昔から、私、木内麗華はそれなりにもてた。
学生時代は、すぐに結婚しちゃうね、なんて友人から言われるほどで、自分でもそう思っていた。
だけれど、私に近寄ってくる男は、私の外見目当てが多かった。
だから付き合った男達は色々な場所に連れて行った。
そう、私を見せびらかすために。

若くて美しい、は本当に武器だった。
私は相手を選ぶことが出来た。
会社社長やら政治家とも交際したことがある。
でも、みんな長くは続かなかった。
それでもすぐに次が来るのだから気にすることも無かった。

その間、友人達がどんどん結婚していく。
まだ20代も前半なのに、なぜそんなに自分から自由のない檻に入りたがるのか、いまいち理解出来ず傍観していた。

そしてそろそろ30歳も近くなった時、状況は一変した。
あれだけ頻繁に声をかけてきた男達が、一人、また一人と消えていった。
最初はまぁそんなこともあると思っていた。
深く考える必要など無いと思っていたのだ。



「そりゃ、男は美人より若い女が良いに決まってるじゃない」

未だ独身同士という事で一番気が合う友人と食事をしていたらそう言われた。

「あのね、私達何歳だと思ってるの?
20歳前後の娘に勝てるわけないじゃない。
凄く美人の30歳より、ほどほどの20代の前半を男は妻に選ぶのよ」

私はぽかんとして言葉もない。

「男とそれなりに付き合ってるのに、なんでそういうところに頭が回らなかったかな。
美人でいつ浮気されるか心配で過ごすより、安心出来るくらいのレベルのほどのどな女を男は選ぶの」

「そんな頭悪いって言わないでよ」

「だって辺に男慣れしてないんだもの。
まともに恋愛したことあるの?」

「まともな恋愛の定義について是非ご教授を」

「私に仕返ししたい気持ちはわかった。
ようは男が彼女にしたい女と結婚したい相手は違うって事」

「で、私は彼女にしたい女で止まる訳ね」

そう言った私に、友人は少し意外そうな顔をした。
私はため息をつきつつ答える。

「私だって自覚してるわよ」

「そっか。
それが悪いとは思ってないけど、わざとそうしてるのかと思った」

友人の言葉に私は苦笑いして言葉を続ける。

「昔から相手の方から寄ってくるから、それで良いのかなって思ってたんだよね」

「多くの女性を今、敵に回したからね」

「いや、だってそうだったし」

そういうとギロリと睨まれ、思わず顔を背けた。

「私も婚活中で偉いことは言えないけどさ、こっちは普通のルックスだから、仕事が忙しくて出会い所じゃなかったと言えば、東京ならこの歳でも全然平気なのよ。

でもさ、麗華は美人でどうみても男がほっとかないことくらい誰だって分かる訳よ。
それが未だ独身って事は、理想高いんじゃないかと思って新しい男は手を出しにくいんだと思う」

「別に理想高くなんて無いわよ」

「でも今まで社長だのなんだのと付き合って散々贅沢味わっておいて、急に庶民と付き合えるの?」

「なんか勘違いしてるけど普通の人とも付き合ったことあるよ?」

「どんな人?」

「大学生とか」

「それって大学生の時に大学生と付き合ってたってことよね?
まさかその歳でめっちゃ年下の大学生と付き合っていたというのじゃないわよね?」

「そりゃそうよ、大学時代の話」

「それは含めるな」

真顔になった友人に厳しい声で言われ、私は不満そうな顔を浮かべてしまう。

「とりあえず、麗華も本腰入れて婚活したほうが良いって」

「例えば何したらいい?」

そうねぇ、と友人は少し宙を見て考えている。

「お金があればきちんとした結婚相談所登録するのがいいんじゃない?」

「そっちは何をしてるの?」

「ネットの婚活サイトにいくつか登録してる」

「どんな感じ?」

「少なくとも私はイマイチ。
食事くらいはするけど、ほとんどそれで終わるかな」

「なんだそりゃ」

「言っておくけど、私の基準が厳しすぎるんじゃないのよ。
こういう場所で結婚までいった人もそれなりにいるけど、下手な鉄砲も数打ちゃ当たるよな戦法を取る所よ、ここは。
素敵な人に出会える人達も居るけどそれはイレギュラーだわ。
でもやらないよりマシなのよ」

そういうと友人は盛大にため息をついた。
イレギュラーな婚活サイトに登録する意味ってなんなのだろうと友人を見て思う。

「わかった。
とりあえず、ネットの婚活サイトでも登録してみるかな」

結婚相談所はハードルが高そうだけれど、ネットなら気軽な気がする。
そう言った私に、友人はいくつか自分の登録しているサイトを教えてくれた。

「麗華は写真だけで選ばれる可能性高いから、それなりにメール来るだろうし覚悟しておきなさいよ」

友人は最後、真面目な顔で私にそう忠告した。



面倒になるといけないので、まだやる気のあるうちに私は教えてもらった一つに登録してみた。
はっきりいって、登録する時に色々書かないといけないことの方が面倒で心が折れそうになる。

「長男でもいいか、親と同居でもいいかってそこまで書くのか、うわぁ」

私は記載項目の細かさにうんざりとしていた。
別に長男でもいいけれど、向こうの親と同居なんてごめんだ。
身長とかこちらは書かないといけないけど、私の身長は約168センチ。
ヒールなんて履いたら、男性の平均身長を軽く抜くのだ。
出来ればぺたんこな靴を履くことを要求しない男性が良い。


私は初めて、結婚するならどういう男性が良いのか、自分で細かく考えないといけないという事にぶちあたった。
今までそんなこと考えたことが無かったので、本当に苦労した。
段々疲れてきてある程度で記入を済ませて、次は写真だ。

友人に、バリバリ決めてる写真じゃなくてそれこそ集合写真の一部を切り取るとか、真正面は向いてない方が良いだのと言われ、色々スマートフォンの画像を漁るけど、思ったより自分の写った写真が無い事に驚いた。
自分の写真を探せば1年以上前のしかなかった。

しかたなく、その友人達と写った写真を自分の部分だけトリミングし貼り付けた。
本当にこんなの毎回書いているなんてうんざりだ。
私はそこで登録完了を押し、パソコンを閉じた。



