私には中学の頃から何かにつけ一緒だった、いわゆる親友がいた。
彼女は自由奔放、私は真面目。
そんなある意味凹凸な組み合わせが、長年上手く行っていた秘訣なのかも知れない。
お互い同じ高校に進学し、大学は別々だった。
しかし大学に入っても、だいだい2ヶ月に一度は地元で会っていた。
お互い実家暮らし、家がまだ近いからマメに会えていたのだと思う。
彼女は誰とでも仲良くなる性格なのだが、本命の男性には何故か奥手だった。
好きな人が出来ると真っ先に私に報告し、相談してきた。
私の方がむしろ交際経験なんて無いに等しいのに、少しでも力になりたくて必死に相談に乗った。
成功した、失敗した、告白された、全て彼女から報告が来た。
離れていても、彼女の行動が手に取るようだった。
私はこれが繋がっていることだと嬉しかった。
就職をした。
私は公務員、彼女はとある企業の営業だった。
私にだって彼女の他にも友人はいる。
そんな友人達と折々にグループで集まることもあった。
友人達と会えば、話すのはまず仕事のこと。
話していて少し時間が経てば会社の愚痴、もう少し経つと、転職の話と同時に、結婚の話が聞こえ始めた。
そうなると話す内容が変わってくるわけで、今まで同じメンツで集まっていたはずなのに、グループの中にグループが出来だした。
いわゆる、既婚か、未婚かのグループ。
もちろん結婚してもみんな最初は仕事をしていたから、なんだかんだ仕事の話が共通として存在した。
そして次の段階に行く。
未婚か、結婚しているけれど仕事をしているか、結婚して仕事を辞めたか。
いつも集まっていた飲み会もどんどん参加者が減り、何故か内部で変な差別意識が増えてきた。
結婚していて仕事を続けているのは、経済的な問題か、仕事のレベルの話なのか。
そしてここまで来ると、もう皆で集まることはほぼ無くなっていた。
未婚か、結婚しているけれど仕事をしているか、結婚して仕事をしていないか、そして子供がいるかどうか。
小さな子供がいる友人は、夜の飲み会に参加するのは不可能だった。
この状況になると、今まで何とか繋がっていた関係はカオスになっていく。
誰かがふと、また集まりたい、みんなどうしているだろうと、SNSのグループで言い出す。
そして、良いね、会いたいね、と盛り上がり出すのに、同時に、私は仕事が忙しい、夫の相手が大変、子供の世話が大変と各自のアピールが始まった。
ようは言うだけ言って、だれも幹事という面倒なことをしたがらない。
私だって独り身だけれど仕事は忙しい。
なのに、周囲からすれば、実家暮らしの未婚は、自由時間が満載の一番気楽な存在に見えるらしい。
実は母の体調が悪くて、私が家族のご飯を作っているなんて友人達は知らない。
家の家事もしているなんて知らない。
ようは私が家を出ると家族が困る状況だから出られないなんて事は知らない。
だってそんなこと、いちいち他人に報告して回る事でも無いからだ。
結局私は周囲の圧力を感じ、仕方なく幹事を担当した。
みんなが喜ぶのならとはじめたものの、これがとても面倒で大変だった。
仕事をしている人は夜が良いと言い、子供がいる人は昼が良いという。
平日昼なんて仕事している人間は無理なのに、平然と平日昼間を指定してきた子には驚いた。
では土日どっちかのお昼にしようとすると、酒が飲みたいからそういう店にしてというメンバーと、小さい子がいて早々家から出られないからせめてこういう時くらい出かけたいから、子供もOKな店にしてくれという。
正直、小さな子供の居る友人達がお店の選択肢を狭めてくる。
赤ちゃんがいるから泣いても大丈夫な場所、子供が歩いてもあまりケガしない場所にして、なんて言われる。
私達だってずっと育児で大変なのだからみんなと会いたい。
子供をおいて行けないなら、参加するなと言うの?と、思い切りダイレクトに幹事をしている私にだけ直接文句を言ってくる。
これを、仕事をしているメンバーに伝えると今度はそちら側の不満が爆発する。
何故私達が我慢しなければいけないのか、と。
友人には子供が欲しいのに出来ない子もいる。
子供は欲しいけれど、結婚しても経済面で諦めている子もいる。
そしてそもそも結婚していない私みたいなのもいるのだ。
もうそれは隣の芝は青いどころか、燃えてしまえな勢いだ。
結局一度だけ子供連れOKなレストランの個室で集まることにしたが、一番不満を訴えてきたのは、子供のいないメンバーだった。
その時はみんな笑顔だったけど、終わると同時に私の所には愚痴が多方面から送られてきた。
誰もやらないから仕方なく引き受けたのをみんなわかっているはずなのに、そんな幹事をした私が、なんでこう不満受付所としてその後も対応しないといけないのだろうか。
私はヘトヘトになって、二度とこのグループで幹事などするもんかと思った。
*********
「って事があってさ」
私、岡田愛は中学時代からの親友である、岡口彩に愚痴をこぼした。
彩とは名字が同じ岡で出席番号が近く、名前も「あ」で始まり、漢字1文字、読みは2文字という共通点もあり、仲良くなるのに時間はかからなかった。
その彩と、行きつけのバーで飲んでいた。
バーと行っても食事も色々出すし、話をしたりゆっくりするのにとても良いのでいつも二人で夜会う時は定番のこの店になっていた。
「そりゃー面倒だったねー」
彩はあまり同情を感じさせない声で揚げ物を口に運びながら返し、私はカクテルのグラスを持ったままため息をつく。
「中学高校の集まりだったら彩を巻き込んだのに。
