乃彩がやってきてからというもの、屋敷の中が華やかになったような気がする。

 使用人たちも、気づかぬうちに笑顔になっていることが多い。

 その乃彩はまだ高校生ということもあり、決められた時間に学校へ行き、決められた時間に帰ってくる。

 いつも澄ました顔をしている乃彩であるが、それはあの親の影響があるのだろう。
 からかうと頬を赤らめて、必死に反論してくる姿は愛らしい。その瞬間は年相応の女子高生に見えるのだ。

「あぁ……気が重いな……というか、面倒くさい」
「はいはい、そういうことを言うのはやめましょうね」

 啓介の運転する車で、遼真はぼやいた。それを宥めるのが啓介の役目でもあり、たいていここまでが一連の流れである。

 今日は術師協会の幹部会の集まりである。幹部会とはその名の通り協会の幹部が集まる会合のこと。幹部は四大公爵の当主と、その当主を後継に譲ったいわゆる隠居によって構成されている。

 卯月公爵家と睦月公爵家は先代が亡くなったため爵位を継いだが、他の二つの公爵家の文月家と神無月家には口うるさい隠居がいる。当主も遼真の親と同年代であり、さらにその上の年代の隠居とあれば、口うるさくても仕方ないのだが、とにかく煩わしい。

 それだけでも気が重いのに、乃彩の父親と顔を合わせるのは必然となる。

 特に年若い遼真は、彼らにとっては格好の的である。孤高と言えば聞こえはいいが、むしろ孤立といってもいいだろう。とにかく幹部会の中でも浮いている存在に違いはないのだ。

 その幹部会において、結婚の事実を口にすべきか否か。だが卯月家としては乃彩の嫁ぎ先を睦月家であると知られたくないはずだ。
 彼らはまだ、乃彩を利用する気でいる。とにかくあの日以降、卯月家がおとなしいのが不気味であった。脅しでもかけられるのかと思ったらそうでもない。

 乃彩も学校の登下校時に待ち伏せされるのかと思ったが、そうでもないらしい。ただ妹だけが、下校前に乃彩を捕まえていろいろと文句を言っているようであるが、乃彩自身は慣れたものでそれを適用に受け流しているようだ。

 そのためにも、彼女にも送迎をつけた。学校のロータリーで待っていられるのは目立つから嫌だと、散々文句を言っていたが、待ち合わせ場所を近くのスーパーの駐車場にすることで妥協したようだ。その間、彼女が一人になるのがこちらとしては心配なのだが、その気持ちは残念ながら通じなかった。自分だけは大丈夫という、根拠のない自信があるようだ。

 そんな彼女が遼真の妻である。心配しないわけがない。



 何度目かわからないため息をつくのは、彼女のこととこの幹部会の集まりのせいである。

 隣の琳がじろりと睨んできたが、何かを咎めるわけでもなかった。

 幹部会では、各家が討伐した鬼や屍鬼についての報告が行われる。これによって、鬼がどこを狙い、どこを侵略しようとしているのか、それを分析する。

 卯月家も乃彩を失ってはいたものの、屍鬼討伐に手を抜いている様子はなかった。むしろ、睦月家が四家の中では討伐の結果が出せていない。

 ご隠居から「次は頑張るように」と慰めのような蔑みのような言葉をもらって幹部会は終了となった。

 卯月家も乃彩の結婚については話題にしなかった。だから遼真も何も言わない。帰り際の接触もなかったため、そのまま遼真は屋敷へと戻った。

 とにかく不気味である。何かしら文句を言われ、金銭的要求があると思ったのに。乃彩が言うには契約結婚の相場は一か月一千万円だそうだ。そのような金、睦月公爵家にとっては(はした)金とも言いたいところだが、そこはぐっとこらえておく。






「遼真様!」

 書斎で各分家からあげられた鬼の報告書に目を通していたところ、啓介が乱暴に扉を開けて部屋に入ってきた。

「乃彩様が、約束の時間になっても姿を現さないと、佐津川から連絡がありまして」

 佐津川とは乃彩につけていた運転手である。

 バンと机を叩くと、書類の束が崩れる。

 こうなることなどわかっていたはずなのに、彼女の「大丈夫」という言葉を信じていた。それに最近の卯月公爵は不気味である。一言二言、何かしら言ってくれればいいものの。そうであれば一千万円を支払ってやろうかと思っていたくらいだというのに。
 スマートホンを取り出して、位置情報を検索する。こういうこともあるだろうと、乃彩が風呂に入っているときに、勝手に彼女のスマートホンをいじっておいた。