「なに・・・・・これ」

翌日朝、登録したサイトのメール受信箱を見ると、恐ろしいほどの数が入っていた。
スクロールしてもまだ終わらない。

「午前四時に送ってる人はなんなの」

私は逆に怖くなってとりあえず仕事に行くことにした。



「増えてる・・・・・・」

帰宅して再度見てみたらもっとメールはもっと増えていた。
この量をいちいち読んで、プロフィールまで見ないといけないなんて。
既に仕事で疲れているのに。
私はとりあえず、一番送ってきたのが早い人から読んでみることにした。

とりあえず、メールの文章があまりに定型文すぎる、偉そうな雰囲気を出しているものは除外。
そしてプロフィールを確認する。
写真を見て、不自然なものが結構ある。
わざと腕を写るようにしてあるものまであった。
ようは、ブランド物の時計などをアピールしたいのだろう。

「ある程度稼ぐと今度はそういうものに興味無くなるんだよね、男性って」

今まで交際したり付き合いのあった社長や稼いでいる人は、突き抜けてしまうと、思ったより物に固執せず、結構平気でファストファッションとか着てしまうのを知っていた。

「ふむ、除外、これも除外っと」

そういう事をしながら、なんだか自分がおそろしいモノに思えてきた。

現実では昔のように声が掛かることもちやほやされることも減ったというのに、このネットの世界ではまた昔のようなことが起きた。

きっとこれは最初だけ。
なんだかむなしくなってきた。
でもせっかく登録してここまで動くことにしたのだ。
私はとりあえず三人の男性に会ってみることにした。




結論から言えば、世の中甘くない、だ。

最初の男は、写真と全く違う不細工な男だった。
学歴と会社は良いところだったが、あまりに上から目線だった。

「君は美人であることにあぐらをかいている」

「男はやはり若い女が良い、君とは1歳下。
誤差で意味は無い」

「こういう場所に登録している時点で君は普通に接してて結婚相手に選ばれて無いと言うことに問題意識を持つべきだ」

その男は偉そうに講釈を垂れてきた。

『全部あんたの事じゃ無いの』

最後は見事に割り勘だった。

それなのに次も会いたいとメールが来た。
偉そうな態度を取る人は無理ですと書いて返信した。



次の男性は私より5歳ほど上の男性だった。
ルックスもまぁまぁ、話のセンスも悪くない。
ただバツイチと書いてあるのが気になった。
私は率直にその点について聞いた。
今はバツイチくらいザラにいるしそれでどうこうまでは考えていなかったけど、やはり理由や子供がいるのか聞いておきたい。

「あぁ、その、妻に逃げられたんだ」

寂しそうに話す彼の話を静かに相づちを打って聞いていた。

「子供が二人いるんだが、本当に可愛くて。
でも妻が、あの女が誘拐したんだ」

ん?段々変な感じがしてきた。
顔つきが最初の穏やかな顔と違う。

「きちんと金を渡していたのに、これでは生活出来無いだのなんだのと。
俺が働いているんだ、家事や育児を全てするのが妻の仕事だろう?!」

異様に息巻いて話す目の前の男を見て、あぁ、こいつ育児何もしてなかったんだなと思った。
会社の名前があったけれど、そんなに年収は高くないはずだ。
それで子供二人。
奥さんは育児に生活を回すことに大変だったのではないだろうか。

「離婚は裁判とかですか?」

「あぁ、養育費を払うよう言い渡されたけど一度も払ってない」

「えっ?!」

「なんで払わないといけないんだ?
あんな女、信用出来ない」

私はその後一切食事を口に運ばなかった。


やはりその後もう一度会いたいとメールが来た。
感情的になって申し訳無かった。
君はそういう女性ではないのにと。
自分ばかり一方的に話して私の事などほとんど話していなかったのに、一体何がわかったのだろう。
私はこの人が前の人より怖くて、定型文のお断りを送った。




既に二人でうんざりして、私は婚活中の友人に電話をした。

『あー!その上から目線男、私も会ったわ!』

『は?!』

『全然プロフと違うのよねー。
私が会ったの、多分一年前よ?
まだそんな事してるって相当まずいわよねって私が言うのもアレだけど』

「サイトの運営側に連絡した方が良いんじゃない?」

『例えば金をだまし取られたとかセクハラされたとかじゃないから、送っても無視されると思うわよ?』

「十分迷惑な人間だと思うけどねぇ」

『で次がそんな男だったと』

「もうめんどくさくなった」

『うーん、二連続で酷いハズレに当たったのね。
全員が全員じゃないし、まずはまだやってみたら?』

「なんか砂金でも探してるみたいね、膨大の土砂の中から」

『やめてよ、私も泣きそうになるじゃない』

お互いため息をついて会話を終えた。
何だか、自分の価値が酷く落ちた事を痛感させられた。
それは私にはとても恐ろしくてどうしたら良いのかわからない現実だ。
まだ私なら待っていれば、と思っていたけれど、そうしていれば時間だけが経っていくかも知れない。


怖い。

ずっと華やかだった世界から、どんどん私は遠ざけられていく。

よく考えてみたら、男性と沢山知り合っていたくせに、私の為を思って注意してくれた人なんていなかった。

男性から見てこんな今の私はどう写っているのだろう。
今までの手段が使えないのだ、通じないのだ。
安易にネット婚活なんて始めてみたけど、この方法は合っているのだろうか。
わからない、やはり怖い。
私は1人の部屋で泣きそうになっていた。




翌日、婚活サイトは開かずに、ぼんやりとネットサーフィンをする。
ほんとにネットで運命の相手なんかに出逢えるのだろうか。
やはり男性の事で悩むのだ、意見を求めるのなら男性だ。
でも今までの彼氏に聞ける訳が無い。

気兼ねなく相談できたり、愚痴を聞いてくれる異性の友達を作っていれば良かった。
そんな事を思いながら、ネットサーフィンをしていて、ふととあるサイトが目に留まった。

『宿り木カフェ』

客は女性のみ、男性スタッフが話し相手になるという変なサイトだった。
値段も安い。
どうもコーヒー一杯くらいの価格で単に茶飲み友達感覚でお話ししましょうという事らしい。

20回がマックスで話せるらしいけど、1回ずつチケットを購入するようで、途中で止めても良い、一回お試しというか、自己紹介タイムもあるようなので、試しに登録してみた。

希望のスタッフは年齢は20代から30代、ネットで交際相手を見つけて結婚した人。
せっかくだから本当にそんなことで結婚できた人がいるなら話を聞いてみたかった。
正直そんな人がここにスタッフでいるとは思っていなかったけれど。


