「ヘックシュ!!!」
とある休日。風邪を引いた天音は病院に来ていた。
「あー、風邪引くとか最悪……」
天音はダルそうに呟く。
すると、小さい男の子が、辺りを見渡しながら廊下を歩いているのを見かけた。
その男の子は、病院で配られる入院着を着ている。
「ん? 男の子が一人? 親居ないのかな? 入院中?」
そう思いながら見ていると、男の子が通行人にぶつかりそうになった。
「危ない!」
天音が叫ぼうした瞬間。
男の子は、ぶつかりそうになった通行人をすり抜けたのであった。
「あっ……」
その様子を見た天音は、男の子が霊であることを確信した。
「巫山天音さん」
「あっ! はぁーい」
名前を呼ばれた天音は、急いで受付へ向かった。
「では、薬が処方されていますので毎食後内服して下さいね。四日分出ています」
「はい」
「お大事になさってください」
「はい。ありがとうございました」
天音は受付で会計を終わらせ、薬を受け取った。
その後、もう一度男の子の方を見ると居なくなっていた。
「どこに行っちゃったのかな……? とりあえず、邪馬斗に知らせて魂送りしてあげないと!」
天音は病院をあとにして、邪馬斗の家へと急いだ。
ピンポーン。
「ごめんくださ~い」
天音は邪馬斗の家に着き、インターホンをを押した。
まもなくすると、エプロン姿の邪馬斗が出てきた。
「や、邪馬斗!? なんであんたエプロン姿なの!? 似合わな!」
「うるせー。てか、勝手に家に来ておいてなんなんだよお前は。ん? なんでお前鼻声なんだよ」
天音の様子に気づき、ぶっきらぼうながらも心配そうに言う。
「風邪引いたの。今、病院の帰り」
「お前もか。実は、じいちゃんも風邪引いてて。今、じいちゃんのためにお粥作ってたんだよ」
「へぇ~。邪馬斗、お粥作れるんだ~」
「お前はどんな病気になれば素直で乙女チックな女になれるんだよ。それにしても、バカでも風邪引くんだな。ある意味感心だわ」
「最悪! ちょっとは労ってよね! てか、喧嘩するためにわざわざ来たんじゃないんだから! さっき病院で霊を見たの!」
「霊?」
霊の話になると邪馬斗の表情が、サッと改まる。
「うん。男の子だった。何か入院してたみたいで病院の服着てた。受付で会計してたら、その間にどっかに行っちゃったみたいで見えなくなって……」
「病院の服を着ていたということは、もしかするとその病院に依存して居る霊なのかもな」
「私もそう思う」
「とりあえず、風邪が治ってからだな。こっちもじいちゃんの風邪が治らないと身動き取れないしな。その病院に関係して未練がある霊なら、そこに居座って居るだろうから、風邪が治った後でも大丈夫だろ」
「そうだね。んじゃー、今日は帰るね。またねー。」
「おう。お大事にな」
病院での出来事を伝え、天音は家に帰った。
それから三日後。
「おっはよー!」
「おー、風邪治ったみたいだな」
元気よく家を出てきた天音が、ちょうど玄関から出てきた邪馬斗に声をかけた。
「うん! もうバッチリよ! 巫川のおじいちゃんは?」
「じいちゃんも完治したよ」
「良かったー。今日、学校の帰りに例の病院に行ってみない?」
「そうだな」
学校帰りに男の子がいた病院に行くことにした天音と邪馬斗。
放課後を待ち、天音の案内で病院に向かった。
「ここか?」
「うん」
早速、病院に入って男の子を探す。
「確か、この辺で……。あっ、居た」
以前、男の子を見た所まで邪馬斗を案内すると、見事に同じ場所にその子がいた。
天音は近づいて、男の子に話し掛けた。
「ねー、君」
天音に話しかけられてビクッとしながら、男の子は二人の顔を見た。
「お姉ちゃん達、ボクのこと見えるの?」
「うん。ここではなんだし、ちょっと人気のいない所でお話しようか」
「うん」