今回は残念ながら大学のだったからね」
「えー、私そういうのそもそもやれないし」
「そうやって面倒なのを私に任せる癖、相変わらずだよねぇ」
彩はちゃっかりしていて、そういうのを上手くすり抜ける。
私にはそんな芸当は出来なくて、真面目に正面から対応してしまうのだ。
けど彩は、なんだかんだ言ってもそれなりにバックアップしてくれる。
だから続いていられるのだ、この関係が。
「この頃、何か恋愛面で進展は無いの?」
彩のいつもの問いかけに、私は首を横に振った。
「仕事場との往復で相手が見つかったら奇跡だわ。
気がつけば自分の周りには既婚者か、めっちゃ若い男性しかいない」
「40代くらいで独身の男性っていないの?」
「いるよ。
何で一人なのかなって思う人も居れば、居ないのも無理ないなって思う人も居る」
「へー。何で一人か聞いたこと無いの?」
面白そうに突っ込んでくる彩に、私はうーんと唸った。
「本人には聞いたこと無いけど、噂では理想が高いとか、長男で家を継ぐ必要があるとか色々。
勝手な噂ばかりで内容は信用出来ないね。
まぁ公務員なのに結婚していないと、どうしても周りは勘ぐるから」
「そういうの鵜呑みにしないとこ、偉いね」
「私だって30代半ばで男もいないのは何故だって、変な噂がたってるんだから」
「うわ、そうなの?ちなみにどんな?」
「それこそ理想が高いだの、実は子供の産めない身体なんだろうとか」
「ちょっと、最後のは酷いんじゃない?」
思い切り眉間に皺を寄せた彩に、私は苦笑いを浮かべる。
残りが少なくなったカクテルのグラスを持ちながら、
「でもさ、子供が出来ないって夫婦だと原因は半々なのに、女性のせいだってされやすいよね。
それに私はきちんと調べてもらった訳じゃ無いし、それこそタイムリミットは近づいてるわけだし」
「高齢出産なんてこのご時世ザラじゃない」
「そうだねぇ。
でもその分の養育費と自分達の老後の資金は?
それこそ家一軒建てるくらいの費用が子供にかかんのよ?
スタートが遅くなる分リスクはどんどん増えるわけだ」
「そうなの?」
「そうなの」
不思議そうにする彩に、私は苦笑いしつつ答えた。
「で、そっちは?」
そう私が振ると、彩はうーんと言いながら首をかしげた。
話したいような素振りを感じ取り、
「なに、いるの?」
私は彩が話しやすくするように、ほら白状しなさいよと言葉を続ける。
「いや、気になる人は、居るって言えば、いるんだけどねぇ」
未だ首をかしげて腕まで組んで悩みながら彩が言う。
「歯切れ悪いわね。
え、もしかして彼女が既にいるとか、奥さんがいるとか?!」
「まさか!違う違う!
何て言うのかな、会社でそれなりに親しくしてくれてるとは思うんだけど、女としてどう思ってくれてるかわからないんだ」
私は、へぇ、と返した。
ここまで奥手な状態だという事は、これはかなり本気なのだろう。
「いいなぁ、好きになれる人がいて」
私は思わず呟いた。
「なにそれ」
「だから、恋人になる以前に、好きだなって思える人がいるって事がいいなと羨ましく思ったのよ。
恋するだけで女は綺麗になれるんだし」
「まぁそれはわかる」
「下手な高級化粧品より、恋してる!って女性ホルモン出まくってるほうが絶対美容にも心にも良いじゃない」
「ついでにHするともっと良い」
真面目な顔で突っ込んできた彩と顔を見合わせて笑う。
「まぁ、彼にダメもとでぶつかって来たら?
勝算がゼロって訳じゃ無いんでしょ?」
私がそう言うと、そうだねぇと彩が苦笑いを浮かべている。
「お互い頑張っても独身だったらワンルームマンションでも買おうか、それも隣同士で」
私は新しく来たカクテルを一口飲むと、にやりと彩に言った。
「えー、それで二人でよぼよぼ歩きながら買い物行くの?」
「そこまで一気にいかないでよ」
思い切り嫌そうな声を出した彩に、私は笑った。
*********
それは、二人で会ったあの日から半年以上経った時のことだった。
お互い忙しくて、特に彩が仕事が立て込んでいて予定が合いにくいと言うことで飲み会はずっとしてなかった。
夜一人でビールを飲みながら、自室でメールのチェックをしていたら、スマートフォンが鳴る。
そこには『岡口彩』の文字。
私は通話ボタンをタップした。
「久しぶりだねぇ」
『そうだね』
私は普通に話しかけたつもりなのに、彩はそう返した後、何も話さない。
いつもなら愚痴を言い出したりするはずなのに何があったのだろう。
「どうしたの?何かあった?」
私は仕事で何かよほどのことがあったのかと心配になった。
ずっと仕事が忙しいと言っていたし、これくらいの年齢だと任されるものも大きくなる。
大きなミスで責任を取るようなことだってあるのだから、もしかしたら。
『今日はその、言わないといけないことがあって』
少し恥ずかしそうな声。
その言葉に、私は一気に何のことか察した。
言いにくそうにしているのだ、これは私から振るべきなのだろう。
「なにー?彼氏でも出来たの?」
少しふざけた声で言ってみる。
なのにすぐに声は返ってこなかった。
『・・・・・あのね、私、妊娠したの』
え?
私は思っていなかった言葉を聞かされ、一瞬思考が止まった。
彼氏でもなんでもなく、突然子供?
『実はずっと好きな人が居て、その、勢いで寝ちゃってさ。
そしたらなんか妊娠しちゃって。
おろしたくないっていうなら仕方がないって彼も言うし、なら結婚しようって事になって・・・・・・』
え?何を言っているの?