*********


そして初めて話す時が来た。
パソコンを使って会話するのは仕事でもしていたので、特に問題なく出来た。
しかし未だに怪しげなものではないかと思いつつも、とうとうスタートした。

『初めまして』

「初めまして」

落ち着いている相手の声に少しホッとする。

『まずはこちらの簡単な自己紹介をしても良いですか?』

「はい、お願いします」

どんな人なのかとドキドキしてしまう。

『名前はタクヤです。
年齢は30代半ばというところで、オーダーにもありましたが、いわゆるインターネットで知り合った相手と結婚しました』

「えっほんとに?!」

『あはは、マジです』

私の素の驚きに、タクヤさんが笑っている。
いや、でも本当だろうか。
こんなこと、言っちゃ悪いけど証明しようがない。

『記入欄には、ネット使って婚活中、結果は全然ダメ、で、自分は美人の部類と書かれてたけど』

「いや、最後はそんな書き方してないですって」

『あー、ごめん、堅苦しいの苦手で。
しゃべり方砕けて良い?』

「どうぞどうぞ、じゃぁ私もそうする」

『助かる。
いや、多分というか美人でしょ、君。
なんか同じ感じの臭いがする』

「なにそれ」

急な言葉に私は不審げな声を出す。
ネットで匂いなんて感じないでしょ。

『いや実は自慢とかじゃなくて、昔から俺、もてるんだよね。
読者モデルとかしてたし』

「へぇ、それなのにネットで知り合った人と結婚するわけ?」

『それこそが君の悩みなんじゃないの?』

ずばりと言われた言葉に、思わず言葉を失った。
そう、そんなにもてるんならなんでネットなんかでと思ったのだ。
まさに今私がそれで悩んでいるというのに、結局私も他の人と同じ感覚だった。

「ごめん、私も所詮他の人と同じだわ」

『いや良いよ、そんなもんだし、未だに俺も不思議』

思わず二人で笑う。
考えて見たら、付き合っている男か、下心のある男か、今回の婚活のおかしな男とかばかりで、仕事を抜けばこんなにまともに男性と話したことなんて無かった。
少しだけたわいないことも話し、終了時間が近づいた。

『そろそろ終わりだけど何か質問は?』

「うーん、すぐには思いつかないな」

『まぁそうだろうね、多分未だになんだこのカフェって思ってるだろうし』

「思ってる」

『割とみんなそう言うよ、最初はね。
とりあえず俺の日程入れてあるから、もし俺で良ければご指名どうぞ』

「あ、うん、ありがとう」

通話が終わった。
あなたに今度からお願いしますとは、この場で言い切れなかった。
なんだか変な気分であっという間に時間が過ぎた気がする。
私は妙な心持ちで少しぼんやりとしながら、横に置いておいたお茶を飲んだ。


*********


ネットで会うことにした三人目の男性と会う日。
私はもう既に面倒で面倒で仕方なかった。
最初は洋服もかなり気合いを入れていたが、仕事着の延長みたいななのでいいかとスーツにしておいた。
どちらにしろ平日夜の待ち合わせなのでちょうど良い。

三人目は実は適当に選んだ人だった。
もうなんだか面倒になって、あまり細々プロフィールを書いていない人にしたのだ。
研究所務めなんて書いてあったし、理系の学歴だったはず。
覚えていないので慌てて待ち合わせ先に向かう途中で相手のプロフィールを確認した。

だが待ち合わせ時間になったけれど来ない。
十五分経っても来ない。
いや、おかしくない?
せめて遅れますの一言くらい送るでしょう、社会人なら。

そして約三十分過ぎた時、もう帰ろうとしていたら息を切らせて走ってきて、周囲を見渡している人が居た。
眼鏡で全体の服装から見ても、なんだか冴えない男性だ。
もしかして、とメールを送ると、その男性はスマートフォンを握りしめていたらしく慌てて中を見ている。

『あーあの人かー』

私はテンションが下がりながら、こちらに気がつき走ってきた男性と向かい合った。

「あの、木内さん、ですか?」

はぁはぁと息を切らして現れた男性に、苦笑いで、はい、と答えた。

「すみません、考え事をしていたら降りる駅を乗り過ごしてしまって、それが快速で降りられなくて」

「あぁ、よくありますよね、そういうこと」

私は無いけど、と内心で毒を吐きつつ、困ったように頭を掻いている男性を、私はぼんやりと見た。

身長、今の段階でヒール履いている私より低く見える。
ということは170センチ無さそうだ。
そして洋服はいわゆるチェックのネルシャツにジーンズだった。

『これ、オタクの人が着る服じゃ』

私はさっき帰らないことを既に後悔していた。

「腹も減ったしどこか入りますか」

え?事前にお店予約してないの?!

私はさすがにあの上目線の男ですら店を予約していたのに、突然行き当たりばったりで店を決めようとしている男に驚いた。
なんかファミレスとかになるんじゃないでしょうね、今日。

「今和食の気分なんですけど、そこで良いですか?」

いや、そう先に言われてフレンチが良いですとか言えないでしょ?
私は頬が引きつりながら、はい、と答えた。

そして、ちょっとした小料理屋みたいなところに入った。
ちょうど間仕切りのある小あがりの席が空いていてそこに座った。
中を見渡せばちゃんとカップルもいれば、おじさん達のグループもいる。
繁盛しているようで、そこまで変な店には思えなかった。

「ここ、やきとりと煮物、美味いですよ」

「はぁ」

何度か来たことがあるのだろう、嬉しそうにメニューを見ている彼に完全に流されていた。
というか、なんか勝手に決めていく感じでこちらも自分の意見を言うのを面倒になっていた。

「何飲みます?」

「ビールで」

私が投げやりに気味に答えても特に気にする事もなく、彼はビール二つと適当にやきとりやら煮物やらサラダやらを頼みだした。

『冴えないし、オタクっぽいし、自分勝手な人だわ』

それが印象だった。
ビールで乾杯してスタートしたが彼は本当にお腹が減っていたようで、まずは必至に食べている。

「凄くお腹減ってたんですね」

なんだか呆れ気味に言うと彼はぽかんとこちらを見て、急に申し訳なさそうな顔をした。

「今日初めての食事だったもので」

「はい?」

「ずっと研究室に籠もってて食べるのを忘れてまして」

そう言いながらも彼はビールを飲んだ。
寝食忘れて仕事するタイプなのか、それは大変だ、結婚したら。

「あの」

私の声に彼は箸を止め、私を見た。

「こういうのは何度もやってらしゃるんですか?」

「いえ、今回が初めてです」

私は彼の答えに驚いた。

「ずっと仕事ばかりで、職場にも女性はほとんどいないので、実は心配した先輩がここに勝手に登録してしまいまして」

「え、もしかしてあのメールは松本さんが書いたんじゃないんですか」

「実はそうでして、すみません」

困ったように頭を掻いた彼に、唖然とする。

「先輩もまさかあんなプロフィールで返信が来るとは思ってなかったらしく、今日も先輩に言われるまで約束を忘れてました」

あはは、と彼は笑っているが、それ、いちいち正直に私に言う事だろうか。
もう少しごまかし方ってものがあるでしょうに。
私は相手があまりやる気が無いのだと理解した。
まぁそうだと分かれば、今日は気にせず食べて終わればいい。
一気に肩の力を抜いた。