天音と邪馬斗は、男の子と一緒に外に行き、人気のない裏口へ移動した。
「ここなら良いんじゃないか?」
邪馬斗は辺りを気にし、人が居ないことを確認した。
「そうね。改めまして、こんにちわ。私、天音っていうの。そしてこっちは邪馬斗。君の名前は?」
「幸太《こうた》」
「幸太君ね。幸太君は何年生?」
「小学校五年生だよ」
「そっかそっか。幸太君はこの病院で何してたの?」
天音が尋ねると、幸太は病院の二階を見上げて言った。
「先生に伝えたいことがあるんだけど、お話できなくて……。ボク死んじゃってるから、生きてる人とお話できないみたい。でもなんでお姉ちゃん達はボクのこと見えるの?」
「俺達は、あの世に行けない人達を魂送りすることをしているんだ。霊力のお陰で君達霊のことが見えている」
「たましいおくり? ボクのことをあの世に送るってこと?」
「そうだ」
「今じゃないよね……?」
幸太は不安な顔をして言った。
「こら、邪馬斗! あまり唐突に言わないでよ! 幸太君、怖がってるじゃない!」
「だって、本当のことだろ?」
「だからってあんた……」
「大丈夫だから喧嘩しないで。ちょっとびっくりしちゃっただけだから」
幸太は喧嘩を始めそうになった天音と邪馬斗に言った。
「ごめんね、幸太君。大丈夫。未練がある霊は魂送りしてもあの世に行けないから。何か私達にできることがあったらお手伝いするよ」
「え、本当? 良いの?」
不安な顔をしていた幸太の顔が、一気に明るくなった。
「もちろん!」
「ありがとう! お姉ちゃん、お兄ちゃん!」
「んで? 先生に伝えたいことがあるって言ったな。詳しく教えてくれないか?」
「うん」
邪馬斗が未練の内容を聞くと、幸太は淡々と話し始めた。
「ボク、病気でこの病院に長い間入院してたんだ。ボクがかかっていた病気は原因が分からなくて治す方法も見つかっていない病気だったんだ」
「難病ってやつか」
邪馬斗が口に出した。
「うん。でもね。河野先生っていう男の先生がね、『絶対に原因を突き止めて治してあげる』って言って最後までボクのために治療をしてくれたんだ。それだけじゃなくて、お医者さんになりたいボクのために勉強を教えてくれたり、外にも出れないことも気にしてくれて外の世界のことも教えてくれたんだよ。あとね、病気が進行して意識が失くなっても、毎日お話をしに来てくれたんだ」
「いい先生だね」
天音は、幸太の頭を撫でる仕草をした。
「うん。でも、先生。ボクの病気を最後まで治す事ができなくて悔やんでいて元気がなくなっちゃってるんだ。ボク、先生に会えて最後まで沢山お話ができて楽しかった。これからも僕みたいな難病を抱えているみんなの支えになって欲しいことを伝えてほしいんだ」
「それが幸太君の願いだね。分かった! 私達が幸太君の思いを河野先生って人に伝えてあげる!」
「ありがとう!」
「よし、そうとなったら、早速河野先生の所に行こう!」
「うん! どこに居るか分かるから教えるよ。ついてきて!」
天音と邪馬斗は、幸太について行った。
病院の中に入り、二階に上がった。
ナースステーションの隣に小さな部屋がある。
そこでは、白衣姿の男性が、パソコンで作業をしていた。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん。あの人だよ。河野先生」
「ん?」
「どうした、天音」
「あの先生、この前風引いた時に問診してくれた先生だ」
「あー、あの時の。んじゃー、お前の方が話やすいじゃん」
「えー。邪馬斗も一緒に来てよー。一人じゃ不安だよ」
「はいはい。さ、行こうか」
天音と邪馬斗、幸太は河野先生に近づいて行った。
「あのー、すみません。河野先生ですか?」
天音が声を掛けた。
「そうですが……。なにか?」
