☆本話の作業用BGMは、『林檎殺人事件』(郷ひろみ・樹木希林)でした。
 某・実験的ドラマの挿入歌であります。
 便利な今の時代に映像と共に拝見しておりますと、なんとなく幸せな気分になります。
 平和な昭和を感じられます。

 締めは、『だれかが風の中で』(上條恒彦)。
 OPがカッコ良すぎて痺れる……雄大なお歌であります。
 いつも長楊枝を咥えた渡世人が主人公の某ドラマ――の、主題歌。

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 夏日を越えた季節外れのあっっついその日。
 七つ半(午後五時)に来店されたのは、いつぞやのお婆ちゃんでした。
「妖精、或いは観音様の悪戯」などと適当なことを告げてしまった、浅草観音裏に独り住まうご老体。
 久し振りにお姿を拝し、私は心から安堵の息を漏らしたのでございます。

 訪問着に渋い唐草模様の巾着を提げ、白足袋に草履のさっぱりと小奇麗なお姿。
 しっかりとした足取り。草履を脱いで椅子に正座すると、ボタン群をさっと一瞥します。
 左手で(たもと)を押さえ、のぞいた白く細い右手で押下したのは、

『あっしにはかかわりのねーことで――ちょ、待てよッ⁈』

 というボタンでした。



 受話器を取り上げたご老体。

【こんばんにゃ】

 ああ、前回もこうでしたね。

「こんばんは。ツイてない御苑へようこそ。ご堅固でお過ごしの様子、重畳に存じます」
【無沙汰でしたな。まあまあ元気ですわ】

 巾着から扇子を取り出します。

 ゆるく扇ぎ出すのを待って、

「このボタン、どなたのお声でしょう」

 手を止めず、気持ち良さげに目を瞑り。
 ゆるり首を回すと、

【キム●ク――】
「ああ、そっち――(木●し紋次郎じゃないのか)」
【――の真似をするホ()じゃな】

 しかもモノマネ。
 ご本人ならマイクに切り替えようと思ったのに。
 お婆ちゃん、外れ(くじ)を引いた風な苦いお顔で視線を下げました。


 徐にごそごそ巾着をまさぐり、何やらを取り出してテーブルに置きます。
 小さな紙包みと、飴玉が二個。
 お供え物のようにずいっと前に押し出し、

()(食べろ、の意)】
「ど、どうも。恐れ入谷の――」
【桃●郎の串団子。生醤油。喰い掛けで申し訳ないが、汚くはない……と思う】

 おお! 大好きですよ。甘くないやつですねい。

「ありがとうございます。大好物です」

 私のささやかな興奮が伝わったものか。
 満足気な笑みを浮かべたご老体。
 頬をほんのり紅潮させて、鼻から小さな息が抜けていきます。


 浅草は国際通り沿い、ビルの谷間にひっそり佇む小さなお団子屋さん。
 噺家さんがよく訪れるという、知る人ぞ知る名店です。
 こちらの串団子、冬の間は店頭に出ません。固くなるからだそうで。

「……春なんですねえ」
【……春ですのう】

 眠そうに細めた目で、もごもご・しみじみと呟きました。





 先般、奇跡に遭遇したそうで。

【ろーんぐ・ろーんぐあごー】
「先般て仰いましたよね?」
【季節じゃし、着物を入れ替えようかと箪笥を開けたところ――】
「はいはい」

 勿体つけるようにミニペットボトルの緑茶をこくり。

【引き出しの隅っこに、ぼんやり光る小さな「おっさん」がおりましてな。口ひげ生やしとりました】
「えっ?」

 噂の「妖精」さん?

「まじすか!」
【信じてもらえんかもしれんが……目が合ったそいつの第一声が、「た、たけのこが美味しい季節ですねっ⁈」じゃったー】

 グルメな妖精?

【ふむ、旬じゃのう。食わせてくれるのけ? 言いましたら】
「はいな」
【「ぐはー!」言うて奥に引っ込みましたわ】
「こいつぁ愉快だ」

 思わずタブレットで「妖精・ぐはー」検索です。
 手が止まりません。
 やはりというか、デジタル性健忘症に足を突っ込みかけておりますね。
「ここは誰? 私はどこ?」状態で療養が必要になるのも、遠い未来ではないかも。

「おっさんの妖精」は、割と出現率高めのようですよ、お母さま。

【翌日、知り合いの爺さまから誘われたもんで、早速「たけのこ狩り」とやらに足を運んだですわ】

 実にナイスなタイミング。


 当日、二人はバスに乗り込むと、一路・千葉は木更津へ。

【あくあ……まりん? のままでいて?】※1
「アクアラインですか?」
【それじゃ。それで海を渡ったです】

 東京湾を横断する高速道です。今、幾ら(料金)するのでしょう。
 昔、当時の森田●作知事が「いずれタダにする」と仰っていたような?