「そうですか・・・・・・。
やきとり好物なんで頼んで良いですか?」

「どうぞどうぞ」

彼はにこにこと笑う。
そうして食べ方とか気にもせず、相手に取り分けることもなく、そのまま串でかぶりついた。
それを彼がじっと見ていた。

「なんですか?」

「あ、すみません、美味しそうに食べてるな、と」

「はぁ」

いつもは食べ過ぎると男性に引かれるので、少し小食ぶっていたりもしていた訳で。
もうこれは気にしないで良いと思ったので地が出てしまった。

「そういえば、松本さんって何の研究してるんですか?」

無言でお互い食べているのが辛くなった私は、一応話題を振ってみた。
私の質問に少し彼はきょとんとして口を開いた。

「天文学です」

「あー、星とかですか?」

「まぁそうですね」

「宇宙人っているんですか?」

私は唐突に聞いてみた。
なにせ天文だの星だの言われてもよくわからないので、興味本位で投げてみただけ。
しかし彼は私の質問を受けた後、顎に手を当てて考え込んでいる。

「今の質問はナシで良いです」

「いや、宇宙人という概念をどうしようかと思っていたのですが、おそらく一般の人が言う宇宙人ということであれば、いると思います」

「え?」

「えっ?」

私が予想外の答えに驚いていると、彼も驚いた。

「あれ?そういう質問だったのかと」

「あぁ、そうなんですけど、科学者の人ってそういうの否定するのかと」

そう言うと、彼は、あぁ、と納得したようだった。

「まだ宇宙の解明なんてほとんど進んでいないんです。
それが地球だけこういう人類が発達したなんて、確率論からしてありえませんね」

さっきまで見ていたぼんやりしていた顔では無く、引き締まった顔になった彼を少し驚いてみた。

「亡くなられましたが、イギリスのホーキング博士って知りませんか?車椅子の」

「あぁ、テレビで見たことあります」

「彼は理論物理学者なのですが、人間がいわゆる宇宙人に積極的に接触を持とうとすることに反対しています。
我々は何故か無意識に外からのものが善で来ると思っていますが、ホーキング博士の主張は、地球は侵略されるという考えです。
私も同感ですね。
今の興味本位のやり方は非常に危険で幼稚な行為だ」

つらつらとビールのジョッキを持ちながら話す松本さんを、私はぽかんと見ていた。

「・・・・・・・あ!すみません、つい」

「あぁ、いえ」

なんか気まずい。
その後なんとなくぎくしゃくして、もうそろそろと私から切り出して会計することになった。

「あ!」

彼は自分の服を触っていたが俯きながら声を出した。

「どうしたんですか?」

「財布を忘れてしまいました・・・・・」

「・・・・・・」

この人わざとなんじゃないかしら?
でもこの人なら本当に忘れたような気もする。

「いいです。
そんな大した金額じゃないですし、私が払いますから」

ため息をつきながら言うと、彼は再度必至にポケットをいじっているが出てきたのは、スマホと電車のICカードのみだった。

「名刺があればと思ったんですが日頃持ち歩かないもので・・・・・・」

「もう、いいですから」

なんだか面倒だ。
そわそわしている彼に席を立ちながら、

「松本さんはこの後は家に帰るんですか?」

「いえ、研究所に戻ります」

多分そうだろうと思った。

「なら先に帰って下さい。私は会計を済ませますので」

そういうと、本来この場で会計できるのに、私は伝票を持って立ち上がり、おろおろとしている彼を放置して会計に向かった。
今日はなんか散々だった。
三度目の投げやりに会って見た彼は、男性としてどこにも魅力を感じられなかった。
あげく財布を忘れるとかどうかしている。
その時点でどれだけこの顔合わせにやる気が無かったのかわかる。
普通なら失礼のないように持ち物くらい確認するだろう。
それだけ私を適当に思っていたのだと思うと、会計をしながらどんどん腹が立っていく。

会計を済ませ店を出ると松本さんが立っていて、慌てて私に頭を下げた。

「本当にすみません!」

「いいですから」

私はそれだけ言うとその場から立ち去ろうとした。

「あの!」

私は無言で振り向く。

「後でサイトの方にメールしますので!」

彼がまた頭を下げるのを、私は冷めた目でみていた。




家に帰り、腹立たしさが消えないまま風呂を済ませベッドに倒れ込む。
婚活サイトで会った男性は皆最低だった。

そして今まで交際した男性を振り返る。
皆、紳士にエスコートしていた。
お金なんて私は一度も払わなかった。
彼らは私をきっと腕時計感覚で見せびらかしていたのだろう。
でも私だってその価値があると思って、当然だと思っていた。
それが歳がもうすぐ30というだけでこの扱い。

「あー若い頃に戻りたい」

私は心底そう思いながら眠りについた。



翌朝、だいぶ腹立たしい気持ちも収まってきたので婚活サイトを開いてみた。
そこには色々なメールに紛れて、松本さんからのメールが来ていた。

『先ほどは失礼しました。
食事代を振り込みたいので、口座を教えてもらえないでしょうか』

私はその文面を見て固まっていた。
口座?!聞くのは口座なの?!
ここは普通、今度は僕が奢りますからご予定どうですか?とかでしょう?!