「えーっと……。幸太君って子からの伝言なんですけど……」
「幸太君の何かですか?」
「えーっと……」
嘘の苦手な天音は、言葉に詰まってしまっていた。
見かねた邪馬斗が代わりに応えた。
「幸太君の友達です。近所同士だったので。幸太君が河野先生が自分のせいで悔やんでいると思っているようで……それで」
邪馬斗がそう言うと、河野先生はいきなり席を立って怒鳴る。
「悔やんでいる……? お前たちに何が分かる! どうして死んだあの子の気持ちが分かるんだ! ずっと外に出れなくてずっと入院生活していたんだぞ!」
「あ……えっとー……」
天音と邪馬斗が怯んでいると、幸太が河野先生を止めようと手を引こうとした。
しかし、霊体である幸太は河野先生の手に触れることが出来ない。
「先生! お姉ちゃん達は何も悪くない! そんなに怒らないでよ! ねー! お願い! 先生!」
すると、河野先生が何かを感じ手元を見た。
そして、目を大きく見開く。
「幸太……君……?」
「え?」
天音と邪馬斗は驚き、顔を見合わせた。
幸太も天音と邪馬斗の顔を見た。
おそるおそる、幸太は河野先生に声を掛けた。
「先生……? ボクのこと見えるの?」
「あっ、あぁ……。幸太君なのか……?」
「うん……。うん! そうだよ! 先生!」
「ごめん……。ごめんよ、病気治せなくて……」
河野先生は涙を流しながら、幸太に謝った。
「先生、謝らないで。泣かないで。ボクね、ずっと先生にお礼を言いたかったんだ。でも、突然、病気が酷くなって、気がついたら眠ってばかりになっちゃって……。でも、今先生にやっとお礼を言える! 先生。ボク、先生と沢山お話できて、お勉強教えてくれてすごく嬉しかったし、楽しかったんだよ! 本当にありがとう! だから、悔やまないで!」
「私は、ずっと幸太君の病気を治せないか考えて調べていた……。でも今の医療技術ではなんともならなくて……。私は幸太くんに謝りたかった」
「ボクは謝ってほしくない! そんなのボクは望んでなんかいない!」
「幸太君……」
河野先生は、涙を流しながら膝から崩れ落ちた。
「先生。ボクね、今度生まれ変わったら、丈夫な体になって先生みたいな優しいお医者さんになる! お医者さんになったら、また先生に出会って先生の助手になって先生の支えになる!」
「うん……。楽しみにしてるよ。幸太君、ありがとう。また会えて良かったよ。私の助手になる日を楽しみにしてるよ」
「うん! ボクも楽しみにしてる!」
河野先生が涙を拭いた。
「行っちゃったか……」
涙を拭くと、河野先生には幸太の姿が見えなくなっていた。
「なんで、死んでしまった幸太君のことが見えたんだろ。夢だったのか……」
河野先生が呟いた。
「夢なんかじゃないですよ。確かに幸太君は先生に会って話していましたよ」
すかさず、天音が言った。
「そうですよ。多分、幸太君の強い気持ちが先生と幸太君の波長が合って、先生の目に幸太君の姿が見えたのだと思います」
邪馬斗が河野先生に説明した。
「本当にそんなことが……。でも、幸太君と話せて気持ちが楽になった感じがする。すまなかったな、君たち。いきなり怒鳴ってしまって」
「いいえ、こちらこそ急に話しかけてしまって……。でも、幸太君の気持ちが伝わって良かったです。では、私達はこれで。失礼します」
天音と邪馬斗は河野先生に一礼をして病院の外に出た。
幸太も河野先生に手を振りながら天音達について行った。
「お姉ちゃん達、ありがとうね」
「いえいえ。怒られた時はどうなるかと思ったよ」
「そうだな。さすがの俺もビビっちまったよ。さて、これで未練は解決したか?」
「うん! もう悔いはないよ。生まれ変わった時が楽しみになってるよ!」
「そうか。んじゃー、ここで魂送りするか。天音、準備はいいか」
「オッケイ!」
