「トキ子おばあちゃん!!!」

 二年前に病気で亡くなった、二人の神楽を誰よりも楽しみにしていた近所のトキ子おばあちゃんがニコニコしながら立っていた。
 天音は泣きながらトキ子おばあちゃんに飛びついた。
 しかし、トキ子おばあちゃんは透けていたため、抱きつこうとした天音は通り抜けてしまい、コケて地面にうつ伏せになってしまった。

「おい、天音! 大丈夫か?」
「いったあーい!」

 邪馬斗が天音に近寄って声を掛けた。
 天音は奇跡的にも無傷だった。

「おやおや、大丈夫かい?」

 トキ子おばあちゃんも天音のことを心配して近寄ってきた。

「本当に……本当にトキ子おばあちゃんなの?」

 天音が恐る恐る聞くとトキ子おばあちゃんはニコニコしながら

「そうだよ。二人とも、大きくなったね~」

 と答えた。

「トキ子おばあちゃん、何でこんなところにいるんだ?」

 邪馬斗が不思議そうに言った。
 すると、トキ子おばあちゃんは困った顔で言った。

「あの世に行けなくてねー。困っている所にお前さんたちを見かけてねー」
「そうだったんだ」
「あ、邪馬斗! おばあちゃんと義興おじいちゃんが言っていたこと! 魂送りをやればトキ子おばあちゃん、あの世に行けるんじゃない!?」
「そうか! そうだな! 早速やってみるか!」

 天音と邪馬斗は早速トキ子おばあちゃんの前で、魂送りをした。トキ子おばあちゃんは、久しぶりに見る天音と邪馬斗の巫神楽に涙を浮かべ、喜びながら見ていた。

「あぁ……。また、天音ちゃんと邪馬斗ちゃんの神楽を見れるなんて……。ありがたや~」

 二人が神楽を踊り終わる。
 しかし、トキ子おばあちゃんは二人のことをニコニコと微笑みながら拍手をしていた。

「あれ? おばあちゃんまだいるね……」
「おばあちゃん! 私達の神楽、どうだった!?」
「良かったよー。また見れておばあちゃんは嬉しいよ~。ほんと、天音ちゃんと邪馬斗ちゃんは上手だねぇ~」

 天音は嬉しそうにトキ子おばあちゃんと話をしていた。
 そこに、邪馬斗が呆れながら、天音にツッコんできた。

「おい、天音! そんなこと言ってる場合か! ちゃんとじいちゃん達に教えてもらった通りに魂送りやったのに、トキ子おばあちゃん、あの世に行けていないんだぞ! おかしいと思わないのか!」
「あ、そうだった! 趣旨を忘れてた! てへっ」
「ブサイクが、てへって言うな」
「誰がブサイクですって!?」

 天音と邪馬斗が喧嘩をしていると、トキ子おばあちゃんがクスクスと笑って言う。

「相変わらず、二人は仲良しさんで良いねぇ~」
「よくなーい!」

 天音と邪馬斗は声を合わせて言った。

「とにかく、天音。トキ子おばあちゃんの魂送りができるように考えないと……」
「そう言われても……。う~ん……。……あ!」

 考えていると天音が一つの考えが閃いた。
 そして、トキ子おばあちゃんに問いかけた。

「ねぇ、トキ子おばあちゃん。もしかして、この世に未練が残っていたりしない?」

 トキ子おばあちゃんは少し考えた後、ハッとした顔をして天音と邪馬斗に話し始めた。

「あぁ……。言われてみれば、一つあったのぉ~」
「なになに!? 言ってみて!」
「病院に入院していた時、もう一度行ってみたいと思っていた所があったんよー。だけど、一度も退院できずに、病院でポックリ死んでしまったからね~。行ってみたかったが、叶わなくてね~」

 トキ子おばあちゃんは寂しそうに言った。

「行ってみたかった所ってどこなんだ?」

 邪馬斗がトキ子おばあちゃんに聞いた。

「ほれ、お前たちとよく遊びに行っていた、あのナギの木が立っている小山だよ」

 巫神社の裏山に小山がある。その頂上には大きなナギの木が立っている。
 天音と邪馬斗は幼少期、よくナギの木までトキ子おばあちゃんと一緒に散歩をしに行っていた。
 ナギの木から見える景色がとても良く、町を一望できる。