私はまたこのメールを見てふつふつと怒りが湧いてきた。
だってこれは、貴女に興味はありません、と言っているのと同じだ。
こちらが振るのはわかる。
でもあんなオタクに振られたのは、私のプライドを酷く傷づけた。


*********


『おもしれぇー!』

私はあんなにまたやるかわからないし、そもそもタクヤさんをスタッフに指名するかも決めていなかったのに、もうこんな事があって誰かに聞いて欲しくてしかたなかった。

なのであのメールが来た勢いのまま私はタクヤさんを指名して、それも1時間で予約を入れた。
はっきりいってこの憤りを話すのに30分で済むとは思えない。
そして婚活サイトで出会った三人のことを、ひとしきり話し続けた。

タクヤさんは、ほう、おお!、ぶは!など思い切り良い相づちを打ってくれ、ひとしきり話した後、最初の言葉がそれだった。

『色々な人間観察出来たな、それ』

「笑いながら言われてもね」

私がため息をついてそういうと、悪い悪いと返ってきた。

「もうなんかさ、めんどうだわ」

それしかなかった。
頑張ってみた私が馬鹿馬鹿しい。

『一人有望なのいるじゃん』

「え?誰?」

『ほら、最後のオタク』

私は思わずえぇーと思い切り嫌そうな声を出した。

「どこが有望なわけ?
私には微塵も思いつかないんだけど」

『よく女性向けの雑誌にあるじゃん、理系の男性は結婚相手にお勧め!みたいな特集』

「あぁ。でも載ってるのは何の気遣いも出来ない人達だよねあれ」

冷めた声で言う私に、ひでぇ、と言いながら笑い声がする。

『男側からすると本気で失礼な特集だけどな。
男側が、こんなぼんやり女子は落としやすい!とか特集組んだら女達から批判の嵐だろうにさ』

「あーまぁそうね、失言でした」

『でも、周囲の男見てて思うのは、案外恋愛を出来ないやつの方が多いんだよ。
それなりに経験あるのに実は素人童貞とかさ』

「自分が色々食べたからって、そういうのさらっと言わないでよ」

『それなりに食ったから今がある。
というか貴女だって似たようなもんでしょ』

「それは・・・・・・否定しないわ」

確かにどれくらいが平均かはわからないが、それないの交際経験があるのだから、自動的に肉体関係だってそれなりの数はあった。

『今の男は、女を食えるヤツと、食えないヤツの二極化がでかいんだよ』

「ふーん。
で、なんで彼がお勧めになる訳?」

『自分で育成出来るじゃん』

「あのさ、なんで私がそんなお母さんみたいな事しないといけない訳?
そもそもああいう人って人の意見なんて聞くの?」

私の言葉に、向こうから、うーんと唸る声が聞こえる。

『それもそうだな』

「適当にお勧めしてた事がよくわかった」

私の少し怒りを含んだ声に、申し訳無い、と謝罪の言葉があった。

「そうそう、聞きたかったのよ。
タクヤさんが何でもてるのにネットで知り合った人と結婚したか」

『あーそうだよな』

「はい、どうぞ」

私が乱暴にボールを投げると、わははは、という笑い声がヘッドフォンから聞こえた。

『オンラインゲームって知ってる?』

「一応」

『そこで知り合ったんだよね、妻とは』

「え?ゲームしてて知り合えるの?!」

私としては、ゲームは一人でやるか、複数でやっててもそれで個別にやりとりするというのは知らなかった。

『なんていうのかな、割と有名なオンラインゲームって、チーム組んで敵を倒しに行くのよ。
外ではお洒落でオタクとか最低みたいな態度でいるけどさ、実は根っからのオタクで特にオンラインゲームには昔からめっちゃはまってたんだよね。

そこで随分前から知り合って、めっちゃ強い人がいてさ、男性キャラだから男性なのかと思ってたら女性だったんだよね。
まぁそれを知ったのは、個別でチャットしてかなり経ってからだったけど』

「うーん、なんとなくわかるようでわからないような。
その男性と思ってた人が女性で、その人が今の奥さんな訳ね?」

『そうそう』

「どれくらいやりとりしてたの?」

『うーん、知り合って4年くらい?』

「4年?!」

『でも直接会ったのは出会って3年くらい経ってから。
最初はグループでチャット、次に個別でチャット。
段々親しくなるとプライベートのメアドも交換したけど、基本これみたいな、ネットで通話してることが多くて、会いましょうってなったのは約三年経ってたね』

「偉いね・・・・・・」

思わずそんな長い道のりにそんな言葉が出た。

『いや最初から落とすとか思ってないからさ。
単に趣味の合う相手ってだけで。
意識しだしたのは相当後だよ』

「会う相手がブスだったらどうしようとか思わなかったわけ?」

『実は写真を送ってもらって、これならなんとかいけると思った』

「ここでどういう意味でいけるを使ったのか突っ込むべき?」

『これならH出来ない女では無いなーと』

「そこかい!」

『男はさ、その辺範囲広いけど、こっちは割と美味いもの食ってたから、余程じゃないとその食事レベルは下げられない訳よ。
分かるでしょ?貴女なら』

「まぁ、ね」

『だから写真はイマイチだったけど、まぁ話してて性格はわかってたからその分を加点すればギリいけるかな、と』

「なるほどねぇ」

失礼な話ではあるが男性のリアルな考え方を聞いて、妙に感心してしまった。
それに美味しい物を食べていて、そのレベルを下げられないという比喩は色々なところに当てはまる。
私だっていつまでもそういう物が食べられると思っていたけれど、そうでは無かったのだ。

『初めて会った時の妻の第一印象は、ダサイ』

「辛辣!」

『向こうは俺が出てきて相当に驚いたらしい。
まぁイケメン出てくるとは思わないよな、ネットで知り合って』

確かに自分でも勝手な印象として、ネットでゲームをしている人だとあまり良い印象では浮かばないかも知れない。

『最初はギクシャクしたけど、そもそも何年もネットで話してたから慣れるのも早くて。
で、思ったより彼女は表情豊かで、何より胸がでかかった』

「そこか!」

『いつもナイス突っ込みありがとう。
いや、胸大事よ?最大の癒やしだから。
俺胸のデカイ人、大好き』

「次に進んで」

『進みまーす。
で、何度かデートしてて、あ、居心地良いなって。
まぁオタクな一面なんて向こうは知ってるし、かっこつけなくて言い訳よ。
これはかなり楽だった』

「それは、わかる気がする」

『で、今まで付き合った中で一番気楽でいられる人だな、そういう相手ならずっと一緒に居たいと思って結婚したわけ』

「まぁそこからタクヤさんに結婚の覚悟まで決めさせる何かがあったと」

『あ、でき婚じゃないから。
普通よ?ふつー』

「なんだそういう事かと思ったのに」

『まぁ、結婚してもいいな、と思わせた初めての女性だったということですよ』

何だか最後は照れくさそうに話すタクヤさんに、ごちそうさまです、と私は笑いながら返した。
きっと今までの言葉も彼なりの恥ずかしさ故あんな言葉を言っているのだろう。
彼が奥さんを心から愛していることが通話だけなのにしっかりと伝わった。