いい歳した大人が、勢いで寝た?避妊もせずに?
おろしたくないから仕方がない?
何が仕方ないの?
子供が出来たこと?
結婚しないといけないこと?
私はまだ何かしゃべっている彩の言葉が頭に入らない状態で、ひたすら疑問だけが湧いてきた。
彩の両親はとても若い時に出来ちゃった婚をして、家族皆相当苦労したと彩から子供の頃に聞いた。
彩は言ったのだ、そんな親の身勝手に子供を巻き込んで欲しくなかったと。
私が出来たから仕方なく結婚して、毎日両親が喧嘩をしているのを見るのは嫌だと泣いていたりもした。
そうやって苦しい思いをしたのに、自分も勢いで子供が出来た?
仕方がないの?子供が出来たのに?
寂しそうに笑っていた子供の頃の彩の顔と、電話の向こうにいる、身勝手な女の言葉に混乱する。
私は急に吐き気がしてきた。
『だから親友の愛に一番先に報告しなきゃって』
彩の声は、既に嬉しい時のものだ。
そうか、嬉しいのか。
だけど、自分の気持ちはドロドロとしてひたすら渦巻いている。
「・・・・・・そっか、おめでとう」
『ありがとう!』
「ごめん、母親が呼んでるみたい」
『そうだよね、愛のとこ大変だもんね。じゃあまた』
「うん」
私はすぐに通話を切った。
母から呼ばれたなんて嘘だ。
でも切りたかった、今すぐにこの電話を。
ドロドロと黒い感情が溢れてくる。
どうしたらいいの。
祝ってあげるべきなのに。
本当に、どうしたらいいの!この薄汚れた感情を!
私はパソコンの検索サイトを開き、検索する。
『苦しい 助けて 誰か 話を聞いて』
そこで色々見ているうち、一つのサイトが目に入った。
*********
『なるほど、それでこの『宿り木カフェ』にたどり着いたんだ』
私の担当スタッフになったのは、40代半ばの独身で税理士の仕事をしているオサムさんという人だ。
私は自己紹介分の無料分でオサムさんと話してみて安心し、今回は二回分、一時間で予約をして話をしていた。
「最初はうさんくさいと思ったんですけどね。出会い系かと」
『普通はそう思うんじゃない?』
笑いながら話すオサムさんに、私も笑う。
「連絡先交換不可、直接会うのも不可、個人情報やりとり不可、20回の回数で終了。
同じ人は今度絶対担当にならないなんて嘘だと未だに思ってますけど」
『そこはルールが厳しいから安心していいよ』
「税理士さんなんでしょ?
会いたいとか連絡先交換して欲しいとか言われません?」
『あるけど、きちんとルールを再度伝えて、しつこい場合は客が強制退会させられるからねここは』
「スタッフさんから動いた場合は?」
『まぁまぁここでスタッフをしてるけど、そういう話は聞いたこと無いな』
「えーホントですか?」
『全て情報を知ってる訳じゃ無いから断言は出来ないけど、少なくとも僕は知らないな』
「へー凄いですね」
『ここはあくまで一時の休憩場所で、恋愛目的とかで異性と出会う場所じゃ無いからね』
「徹底してますね」
『そうじゃなきゃ、お客様は安心して話も出来ないでしょ?』
「確かに」
お互い苦笑いで話す。
あくまで私はこのカフェでスタッフさんに話し相手をしてもらっている、ただの客で良いのか。
コーヒーを飲みながら店員さんとたわいもない話をする。
相手が男性だからこそ気兼ねなく話せているのだと、こうやって話をしてみて思った。
「なんかね、色々と裏切られたって思ったの」
『だろうね』
既に彩との話をオサムさんに伝え終え、私は一息ついて思っていた言葉を口にした。
「あの子は、幼い頃苦労していた分、結婚はきちんと順番を守ると思っていたから。
あとはあれだよね、マラソンで一緒にゴールしようねってもたもた走ってたら、突然先に走ってゴール切られるヤツ」
『あんなもんは信じる方が悪い』
「オサムさん酷い」
ばっさりと切ったその声に、私は苦笑いしつつ凹む。
「オサムさんはそういうの無いの?」
『何が?』
「一緒にゴール切ろうね、みたいなの」
『無いねー、元々そういうの合わせるの苦手だったし』
「へー」
『それに周囲は飲み会だ、合コンだ言ってる時に、税理士試験のために必死に勉強してて、周囲との縁を一旦全部切ったから』
「は?!」
『え?』
「縁を切ったって?!
周囲全部を?!
嘘でしょ?!」
『嘘じゃ無い、本当。
携帯に入ってた連絡先全て削除して、携帯そのものも解約して、ネットの交流も全て閉鎖して、一人暮らしもやめて実家に戻ってからは部屋に籠もってひたすら勉強してた』
「ま、マジで?」
想像も出来ないほどの内容を淡々と言われ、私は声が裏返った。
『実家に住まわせてもらってバイトもせず試験勉強していたからね。
それくらい追い込まないとまずいと思ったし、親しいヤツには先に理由を言っておいたから。
実家を知ってる連中も多いし、まぁそこで切れるくらいならそれくらいの縁だろうなって』
「うわぁ、ストイックというか何というか」
『それくらいしないと受からないんだよ。
それだけやっても受からないときは受からないけど』
「凄い・・・・・・。
でも税理士さんってそれなりに収入が高いでしょう?
なのになんで独身なんですか?」
『税理士だからって収入高いわけじゃないし、むしろ僕はそんなに高い方じゃないと思う。
それに結婚できない理由は僕自身が知りたい』
なんか最後は落ち込んだような声に、思わず笑ってしまう。
『今笑ったよね?』
「すみません、いや、可愛いなぁと」
『心にもないこと言わないでよ』
「いえほんとですって!」
何だろう、もてない理由の一つって素直に他人の言葉を聞かない点なのでは?