「やっぱり……卯月公爵邸に戻っている……」
「え? 監視してんの? それって、本人承諾してます?」

 啓介の言葉は聞かなかったことにする。

「今すぐ車を出せ」

 奪われたのであれば奪い返す。ただそれだけだ。

 他よりも少しだけ小高い場所に建っている卯月公爵邸は、鉄筋コンクリートの建物であった。門扉はしっかりと閉められており、人の侵入をまるでこばむかのよう。
 インターホンを押す。

『……はい』
「睦月遼真です。妻を返してもらいにきました」
『妻? 睦月公爵は結婚されていたのですか。そういった報告は幹部会ではありませんでしたが』

 インターホンの向こう側にいるのは、琳である。機械越しの声であっても、落ち着きと丁寧さは健在であった。

「それはそうでしょう。公にできない結婚ですから。お互いに」
『それはどういった?』
「その話をここでしてもよろしいのですか?」

 遼真としてはこのままインターホン越しに会話を続けてもかまわない。だがこれでは、周囲に誰かがいたら会話はダダ漏れである。ただ、この場所に人の気配はない。

 門が開いた。

 使用人が出てきて、屋敷まで案内すると言う。その彼の視線が遼真の荷物に向いたのを、彼は見逃さなかった。

「旦那様、お客様をお連れしました」

 抑揚のない声で使用人が告げ、遼真は応接室へと案内された。それはほんの十数日前に足を踏み入れた場所でもある。

「あいかわらず、睦月公爵は礼儀のなっていないお方ですね。こういった突然の訪問は、困るのですよ」

 口元は微笑んでいるのに、目は笑っていない。

「失礼しました。こちらも急を要しまして。まずは、こちらをお納めください」

 アタッシュケースより、金の束を取り出し、テーブルの上にどんと並べる。

「乃彩から聞きましたところ、婚姻一か月につき一千万。それに、結納金なども納めませんでしたからね。それらをまとめまして、まずは二千万円」
「なるほど。睦月公爵家はこの問題を金で解決しようとするわけですね」
「彼女は俺の妻です。お金で解決できるのならば、そうします。できないのであれば、次の手を考えるまでです」

 琳は不気味な笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。

「そういった考えは嫌いではありません。せっかくですから、これはいただいておきましょう。ですが、あなたは何か勘違いしている」
「何が?」

 琳の意図がわからない。遼真は目を鋭くする。

「誤解がないよう伝えておきますが。私たちは乃彩を連れ去ったとか、そういったことはしておりませんよ? ここは乃彩の実家でもある。彼女が自らの意思でここに来たとは考えられないのですか? まあ、いいでしょう。乃彩を呼んで」

 部屋の隅に控えていた使用人に声をかけた琳は、さも楽しそうにお茶をすすった。

「あら? 遼真様。どうしてこちらに?」

 そんな間の抜けた声で、乃彩が現れた。

「どうぞ、お引き取りください。目の前で夫婦げんかなど見たくありませんからね」

 乃彩を連れて卯月公爵邸を後にする。帰りの車で話を聞くと、莉乃がどうしても家で話がしたいと言うのでつきあったとのことだった。

「電話、つながらないから心配したんだ。せめて佐津川には連絡をいれろ」
「申し訳ありません。校内では電源を切っておりますので。莉乃がしつこくてすっかりと忘れておりました」

 けろりと返されて、遼真は脱力する。

「遼真様。わざわざこちらにいらしてくれたのですね」
「お前が心配だったからな」
「そうですね。わたしがいなければ、遼真様は命を失ってしまいますからね。そういった意味では一心同体ですね」

 そのような意味で言ったわけではないのに、彼女には通じないようだ。

「乃彩。お前……卯月公爵――父親とはきちんと話をしたほうがいい」

 なんとなく、遼真はそう感じたのだ。あの男は何を考えているかわからないが、今のところ乃彩と遼真をどうこうしようとするわけではなさそうだ。もしかしたら、先ほどの賄賂が効いたのかもしれないが。

 そうですね、と乃彩は小さく呟く。

 隣から感じるほのかな体温に、安堵する。






 それからというもの、乃彩はちょくちょくと卯月公爵邸に戻るようになった。弟妹たちに会いに行っているようだ。だから、彼女のスマートホンから、莉乃の声で連絡があったときには驚いた。