『あー時間だねぇ』

「うん、また予約入れるわ」

『よろしくー。
新しい情報待ってる』

気軽な彼の声で通話は終了した。
ヘッドフォンを外し、湯飲みを持ち冷めたお茶をすする。
もてていた彼が照れて話すほど夢中にさせた女性は、きっと中身も素敵な人なのだろう。
それに比べると、私はいわゆる美人というのがウリだったのに、それが年齢というもので、どんどん価値が下がっていった。
そうしたら、自分の中身のウリはこれ!というものが無い事に気がついた。

きっと私には、タクヤさんの奥さんのように、男性の気持ちを変えるほどの美しい心も持っていないわけで。
そう思うと、なんだか惨めな気分になった。
そう、私には、美人、以外に自分にアピールポイントなんて無いのだ。




同じようにネット婚活中の友人から戦果を尋ねる電話があり、素直に状況を伝えた。
そして友人も何と、あのオタクな松本さんが気になったらしい。
名前をフルネームで教えて、私から連絡する、なんて言うから、教えてしまった。


タクヤさんも友人も同じ答え。
私はやはり男性を見る目が無いのだろうか。

婚活をし始めて、私のプライドや自信がどんどん落ちていく。
それを自覚していくのは、悲しくて、切なくて、苦行のようだ。
こんな惨めな自分を友人、ましてや今までの知り合いになんて知られたくはない。
私は、「宿り木カフェ」に予約を入れた。


*********


「今回は例の理系オタクについて男性の意見が聞きたい」

初っぱなそう切り出した私に、ヘッドフォンから豪快な笑い声がする。

『どうぞどうぞ』

「待ち合わせ遅れて、店も予約せず、勝手に好きな事してしゃべって、あげく財布忘れて、口座教えてっていう輩よ?
どこが良いの?」

『それでそもそも婚活サイト登録したのもメールも本人じゃなかったと』

「そう。それでもアリだと思う?」

私は大まじめに聞いた。
なんというか、彼は割とダメな人だと思うのに、何故か絶対駄目だと言い切れない部分を感じていたのだ。

『そうやって俺に聞くって事は、何か彼に好感を持ってるんじゃないの?』

「好感というか、よくわからない人種で。
それに、同じサイトで婚活している友人が食いついて、私の見方が変なのかなと」

『ふーん。
ならもう一度会ってみたら?
その友人に取られる前にさ』

「いや、口座教えろってメール来たのよ?
普通そこは再度会う約束が取り付けられると誘ってこない?
それなりに好感向こうが持ってるならさ」

『そりゃ、貴女の今までの男はそういう事がスマートに出来る男ばかりだったろうけど、それはむしろイレギュラーじゃね?』

「仕事できる人だってそれくらい考えつくでしょ」

『頭は良いけど、気遣いとか出来ない人なんだよ』

前回の私の言葉を使い、面白そうにタクヤさんは言った。
私が黙っていると、タクヤさんが、

『良いから、もっかい会うセッティングしてみなよ』

と言ってきた。

「えー、私から誘うの?」

『受け身でいると、どんどん周囲から置いてかれるぞー。
そして友人に取られて後悔してもしらないからな』

結局私はその後、世の中スマートじゃない男の方がざらで、好きだから出来る訳では無いことを、延々タクヤさんから説明させられその日の通話は終了した。

私はその勢いのまま、既にかなりの日にち放置していた松本さんへメールを返信した。

「返信が遅れてすみません。
お金は返さなくて良いので出来ればその分、ご飯をご馳走してくれませんか?」

もっと洒落た文章も送れるが、なんだかこれで良いような気がした。




翌日返信は来なかった。
翌々日も来なかった。

私は送ったことをとても後悔していた。
滅多に自分から誘うなんて事をしていない私が、せっかく勇気を出してやったらこれだ。
やはり、女は求められてなんぼなのよ。
そして私は性懲りもなくまた朝メールを確認した。

「え、来てる」

婚活サイトの受信ボックスに松本さんから来ていて、私は中を見た。

『すみません、風邪を引いて寝込んでいます。
後日連絡しま』

「連絡しま、って何?!
まさか打ってる途中で倒れたとかじゃないわよね?!」

送信時間を見てみれば午前2時過ぎ。
なんでこんな時間に。
仕事場に連絡してみようかと思ったけれど、考えて見たら名刺ももらっていなければ個別の連絡先も交換していない。

「あー!まさかこれが最後のメールになっていないでよ?!」

私はこのメールのおかげで数日、不安な日々を過ごした。


*********


私は息抜きに宿り木カフェで通話をしていた。

『そうか、亡くなっていた彼の手にはスマートフォン。
そして、連絡しま、のダイイングメッセージが・・・・・・』

「勝手に殺人事件にしないでよ」

私の為に気を紛らわせようとするのはわかるが、あながち事切れてないのか不安で仕方がない。

『ま、だいじょーぶ、だいじょーぶ。
もし本当に亡くなってたら、警察から連絡来るよ』

「マジで嫌だ、そんなの」

うんざりと私は答えた。
誰かと話していないと、落ち着かなかった。
友人は松本さんに連絡してみると言っていたわけで、余計に話すわけにもいかず、この場所は本当に助かった。

『きっと体調が戻ったら連絡くるさ』

そう言ってタクヤさんは最後、真面目な声で言ってくれた。



「ほんとだ、メールきた」

翌日の朝、松本さんからメールが来ていた。
中身は、寝込んでいたこと、昨日から仕事に復帰したこと、仕事が溜まっているので、翌週でよければ食事に行きませんか、という内容だった。

「まぁ仕事が優先なのは仕方ないわよねぇ」

私はそのまま、死んでいたのではと気にしていたことと、来週末なら空いていることを返信した。


*********


「本当に色々とすみませんでした」

松本さんの仕事が一区切りするのを待ち、結局メールを偏してから会ったのは二週間後だった。

前回と同じ小料理屋に直接集合にし、今回は彼が席を押さえていた。
やはり少し彼は遅刻してくると、開口一番、頭を下げて謝罪した。

「あー、とりあえず、座りません?」

立ったまま謝罪している松本さんに苦笑いしかない。


とりあえずビールをし、先付けをもそもそお互い食べながら沈黙が続き、私は耐えきれなくなった。

「あの、面倒なんで率直に色々聞いて良いですか?」

私は、ドンとビールのジョッキを置くと、意を決して目の前の彼を見てそう言った。
つまみを口にしていた松本さんは、ぎょっとした顔をしていたが慌てて飲み込むと、何故かきっちり座り直して私を見たかと思うと、すぐに目をそらした。