「あの、オサムさんについて質問して良いですか?」
『個人情報と、こちらが話せないと思う事以外なら答えるよ』
「結婚できない理由、本当になんにもわからないんですか?」
『外見が悪いとか、年齢だけいってるとか、思ったより収入無いとか、オタクだからとか、かねぇ』
「一杯思いついてるじゃないですか!」
『おっと、そろそろ終了時間だ』
「えっ!もう一時間?!」
『良いところでタイムアップになってくれた』
「じゃぁオサムさんの問題点についての案件は次回の会議に持ち越しと言う事で」
『すみません、その案件に関してですが、会議時間の無駄になると私は思うのですが』
「異論は認めません」
お互い仕事モードの話し方で話して同時に吹き出す。
『とりあえず、次の予定はネットに出ているからお好きな時にどうぞ』
「はい、じゃぁまた」
私はボタンをクリックし通話を切った。
笑った。
話して二回目だというのに、本当に一時間あっという間だった。
そもそも男性と二人だけでこんなに話したのなんていつぶりだろうか。
最初はドキドキして話せるのか不安だったのに、さすが心を休ませるカフェと銘打つだけはある。
スタッフも話し慣れているのだろう。
私は久しぶりに異性と楽しく話せたことで、気分がよくなっていた。
「今度、彩に電話してみよう。あの切り方は無かったよね」
今度は心からお祝い出来るかも知れない。
私はそう思い、ノート型パソコンの電源を終了し、寝る準備を始めた。
*********
なのになかなか電話をする勇気が無く、『宿り木カフェ』に予約してオサムさんと何度か会話をして息抜きをしていた。
この頃出来なかった仕事の愚痴、友人達との悩み、そしてオサムさんから聞く異業種の仕事内容は非常に興味深かった。
「独身ってこの歳だときついよね」
話しながら私は思わず呟いた。
『いや僕40半ばなんですけどね、まだまだ若い君がそれを言う?』
「いやぁスタッフ希望欄に、40代独身男性、結婚願望薄い人なんて希望書いたけど、ここまで素晴らしく的確な人が来たとは」
『思い切りディスってるよね?』
「気のせい気のせい。
で、どうです?未だに結婚願望は?
急に願望が湧いたりしないもの?」
『いいや、どんどん無くなってるね』
「じゃぁ、SNSとか年賀状で結婚の写真とか子供の写真見てどう思う?」
『僕の人生に微塵も関係ないなと、もうこの歳になると思う』
「わぁ達観の域なんだ。
私なんて友人達の結婚式に出て、毎度わざわざ被らないように違う洋服買ってご祝儀包む度、この金額は将来回収できるのかな、って思うけど」
『安心して良い。
僕の歳になると、結婚式より葬式に出る方が増えていく。
必要なのは喪服だ、それもウエストが伸びるやつ』
「いや、そういう問題じゃ無いよ?!」
つっこんで笑いながらも、10年近く先になると、そういう世界になるものなのかと思った。
なんだか寂しさと切なさしかない。
結局、私は寂しくて切ない人生を今送っているのだろう。
本題から逃げるように色々と仕事などの話をしながら、オサムさんの仕事が半端なく忙しいということを知った。
なんというか、ファッション雑誌とかに出てくる税理士ってもっとキラキラしてて、アフターファイブとか満喫している感じだったからだ。
『どんだけ間違った情報仕入れてるの?』
「ファッション雑誌に出てた」
『そりゃそういう殿上人もいるだろうけど、ほとんどはただの自営業だよ。
公務員とはそれこそ正反対だろうな。
自分の頭というか身体が売り物の自営業だから、倒れたらそれでおしまいだ。
福利厚生も無いし、全てが自己責任の世界だよ』
「今の仕事も相当不満あるけど、それを聞くとやはり公務員というのは安定志向の人にはありがたいと思う」
『君の場合はそちらがあってるよ。
ようはリスクを取る場合、どちらがまだマシかって事だろうな』
「ほう?」
『組織にいればその組織のシステムに従わないといけないけど、失敗しても全体で基本カバーしてもらえる。
だけど自由業は全て自分で選択できる分、そのリターンもリスクも全て自分に返ってくる。
どちらのリスクの方が自分は耐えられるかってことだね』
「私、自営業なんて無理だ。
そんなの怖すぎる」
『こっちは勝手きままにやれる分、自分で食料を捕ってくるわけだ。
まぁそもそも集団行動が得意じゃないからこっちの方が楽』
「でも忙しいんでしょ?」
『そりゃ生活しなければいけないし、ある程度顧客の希望に答えようとすれば自然とね』
「そんなに忙しければデートする暇も無いね」
『小さい事務所に所属してやってるけど、土日祝、あまり関係ないなぁ。
他の人も似たようなものだからデートも大変だろうね』
「でもオサムさん、そんな状況下でもアイドルのコンサートは行くんだ」
『疲れてたら糖分が欲しくなるのは当然だろう?!』
「うん、落ち着こうね。
そういや握手会?みたいなのって行くの?」
『・・・・・・昨日行った』
「わぁ・・・・・・」
『ねぇそのマジでドン引いてる声やめて?
