先週、俺の母が死んだ。
今まで俺を女手一つで育ててくれた母は俺の27歳の誕生日の1ヶ月後に亡くなった。
それは母が肺がんを患ってから程なくしての事だった。
葬式を開くと小さい規模だったが人望の広い母の葬式には多くの人が集まった。
「この度はご愁傷さまです。慶次くん」
「あぁ、おばさん。遠い所からわざわざありがとうございます」
声がして後ろを振り向くと黒の着物を綺麗に着こなしている母さんのお姉さん。俺の伯母に当たる人が居て、俺に声をかけてくれていた。
葬式を開くにあたっての相談を聞いてくれたり、色々とアドバイスをくれたり手筈を整えてくれたりしたのもこの人だ。
おばさんは結婚を気に遠くに引っ越してしまった為、最後に会ったのはもう随分と前だったが印象は最後に会った時となんら変わりはなかった。
「いいのよ、そんなこと。慶次くんの心の傷に比べたらこれくらい……」
「……確かに信じられませんでした」
俺はショックだった。母さんが死んでしまったことも。『母が死んでも俺は涙を流せなかった』ことも。
葬式が始まる前に話したこともないような親戚の人達から「お母さんが死んだのに涙ひとつ流さないなんて……」とコソコソと言われたのも聞いてしまった。
俺は冷たい人間なのだろうか。
棺に入った母さんが火葬場に入っていく時、確かに耐え難いほどの胸の痛みに襲われた。
もう、俺は母さんに会えないんだなって。
もう、表情を見ることも出来ないし、声も聞けないし、触れることすらもできない。
母という存在がこの世から無くなったような感覚だった。
正直葬式の際中のことはあまり覚えてないけど、それだけははっきりと覚えていた。
「母のことは大好きでしたから、もっと母のところに通えば良かったです」
「慶次くんはきっと、十分親孝行できていたわよ」
「……そうですかね」
もちろん、母のことは大好きだ。感謝もしてるし尊敬もしてる。
これに嘘偽りなんてない。ただ、俺の瞳から雫が零れ落ちないだけ。
それに俺は動揺を隠せずにいた。
「それにしても、タイミングが悪かったわね」
「どういうことですか?」
俺は困惑して聞いた。
「だって、これから大変になるって時期にねぇ」
俺に目線をやったおばさんだったが俺が本気で分からない顔をしているものだからおばさんの方も一瞬戸惑っていた。
俺は一人っ子で誰かお世話をしなければならない人もいなければ、俺自身も、社会に出て慣れてくる時期だし、転職や引っ越しの予定もない。
気を取り直したおばさんは考え込んでいる俺に少し声を潜めて言った。
「だって、お母さんが幸子ちゃんを引き取るって……」
「幸子?」
聞き覚えのない名前に首を傾げていると突然後ろからスーツの裾を引っ張られた。
別の親族からの挨拶かと思って急いで視線を後ろにやってが誰もいない。
それから、そのまま視線を下にやると彼女はいた。
「おじさんがわたしを引き取ってくれるの?」
俺の袖を引っ張ったのはまだ背丈が俺の太腿程しかない少女だった。
黒髪で少しおかっぱ気味の、子供にしては少し痩せすぎているような。そんな女の子だった。
「幸子ちゃんのご両親ね。去年事故で亡くなってるのよ」
「それで、その引き取り先に母が……。ということですか?」
「えぇ」
俺は困惑しながらも幸子の目線に合わせるため膝をついた。
母さんは病気でもう永くないと分かっていたはずなのに一体どうしてだろう。
もしかしたら母さんの断れない性分が出てしまったのかもしれない。
「幸子ちゃんは今何歳?」
小さい子と話すのは久々でなんだか少し気恥しかったが聞いてみた。
「6歳。来年で小学2年生だよ」
そっかー。小学2年生か。
と、思うも束の間。
おばさんの目線が妙に俺に注がれている気がした。
嫌な予感がした。
俺の視線が幸子とおばさんを交互に往復する。
待ってくれ。俺は女児の面倒なんて絶対見切れないぞ。
しかも仮にも傷心中の俺に押し付けてくるか?