「なんで口座教えてってメールしたんですか?」

その質問に私の方を見ると、すごく困惑した顔になる。

「え、それは、お金持って無かったので」

「いや、そこは、「今度その分ご馳走しますから」とかにはならないんですか?!」

彼は目を丸くして私を見た。
あ、考えて見たら、私を誘って当然というのが地で出てしまった。
彼が誘いたく無い場合もあるのに。

「それは・・・・・・別の話では?」

「はい?」

「私は貴女に食事の支払いが出来なかった。
それをきちんと金銭で補填することはわかりますが、食事を奢ることでは補填にならないのでは?」

「・・・・・・」

あぁ、どうしよう、考え方の根本が違うんだ。
これが頭の良い人というものなのだろうか。
私は思わず顔に手を当てた。

「えっ?何か間違えましたか?!」

「あー、いや・・・・・・」

うろたえる松本さんに、私は言葉が返せない。

「あの、私が色々と世間とずれている、というのは理解していますが、どこがずれているのか私自身ではわからないんです。
出来れば、指摘してもらえませんか?」

彼は大まじめに聞いている。
私はそんな彼を見て、ぷっと吹き出した。
まずい、怒ってるかも知れない。
でも松本さんは、怒ってもいなければ、わからないのが嫌だ、という感じに思えた。
私も真面目に答えることにした。

「こういうのに登録しておいて何なのですが、私、それなりに男性に不自由しなかったんです」

「そうでしょうね」

真面目に返されて、私は再度吹き出した。
何故だろう、今回は腹を立つことも無く不思議な気持ちだ。

「それで、今まで食事とかは男性がみんな奢ってくれていたんです。
もちろん仕事や友人とは男性でもきちんと折半で支払う事もあるんですけど、財布を忘れてきた男性は松本さんが初めてで」

「本当にすみません・・・・・」

しゅん、となった彼にやはり何故か笑ってしまう。

「男性がお金を忘れた人はいませんでしたが、私にその場の支払いを少し多めにお願いすることはありました。
その事を口実に再度食事へ誘ってくるんです、次は僕に全て奢らせてと」

「へぇ、それは酷いですね」

そうか、松本さんにとって、そういう手段は嫌な方法なのか。
むしろ駆け引きとして普通じゃないだろうか。

「酷いというか、駆け引きでは普通ですよ。
相手を落としたいのなら、色々な方法を使ってでもトライするものでしょう?」

なんで私が男性目線で話しているんだろう。
けど、そんな私の言葉を聞いて、松本さんは難しい顔をした。

「なるほど。
酷いと思いましたが、確かに結果を出すために考え得る色々な手法を使ってみるのは当然です。
なるほど」

彼は腕を組んで、心底頷いていた。
そして私をじっと見た。

「なら私も色々な手法をとっても良いんですよね?」

「え?良いんじゃないんですか?」

私は思わず首をかしげて答える。

「正直、貴女のような綺麗な人がきて困りました。
でも、とても美味しそうに焼き鳥食べてて、良い人だなと」

え?私の評価はそこなの?!
驚く私をよそ目に、彼はきちんと座り直し顔を引き締めて、

「それで!
あの、他にもお勧めのお店があるんですが、一緒に・・・・・・行きませんか?」

声がどんどん小さくなっていく。
最後は俯いてしまった。

「それは、デートの誘いですか?」

「で、デートで良いですかね?」

「松本さんがはっきりしてください」

私がそう言うと、彼はごくり、とつばを飲み込んだ。

「で、デートで是非!」


*********


『おめでとう!』

「いや、単にご飯に行っただけよ?」

私はあの一件後、すぐに松本さんと食事に出かけた。
美味しい焼き鳥は味わえたが、少しお洒落してきた服が焼き鳥の臭いまみれになってしまい凹んだけども。

『でもさ、今までの男とは違う感じなんじゃない?』

「全く違うわよ」

『それに聞いてるとさ、彼は結構やる男に思えるね』

「どのあたりが?」

『最初は乗り気じゃなかったのに、そこまで進めたんだ。
よほど君が気に入ったんだろ。
本当にそいつ、ノーベル賞取ったりするかもよ?いつか』

「ノーベル賞って大げさな」

私は苦笑いし、話を続ける。

「これってさ、正しい方向なんだと思う?
知り合ったのネットだよ?
相手はよくわからない研究者で、本当に彼の言葉を信じて良いのかわかんないの。
また今までみたいに、外見目的で終わる可能性だってあるわけでしょ?」

『正しいか正しくないかなんてどうやってわかるわけ?』

「なんというか、本来の苦労せずに逃げなのかなとか、本当の事が私は見えてないのかとか」

『君って思った以上に自分への自信、低いよね』

「私だってそうは思ってなかったわよ。
でもさ、今までなんとなく色々な事が出来てしまっていたのよ。
それが美人だ、という事でかなり下駄を履いていたってのを今頃わかってさ、その下駄が無くなった途端、自分があまりに何も無くて怖いのよ」

『美人だって武器だ。
生きるのに使って何が悪い?』

「だから、それは私が努力して得た物じゃ無いし」

『君はその美人を維持するのに何の努力も本当にしなかったの?
俺はしてたよ?
素人とはいえモデルなんてやってたからジムに通ってたし、お洒落にいられるよう情報にも気をつけた。
あまり馬鹿呼ばわりされるのもシャクだから大学も行ったし。

貴女だって本当なら仕事しなくても生活出来たんじゃないか?
なのに会社に勤めてる。
何も自分はしてないなんて言うのは、あまりに物事を見られていないと思うね。
そういう事を、きちんと自分を分析できる能力も伸ばすべきなんじゃない?』

私はチャラチャラしていると思っていたタクヤさんが、少し鋭い声でそう話すのを驚いて聞いていた。

もちろん、全く努力していなかった訳では無い。
外見維持のため美容に健康に注意した。
社長とかと付き合うことも多かったから、話がわかるようにニュースや経済の知識は最低限入れておいた。
家を上げるから側にいるよう言われたこともある。
そんなの自由が奪われるのと同じだと思い、会社に就職した。
就職活動中、自分の会社に、知り合いの会社にと勧めてくれた人達も居たけどそれも嫌で、自分で選んだ会社に自力で入った。