僕のガラスのハートが粉々になるからほんとやめて?』
もの凄く悲しそうな声が聞こえて、私はくすくすと笑った。
「そういうこと、同じ事務所の人は知ってるの?」
『もちろん』
「反応は?」
『またかって感じ』
「交際した人には?」
『あー、その時期はそういうのにははまってなかった』
「アイドルにはまったのって最近なんだ」
『根本的に君は勘違いしている。
彼女居ない歴が二桁になった僕に死角はない』
「ふ、二桁?え、十年って事?」
思わず驚いて声が裏返った。
『そうですが、何か?』
怒るかと思ったけれど、逆にさらっと返された。
言うのが慣れているのだろうか。
「い、いえいえ、私も似たようなもんだし」
『ちなみにそちらは何年?』
「約・・・・・・4年くらい?」
『なんか嘘くさいな』
「見栄を張りました、約6年くらい居ません」
『四捨五入すれば一緒だな』
「だから言いたくなかったのよ!」
この打てば響くような会話が心地いい。
こんな事だけじゃなくて、仕事場の人間関係や仕事との向き合い方、資格の勉強方法まで彼は親身に話し、相談に乗ってくれた。
交際もしていない異性と話すのがこんなにも楽しいだなんて、このカフェでオサムさんと話すまで知らなかった。
男友達がいるといい、なんて他の女性が良く言う意味を心底実感した。
「思うんだけど」
『うん?』
「ここまで会話してて、とてもオサムさんが結婚できない人だとは思えないんだよね」
『でも出来てないから。現実的に』
「何か行動してないの?
お見合いとか、婚活パーティーとか」
『昔はしたこともあるけど、もうここ数年何もしてないね』
「それではなかなか結婚できないのでは?」
『いや、もう出来ないから一人で生きていく生活設計に変更した』
「早くない?!」
『何言ってんの。
どんどん少子高齢化に拍車掛がかるんだよ?
自分達の老後なんて自力でなんとかしなきゃいけない訳で、そう思うなら早く行動しておくのは当然だろ?』
そう言われて、私が彩に老後の計画について話したことを思いだした。
今まさに反対になっている。
人様にはそういって、自分にはやはり甘いのかも知れない。
というか現実問題として口先だけで認識していなかったとも思えた。
『そういえば、結局例の友達に連絡したの?』
「あ、いや・・・・・・」
『話しにくい気持ちはわかるけどさ、だいぶ経ってるよね、あれから。
先延ばしにするほど言いにくくなると思うけど』
「うん、それは・・・・・・わかってる」
ちょうど時間も来て、オサムさんに、今度は報告してくれよと、ようは連絡するように後押しをされた。
通話を終えて時計を見れば10時前。
私は思いきって彩の携帯にかけてみた。
出ない。
この時間なら仕事やお風呂の可能性だってある。
私は、今度電話がしたいとメールを送った。
返信が来たのは3日後だった。
今まで遅くとも翌日には返信が来ていたのに、こんなに遅くなった理由を心配した。
もしかしたら仕事でトラブルが起きているのか、体調を崩しているのか。
妊娠しているのだからかなり辛いのかも知れない。
私はとても心配で仕方がなかった。
彩と電話が出来たのは週末だった。
それも何故か曜日と時間を指定されそれを疑問には思ったが、私はようやく電話ができる事に一安心していた。
こちらからかけて簡単な挨拶をすると、
「彩、大丈夫?
もしかして仕事がかなりハードなの?
妊娠してるんだし体調が悪いとか?」
『あ、いや・・・・・・』
彩から言われた時間に電話をしたのに、何故か彩はなんだか落ち着かない感じだった。
「今、家だよね?」
『うん・・・・・』
「どうしたの?なんか変だけど」
何か電話の向こうから、ごそごそ動いているような音が聞こえる。
何だろう、ベッドで寝ながら電話しているのだろうか。
『え?そう?』
「うん。今ほんとに大丈夫なの?」
『あ、いや、実は彼が来てて』
「え?」
電話の向こうから、ちょっと待って!、という小さな彩の声が聞こえた。
おそらくマイクのところを手で覆って、彼に声をかけているのだろう。
そして突然、聞いたことのない彩の高い声が聞こえた。
あぁ、そうか。
「ごめん、邪魔したわ、切るね」
『あ』
私は一方的に通話を切った。
考えられない。
私と電話してるのをわかっているのに、彩の彼氏は、彩にいかがわしいことをしていた訳だ、親友と話しているというのに。
きっと彩だって困っていただろう。
これでやっとお祝いを言えると思った。
なかなか連絡出来なくて本当に心配していた。
でも、実際電話してみればこんな結果。
そんな事をすれば、自分の彼女の親友からどう思われるかなんかより、自分の性欲を優先するような男を選んだ彩にも苛立った。
いや、そもそもその男は私にどう思われるかなんて考えて無い、むしろ、私との縁を切らせたかったのでは無いだろうか。
今度は彩がどうしようもない男に捕まってしまったのではと、酷く心配になった。
*********
『あーそれ確信犯だわ』
「え?」
私は早々に『宿り木カフェ』に予約を入れた。
今回も1時間にしたのでなかなかオサムさんとの都合がつかず、彩との電話から一週間以上経っていた。
スタートした途端、私はまずは報告を聞いて!と一方的に彩と電話をした一件を話し終えると、オサムさんは呆れたような声で言われた。
その意味がわからず聞き返す。
『だから、はめられたの!貴女が』
「やっぱり!
大丈夫かな、彩・・・・・・」
私の言葉に、イヤホンから、ぶは!という笑い声が聞こえてきた。
『いや、君、人良すぎ』
「え?どういう事?」
『全部の黒幕は君が親友と思ってる、その友人だよ』
「だからどういう事?」
私にはオサムさんの言葉がさっぱりわからない。
うーんと長く唸るような声が聞こえた。
『では、一つずつ彼女についての疑問を解いていこうか』
まるで名探偵が謎を解き明かすことを明言したかのような真面目になった声に、私はごくりとつばを飲み込んだ。
『子供が予想外に出来ちゃったって話。
あれ、全て彼女の計画だろうな。
いわゆる、安全日なの、みたいな事言って男を安心させて既成事実を作ったのさ。
勢い?嘘だね、そうそう一回で出来るかっての。
もう随分前から付き合ってて、なかなか結婚を言い出さない彼に業を煮やしていたんじゃない?
