「おっす、雫。今日は早いんだなー」

人が行き交う昇降口。
自分の下駄箱を開けて上履きを取り出したところで、春陽くんが肩を叩いた。

「おはよう、春陽くん。何だか不満そうだけど、何かあったの?」
「つーか、朝から父さんが昨日のことでうるさくてさ」
「そうなんだね」

昇降口から教室に着くまでの間に、私たちは昨日の件を踏まえながら談笑していく。

「そうそう。『共依存病』について詳しく聞こうとしても、こちらで対策を立てるって、一点張りだしー」
「でも、放課後になったら、昨日の疑問は少し解消されると思う」

ふわりと優しくて和やかな空気が流れる。
春陽くんと語らう時間が何よりも楽しかった。

「あのね、春陽くん。私とねねちゃんはその……どんなことがあっても、秋斗くんと春陽くんの味方だから」
「雫、ありがとうな」

どこまでもまっすぐな笑顔に、私の心が揺れた。

「じゃあ、詳しい話は放課後で」
「おう、またな」

教室に入ると、私と春陽くんはそれぞれの席に着く。
私たちしか知らない秘密を語り合うのは何だか新鮮で、少しだけ胸が昂るのを感じた。
穏やかで幸せな空間。
こんな感じの朝が、私にとっては愛すべき日常だ。

春陽くんたちと出逢ってから、私の学校生活は順風満帆で毎日が楽しい。
これからも悩んだり苦しんだりすることがあっても、終わりと始まりを繰り返し、新しい何かを探していくのだろう。

できれば、これからもずっと、春陽くんたちの一番近くで――。

「みんな、席に着くように」

先生が来てホームルームが始まり、私たちの青春が軽やかに疾走した。

代わり映えのない授業風景。
いつものありふれた学校生活。
でも、春陽くんと一緒に過ごす、こんな当たり前の日常こそが『特別な幸せ』なんだと思う。

ただ、少し変わったことといえば、お昼休みの出来事。
売店に向かう途中で、私が音楽室の前を通りかかったのはほんの偶然だった。
音楽室には灯りがついていなかった。
陽の光が横から差し込んでおり、室内を照らしている。

「俺たちにとって、ヴァイオリンは特別だ。けど、もし……」

春陽くんは真剣な眼差しで、グランドピアノの前にある椅子に座っていた。
グランドピアノの上には楽譜が置いてある。

「『共依存病』じゃなかったら、俺はきっと……」

春陽くんは妙に思い詰めた表情で楽譜を見つめていた。

「……春陽くん?」
「雫……?」

楽譜と向き合っていた春陽くんは、私の存在に気づくとはっとした。