「風太、あのね」
「うん?」
「違うの、絢斗が言っていたようなことは、思っていない」


言い訳がましい。自分の保身に走って、絢斗を悪いように言っているだけだ。でも、風太に誤解されてしまうことの方が恐ろしかった。


「月深はこの傷のことどう思ってんの」


だから、まさか風太の方からそのことを話すとは思わなかった。


風太の顔や身体に残る傷は、昔わたしと絢斗を含めた数人で山奥にある廃墟へ探索に行ったときに負ったものだ。瓦礫の崩落に巻き込まれて、風太だけが怪我をした。当時のことは、よく覚えている。忘れられるわけがない。あまりに鮮烈な記憶で、血まみれの風太が重なって見えることだってある。

風太には傷が残ってしまった。見えないし見せないだけで生活の中に制限もあるだろう。そしてそれはこれまでもこれからも続いていく。決して肩代わりをすることはできない。

過去のことだからと、取り戻せないことだからと割り切って過ごすように努めているけれど、それをわたしが口にするのは違う。言葉をどれだけ探しても、最適解が見つからない。

わたしが答えられずに俯いていると、お互いの息遣いで満ちた苦しいほどの空間に一滴、穏やかに凪いだ声が落とされる。


「おれは、これが誰かのせいだと思ったことはない。起きたことは変わらないし、おれはずっとこのままで生きていく」


凛とした口調だった。真っ直ぐで、揺るぎない。確固たるものを持っているから。そんな風太に引け目があるのはわたしの方だ。だから、何も言えなくなる。


「取り返しのつかないことでも、一度は許されるべきだと思うんだ。そうじゃないと、ずっと苦しむことになるから。でもおれがどれだけ、あの頃のことはもう平気だ、気にしていないから、忘れていいからって言っても、月深も絢斗も、それはできないんだろ」


本来なら、気遣われるべき立場の風太にここまで言わせて、自分は黙っていることがいっそ怒りを覚えるほど、もどかしかった。手のひらをぎゅうっと握り込む。

風太は優しい。優しすぎて、他人が干渉する隙間を与えない。孤独な人だと思う。そうさせてしまった一端をわたしが持っているのだ。


「忘れることは、できないよ。だけど、わたしはその罪滅ぼしとか、そういう意味で風太に話をしているわけじゃなくて」
「それはわかってるって。何のお節介かと思ったけど、心配してくれてるだけだって、ちゃんとわかってるから」


どうしても、誤解されたくない思いが先走ってまた口が滑る。風太はやっぱり見透かしたようにわたしをなだめて、本筋に戻っていく。


「だから、あんまり気にすんな」


安心させるような笑みに、どこか壁を感じる。先のやり取りの中で、わたしは何度言葉を間違えただろう。風太の欲していた言葉はどこにあったのだろう。

絢斗の言うように、自覚がないだけで過去のことが後ろめたくて風太に近付く気持ちがあるのかもしれない。そう思うと、自分の心を真っ黒に塗りつぶしたくなった。


他の誰でもない風太の言葉だ。いちばんに、信じていたい。でもそこに隠し事があるのなら、たとえ傷つけることになっても傷つくことになっても、知りたいと思ってしまう自分がいた。

気にするな、の一言で引かれた線を踏み込んではいけない。

その一心で、言いたい言葉を、聞きたい言葉を、飲み込んだ。