「お前が電話してくるなんて珍しいな」

 そう言って電話に出た。

『もしもし? 睦月公爵ですか? 私、乃彩の妹、莉乃です』

 だが、着信は乃彩の番号だった。

『お姉ちゃん、知りませんか? 今日も学校の前で待ち合わせしていたのに、お姉ちゃんがいなくて……スマホが落ちていて……』

 その先は、言葉にならない。

「今から行く。お前はその場で待っていろ」

 遼真はすぐに佐津川に連絡をいれた。電話の状況から莉乃を一人にしておくのは不安だと思った。

「啓介。星暦学園に向かってくれ」

 ノートパソコンをパタリと閉じて、遼真は席を立つ。

「いったい、どうされたのです?」
「また、乃彩がいなくなった。どこにいったのか検討がつかない」
「お得意の位置情報で探せばいいじゃないですか」
「スマホは妹の手の中だ」

 先ほどの会話を啓介に伝え、すぐさま車で向かう。その間、佐津川からも連絡が入り莉乃を保護したとのこと。

 気は進まないが、卯月公爵にも連絡を入れる。途端に、冷静な声で叱られた。

『婿殿は無能だったのですね』

 その言葉に反論などできない。

「申し訳ありません。すぐに乃彩を取り返します」
『当たり前です。なんのために乃彩をあなたに預けたと思っているのですか?』

 違和感が走った。だが、それを突き止めている余裕はない。

 申し訳ありませんと、もう一度伝えてから電話を切る。

 莉乃と合流し、状況を彼女から詳しく聞く。

「いつもは、私のほうが早く校舎を出るのですが、今日はお姉ちゃんのほうが早かったみたいで」

 使用する昇降口が異なることから、二人は校門の隣にある銀杏の木の下で待ち合わせをしているようだ。銀杏を踏まないようにというのが、生徒たちの共通事項でもある。

「だけど、私が来たときにはお姉ちゃんのスマホが落ちていて……」
「それで、俺に連絡をくれたわけか」

 こくんと彼女は頷く。

「親には?」
「あっ。睦月公爵に電話したからいいやって、忘れてた」
「お前たちの親だ。戸籍は別れても血は繋がっている」

 莉乃が慌ててスマートホンを取り出したところで、琳がやってきた。

「あ、お父さん……」

 血相を変えた琳の姿を見て、莉乃も驚きを隠せない。

「乃彩はどこでいなくなったのです? 場所を案内しなさい。この件はまだ警察には言っておりませんね?」

 その言葉は遼真に向かって言った言葉だろう。

「はい。人間の仕業か鬼の仕業か、わかりませんから」
「そういった判断ができるとことは、有能なようですね」

 莉乃の案内によって、銀杏の木の下に向かう。金色に輝く銀杏の葉っぱの下には、銀杏がたくさん落ちていた。もちろん、踏み潰された跡もある。

「ここに、スマホが落ちていました」
「……なるほど」

 琳はすぐさま何かを感じ取ったようだ。

「これは我々の管轄のようですね。それに、この相手は無能のようだ。気配をこれだけ残している」

 うっすらと妖力を感じた。

「この妖力をたどっていけば?」

 遼真の言葉に「その通りです」と琳も頷く。

「莉乃は帰りなさい。迎えを呼びます」
「だけど、お父さん。私も……」
「相手が何を考えているかわからない以上、莉乃を守れるほどの余裕が私にはありません。足手まといです。帰りなさい」
「啓介。卯月令嬢を公爵邸へ送ってやってくれ」

