耳にこびりついた怒声が脳裏に過る。
 叔父夫婦はいつも「貴族としてマナーがなっていない」とか「礼儀作法がまったくできてない」など嫌味をネチネチ言うのだが、私に何か頼みごとがある時だけは猫なで声で頼んでくる。

 それも「フィデス王国復興のため金子が必要だ」と大義名分を引っ張り出してきて仕事量を増やしていった。
 結局私は、叔父夫婦にとって搾取要員でしかなかったのだろう。

 私を納得させるために話していた言葉は、すべて嘘ばかりでクリストファ殿下や聖女エレノアも、良いように利用してきた。その状況は今も同じかもしれない。
 今度は命を取り上げようとしているとしたら?

(また騙されている可能性だってある。怪我をしたままの供物では無意味だったから治癒してくれたとか……。そもそもフランがいない今、生きていたって……)

 騙されているのなら、騙されたまま私は今までできなかった贅沢の限りして──生贄として殺されるのもありなのかもしれない。

 極端ともいえる結論だったが、私にとって今まで生きようと思えたのはフランがいたからだ。『亡国の復興』という目標も含まれていたが、あれは叔父夫婦が言い出したことで「それなら私も祖国のために」と思ったのであって、今は記憶のない祖国に対して何とかしたいとは思わなかった。

 もう頑張らなくていい。
 生に固執しない──そう考えに至ると気持ちが少し楽になった。
 少し心に余裕ができたからか、周囲の空気が重いことに気付いた。

 沈黙。
 急に全員の表情が曇っている。確かにこんな気分の悪い話をされたら困るだろう。なにか話題を変えようとした瞬間、サーシャさんが口を開いた。

「その話は是非ともセドリック様にお伝えください。それはもうエレジア国で苦労したと」
「……どうしてですか?」
「陛下は貴女様が石化から解かれるのを、ずっと待っておりました。ご友人の協力もあり貴女様が三年前に石化が解けた時など、魔物と交戦中だった陛下は一週間で戦局をひっくり返して戻ってきたほどです」
(私の石化が解けたのは……セドリック様たちのおかげ?)

 それなら叔父夫婦とは?
 記憶が混濁していた私に名乗ったあの二人は、何者だったのか。
 私の疑問に対してサーシャさんは話を続けた。

「三年前、オリビア様が王妃になるのをよく思わない者たちが暴走しました。記憶の混濁していた貴女様を誘拐して、エレジア国へ亡命したのです。その折にエレジア国の王族と密約を交わし、かの国はフィデス王国独自の技術──オリビア様の能力に興味を持ったとかで、連れ戻そうとした陛下を一蹴。オリビア様を人質にしたため、事を荒立てるのはオリビア様の身に危険が降りかかると判断し、三年という期限と衣食住の保証を約束させたのです」

 話の筋は通っている。
 私は叔父夫婦とは全く似ていなかったし、可愛がっている風もなかった。「なぜ叔父夫婦と一緒に行動をしていて、亡国の石化を免れたのか」と疑問は前々からあったのだ。

 ただ石化前の記憶が曖昧だったこと、頼れる身内が居なかったから信じてしまった。

「この三年間の衣食住は、セドリック様が取り付けてくださったのですか」
「はい。それはもう──怒り奮闘で今すぐにでも取り返そうとしていたのですよ。しかし魔物との戦いも激化していて傍に居られなかったのもあり、無理に連れ戻せばオリビア様が危険な目に合わせてしまうと悩み──断腸の思いで決断なさっていました」

 クリストファ殿下あるいは叔父夫婦が提案したのだと思っていたが、私の最低限の安全はセドリック様の恩恵によって成り立っていたという。もっともそれが本当かどうか鵜呑みにできなかった。

 ふいに私を見つめるセドリック様の笑顔を思い出す。胸が少し温かくなった。

(……セドリック様はどうして私をそんなに気にかけてくださるの?)
「しかしオリビア様のお話と健康状態、怪我に体を酷使するような劣悪な環境に置かれていたと分かったのですから、陛下もきっと素晴らしい仕返しをしていただけると思います」

 ローレンス様とサーシャさんとヘレンさんは「うんうん」と頷いた。
 なんとも恐ろしいことをサラッと言ってのける。これが演技で茶番だったら──と脳裏にちらつく。
 優しくしてくれる人たちの言葉さえ信じられなかった。

「あ、もし陛下がやり過ぎだと判断した場合は、オリビア様が抱き付けば止まりますので」
(私が止めるのですか……。一思いに死ぬのならいいけれど、暴力で死なない程度に──っていうのは、嫌だわ)

 口元が引きつりながらも「ゼンショシマス」と答えるので精いっぱいだった。治療が終わると包帯を巻くよりも先に「身なりを整えましょう」とバスルームへと直行する。

「え、あ、ちょっと!?」

 待機していた侍女たちに服を剥ぎ取られ、見たことのない巨大な入浴室で体と髪を洗われエステマッサージと、贅を凝らしたおもてなしをされたのでした。