そんな考えが頭の中で右往左往する中、おばさんはにっこりと笑って言った。
「これから大変だろうけど、頑張ってね慶次くん」
今まで俺を女手一つで育ててくれた母は俺の27歳の誕生日の1ヶ月後に亡くなった。
それは母が肺がんを患ってから程なくしての事だった。
葬式を開くと小さい規模だったが人望の広い母の葬式には多くの人が集まった。
「この度はご愁傷さまです。慶次くん」
「あぁ、おばさん。遠い所からわざわざありがとうございます」
声がして後ろを振り向くと黒の着物を綺麗に着こなしている母さんのお姉さん。俺の伯母に当たる人が居て、俺に声をかけてくれていた。
葬式を開くにあたっての相談を聞いてくれたり、色々とアドバイスをくれたり手筈を整えてくれたりしたのもこの人だ。
おばさんは結婚を気に遠くに引っ越してしまった為、最後に会ったのはもう随分と前だったが印象は最後に会った時となんら変わりはなかった。
「いいのよ、そんなこと。慶次くんの心の傷に比べたらこれくらい……」
「……確かに信じられませんでした」
俺はショックだった。母さんが死んでしまったことも。『母が死んでも俺は涙を流せなかった』ことも。
葬式が始まる前に話したこともないような親戚の人達から「お母さんが死んだのに涙ひとつ流さないなんて……」とコソコソと言われたのも聞いてしまった。
俺は冷たい人間なのだろうか。
棺に入った母さんが火葬場に入っていく時、確かに耐え難いほどの胸の痛みに襲われた。
もう、俺は母さんに会えないんだなって。
もう、表情を見ることも出来ないし、声も聞けないし、触れることすらもできない。
母という存在がこの世から無くなったような感覚だった。
正直葬式の際中のことはあまり覚えてないけど、それだけははっきりと覚えていた。
「母のことは大好きでしたから、もっと母のところに通えば良かったです」
「慶次くんはきっと、十分親孝行できていたわよ」
「……そうですかね」
もちろん、母のことは大好きだ。感謝もしてるし尊敬もしてる。
これに嘘偽りなんてない。ただ、俺の瞳から雫が零れ落ちないだけ。
それに俺は動揺を隠せずにいた。
「それにしても、タイミングが悪かったわね」
「どういうことですか?」
俺は困惑して聞いた。
「だって、これから大変になるって時期にねぇ」
俺に目線をやったおばさんだったが俺が本気で分からない顔をしているものだからおばさんの方も一瞬戸惑っていた。
俺は一人っ子で誰かお世話をしなければならない人もいなければ、俺自身も、社会に出て慣れてくる時期だし、転職や引っ越しの予定もない。
気を取り直したおばさんは考え込んでいる俺に少し声を潜めて言った。
「だって、お母さんが幸子ちゃんを引き取るって……」
「幸子?」
聞き覚えのない名前に首を傾げていると突然後ろからスーツの裾を引っ張られた。
別の親族からの挨拶かと思って急いで視線を後ろにやってが誰もいない。
それから、そのまま視線を下にやると彼女はいた。
「おじさんがわたしを引き取ってくれるの?」
俺の袖を引っ張ったのはまだ背丈が俺の太腿程しかない少女だった。
黒髪で少しおかっぱ気味の、子供にしては少し痩せすぎているような。そんな女の子だった。
「幸子ちゃんのご両親ね。去年事故で亡くなってるのよ」
「それで、その引き取り先に母が……。ということですか?」
「えぇ」
俺は困惑しながらも幸子の目線に合わせるため膝をついた。
母さんは病気でもう永くないと分かっていたはずなのに一体どうしてだろう。
もしかしたら母さんの断れない性分が出てしまったのかもしれない。
「幸子ちゃんは今何歳?」
小さい子と話すのは久々でなんだか少し気恥しかったが聞いてみた。
「6歳。来年で小学2年生だよ」
そっかー。小学2年生か。
と、思うも束の間。
おばさんの目線が妙に俺に注がれている気がした。
嫌な予感がした。
俺の視線が幸子とおばさんを交互に往復する。
待ってくれ。俺は女児の面倒なんて絶対見切れないぞ。
しかも仮にも傷心中の俺に押し付けてくるか?
そんな考えが頭の中で右往左往する中、おばさんはにっこりと笑って言った。
「これから大変だろうけど、頑張ってね慶次くん」