「あ、待って!」
天音と邪馬斗が構えるも、幸太が声を掛けて止めた。
「どうしたの?」
天音が幸太に聞いた。
「あのね、この病院の中で思い出のところがあるんだ。そこでボクをあの世に送って欲しいんだけど……ダメ?」
幸太はモジモジしながら言った。
「出来れば人気の無い所でやりたいんだが……。まあ、案内してくれ。場所によっては考えてやってもいいぞ」
「邪馬斗、そんな回りくどい言い方して。ほんと素直じゃないんだから」
「うるせー!」
「ありがとう、お兄ちゃん! こっち!」
幸太は喜びながら天音と邪馬斗を案内した。
「ここだよ!」
幸太に案内されたところは、病院の中庭であった。
そこには、大きい桜の木があり、木の根本にはベンチも備えてあった。
「ここ?」
「うん! ここはね、外出できなかったボクを、少しでも外の空気を吸わせてあげたいって、河野先生が連れてきてくれた場所なんだ。いつもこの木の下のベンチで先生とお話をしてたんだよ」
「そうなんだー。ここでも大丈夫じゃない? 邪馬斗」
「そうだな。木の影になって周りには気づかれにくそうだし。ここでやるか」
「ありがとう! お姉ちゃん、お兄ちゃん!」
「じゃー邪馬斗、笛よろしく」
「オッケイ!」
邪馬斗の笛に合わせて、天音が舞を踊り、魂送りをする。
『彷徨える御霊よ、安らかに眠りたまえ。幽世へ行き来世の幸を祈ろうぞ』
「ありがとう、お姉ちゃん、お兄ちゃん、河野先生」
幸太はそう言って、光になり天へと登っていった。
桜の木の葉が風に揺られ、音を立てた。
その時、病院の二階の廊下を歩いていた河野先生は、桜の木の葉が風に揺れる音に気づき、ぽつりと呟いた。
「……幸太君?」
その風と揺れる葉の音は、幸太が河野先生にお別れと次の人生での再会の言葉をかけているように聞こえた。
河野先生は少し寂しげな笑みを浮かべながら、幸太との思い出が残る桜の木を眺めていた。
とある休日。風邪を引いた天音は病院に来ていた。
「あー、風邪引くとか最悪……」
天音はダルそうに呟く。
すると、小さい男の子が、辺りを見渡しながら廊下を歩いているのを見かけた。
その男の子は、病院で配られる入院着を着ている。
「ん? 男の子が一人? 親居ないのかな? 入院中?」
そう思いながら見ていると、男の子が通行人にぶつかりそうになった。
「危ない!」
天音が叫ぼうした瞬間。
男の子は、ぶつかりそうになった通行人をすり抜けたのであった。
「あっ……」
その様子を見た天音は、男の子が霊であることを確信した。
「巫山天音さん」
「あっ! はぁーい」
名前を呼ばれた天音は、急いで受付へ向かった。
「では、薬が処方されていますので毎食後内服して下さいね。四日分出ています」
「はい」
「お大事になさってください」
「はい。ありがとうございました」
天音は受付で会計を終わらせ、薬を受け取った。
その後、もう一度男の子の方を見ると居なくなっていた。
「どこに行っちゃったのかな……? とりあえず、邪馬斗に知らせて魂送りしてあげないと!」
天音は病院をあとにして、邪馬斗の家へと急いだ。
ピンポーン。
「ごめんくださ~い」
天音は邪馬斗の家に着き、インターホンをを押した。
まもなくすると、エプロン姿の邪馬斗が出てきた。
「や、邪馬斗!? なんであんたエプロン姿なの!? 似合わな!」
「うるせー。てか、勝手に家に来ておいてなんなんだよお前は。ん? なんでお前鼻声なんだよ」
天音の様子に気づき、ぶっきらぼうながらも心配そうに言う。
「風邪引いたの。今、病院の帰り」
「お前もか。実は、じいちゃんも風邪引いてて。今、じいちゃんのためにお粥作ってたんだよ」
「へぇ~。邪馬斗、お粥作れるんだ~」
「お前はどんな病気になれば素直で乙女チックな女になれるんだよ。それにしても、バカでも風邪引くんだな。ある意味感心だわ」