それで彼女が強硬手段に出たんだろうな。
実はピル飲んでたと言って飲んでなかった、とかもあるか。
それで彼女の思惑通り妊娠し、それを彼女は彼に報告した。
彼女も演技しただろう、まさか出来るなんて思わないよね、でも貴方はお父さんなのよとか言ってさ。
相手は観念して結婚することに踏み切ったんだろう、彼女の嘘をどこまで見抜いているかはわからないけど』
私は饒舌に謎解きの解説をしているオサムさんの言葉に、呆然としていた。
それは彩が、ずっと相手は居ないとか、気になっている人が居るとかも全て嘘で、実は彩自身は着々と彼と結ばれるために策を進めていたという事だろうか。
『次。メールの返信が遅れたこと。
もちろん事情があって早くに返信出来ない事だってあるだろう。
じゃぁそんな時、君ならどうする?
もし数日高熱で寝込んでて連絡出来なかったら。
仕事先や親しい友人でなくても、君なら連絡出来る状態になれば速攻連絡するだろう?
それも理由を書いて。
どうしても書けない内容だとしたら、良いわけをして取り繕うだろう?
相手の気分を害したくないし、関係を悪くしたくは無い。
でも彼女は遅れた理由を特に言ってない点でも、君の存在価値が一気に落ちたことを表している。
そうだよね、ずっと欲しかったモノが既に手に入ってるから。
だから君に気を使わなくても良い、ぞんざいに扱っても良い相手になったのさ』
「そ、それは」
『そして週末の電話。
日時を指定したのは彼女なんだろう?
確かに週末なら彼氏がいたっておかしくないかもしれない。
でも、普通ならその間だけ少し側を離れてもらうとかするだろうな、相手の、君の事を考えるなら。
でも実際はそんな声をもらすほど男が欲情するような状態で電話してた訳だ。
もしかしたら、二人とも裸で事後かそれとも最中だったかもしれないし。
まぁ電話かかってくるのわかってるのにそこで線引き出来なかった時点で、君はもうついでの存在なんだろう』
聞きながら、次々と自分に細いナイフが突き刺されていくのがわかった。
突き刺されながら、辛くて悲しくて痛くて、でもそのナイフが自分の見たくなかった扉に届いている事を自覚する。
そうだ、薄々感づいていたのかも知れない。
彩が、私を親友とは見ていなくなっていたことを。
『・・・・・・悪い』
「・・・・・・」
『こう、相手を気遣えずにバンバン言ってしまうのが、交際相手が出来ない理由の一つだとわかってるんだ。
ずっと気をつけてたはずなんだけど・・・・・・いや、ここで弁解するべきじゃないよな』
「すみません。
あの、今日はここで終了していいですか?」
残り時間を確認せず私は言った。
『ごめん、あまりに不躾な言葉を言ってしまった。
さっきのは単に僕が勝手に想像した事だから、真実じゃ無いかもしれない。
だから言ってしまってあれだけど、その、どうか気にしないで。
後でカフェには事情を連絡して今回分は無しにしてもらうから』
「いえ、そのままでいいです。では」
私はすぐに通話を切った。
その瞬間、一気に涙が溢れてくる。
通話を続けているなんて出来なかった。
そうか、・・・・・・そうか。
私が親友と思っていたあの子は、もういないんだ。
辛いというより寂しい。
心臓がぎゅうぎゅうと握り潰されていくかのようだ。
私はどん、と机に突っ伏せると、家族に気づかれないように泣き出した。
*********
翌日、『宿り木カフェ』から謝罪メールと前回分の回数が戻ってきて、スタッフを交代させますと連絡が合った。
私は返信する気力も起きず、それを放置した。
そして、日を置くにつれ段々と冷静になってきた。
私が思っていた彩という中学生からの同級生は、ほんとはどんな子だったのだろうかと。
ずっと誰よりも知っているつもりだった。
途中から変わったのだろうか、わからない。
けど、大学時代から、違和感に気がつきだしていたような気もする。
私は気がつきたくなかったんだ。
ずっと私の思う、自由奔放で、でも私の事を実は大切にする理想の彩で居て欲しかった。
もしかしたら、私のそんな勝手な思いが、彩が私から遠のきたかった理由なのだろうか。
ずっと私が恋人が出来ないと嘆いているのを、彩は裏で笑っていたのだろうか。
自分には自分に夢中の男がいるけど貴女はいないのねって、実際は哀れんでいたのだろうか。
きっとオサムさんに言われなければ、私は薄々気がついていた事から目をそらしていたかも知れない。
彩が悪いんじゃない、変な男に感化されてしまったんだと、自分の良いように解釈していたかも知れない。
いや、きっとその可能性の方が高かった。
切なすぎる。
あまりに哀れで本当に馬鹿だ、自分は。
心の中がぐちゃぐちゃして、苦しくて、今すぐこの気持ちを吐き出したい。
友人になんて話せない。
そしてよぎったのは、ある一人の男性だった。
私は『宿り木カフェ』にメールした。
オサムさんのままでいい、次の予約を入れたいと。
*********
「こんばんは」
『こんばんは』
久しぶりに聞くオサムさんの声はとても固く感じた。
最初の時にも感じたことの無い、彼の緊張感が私に届いている気がする。
『先日のこと、本当に申し訳無かった』
ヘッドセットから、変な風切り音が聞こえた。
きっと通話の向こうで勢いよく頭を下げているのだろうことが伝わってきた。
『勝手に謎解き気分で、君の気持ちなど考えずぺらぺらと。
本当に身勝手で酷い事をしてしまった。
前回も言ったけどあれはあくまで僕が勝手に』