 二人から突き放された莉乃は、啓介に支えられるようにしながらその場を去って行く。

「さて、婿殿。乃彩を迎えに行く間、私のおしゃべりにつきあっていただけますか?」

 相変わらず何を考えているかわからない男である。それでも乃彩の父親というのだから、頭から否定してはならないだろう。

「どうぞ。無能の俺にもわかるように話していただけるのであれば」

 残された妖力を探り、それをたどる。その間、淋はぽつぽつと話をする。

「私の両親も、あなたの両親も。鬼に襲われて亡くなっておりますよね」

 だから互いに若くして当主に就いている。

「――つまり、術師の敵は鬼だけではないということですよ」

 琳の言いたいことを察した。術師の頂点に立ちたいと思う者がいるということ。彼らにとって、当時の卯月公爵と睦月公爵は邪魔だったのだ。

「乃彩は、巻き込まれた?」

 だが、遼真が乃彩と婚姻関係にあることは公にしていない。琳だって協会に報告していないだろう。彼女の過去四度の結婚も、あやふやなままだったのだから。

「卯月の家に生まれたときから、乃彩はこうなる運命だったのです。それが術師の宿命です」

 それに返す言葉がみつからない。
 だけど、自分の人生を運命や宿命といった言葉で片付けられるのは、乃彩だって望まないはず。

「だったら……その運命とやらをぶっ壊すまでだ」

 妖力をたどって来た先は、廃工場である。

「なるほど」

 どうやら琳はこの場所に見覚えがあるようだ。

「ここは以前、屍鬼を追い込んだ場所でしてね。ここで無様に術師の幾人かは屍鬼にやられたわけです」

 頑丈な鉄製の扉を開ける。こういった廃れた場所を、鬼は好む。人の目が届かず、そしてどこかもの悲しい歴史がある場所。

 天井が高く、平屋の造りではあるが、三階建ての高さはある。上階へと続く鉄製の階段は、二階、三階のギャラリーへと続いている。その奥に扉があって、どこかの部屋に続いているようにも見える。

「二階が怪しいですね」

 琳の言葉に頷いたとき、その扉がバンと開いた。

「待ちやがれ、この女」

 柄の悪い男たちが、一人の女性を追う。黒い髪をなびかせ、ギャラリーを走っている彼女は間違いなく乃彩である。

「乃彩!」

 その声に反応した彼女は、いきなりギャラリーの柵に足をかけ、そこから身を投げた。

「乃彩!」

 誰もがそれに気を取られている瞬間に、琳は霊力を放つ。
 遼真は落ちてくる彼女へと駆け寄る。

 ――ドサッ

 彼女を抱えたまま、尻餅をついた。

「ナイスキャッチです、遼真様」

 満面の笑みでそう言われてしまえば、遼真も脱力してしまう。この緊迫した空気の中、彼女の周囲だけはおっとりと時間が流れている。普通の人間であれば、あの高さから落ちてきてこれだけの衝撃で済むはずがない。
 乃彩は何かしらの術を使ったようだ。

「婿殿。乃彩が無事であるなら、力を貸しなさい」
「お父様?」

 彼女は、その場に琳がいるのを、信じられないといった表情で見つめる。

 琳の前には、軽く見積もって十体ほどの屍鬼が群がっている。

「遼真様の呪いは、屍鬼を寄せ付けます。ですから、むしろ、あちらの方をお願いします。屍鬼はわたしたちにお任せくださいませ」

 乃彩の視線の先には、階段を駆け下りて逃げようとする()()がいる。

 屍鬼も気になるところだが、ここは乃彩を信じるしかない。

 逃げようとする二人の人間のうち、足の遅い女を狙う。射程圏内に入ったところで霊力を足元めがけて放つ。

「あっ」

 足がもつれて転んだ女に、男も駆け寄ってきた。そこを霊力で捕縛する。

「君たちが、乃彩をさらった犯人か?」

 身動きできず、尻餅をついている男女は星暦学園の制服姿である。

「どこの家の者だ?」

 まずは男の制服の胸ポケットをあさり、生徒手帳を奪う。

「まさか、睦月の分家とはな」

 あきれて物が言えない。

「遼真様」

 けろりとした彼女の声で、遼真は振り返る。

「その二人を捕まえてくださったのですね」
「……乃彩」
「どうしてこのようなことを? 茉依……」

 やはり乃彩の知り合いだった。制服を見たときからそうだろうとは思っていたのだ。

「どうして? どうしてって、わからないの? あんたのせいで、私たちは……」
「わたしのせい? 何が?」
「あんたが私たちからお金をむしりとったんでしょ!」
「そ、それは……」

 乃彩が明らかに動揺している。

「言いがかりはやめてもらいましょうか? 春日部のお嬢さん」

 あれだけの屍鬼を倒しておきながら、何事もなかったかのようにしている琳の霊力は計り知れない。いや、乃彩もだ。

「この、金の猛者。何が卯月公爵だ。金、金、金。そんなに金がほしいのか!」

 女の甲高い声が、廃工場に響く。

「ええ。お金はないよりもあったほうがいいでしょう? それに、金で解決できるのであればそれに越したことはありません。睦月公爵もそうお思いでは?」

 そう言って、琳に金を突きつけたのは遼真である。

「そうですね。金で物事が解決できるのであれば、安いものだ。世の中には、金で解決できない根深い問題だってあるわけですからね」

 それが二家の両親の死の真相。金を積んで真相がわかるのであれば、いくらだって積んでやる。

「春日部のお嬢さんは、勘違いされているようですが。私は身分不相応な金を回収しているだけですよ。ですから、友達のよしみでまけてあげたのですが」

 どういうこと? と首を傾げているのは乃彩である。

「あなたたちのことは、術師協会に報告し、そちらで裁いていただきます。ところで春日部のお嬢さん、誰から屍鬼の力を借りたのですか?」

 琳の問いに茉依は顔を背けて答えようとはしなかった。



 しばらくして、術師協会から派遣された術師捜査官がやってきた。彼らは、術師が犯した犯罪や事件を捜査する、術師のための警察官のような存在である。裁くのは協会の幹部を含む上層部。