「最悪! ちょっとは労ってよね! てか、喧嘩するためにわざわざ来たんじゃないんだから! さっき病院で霊を見たの!」
「霊?」
霊の話になると邪馬斗の表情が、サッと改まる。
「うん。男の子だった。何か入院してたみたいで病院の服着てた。受付で会計してたら、その間にどっかに行っちゃったみたいで見えなくなって……」
「病院の服を着ていたということは、もしかするとその病院に依存して居る霊なのかもな」
「私もそう思う」
「とりあえず、風邪が治ってからだな。こっちもじいちゃんの風邪が治らないと身動き取れないしな。その病院に関係して未練がある霊なら、そこに居座って居るだろうから、風邪が治った後でも大丈夫だろ」
「そうだね。んじゃー、今日は帰るね。またねー。」
「おう。お大事にな」
病院での出来事を伝え、天音は家に帰った。
それから三日後。
「おっはよー!」
「おー、風邪治ったみたいだな」
元気よく家を出てきた天音が、ちょうど玄関から出てきた邪馬斗に声をかけた。
「うん! もうバッチリよ! 巫川のおじいちゃんは?」
「じいちゃんも完治したよ」
「良かったー。今日、学校の帰りに例の病院に行ってみない?」
「そうだな」
学校帰りに男の子がいた病院に行くことにした天音と邪馬斗。
放課後を待ち、天音の案内で病院に向かった。
「ここか?」
「うん」
早速、病院に入って男の子を探す。
「確か、この辺で……。あっ、居た」
以前、男の子を見た所まで邪馬斗を案内すると、見事に同じ場所にその子がいた。
天音は近づいて、男の子に話し掛けた。
「ねー、君」
天音に話しかけられてビクッとしながら、男の子は二人の顔を見た。
「お姉ちゃん達、ボクのこと見えるの?」
「うん。ここではなんだし、ちょっと人気のいない所でお話しようか」
「うん」
天音と邪馬斗は、男の子と一緒に外に行き、人気のない裏口へ移動した。
「ここなら良いんじゃないか?」
邪馬斗は辺りを気にし、人が居ないことを確認した。
「そうね。改めまして、こんにちわ。私、天音っていうの。そしてこっちは邪馬斗。君の名前は?」
「幸太《こうた》」
「幸太君ね。幸太君は何年生?」
「小学校五年生だよ」
「そっかそっか。幸太君はこの病院で何してたの?」
天音が尋ねると、幸太は病院の二階を見上げて言った。
「先生に伝えたいことがあるんだけど、お話できなくて……。ボク死んじゃってるから、生きてる人とお話できないみたい。でもなんでお姉ちゃん達はボクのこと見えるの?」
「俺達は、あの世に行けない人達を魂送りすることをしているんだ。霊力のお陰で君達霊のことが見えている」
「たましいおくり? ボクのことをあの世に送るってこと?」
「そうだ」
「今じゃないよね……?」
幸太は不安な顔をして言った。
「こら、邪馬斗! あまり唐突に言わないでよ! 幸太君、怖がってるじゃない!」
「だって、本当のことだろ?」
「だからってあんた……」
「大丈夫だから喧嘩しないで。ちょっとびっくりしちゃっただけだから」
幸太は喧嘩を始めそうになった天音と邪馬斗に言った。
「ごめんね、幸太君。大丈夫。未練がある霊は魂送りしてもあの世に行けないから。何か私達にできることがあったらお手伝いするよ」
「え、本当? 良いの?」
不安な顔をしていた幸太の顔が、一気に明るくなった。
「もちろん!」
「ありがとう! お姉ちゃん、お兄ちゃん!」
「んで? 先生に伝えたいことがあるって言ったな。詳しく教えてくれないか?」
「うん」
邪馬斗が未練の内容を聞くと、幸太は淡々と話し始めた。
「ボク、病気でこの病院に長い間入院してたんだ。ボクがかかっていた病気は原因が分からなくて治す方法も見つかっていない病気だったんだ」
「難病ってやつか」
