終業式まで、風太は休まずに学校に来た。無遅刻無欠席。担任の先生は感心していた。元々なかったであろう遅れも取り戻して、前の席が空席でないことにも慣れた。年が明けてもこの日々は続くだろうかと考えながら、誰もいなくなった教室でひとり、ぼんやりと椅子に座っていた。
「月深」
先生に呼び出されて職員室に行っていた風太が戻ってきた。待っていると伝えたわけでも、待っていてと言われたわけでもない。ただ何となく、早く帰る必要もないなと立ち上がらずにいただけだ。
「帰ってなかったのか。芦谷は?」
「千夏は部活」
「あ、そうか。何の部活だっけ」
「バレー部のマネージャーだよ。練習して、そのまま打ち上げだって」
千夏がマネージャーとして所属するバレー部は緩い部活動だ。冬休み中は丸々部活休止。今日の練習も早めに切り上げて、隣町のカラオケに行くと言っていた。
「月深は何で残ってんの?」
「何となく……? 帰っても暇だし」
「じゃあちょっと付き合う?」
いつもは空っぽのスクールバッグを今日はパンパンに詰め込んで、はち切れそうなファスナーを無理やり閉めたあと、風太はわたしの方を見て言った。どこに、何に、と問う前に、気付けば頷いていた。
学校を出て、行き先は告げられないまま風太についていく。しばらくは風太が先を歩いていたけれど、そのうちわたしに歩調を合わせて、横に並んだ。
「ばあちゃん、昼飯用意して待ってたりしない?」
「どうだろう。仕事でいないと思うけど、昼ご飯はいるともいらないとも伝えてない」
「それなら、軽く腹ごしらえにしとくか」
「どこに行く気?」
「ついてからのお楽しみ」
ゆっくり歩いてきて、と言い残し風太が先に駆けていく。小さな商店に入っていき、わたしがその店の前に着くころに、ビニール袋を持って出てくる。
そのまま歩いて行こうとするから、ちょっと待っていてと告げて入れ違いに商店に入った。
疎らな陳列。店内BGMはガサガサとノイズが入っていて、店内は薄暗かった。お菓子の棚から適当にいくつか見繕って会計へ。店主のおじいちゃんはにこにこと笑って袋詰めをしてくれた。かたかたと手元の電卓を叩くのを待つ間に、ふと壁に貼られたポスターが目についた。古い記事の上に真新しいクルーズ旅行の張り紙が重ねてある。隣町の大きな港を出発し、日本海沿いに北上する五泊六日のツアー。いったい幾らするのだろうと考えている間に、おじいちゃんが計算を終える。
「560円」
「ちょうどあります」
「ああ、ちょっと待って。これも持っていき」
レシートを受け取って袋を持とうとしたら、おじいちゃんがさっと立ち上がってレジ横の棚から何かを取り、お菓子の入った袋に紛れさせる。
「おじいちゃん、これ」
「食べよ。風太も一緒やろ」
「ありがとう」
断る隙もなかったと苦笑しながらお礼を伝え、外に出る。風太は日向に立って路傍の花を見ていた。海沿いの道を歩く途中、風太が堤防に手をついて軽い身のこなしで飛び乗る。わたしはそれを下から見上げて、太陽を背にした風太に目を細めた。
目的地と思われる場所が見えてきた頃、漁師のおじさんたちとすれ違う。港近くの食堂でご飯を済ませてきたらしい。あら汁がいい味をしていたとすれ違い様に聞こえたとき、そのうちの一人に声をかけられる。
「風太、今日は学校はどうした」
「終業式だから。早帰り」
「ああそうか。冬休みやな」
当たり障りのない会話。風太は顔が広いから、そこらを歩くだけで声をかけられることがざらにある。一緒に足を止めてしまったから間に挟まれて所在をなくしていると、おお? と声がわたしに向けられた。
「日丘さんのところの! 風太と同級生やったか」
「はい、そうです」
「そうかそうか。こんなに大きくなって。ばあちゃんに孝行せんとなあ」
「え……」
「ばあちゃんに楽させてやりいよ」
豪快に笑って去っていくおじさんたちの背中を、時が止まったような感覚で見つめる。馴染みのある人たちだ。狭い町、狭い世界。おばあちゃんのこともわたしのことも、昔から知っているからこそ、久しぶりに見かけてそういう感想が出てくるのは何もおかしなことじゃない。