「あの」
私は必死に謝ろうとしているオサムさんの言葉を遮った。
「オサムさんの彩への意見と私への評価、とても辛かったです」
『申し訳無い・・・・・・』
「あの時は辛くて、とてももう聞いていられなかったんです」
『あぁ当然だ』
「でも、しばらくして冷静になってきたら、段々彩の違和感に自分は気がついていたんだとわかったんです」
『・・・・・・』
「きっとオサムさんが言ったことは当たっています」
『いや、あれは』
「私ではきっとたどり着けなかった真実です」
オサムさんから声は聞こえない。
「きっとこういう風に指摘して貰えなければ、私はずっと昔から思う私の理想の彩でなんとか切り抜けようと、全て彼のせいにしていたかもしれない。
ううん、していたと思う。
だって、私を彩が哀れんでみていた、実は離れたかったかもしれないなんて、考えたくは無いから」
『いや、まだ結論を出すのは早いと思う。
自分であんな事を言ってなんだけども・・・・・・』
オサムさんは戸惑い気味に言葉を選んでいるようだった。
「もちろん本人に聞かないと真実はわからないと思う。
でも、あんな行動を取ったってことは、私に察しろ、という事だったのかなって。
もしかしたら、最後の優しさだったのかも」
自分で言ってなんだか笑ってしまう。
本当は優しさだなんて、思っていないけれど。
『ごめん、僕のせいで彼女との長年の交流をこういう風に変えてしまった』
「ううん、冷静にずばずばと言ってもらって目が覚めたよ」
これは本音だった。
「きっと、ここが離れるタイミングだったんだね」
オサムさんは黙っていた。
私が色々言ったことで、オサムさんが好きなように言葉を出させないようにしてしまったことが、申し訳無いと思った。
「ごめんなさい。
私がこんな事言ったせいで、オサムさんが話しにくくなってしまって。
カフェの本部?とかそういうのから怒られたりしなかった?」
『君は・・・・・・本当に優しい人なんだね』
「え?」
『こんなにも身勝手に話して自分を傷つけた相手を気遣ってる』
「優しくなんて無いよ、だって親友から嫌われるような人間だもの。
私はそういう風に裏表無く、ずばっと指摘出来るってオサムさんの長所だと思うよ?
まぁ短所にもなることは理解しておくべきだと思うけど」
『ごもっともです。耳が痛い』
あはは、と私が笑うと、はは、とようやく少しだけオサムさんは笑ってくれた。
そして少しだけお互いに沈黙が続いた後、オサムさんが話し出した。
『なら、ずばっとついでで、これからまた身勝手に言うのをどうか許して欲しい。
あんな事があったのに、僕が話しにくくなるなんて思ったり本部に怒られてないかまで気持ちを向けられるのは、自分自身が辛かったりきつい状態ではなかなか出来るものじゃない。
でもそれが、ずるがしこい人間からすれば、君は本当に便利で都合良く使える人間に思える。
もしかしたら君は彼女にとって便利な存在だったのかもしれない。
だから、そういう人間とは離れて、もっと自分を大切にするために、交友関係を広げるべきだと思う』
私は真面目な声で語るオサムさんの言葉を聞きながら、何故か段々涙と鼻水が出てきた。
思わず、ずずっと鼻をすすってしまった。
『うわ!泣いてる?!
ごめん、いやほんとごめん!
もう言わないから!』
「違うんです」
もの凄く途惑っているオサムさんの言葉を否定する。
「そんな風に、真剣に私に言ってくれた人は初めてだなって思って。
考えて見たら、私がその人のためにと思ってやっていたことが、その人のためじゃ無かったのかも。
家のことも抱え込んで、きつくて仕方なかったし」
『そうだよ、あまりに君は自分の人生を人のために使いすぎていたのかもしれない。
そう思うとさ、まだまだ独身だとしても自分の好きなこと、色々やりたいと思わない?』
「アイドルの握手会とか?」
『そのツッコミやめて』
切なそうなオサムさんの返事に、また二人で笑う。
「よく、結婚だけが幸せじゃないなんて言うけど、してみないとわかんないよね」
『既婚者に言われるよなぁ、それ』
「確かに1人だと寂しいと思う時あるけどね、クリスマスとか」
『まぁリア充爆発しろと未だにシーズンが来たら呪うけど、彼女のために高い金を必至に出してるのもメンドイというか』
「オサムさんはやっぱり一生独身で良いんじゃない?」
呆れ気味に言うと、それはそれで酷くないか!と不満の声が返って来た。
「とりあえず、異業種交流会でも出てみるかなー、以前から誘われてはいたし」
思わずぼそりと呟いてみた。
『あー、出たことあるけど、キラキラしすぎてて灰になったわ』
「マジで?」
『マジで』
「なんだ、オサムさんに会えるかと思ったのに」
私が冗談交じりにそういうと、オサムさんは黙ってしまった。
取り繕うように笑いながら言う。
「ごめんごめん、冗談だって。
オサムさん、キラキラしたとこはダメだもんね」
『そう、無理』
「でも」
段々と募ってしまったこの思い。
もっと、もっとこの人と、ここ以外で話したいという、想い。
どうしたら実現できるのだろう。
「でも、私は、もっとオサムさんと話がしたい」
勇気を出して本音を伝えた。
ヘッドホンからは何も聞こえない。
その間が長く感じて、怖さからまた何か話を逸らそうかと考えた。
だけどオサムさんが話し出した。
『・・・・・・ありがとう。
あんな事を言ったのに戻ってきてくれて、担当のお客様にそこまで言って貰えるなんて。