邪馬斗が口に出した。
「うん。でもね。河野先生っていう男の先生がね、『絶対に原因を突き止めて治してあげる』って言って最後までボクのために治療をしてくれたんだ。それだけじゃなくて、お医者さんになりたいボクのために勉強を教えてくれたり、外にも出れないことも気にしてくれて外の世界のことも教えてくれたんだよ。あとね、病気が進行して意識が失くなっても、毎日お話をしに来てくれたんだ」
「いい先生だね」
天音は、幸太の頭を撫でる仕草をした。
「うん。でも、先生。ボクの病気を最後まで治す事ができなくて悔やんでいて元気がなくなっちゃってるんだ。ボク、先生に会えて最後まで沢山お話ができて楽しかった。これからも僕みたいな難病を抱えているみんなの支えになって欲しいことを伝えてほしいんだ」
「それが幸太君の願いだね。分かった! 私達が幸太君の思いを河野先生って人に伝えてあげる!」
「ありがとう!」
「よし、そうとなったら、早速河野先生の所に行こう!」
「うん! どこに居るか分かるから教えるよ。ついてきて!」
天音と邪馬斗は、幸太について行った。
病院の中に入り、二階に上がった。
ナースステーションの隣に小さな部屋がある。
そこでは、白衣姿の男性が、パソコンで作業をしていた。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん。あの人だよ。河野先生」
「ん?」
「どうした、天音」
「あの先生、この前風引いた時に問診してくれた先生だ」
「あー、あの時の。んじゃー、お前の方が話やすいじゃん」
「えー。邪馬斗も一緒に来てよー。一人じゃ不安だよ」
「はいはい。さ、行こうか」
天音と邪馬斗、幸太は河野先生に近づいて行った。
「あのー、すみません。河野先生ですか?」
天音が声を掛けた。
「そうですが……。なにか?」
「えーっと……。幸太君って子からの伝言なんですけど……」
「幸太君の何かですか?」
「えーっと……」
嘘の苦手な天音は、言葉に詰まってしまっていた。
見かねた邪馬斗が代わりに応えた。
「幸太君の友達です。近所同士だったので。幸太君が河野先生が自分のせいで悔やんでいると思っているようで……それで」
邪馬斗がそう言うと、河野先生はいきなり席を立って怒鳴る。
「悔やんでいる……? お前たちに何が分かる! どうして死んだあの子の気持ちが分かるんだ! ずっと外に出れなくてずっと入院生活していたんだぞ!」
「あ……えっとー……」
天音と邪馬斗が怯んでいると、幸太が河野先生を止めようと手を引こうとした。
しかし、霊体である幸太は河野先生の手に触れることが出来ない。
「先生! お姉ちゃん達は何も悪くない! そんなに怒らないでよ! ねー! お願い! 先生!」
すると、河野先生が何かを感じ手元を見た。
そして、目を大きく見開く。
「幸太……君……?」
「え?」
天音と邪馬斗は驚き、顔を見合わせた。
幸太も天音と邪馬斗の顔を見た。
おそるおそる、幸太は河野先生に声を掛けた。
「先生……? ボクのこと見えるの?」
「あっ、あぁ……。幸太君なのか……?」
「うん……。うん! そうだよ! 先生!」
「ごめん……。ごめんよ、病気治せなくて……」
河野先生は涙を流しながら、幸太に謝った。
「先生、謝らないで。泣かないで。ボクね、ずっと先生にお礼を言いたかったんだ。でも、突然、病気が酷くなって、気がついたら眠ってばかりになっちゃって……。でも、今先生にやっとお礼を言える! 先生。ボク、先生と沢山お話できて、お勉強教えてくれてすごく嬉しかったし、楽しかったんだよ! 本当にありがとう! だから、悔やまないで!」
「私は、ずっと幸太君の病気を治せないか考えて調べていた……。でも今の医療技術ではなんともならなくて……。私は幸太くんに謝りたかった」
