自分の妻となる者が人質になっていると気づいたのだろう。凍るような視線に耐え、何とか乗り切った。条件の中に「オリビアに触れることは許さない」という一文が増えたが、その結果、莫大な金銭が手に入った。
 あの竜魔人族の威圧にも屈せず、交渉の末莫大な金額を得た。
 あとはこの三年でオリビアを死なない程度に利用し搾取する。
 そうすれば完璧だ。あの時はそれこそが正しい考えだと信じて疑わなかった。

 それから三年。
 我が国の国土は豊かになり、魔術士として頭角を現す者が増え、聖女としてエレノアが覚醒するに至った。小物などに付与魔法を施した商品は他国に売り出した途端、高値で買い取ってもらい様々な所から金が入って来た。これで我が国も安泰──そう思ったのもつかぬ間、オリビアはグラシェ国に返す時期に差し掛かった。
 生贄と言う形で送り出したのは、あの女の指示だった。
 オリビアの傍にいた小動物を殺したのも、そう指示されたから。
 全てはオリビアを絶望させるためだと言っていた。そのあたりはどうでもいい。だが問題はいくつも残った。
 三年という時間に胡坐をかいて、オリビアが居なくなった後のことを甘く考えていた。
 あの使いの女の言葉通り、オリビアが居なくなったことで作物の生産量が激減。木々も枯れてマナも減少。聖女エレノアの力も殆ど失いつつあった。

「ふざけるな。なぜオリビアの後継者が誰もいないんだ? 私は技術を盗むために魔導ギルドに依頼を出していただろう!?」

 神殿の応接室で今後の話を神官と聖女エレノアたちで話すことになったのだが、オリビアの後釜がいないという。眩暈に襲われそうになった。

「だ、だって……後継者を付けたらオリビアの生産速度が遅くなるでしょう。だから後継者を作るよりも一つでも多く量を増やして儲けを増やそうと思ったのよ」
「三年で彼女がいなくなるというのも話していただろう。その後の事はどうするつもりだったんだ?」
「それは……私も魔力が増えてできることがあったから……大丈夫かなって。ほら、私はヒロインだし、そのぐらいのことはシナリオ修正が聞くと思って……」

 エレノアがここまで先を見通すことのできない女性だとは思わなかった。思慮深い、先を見据えた利発的な女性──どこがだ。
 最初はシナリオテンカイなどの予言めいたことを言っていたが、全ては意味をなさなかった。異世界の知識は多少役に立ったが、そもそも頭が足りていない。

(それならオリビアの方が何倍も先々のことを考えてくれた! 相談に乗れば的確なアドバイスもしてくれたのも彼女だ!)

 ふと責任感のあるオリビアのことだ、残った発注書のことを考えて何か残しているかもしれない。いそいで彼女が住んでいた屋敷に魔導ギルドの魔導士を数名呼びつけた。
 案の定、工房とは呼べない小さな部屋に回復薬やら付与魔法の手順書を残していたという。

「さすがだ。これで多少時間はかかるが取り組める」

 そういって魔導士に一カ月で注文を頼んだ。エレノアはブツブツと「シナリオが変わり過ぎている」とか「こうなったら《七つの大罪》との契約を」などと意味の分からないことをぶつぶつと呟いていた。この女は王妃の器ではないだろう。王妃教育も三日で匙を投げている。だが神殿と正面から対立するのはまずい。新たな方法を考えなければ──。
 とにもかくにも一端の問題はすべて解決する──そう信じて疑わなかった。