【「海ほたる」いう所にも寄りましたわ】
「休憩施設ですね。行った事ないんですよねえ」
【駐車場がやたら風が強くてな。皆乗り降りする際、強風に煽られて隣の車にしこたまドアをぶつけてましたわ】
「ははー」
【スライド・ドアいうのは便利なもんじゃ、腑に落ちましたのう】

 さすが年の功。エロエロと造詣が深い……瞠目です。



 現地へ到着するや、早速「狩り」に勤しむご老体。
 中々お目当ての突起物は見つからず。
 気が付けば同道した爺ちゃんとはぐれ、独り森に取り残されます。

【やれやれ、こげな所で孤独死かえ……と途方に暮れかけた頃合いで――】

 ふと、見つけたのだそうです。
 気の所為か、淡く発光する「謎の突起物」――。

【おっさん(妖精)の姿が頭を過りましたな。もしや、中にか●や姫でもおったら敵わんなあと……】

 おっかなびっくり、ゆっくりと周囲を掘り進めます。
 ところが――。

【結構掘ったのに、さっぱり全貌が見えんですわ。ちよと焦り出しましたな】

 採って二、三時間でえぐみが出るらしいです。
 ガイドさんの注意が思い起こされ、額にドッと汗が吹き出すご老体。

【ツイとらん。そんな大物を欲した積りもなかったに……】

 黙々と掘るうち、

【「……わしは一体何の為に生き永らえておるんじゃろ」と、ふと頭に浮かびましてな】
「作業中に……なんか哲学ですね」
【じゃが、今更この年で「何の為」もクソもない】
「…………」
【若い頃ならいざ知らず……今はただ、生き永らえているだけ、「死ぬまでただ生きとる」だけじゃ】
「………………」

 恐らくは冷え切ったペットボトルを――お婆ちゃんは両手で大事そうに包み込むと、その小さな手に優しく微笑みかけました。

 えと……そもそもこれは「たけのこ狩り」のお話で――。

【年寄りちゅうのは、最早赤子というか……畜生みたいなもんです】
「…………」
【我に返りましたわえ】

 シャベルを放り出し、スマホを取り出すと、

【思い付くのはろくでもない事ばかり……いい加減アホらしくなって、連れのじじいとガイドさんにヘルプを求めたわけですわ】
「スマホ、お持ちだったのですね」


 意外と近くにいらっしゃったのか、数分後にガイドさんが到着。
 同行したお爺ちゃんと、他のツアー客も数人駆け付けたそうです。


 十数分ほど格闘の末――大歓声に迎えられて掘り起こされた筍は、

【大人が抱えるのんもハァしんどい……ジャイアントな「ダゲノゴッ」じゃった~】
「わかりみ……なんか『ひろぴょん石』みたい」※2
 

 大人二人で持ち帰ると、早速たきぎに丸ごと入れて焼き、ツアー客の皆さんに振る舞ったのだ、と――顔をくしゃくしゃにして、お婆ちゃんが語ります。

「皆さんは、自身の成果をお持ち帰りに……」
【左様】
「お婆ちゃんは皆さんに振る舞って……太っ腹ですね」
【食べ尽くさにゃ意味ないじゃろ。旬の筍、時間が経ったらアレじゃし】
「ですよねー」

 持ち帰るのも面倒――赤味がかった頬で、少女のように笑うご老体。
 中々どうして、「生きている」感に溢れているじゃあーりませんか。

【日々何を食べるか、くらいしか楽しみはないが。旬のものを口にするのは、まあ格別ですわ】




【♪フニフニフニフニフニフ~ニィ……】※3

 と余生を送る日々でも、(たま)さかには良い事もある――。
 ポツリ漏らしたお婆ちゃん、小さく小さく頷きました。


 そういう事なら――

「これからも、『旬のもの』を色々教えてくださいませ、お婆ちゃん」

 ご老体は、仲良く一本ずつ食んだ団子の串を咥えると、

【あっしには関わりの……】

 言葉を切ると、ニヤリ口の端を上げ草履を突っ掛けました。

「ゴッド・ブレス・ユー」

 また――お待ち申し上げます。

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※1『アクアマリンのままでいて』(カルロス・トシキ&オメガトライブ)。二枚目のシングル。
※2『ひろぴょん石』→「氷山の一角」の意(ぽい)。
『ど根性ガエル』にて、主人公ひろしが躓いた路上の小さな石。
 ぴょん吉がシャツと合体する羽目になった原因。
 後日、記念に持ち帰ろうとして堀り起こしたら、アホみたいな「巨岩」だったのであります。
※3『林檎殺人事件』より。