「ボクは謝ってほしくない! そんなのボクは望んでなんかいない!」
「幸太君……」
河野先生は、涙を流しながら膝から崩れ落ちた。
「先生。ボクね、今度生まれ変わったら、丈夫な体になって先生みたいな優しいお医者さんになる! お医者さんになったら、また先生に出会って先生の助手になって先生の支えになる!」
「うん……。楽しみにしてるよ。幸太君、ありがとう。また会えて良かったよ。私の助手になる日を楽しみにしてるよ」
「うん! ボクも楽しみにしてる!」
河野先生が涙を拭いた。
「行っちゃったか……」
涙を拭くと、河野先生には幸太の姿が見えなくなっていた。
「なんで、死んでしまった幸太君のことが見えたんだろ。夢だったのか……」
河野先生が呟いた。
「夢なんかじゃないですよ。確かに幸太君は先生に会って話していましたよ」
すかさず、天音が言った。
「そうですよ。多分、幸太君の強い気持ちが先生と幸太君の波長が合って、先生の目に幸太君の姿が見えたのだと思います」
邪馬斗が河野先生に説明した。
「本当にそんなことが……。でも、幸太君と話せて気持ちが楽になった感じがする。すまなかったな、君たち。いきなり怒鳴ってしまって」
「いいえ、こちらこそ急に話しかけてしまって……。でも、幸太君の気持ちが伝わって良かったです。では、私達はこれで。失礼します」
天音と邪馬斗は河野先生に一礼をして病院の外に出た。
幸太も河野先生に手を振りながら天音達について行った。
「お姉ちゃん達、ありがとうね」
「いえいえ。怒られた時はどうなるかと思ったよ」
「そうだな。さすがの俺もビビっちまったよ。さて、これで未練は解決したか?」
「うん! もう悔いはないよ。生まれ変わった時が楽しみになってるよ!」
「そうか。んじゃー、ここで魂送りするか。天音、準備はいいか」
「オッケイ!」
「あ、待って!」
天音と邪馬斗が構えるも、幸太が声を掛けて止めた。
「どうしたの?」
天音が幸太に聞いた。
「あのね、この病院の中で思い出のところがあるんだ。そこでボクをあの世に送って欲しいんだけど……ダメ?」
幸太はモジモジしながら言った。
「出来れば人気の無い所でやりたいんだが……。まあ、案内してくれ。場所によっては考えてやってもいいぞ」
「邪馬斗、そんな回りくどい言い方して。ほんと素直じゃないんだから」
「うるせー!」
「ありがとう、お兄ちゃん! こっち!」
幸太は喜びながら天音と邪馬斗を案内した。
「ここだよ!」
幸太に案内されたところは、病院の中庭であった。
そこには、大きい桜の木があり、木の根本にはベンチも備えてあった。
「ここ?」
「うん! ここはね、外出できなかったボクを、少しでも外の空気を吸わせてあげたいって、河野先生が連れてきてくれた場所なんだ。いつもこの木の下のベンチで先生とお話をしてたんだよ」
「そうなんだー。ここでも大丈夫じゃない? 邪馬斗」
「そうだな。木の影になって周りには気づかれにくそうだし。ここでやるか」
「ありがとう! お姉ちゃん、お兄ちゃん!」
「じゃー邪馬斗、笛よろしく」
「オッケイ!」
邪馬斗の笛に合わせて、天音が舞を踊り、魂送りをする。
『彷徨える御霊よ、安らかに眠りたまえ。幽世へ行き来世の幸を祈ろうぞ』
「ありがとう、お姉ちゃん、お兄ちゃん、河野先生」
幸太はそう言って、光になり天へと登っていった。
桜の木の葉が風に揺られ、音を立てた。
その時、病院の二階の廊下を歩いていた河野先生は、桜の木の葉が風に揺れる音に気づき、ぽつりと呟いた。
「……幸太君?」
その風と揺れる葉の音は、幸太が河野先生にお別れと次の人生での再会の言葉をかけているように聞こえた。
河野先生は少し寂しげな笑みを浮かべながら、幸太との思い出が残る桜の木を眺めていた。