☆本話の作業用BGMは、『One Night Carnival』(氣志團)でした。
 ユー●ューブで必死に振りを覚えた……という事実はございません。
 勝手ながら後半の劇中歌とさせていただきました。
 ♪ ~寂っしがりや達のぉ……

 締めは『ディア フレンズ』(パーソンズ)。カタカナ表記でごめんなさい。
 JILLさんが歌う「baby」の発音が難しい……。
(本文とは関わりがございません)

ーーーーーー

 そう――憧れるのはやめるのだアンドレ(神幸)…………ん?
 違うな。憧れているのは――。
 舞台袖に引っ込んで指を咥えつつ、猫のように光る眼でこちらを見詰めているアイツ――肉襦袢(綾女)だろう。
 指が涎塗れ。キモイ。

 マリー様(美冬)がリモコンを手に取ってどこやらに翳すと、中央階段の真ん中辺にホワイトボードがするすると降りて来た。
 碁盤を模したソレに、マリーがドレスを摘まみつつ歩み寄る。
 大盤解説が始まるのかもしれない。五目ならべだし?

 マリーは大きな黒い(いし)を手に取ると、盤の中程にポンと張り付けた。
 途端、卓の二人が動き出す。
 残像のように互いの手が交錯し、やがて――

 オスカル(桜子)が卓上にパタリと突っ伏した。
 振り返ったマリーは目を見開き、慌てて●と○を掴み取って投了図を完成させる。
 そしてひと声。

「勝者――アンドレ!」

 おおぅと客席が軽~くどよめいた。

「くっ……フ……ランス……万……歳」

 オスカルが悔し気に(こぼ)すと、パッと立ち上がって無造作に剣を抜いた。
 アンドレも椅子から飛び退のいて剣を抜き――苦い顔で膝を(さす)る。

(ぶつけた?)
(ぶつけたよね?)

 ひそひそと声が漏れる。

 観客はワケも分からず息を呑み、静かに対峙する二人を見詰めた。

 どちらともなく間合いに飛び込むと激しく数合打ち合う。
 静かな舞台上に甲高い金属音だけが鳴り響く。
 キレのいい殺陣は凡庸な空気を切り裂き、旋風を巻き起こして客席へとリアルに流れていった。

(リ●ンの騎士……)
(ラ・セ●ヌの星……)
(太田(ユウ)貴……)

 微風に当てられた客席から、各々世代別の呟きが漏れ聞こえる。


 やがて、オスカルがガックリと片膝をついて呻いた。

「……う……うぉ……」
(うお)?」

 アンドレが怪訝な顔を向けると、

「ウ……ウォーター!」

 オスカルがヘレン・ケラー風に叫んだ。
 どういう訳か上品な笑い声が上がる。

 アンドレがスルーして、オスカルの腕を取って引っ張り上げる。
 次いでパッと抱え上げた。お姫様抱っこだ。

 客席の一部と「舞台袖」から、黒板を爪で引っ掻くような悲鳴が鳴り響く。何かをバンバン叩く音も。
 アンドレの膝が笑い出した。
 ソッコーでオスカルを脇に降ろすと、その腰にするっと腕を回した。
 再び下品な悲鳴が二方向から突き刺さる。

 
 徐々に二人の足元をスモークが覆う。
 館内の湿度が上がった……ような錯覚に陥ると、照明が薄青い光で舞台を照らし始めた。
 腕を擦る女性客の姿がチラホラ。
 
「……あ~い~それはぁ――」※1

 唐突にアンドレが歌い出した。
 定番の曲。アカペラだ。

「アンドレ! その歌が終わったら結婚式だっっ!」

 デカい声で興奮気味に被せると、肝心の歌声も掻き消される。理不尽。
 そのうちオスカルも倣い、形の上ではデュエットになった。

 綾女は舞台袖で四つん這いになり、滝のような涙を流している。
 何かを我慢しているような赤い顔で、気の所為か息が淫らに荒い。


 ――ウェットに歌い終えると、霞がかったホールに暮れ六つの鐘が微かに漂った。

 それまで彼方を見詰めていたアンドレが、片足で床を何度も踏み鳴らし始める。
 ダン! ダンッ! って。

「近所迷惑だぞ、アンドレ」

 (たしな)めるオスカルに、アンドレが静かに告げた。

「無問題。『下にあの老人が眠っている』」※2

 驚いて目ぇ覚ますんでぃや?
 穏やかでないひと言にオスカルが苦い顔を見せると、のんびり幕が下り始めた。
 姿が消える寸前――眼鏡のブリッジをくいと上げ、困惑顔のマリー様が何事か呟いたようだった。
(タネモミ、タネモミ)

