黒い車から足早に降りて、待っててとドアを閉める。昨夜はなかなか寝付けなかったけど、意思を固めて、友達のお見舞いへ行くから送ってほしいと母に頼んだ。
 深掘りされたくなくて、車内では全く関係のない話ばかりを切り出し、なんとか場を(しの)いだ。
 ナースステーションで聞いた病室の前に立って、一度深く息を吐く。

 突然来たりして、迷惑じゃないかな。お姉さんに連絡したことを知ったら、気持ち悪がられるんじゃないか。病状が悪化していたら……。
 負の思考ばかりが現れて、さっきまでの意欲はどこかへ飛んでしまった。

 すれ違う人が、怪しむ目で私を見ていく。こんなところで立ち止まっていたら、嫌でも目につくだろう。不審者だと勘違いされたら困る。

 心を決めてノックすると、中から「はい」と声がした。
 不安定な音を立てながら、カーテンを開けると、点滴の管が繋がった宮凪くんがいた。

「……蛍? なんで」

 足がすくんで、何度も唱えていたはずのセリフは出てこない。向けられているのが、驚きに加えて拒絶するような目だったから。

「あの……すごく、心配で」
「帰って」

 ベッドの上に横たわる宮凪くんは、力ない声を吐いた。視線を窓の外へ追いやって、目も合わせようとしない。

「勝手に、ごめんなさい。どうしても、また会いたくて」

 線の細い声が、さらに震えて聞こえづらくなる。網膜を覆おうとする水の膜をぐっと堪えて、渡すタイミングを失くした紙袋を握りしめた。

「友達ごっこはもう終わり」
「えっ?」
「もしかして信じちゃってた? 今までのは、ぜんぶ暇つぶし。死ぬまでにデートしてみたいとか、んなわけねぇじゃん。君はどんくさいから、気付かねぇか」

 ハハッと呆れたように、宮凪くんが口を(つぐ)む。背中から伝わる冷たい空気に耐えきれず。


「……嘘……、だよね?」

 意味のない問いかけをして、少しでも傷口を抑えようとする。むしろ、広げるだけだと分かっていても、素直に受け入れられない。
 あんなに優しく触れた指が、言葉も全て偽りだったなんて、信じたくない。

「曲は……どうするの? まだ、完成してな」
「あんなの、もうどうでもいい」
「そんな……あんなに、一生懸命、考えて」
「なにがわかんだよ! 蛍に、いってらっしゃいって親に見送られて毎日学校行ってる蛍に、俺の、なにがわかるって言うんだよ」

 冷たく放たれた言葉が、グサリと私の胸へと突き刺さる。
 知ったような口を聞くな。そう切り離された気がした。