でも、でも。

『それなりにやってるじゃない』

私が思いついたさっきの事をタクヤさんに言うとそう返された。

「でも、それは特に努力と呼べるものでは無いんじゃ」

『君って思ったより自分に課すハードルが高いんだね。
それじゃ生きるのが息苦しくなるよ。
それと、そもそもどんな男性を結婚相手に求めてるの?』

「やっぱり身長は私より高い方がいいし、収入だってそれなりにあってほしいし、浮気しない人が良いし、出来れば顔も悪くない人が良い」

『贅沢だな!自分に自信が無い割に!』

「えー、贅沢なんだ・・・・・・」

『自分を安く見ろと言ってるんじゃない。
自分の自信を無くせとも言ってない。
そうじゃなくて、今までのフィルターは消して男と会うべきだよ』

私は黙り込む。
そんなにも自然と今までの感覚でいたのだろうか、あんなに自分はダメだと悲しくなっていた癖に。

『落ち込んだ?』

「そりゃぁね」

『とりあえずさ、例の研究者と交際してみたら?』

「さっきの条件のどれにも当てはまらない」

『でも、気になるんだろ?』

そう言われ、うーんと悩む。

『俺はさ、自然体でいられる相手に出逢えたわけよ。
だから結婚しても良いなと思ったわけで。
君も自然体でいられて楽じゃない?』

「自然体と言うより、どうでも良いような」

『君は思った以上に自分に自信が無くて、でも頭が固い。
それじゃそのままで終わるけど良いわけ?』

「酷い・・・・・・。
もちろん良いわけ無いわよ」

『あぁもう時間が来るな』

「うわ、もう1時間?!」

『あとは残り30分1回か。
なら、決めてこい!そして最高の報告をしてくれ!』

「え!」

『ダメならそれでいい。
とりあえずもう一度食事行って相手をけしかけろ!』

「えええ!」

『じゃぁ本日はそういう事で!』

「あ!」

見事に画面には通話終了の表示。
私はがくりと肩を落とした。
ふと机に置いたスマホを見れば、まさかの松本さんからのメール。
開いてみれば、食事の誘い。
それも今度はフレンチのお店を予約しました、なんて書いてあって驚く。

「良いわよ、決めてやろうじゃないの」

私はよくわからない闘争心を抱いていた。


*********


「あの」

「はい」

松本さんは驚くことに約束の時間より前に来て私を待ち、それも今回は始めて見るきっちりとした服装だった。
私は思わず何かが起きそうで、食事がスタートした後も身構えていた。
そしてそろそろデザートも食べ終わる時だった。

「よ、よろしければ、今後正式にお付き合いを出来ればと」

真面目な顔でそう言った彼に、思わず、よっしゃぁと内心思ったが、急にタクヤさんに言われ流されている気もしてきた。

「あの、何で私が良いと思ったんですか?外見ですか?」

直球の質問。
きっと彼はこういう方が良いような気がしてきたのだ。
今までのような駆け引きも打算も無く、ただ聞きたければ聞けば良い。
彼は驚いたような顔をした後、少し考えてから話し出した。

「木内さんは美しい女性だと思います。
ですが一番は、美味しそうにご飯を食べることと、私に問題点を忌憚なく指摘をしてくれたことです。
大抵の人は面倒でそんな事をしませんから。
正面からぶつかってくれる、それが嬉しかったんです。
すみません、もっと上手く言えると良いのですが」

言語化するのは本当に難しいと呟く彼を見て、笑いがこみ上げた。
そんな事が男性を引き付けるポイントになるだなんて。

「はい、よろしくお願いいたします」

自然とそう答えていた私の顔は、きっと何の仮面も無い笑顔だった。


*********


「という結果でした!どうだ!」

『すげー、ほんとにこの短期間でまともな彼氏作りやがった!』

そういうと、二人で大笑いした。
私はすぐに「宿り木カフェ」に予約し、すぐにタクヤさんに報告した。

「でも、なんだかんだ言って、ここで後押ししてもらわなければ早くに彼の事は切っていたかも」

『まぁそういう運命だったんじゃね?』

「運命ねぇ、便利な言葉だわ」

『とりあえずさ、自分を冷静に分析して、そして男にも、もっと偏見持たずに付き合いなよ?』

「偏見もってるなんてあんまり思ってなかったし、今もイマイチピンと来ないけどね。
なんか単にノリで進めてしまったような心配はあるんだけど」

『別に今すぐ結婚という訳じゃ無いんだし、まずは交際からですよ。
貴女、思った以上にまともな交際経験無いみたいだし』

「すみませんね、恋愛初心者で」

しかし、今まで私の思っていた男性への常識が通用しなかったり、私もまだ昔の男性達と戻れるなら戻りたいと思ったりもする。

『前の男達から声かかっても、まずはその研究者と真剣に付き合ってる時は断れよ?
どうせそういう世界に未練があるんだろうし』

「おっしゃるとおりです」

『そっちの世界に幸せが無いとは言わないけどさ、多分貴女の根っこはそっちに合わないんだと思うよ?
刺激は少ないかもしれないけどさ。
まぁ選ぶのは君次第だ』

「うん・・・・・・」

『落ち込むな落ち込むな!
ほら、もう俺とのおしゃべりも終わりだぞ?』

そう言われ画面を見れば残り時間の表示。
これが終わればもうタクヤさんと話すことも二度と無いのか。

「ありがとう、こんなにかっこつけず男性と話せたの初めてだった」

『どういたしまして。
美人故の苦労もあるだろうけどさ、もう少し自信持って進みなよ』

「そう、だよね。
もう少しなんか新しいことでもしようかなぁ」

『はじめようと思った時が転換点って事で。
とりあえず、婚活やったり、ここのカフェ来たり色々動いてるからそのままやっちゃいなよ』

「あはは、ありがとう。
そのポジティブさ見習うよ」

『おう!頑張れよ!』

「うん、そっちもね!」

最後タクヤさんの笑い声が聞こえて、通話は終了した。
ネットの世界で今の彼氏に出会い、ネットの世界で初めて気楽に話せる男性に会い、後押ししてもらった。

「ネットだって捨てたものじゃないよね」

私はそう呟いて、『宿り木カフェ』のサイトを閉じた。