 ラストに謎の台詞を置き去りにした寸劇は――奇妙な余韻を残したまま無事終了した。




 
 スタンディングおうぇ……オベーションなんて無かった。
 笑(てん)の公開録画とも違う。
 客席に蔓延していた空気は、ひと言で表せば「困惑」。

 ざわめきが収まらないホールを無視するように、なんか演奏が始まった。
 同時に最後の幕が上がる。


 お嬢四人が背を向けてポーズをとっている。
 みな学ラン姿。股関節のストレッチ中といった感じで片膝を折り、演奏に合わせてキビキビ重心を変える。
 右端の背が高いおなご(神幸)だけ腰が高い。やはり二週間では矯正出来なかったものか。

 パッと客席に向き直る。四人とも黒いサングラスをあしらっていた。
 真ん中、ポニーテールのお嬢(美冬)が唯一のスタンドマイクに顔を寄せ、

「――俺●トコ来ないきゃ?」

 ここイチで猿のように噛むと、BGMに合せて四人一斉に気合いを入れて動き出した。
 美冬の口元がムムムと波打っている。
 最前列に陣取っていた大きなお友達(?)の一団が、さっと中央に密集した。
 真剣な顔で何かを見上げている(「何か」は不明)。

 中央階段からわらわら人が降りてきた。本日の出演者ご一同。
 ひしめき合うようにお嬢たちの後方へ並び始め、各々リズムを取りながら好き勝手なアクションを披露する。

 時折、舞台上の全員で「ァフゥッ!」と吼えた。
 なんとなく――静かな手拍子が起こった。控え目だった。

 先ほどの痴態など忘れ去ったかのようなメインヴォーカルは力強く、無駄に饒舌なビブラートがホールを揺らす。
 右端のお嬢はリコーダーを咥えつつ、必死に足だけでステップを踏んで見せた。
 パラパラすら却下された悲しい身ながら、課せられた責を果たすべく……何かに怯えたような硬い顔。
 汗でデコを光らせながら中央マイクに近寄ると、

「ピーポポピポポ――」

 横の桜子が「ぺちん」と神幸の尻をスパンキング。

「アウチっ――お、おれたちまるで……ステテコみたい!」
「「「捨て猫っ!!」」」

 間髪入れずツッコミが入った。

 壇上の出演者たちは意外にノリノリで、みな満面の笑みでボデーをムーブしている。
 安堵――からの解放感がその顔に滲んでいた。
 時折ご機嫌な巻き舌が甲高く轟いた。

 光る汗を飛び散らし、キレキレに歌い踊るお嬢たち(ひとりを除く)。
 サングラスで表情は窺えないが、口元は口角上がりっ放し。屈託は微塵も感じられない(やはりひとりを除く)。

 サビに差し掛かると、会場のそこかしこで横凪ぎのウェーブが(控え目に)起きる。
 Fun Fun!
 小気味いいリズムに合わせ、ホールが小さく揺れ続け――。





「皆さま、本日はお忙しいところ足をお運びくださり、誠に(かたじけ)のうござりました。衷心より御礼申し上げます。足元に気を付けてお帰りくださーーーいっ!」

 ワンコーラスで終了ののち、演奏が終わる寸前で美冬が叫んだ。

「アンコールはございません!」

 補足すると観客はバラバラ立ち上がり、文字とおりのスタンディングオベーション。
 想定外の歓声と拍手の束が、会場を(やはり控え目に)うぉんうぉん揺らす。

 暫く呆然と立ち竦んでいたお嬢たちは、我に返ったように四方へお辞儀してみせた。
 美冬、桜子、綾女を始め、皆が客席へ向け手を振る中、神幸はハンカチを取り出し、棒立ちのまましきりに額の汗を拭っている。
 顔が真っ青。
 
 チアノーゼ気味の神幸が、会場へ向けた視線を止める。
 その視線は――立ち上がってぺちぺち手を叩く、二人の観客に注がれていた。
 磨き込まれた頭頂部が光る、憮然とした僧侶らしき男と。
 隣で顔を真っ赤にしながら目許を拭う小学生眼鏡貴公子。

(――内緒だって言ったのに……あのハゲぇ……)

 もそもそ尻を掻きながら鋭い舌打ちひとつ。
 床を見詰めて長く深~い息を吐く。
 思い出したように、軽くえずいてみせた。


 桜花のような紙吹雪が盛大に舞う春の夜――お嬢たちのワンナイト・カーニバルは、ようやく幕を閉じたのだった。

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※1 『愛あればこそ』(「ベルサイユのばら」宝塚歌劇団)
※2 『北斗の拳』一巻『秘拳!残悔拳』より