乃彩と遼真が婚姻関係を結んで、およそ一か月。

 その間、ちょっとした事件や行き違いはあったものの、なんとか夫婦生活を続けている。乃彩をさらった二人は、学園を退学した。卒業まであと半年もなかったのに、あれだけの事件を起こしてしまえば、学園に居続けることなどできない。

 しかし、彼女たちが屍鬼を手に入れたルートだけはわからなかった。スマートホンを通して指示があったらしい。そのスマートホンも回収され、アクセスログなどをたどってみたものの、緻密にサーバを経由しており、まだ突き止められていないようだ。ログが残っているうちにわかるかどうか、らしい。

 さらに、茉依と徹の婚約も解消された。琳が動いたことで、日夏の家と某土建会社の取引が明るみになったからである。術師の権力は、どこにでも潜んでいる。

「はい、終わりました」

 そう言って乃彩は、遼真の手を解放した。

「これで、呪いはすべて解けたかと思いますが。いかがでしょう?」

 毎日少しずつ彼女が霊力を注ぎ込むことで、酒呑童子の妖力を打ち消していた。

「完璧です」

 眼鏡を押し上げながら、感動の声をあげたのは冬月だ。

「さすが、卯月公爵家の乃彩様。あの酒呑童子の呪いを打ち破るとは」

 冬月もこう言うのだから、解呪が成功したことに間違いはないのだろう。それに遼真自身も、以前と同じような霊力を感じる。

 というのも、乃彩がさらわれたときに彼女から「思ったより、遅かったのですね」と、あのあとさらりと言われたからだ。

 思っていたより遅かったから、自力で逃げ出したとのこと。もう少し、かっこいいところを見せてくださいと。

 相変わらずの塩対応である。

「では、約束通り。離婚いたしましょう」

 そう言って彼女は、離婚届を遼真の前に突きつけた。

 氏名の『夫』の欄意外はすべて記載済みであり、証人の欄には琳と冬月の名前が直筆で書いてある。

「お前、これ……」
「ええ、お父様が楽しそうに名前を書いてくださいました。冬月の伯父様も。遼真様はこちらに、お名前をお願いします」

 助けを求めようと顔をあげると、すでに冬月の姿はないしいつも近くにいる啓介すらいない。

「あいつら……逃げたな」

 遼真は大きく息を吐く。

「悪いが、俺はお前と離婚するつもりはない」
「なぜです? こうして遼真様の呪いは無事解けました。お互い、利用する約束だったはずではありませんか?」
「そうだな」

 遼真は、隣に座る乃彩の腰に手を回す。

「お前は、もう少し俺を利用しろ。俺と別れて、変な男と結婚してもいいのか?」

 乃彩もはっとして遼真の顔を見つめる。

「隙あり」

 ちゅっと唇を重ねると、パシッと頬を叩かれる。

「な、何をするのです」
「俺たちは夫婦だ。キスくらいいいだろ?」

 顔を真っ赤にして、何かしら反論しようとする乃彩の姿はかわいい。

「一生、側にいろ。俺にはお前が必要だ」
「呪いは解けたではありませんか」
「いや。俺は新しい呪いにかけられたんだよ、お前に」

 そっと耳元でささやく。

「お前に惚れる。そういった種類の呪いだな」

 乃彩は何か言いたそうに、ぷるぷると身体を震わせていた。

「というわけで、これはこうなる」
「あっ」

 遼真は勢いよく離婚届を破いたのだった。

 ――こうなると思っていましたけどね。

 と、遼真には琳の声が聞こえてきそうで、ちょっと悔しい。




【完】