毎日夕方になるとここにお参りに来る。それがわたしの習慣。
小学生の頃、校長先生が言っていた。何かひとつでいい、簡単なことでいいから、毎日続けられる何かを見つけなさいって。気付けば八年近く、体調を崩したときや家を離れているとき以外は毎日ここへ来ている。
今日の出来事を心の中で報告する。そうすると、絡み合った気持ちを整理することができる。習慣って、たぶんそういうこと。
風太が明日、学校に来ますように。
普段はしない願い事を、合わせた両手に鼻先を擦り寄せて噛み締めるように呟くと、背中に吹き付けていた風がほんの少し柔らかくなったような気がした。
神社の正面の階段を降りて小道に逸れると家の庭にたどり着く。季節の野菜も植えてある、小さな畑のような庭だ。
そろりと勝手口の戸の鍵を回して家に中に入る。人の気配はなかった。部屋も廊下も電気がついていない。
居間のテーブルの上に書き置きが残されていた。
【夜勤に行ってきます。夕食は冷蔵庫に。】
短い書き置きを読んで、ぐっと拳を握る。
この頃は日勤が多くて、夜勤は滅多になかった。どうせ一人の時間ができるのなら、金曜日が良かったなと邪心を抱きながら、暖房をつけてまとっていた制服を脱ぎ捨てる。
誰に急かされるわけでもないのにさっさとお風呂を済ませて、冷蔵庫に用意されていたおかずをレンジで温める。
テレビはつけずに携帯で音楽を流しながら、鼻歌混じりにゆっくりと夕飯を楽しむ。時々箸を置いてSNSやネットニュースを見た。
こんなこと、おばあちゃんの前では絶対にできない。
厳しすぎるとまでは言わないけれど、考え方がどうにも凝り固まっていて、わたしの言い分ひとつ聞いてくれない堅物。70歳近くになっても尚、介護施設で働くおばあちゃんを尊敬しているし、一人でわたしを育ててくれていることに感謝もしている。ただこの頃は反発してしまうことも多くて、一人の時間はありがたかった。
時間をかけて食事を終え、音楽を止めて床に寝転ぶ。座椅子の背にかけてあったブランケットをつま先で摘んで引き寄せ、頭から被る。
羽虫がうごめくような音が蛍光灯から聞こえていた。古い家はそこかしこから音がする。家鳴りのない夜はない。
小さいころは、この音が恐ろしかった。おばあちゃんのそばを離れずに、怖い怖いと口にすると、必ず背を撫でて安心させてくれた。
耳を塞いで、体を縮めて、ぎゅうっと目を瞑る。
脳裏に風太の姿がちらついて、夕焼け空のような濃い朱色にさらわれて消えた。