が混じったような温い風を浴びて、しかしながら爽快な気分で目を細めてみたのでございます。
「……なんか、腹へったな」
鼻をひくつかせ、ポツリ漏らした兄様の呟きに、
「なにか美味しいもの食べて帰ろうか。神幸ちゃん何がいい?」
にぱっと笑う親父どの。
「寿司――『音やん』が握る寿司が食べたい」※
「じゃマンガでも読め」
「ようし、行こうかお寿司、立ち食いだけど!」
ええー……今日は座れない日なのかな……。
マスクのお陰でぺったりな髪を漉きながら、なにも高揚しないまま、しおしおと後を付いて行きました……。
☆☆
――その日の夜。
二つの屈託が就寝を妨げておりました。
ひとつには、あのお婆さまの心持ち。
何故。ご家族にも内緒なのでしょう。
そしてもうひとつは、「作文」。
我が娘にマスク被らせて悦に入っているよな父親を、どう持ち上げたらよいのでしょう。
棄権……かな。
ーーーーー
※ 漫画『【熱血!寿司職人物語】音やん』(中村博文)。
音やんから関西弁が抜けてくるあたりから俄然面白い気がします。勉強になります。