「トキ子おばあちゃんはナギの木の所に行きたいの?」

 天音はトキ子おばあちゃんに確認した。

「そうだよ。思い出の場所だからねぇ~。もう一度行ってみたいね~」
「分かった! んじゃー、明日学校休みだし、三人で行こう! 邪馬斗、明日部活休んでね! 私も休むから!」
「言われなくても休む気でいたし。最近、ナギの木まで行っていなかったから、久々に行きたいしな」
「よし! けってーい! じゃーまた明日、ここに集合ね!」

 こうして明日、天音と邪馬斗はトキ子おばあちゃんと共に、巫神社の裏山に行くことになった。
 そして、翌日。
 天音は巫神社に向かった。
 神社には邪馬斗、トキ子おばあちゃんが既に待機していた。

「おっはよー!」

 天音は元気に邪馬斗とトキ子おばあちゃんの元に駆け寄った。

「おはよう。天音ちゃんはいつも元気だね~」
「遅いぞ!」
「ごめんごめん。さ、行こうよ!」

 三人は巫神社の裏山に入り、ナギの木を目指して歩き始めた。
 街を一望できることで有名なところでもあるため、参道は整備されており、とても歩きやすくなっている。
 しかし、小山とだけあって坂道となっている。
 頂上に着くと、道が拓ける。正面には大きなナギの木がそびえ立っていた。

「久しぶりに来たぁー! この木はやっぱりおっきいなー!」

 天音はナギの木に駆け寄り、大きく手を広げながら言った。

「お前はガキか。はしゃぐなよ」

 邪馬斗は呆れながら言った。

「やっぱり、ここから見る景色は良いよねー」

 天音がそう言うと、トキ子おばあちゃんが天音に近づき、街の景色を見渡した。

「そうだね~。ここはとてもいい場所だ」

 トキ子おばあちゃんがそう言って、ナギの木に近づいて行った。
 そして、高くそびえ立つナギの木を見上げながら言う。

「ここはね、もう一つ思い出があってね。私の旦那との思い出の地でもあるんだよ。よく旦那とここに来て、この街の景色を見ていたんだよ。あと、このナギの葉は縁結びとも言われていてねー。このナギの葉のお陰かもねー、旦那と一緒にいれたのは。でも、早くに亡くなっちゃってねー……。旦那もあの世で私のことを待っているだろうね。早く会いたいな……」

 トキ子おばあちゃんはそう言っていたが、寂しい顔はしていなかった。
 むしろ、大好きな旦那ともう少しで出会える嬉しさを感じられる表情をしていた。

「ありがとうね。思い出の地にまた天音ちゃんと邪馬斗ちゃんと一緒にこれてよかったよ~」
「私もトキ子おばあちゃんと一緒にここにこれてよかったよ!」
「俺も。ありがとう、トキ子おばあちゃん」
「もう未練は無いよ。さぁ、旦那が待っているあの世に送っておくれ」
「うん」

 天音と邪馬斗は魂送りをした。
 天音が邪馬斗の笛に合わせて舞始めると、淡い光が辺りを包み始めた。
 その光は暖かくも優しい感じの光であった。
 魂送りをしていると、トキ子おばあちゃんの話す声が聞こえた。

「これからもわたしの大好きな神楽を引き継いでいってね。みんなが楽しみにしているよ。頑張ってね」

 そして、舞の終盤となり、天音は神歌を歌う。

『彷徨える御霊よ、安らかに眠りたまえ。幽世へ行き来世の幸を祈ろうぞ』

 天音が踊り終わると、トキ子おばあちゃんの魂はあの世に行き、消えてしまっていた。

「トキ子おばあちゃん……。私、頑張るね。この神楽引き継いて、絶対に神鏡を元に戻すね……」

 天音は泣きながら言った。

「天音にもトキ子おばあちゃんの声が聞こえたのか」
「うん……。トキ子おばあちゃんのためにも、街のみんなのためにも、神鏡を元に戻すためにも……。がんばろうね、邪馬斗!」
「あぁ!」

 天音と邪馬斗は、トキ子おばあちゃん、街の人達のためにも、神鏡を元通りにすること、魂が待っている人の元へ行けるように魂送りをやっていくことを思い出のナギの木の元で強く誓うのであった。