風太と別れてからそのままいつもの神社に向かった。家の横を通るときに、キッチンに面した窓が開いて中から物音が漏れているのが聞こえた。すぐに戻ればいいかと高を括り苔むした石階段を上りきる。


「あら、月深ちゃん。あけましておめでとう」
「白井さん。あけましておめでとうございます」


ここの管理をしているお宅のおばあさんが、境内を掃く手を止めて丁寧に挨拶をしてくれる。他に人はいない様子だった。真新しいしめ飾りに歓迎されているような心地で新年最初の参拝をする。

胸の奥はざわついていた。これまで漫然と誤魔化していた将来の夢や行く先を打ち明けるときはきっと遠くない。高校三年生になる年。きり、と胃が痛むのは不安な要素があるからだ。さしあたっては、おばあちゃんに相談をしないといけないこともわかっている。でもそのための勇気がいくつも足りていない。願掛けというよりは決意表明のような心持ちで、合わせていた手を下ろす。拝殿を離れると箒を片した白井さんが隅のベンチにわたしを拱いた。


「いつもお参りに来てくれてありがとうね。お話に来てくれる子がいると、神さまも喜ぶわ」
「ううん、お礼なんて。白井さんこそいつも綺麗にお掃除してくれて神さま、嬉しいと思う」
「あら、そうだといいわね」


物腰が柔らかくて語り口は穏当な白井さんと話していると心が和らぐ。いつも会えるわけではないけれど、たまに顔を合わせるとこうして穏やかな時間に引き込んでわたしの話を聞いてくれるし、白井さんの話を聞かせてくれる。


「そうだ。月深ちゃん、これ」
「え、いいよ、もらえない」
「もらってちょうだい。お年玉」


ぐい、と強引の手の中に握らされたポチ袋を返そうと躍起になるけれど、白井さんは頑として受け取らない。顔見知りなだけの近所の人にお金をもらうわけにはいかない、と毎年伝えているのに、白井さんは隙を見てお年玉を渡そうとする。わたしが折れて受け取るのも毎年のこと。

あまり突き返すのも良くないと早々に諦めてお礼を伝え、ポチ袋は上着のポケットに仕舞った。


「そろそろ帰るね」
「はあい、芳美さんによろしくね」


おばあちゃんも後でお参りと挨拶に来ると思う。白井さんに手を振って、神社を離れて家に帰る。そろりと物音を立てないように家に入るけれど、おばあちゃんはわたしが部屋にいないことをとっくに気付いていたようで、月深と低い声で呼び止められた。


「どこに行っていたの? 出かけるなら一言声をかけてからにしてちょうだい」
「友だちと初日の出を見に行ってたの」
「そう。綺麗に見えたでしょう」
「……怒んないの」
「帰ってきたから今日はいいわ」


平時ならぐちぐちと怒られていたであろう場面だ。呆れているというよりは、正月早々怒りたくないという風に感じられた。何にせよ、穏便に済んだことにほっとしながら、正月料理の並んだ食卓を横目に自室へ。おばあちゃんがお雑煮を用意してくれている間に上着を片してポチ袋は机の引き出しに仕舞う。


テレビに流れる正月番組。笑い声は画面の向こう側からしか聞こえない。おばあちゃんは黙々と箸を運び、わたしも黙って甘い伊達巻ばかりを摘んでいた。毎年そうだから、おばあちゃんは伊達巻を多めに用意してくれる。


食事を終えたらこたつに肩まで潜り込む。いつもなら、だらしないと言われるところを、正月くらいは見過ごしてくれるのか、おばあちゃんは何も言わなかった。

いつの間にか眠ってしまっていて、目を覚ますと頭のそばにメモ書きとポチ袋。ご近所に挨拶に行ってくると書かれていて、まだ戻ってきてはいないようだった。おばあちゃんの直筆で、よい年にと書かれたポチ袋は、白井さんからもらったものと合わせて机の引き出しに仕舞った。