本当、スタッフ冥利に尽きるよ』
今、完全に一線を引かれた。
僕はただのスタッフ、君はあくまで客なんだよ、と。
私はじわっと出てくる涙を必死に我慢した。
気を抜いたら画面が見えなくなりそうだ。
「本当だよね。
かならずしもこんなに心の広い客ばかりじゃないと思うけど?」
『いや、ほんとそれはそう思います、はい』
「長年やってるんなら、こういうことも時々あるんでしょ?」
『実は今まで途中で切られたことも、クレームが入ったことが無いんだ』
「えー!嘘?!」
『いや、嘘は言ってないんだ。
なので、今回はその、スタッフとしては恥ずかしいばかりなんだけど』
辺に遠回しな感じで話すオサムさんの言葉を待つ。
『君と話してて、なんというか気を許してしまったのか、まずい地が出過ぎたんだと思う。
ほんとスタッフとして未熟だと思ったよ』
少し情け無さそうにいうオサムさんの言葉を聞いて、顔が急に熱くなった。
そうか、私と話してて、気を許して、ほんとは押さえておかないといけない部分を出してしまったんだ。
そんな事を聞いてしまい、嬉しい気持ちが湧いてくる。
「ふーん、オサムさんってそういうえげつない手法、取れちゃうんだ」
『えげつない手法って何?!』
「さっきの言葉わざとじゃないの?」
『なんでさっきの情けない告白が、わざとでえげつなくなるんだ?』
「そっか、天然なんだ、これはきっと今までやらかしてるよ、オサムさん」
『いや、どういうこと?!』
本当に困惑しているオサムさんが面白い。
きっとこうやって天然で素直に話した言葉に、惹かれた女性はいたはずだ。
だって私がそうなのだから。
「オサムさん、もう少しちゃんと相手を注意深く見た方がいいよ?
さすれば結婚への道が開かれん」
『言ってる意味がさっぱりわからん!』
「オサムさんは十分に魅力的だって事だよ」
これだけ伝えればいいや。
きっとオサムさんの良さに気がつく女性はこれからだって現れるはずだ。
羨ましい。
彼とリアルで出会える事の出来る女性が。
私は、この限られた回数でしか話すことが出来なかったのに。
『その言葉、そのまま返すよ』
「えっ?」
『君は優しく強い人だ。
きっと素敵な男性に出逢えるよ』
「はは、そんな風なこと言われたの、占い師さん以来だよ」
私は少し涙を浮かべながら笑った。
オサムさんの声が、今までに無く優しく聞こえたからだ。
「税理士って優しい人が多いのかな。
相手を税理士に絞って探してみるのもありかも」
『やめとけやめとけ。
士業はほんとピンキリだから、同じ公務員で探すのが得策だって』
「オサムさんはどうするの?婚活するの?」
『何度も言うけど、諦めてるから特に何もしないよ』
「『宿り木カフェ』やってたら、いくらでも女性と話せるもんね」
『そういうつもりでやってた訳じゃ無いけど、そうか、それで満足してる可能性あるのかもな』
「それはよろしくないね」
『別に良いんじゃない?これが僕の生き方だし』
「フリーダムだねぇ」
『誉め言葉だと思っておくよ』
そしてまた2人で笑う。
でもこんな時間ももう終わりだ。
着々とパソコンのモニターには残り時間が表示され、減っている。
「まさか心休める場所でぐさぐさ刺されるとは思わなかった」
『大変に申し訳ありませんでした』
「もう、いいですよ。
目を覚ましてもらいました、ありがとうございます」
『こちらこそ色々厳しいご意見ありがとう』
「愛の鞭です」
『ありがたく受け取ります』
「・・・・・・もし、もしもリアルで会えたとしたら、逃げないで下さいね?」
最後、やっぱりあがいてみる。
すると、電話の向こうから小さな笑い声が聞こえた。
『きっと分からないと思うよ、腹出てるし、背も高くなくて平均身長無いし。
東京の小さな事務所で必死に働く割にそんなに収入もない、ただのアイドルオタクだから』
「それでもいいよ、声は覚えておくから」
『はいはい、その時はお手柔らかに』
今度は完全に一線引かれなかったのでは無いだろうか。
むしろ何かヒントをくれたようにすら思えて、なんだかドキドキする。
ただの思い込みかも知れない。
でも今のオサムさんの言葉は、私には違って聞こえた。
もしも本当に出会えたら、彼は困った顔で誤魔化さずに答えてくれそうな気がする。
自分があの時のオサムだという事を。
「今までありがとうございました。
友達からちゃんと独り立ちして、自分を大切にするようにします」
『うん、頑張らずに人生楽しんで。
それと・・・・・・友達のことは、あんなこと言っておいてなんだけど、もう少しだけ広い心でみてあげても良いかもしれない。
でも、無理はしないで。
・・・・・・では』
「・・・・・・はい」
どっちも最後はさようならとは言わなかった。
そして画面には通話終了の表示。
ヘッドセットを取り、私は息を吐く。
自分の顔は見えなくても、何となく微笑んでいるような気がした。
彼は人生を楽しめと言ってくれた。
東京には星の数ほど人がいる。
だが動かなければその出会いたい星に出会うことも出来ない。
色々と彼はヒントをくれた。
誰かに取られてしまう前に、彼と出会いたい。
今までで一番身勝手な行動を取りたいのに、それが不思議と楽しい気持ちにさせる。
机の端に置いていたスマートフォンを確認すると着信ランプが光っていた。
開いてみれば、そこには彩からのメール。
「さてはて、鬼が出るか蛇が出るか」
私は少しだけ笑いながら、そのメールを開いた。