 捜査官に連行される二人の姿を見送った乃彩は、琳と向き合った。

「わざわざお父様のお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」

 その会話はどこか事務的にも感じる。二人の間に高い壁が存在しているようにも見えた。

「私だってあなたの父親ですからね。娘を案ずることだってあるのですよ」

 お互いに素直ではない父娘(おやこ)である。だが、遼真だって人のことは言えない。

「では婿殿。あとは頼みます」

 乃彩は黙って琳の背中を見つめていた。

「帰るか?」
「そうですね」

 遼真が差し出した手を、乃彩はそっと握り返した。

 啓介を呼び、車で屋敷へと戻る最中、乃彩がことのいきさつを話し始めた。

 莉乃と待ち合わせしていた場所へやってきたのが、クラスメートの茉依と祐二の二人だった。前々からこの二人に嫌がらせのようなものをされていたが、乃彩自信もそうされる心当たりはあったため、誰かに相談するとか、そういったことをしていなかった。
 しかし、今日は二人の様子が普段と異なった。気がついたら、あの廃工場の二階の事務所にいたようだ。

「わたしの力は『家族』にしか使えませんから。既成事実を作ってしまうのが、手っ取り早いと思ったようです」

 祐二という男は、乃彩に懸想していたのだろう。それを茉依に煽られたにちがいない。
 それから、乃彩は茉依との間に起こったことも包み隠さず教えてくれた。だがそれは、すでに卯月公爵から聞いていた内容とリンクする。

「だからお前は、父親ときちんと話をしたほうがいい。だがあの父親じゃ、聞いても教えてくれなさそうだからなぁ」

 そう言って遼真は言葉を続ける。

 乃彩の力は術師協会の幹部でも噂になっていた。もちろん、卯月公爵家が解呪と治癒に特化した能力を持っていることを遼真もしっていたが『家族』という特別な条件が必要であるとは知らなかった。

 その力を狙っているのが、他の二公爵家の神無月公爵家と文月公爵家らしい。乃彩が十八歳になったら息子と結婚させたいと、卯月公爵に迫っていた。だが、両家の息子といっても乃彩よりも十歳以上も年上であり、乃彩よりも琳に年が近いような、そんな男である。

 父親としては複雑な気持ちだったのだろう。だから、彼らの考えを逆手にとった。

 乃彩が十六歳になった途端、彼女の力を欲する者へ嫁がせた。こうやって金のために嫁がせていると噂が立てば、両家も諦めると思ったようだ。それには彩音も同意したようだ。

「卯月公爵は、乃彩が十八歳の誕生日を迎えたことも、覚えていたよ。だけど、それは祝いたくなかったようだ」

 十八歳になれば、親の同意なしに結婚ができるからだろう。今までの話を聞くと、乃彩が大人になるのを恐れていたのかもしれない。
 さらに琳は、闇雲に乃彩を結婚させたわけではなかったのだ。それなりに資産を持っているが、その資産をちょっと汚い方法で手に入れたような、そういった者に限定していたらしい。

「え? 茉依も?」
「春日部というよりは、日夏だな。あそこは土建業界と繋がりが強いからな」
「お父様は、汚い金を回収していた?」

 身内の贔屓ではないが、今の遼真の話を聞く限り、そう考えてしまう。

「それは、卯月公爵本人にお前が聞くべきだろうな。だが、あの腹黒狸は言わなさそうだが」
「腹黒狸って……妻の父親に対して、失礼な言い方ですね」

 そう言いながらも乃彩が笑っているのは、両親へのわだかまりが少しだけ溶けたからだろうか。

 とにかく琳と話をした遼真は、術師協会に歪みがあるのがわかった。誰が仲間で誰が裏切りか。

 ――婿殿の呪い。むしろ、二公爵家によるものと考えたほうがよいかもしれませんね。

 そう言った琳の表情が、遼真の心に引っかかっている。