ローレンス様が手を当てると、淡い緑色の光が全身を包み込む。体が温かく、足の痛みが和らいだ。

(もう痛くないなんて……。治癒魔法のレベルが違い過ぎる)
「足首と、背骨、肋骨に少々ヒビが見られます。その他複数に打ち身がありますね。打ち身と肋骨は今日中に癒しますが、足に関しては負荷が強いので少しずつ治していく形でもよろしいですか」
「あ、あの……一気に治せないのは、私に何か問題があるのでしょうか?」
「率直に申し上げて人族の身体は貧弱ですので、魔力量の高い魔法を行うと肉体が持たないと思います」
「……貧弱ですみません」

 なんだか本当に悲しくなった。
 よく考えれば、竜魔人や、獣人族、エルフ族のみな、寿命も長いし、肉体の強度も異なる。

「そもそもオリビア様は栄養失調と寝不足ですからね、まずはそちらの改善が必要かと。陛下の大切な御方ですから、私たちも出来る限りのことをさせて頂きます」
(陛下の大切な人……)

 胸に軋むような痛みが走った。
 本当に生贄ではない──?
 それとも弱っていては生贄として役に立たないからだろうか。人の好意が怖い。

 この待遇はセドリック様の恩恵ありきで成立している。クリストファ殿下の時も、最初は私を安心させるためか紳士的だった。

 ローレンス様が親切なのも「セドリック様にとっての大切な客人」だからだ。それがずっと続く保証など、どこにもない。何らかの不興を買ってここを追い出される──それよりは完治したのち、生贄として殺される可能性の方が信憑性は高い。
 そう考えたからこそ、私は尋ねずにはいられなかった。

「あ、あのローレンス様……一つ聞いても」
「なにか心配事でも?」
「その……治療代の総額はいかほどになりますでしょうか? 手持ちがなにもありませんので、後払いになって申し訳ないのですが教えていただけると助かります」
「!」

 その場にいた全員が硬直し──次の瞬間、ローレンス様は眉根を下げて微笑んだ。エルフの侍女長は目に涙を溜めて泣きつつある。憐れむような、困った顔をするのだろう。

 こんな素晴らしい部屋で、治療もしてもらったのだ。後々金銭を請求される可能性がある。少なくともこの三年、「あの時、助けた時に承諾しただろう」とか「恩を仇で返すのか」と治癒師や、手当をしてくれた屋敷の使用人からネチネチ言われ続けた。

 後出しで対価を請求されるぐらいなら、最初から聞いてしまった方がマシだ。錬金術と付与魔法なら使えるので、天文学的な数字でなければ支払いも可能だろう──なんて考えていたのだが、ローレンス様は穏やか目で私を見つめ返す。

「そのようなこと、どうかお気になさらずに。貴女様から金銭など取ったら、私が陛下に殺されてしまいます」
「え?」
「冗談です。移動のために車椅子と杖を後でお持ちしますね」
「あの、でもこんな好待遇をしていただく資格など──」
「オリビア様」
「は、はい」

 侍女長が一歩前に出たので、金髪の綺麗な髪が揺らいだ。青空のような美しい瞳に艶々の肌、外見は私と同じくらいだというのに健康的で胸の発育もよく、黒のメイド服もとてもよく似合っている。

 エルフ族だろうか。とても美人で「この人がセドリック様の王妃だ」と言っても不思議はなかった。グラシェ国は美男美女が圧倒的に多すぎる。

「本日より王妃様の身の回りのお手伝いをさせて頂きます侍女長のサーシャと、傍付きとして彼女の名前はヘレンと申します」
「傍付きに任命されましたヘレンと申します。以後よろしくお願いします!」

 二人が私に向ける眼差しは侮蔑でも、嘲笑混じったものでもない。純粋に私の世話係になったことを喜んでいる──ように見えた。
 そのことに驚いたが、それよりももっと驚いたのは──。

「おうひ……?」
「オリビア様のことでございます」

 伴侶。番。そして王妃。
 本当にそれらのイコールは生贄なのか。素直に聞いてもはぐらかされる可能性はある。けれども我慢できずに、口をついて言葉が溢れた。

「あの、どうして私は──歓迎されているのでしょう。王妃というのも……この国では生贄のことをそう呼ぶのでしょうか?」
「え?」

 困惑する私に何か察したのか、サーシャさんが目を光らせた。

「失礼ですがオリビア様。エレジア国で三年間ほど静養していたと伺っていますが、どのように話を聞いていたのですか?」
「静養? ええっと……三年前にエレジア国の王家に保護を求めたとか。王家は、子爵家としての生活面に関しては援助などしてもらった──と叔父夫婦から聞きました」

 クリストファ殿下や聖女エレノアの話した内容ではなく、あくまで叔父夫婦から聞いていた内容を彼らに伝えた。

「保護、ですか。その割に肌や指先は荒れていますね。しかも侍女見習いがするような──」
「そうですね。……お恥ずかしい話、部屋の掃除や食事は自分でしてきました」
「使用人や侍女は屋敷に居なかったのですか?」

 叔父夫婦が雇った使用人や侍女を数えれば、二桁はいただろう。けれど──。

「使用人たちは私のことをよく思っていなかったようです。叔父夫婦に怒鳴られる日々が続き、使用人たちも私をぞんざいに扱うようになっていきました。結果、自分の身を護るため、掃除や洗濯、食事など身の回りの事は自分でしてきました」