今年も巫神社の例祭の日がやってきた。
 天音と邪馬斗は巫神楽の演舞の為、神楽殿で衣装に着替えて準備をしていた。
 二人が準備に取り掛かっていると、見慣れたスーツ姿の男性が天音と邪馬斗の元に向かってきた。
 その男性に天音は誰よりも早く気がついた。

「あー! 猿田先生だ! せんせーい!」

 叫び声に気づいた邪馬斗は、天音が手を振る方を見た。

「天音さん、邪馬斗君、こんばんは~。見に来たよ~」

 アマノウズメには男らしい凛々しい話し方であったが、それ以外の人に対してはいつも通りの気の抜けたほわほわとした話し方だ。

「今でも信じられませんよ。先生がサルタヒコの生まれ変わりだなんて……。邪馬斗の家で見た書物のサルタヒコの絵を見たけど、何かごっつくて怖い顔してて今の先生からだと想像もつかない感じだった」
「それは、絵を書いた人のイメージが大きいからね」

 天音は神鏡が元通りになった後、邪馬斗の家で改めて巫神楽の書物を見た。
 その時にアマノウズメとサルタヒコの絵を見つけたのであった。
 元の姿とのギャップにショックを受けた天音は、未だにイケメンの猿田先生が、ごつい強面のサルタヒコの生まれ変わりであることを信じられない様子であった。

「天音、そろそろ時間だ。スタンバイするよ」

 スマホで時間を確認した邪馬斗は、猿田先生と盛り上がっている天音に声を掛けた。

「え!? もうそんな時間? 先生、行ってきますね!」
「うん。二人とも頑張ってね~」

 道具を持って立ち位置に向かう天音と邪馬斗に、ニコニコと手を振って見送る猿田先生。

「あっ、先生!」

 天音はそう言って、猿田先生の元に戻ってきた。

「ん? どーしたのー?」
「先生、見ていて下さいね! 今まで送った霊達の為にも、ご先祖様の為にも、後世に継承する為にも……。あと、先生のお嫁さんのアマノウズメ様の為にも、精一杯踊ってくるから見てて下さいね!」

 天音の熱意のこもった言葉と表情に、猿田先生は目を丸くした。
 猿田先生の目には、天音とアマノウズメが重なって見えたのであった。

「……ウズメ」

 猿田先生は、思わずアマノウズメの名前を声に出した。

「先生? どうしたの? 大丈夫ですか?」

 呆然としている猿田先生に天音は声を掛けた。
 その声にハッとし、我に返る。

「あっ、すみません。大丈夫ですよ。頑張ってきて下さい。ちゃんと見てますので」
「はい! 行ってきます!」

 天音はそう言って神楽殿の中央に向かって行った。

「ありがとう、天音さん」

 猿田先生は、神楽殿が見える位置へと歩いて行った。

「準備はオッケイ?」
「オッケイ! 邪馬斗、笛よろしく!」

 天音と邪馬斗は目を合わせて頷き、一呼吸おいた。
 そして、邪馬斗が魂送りの音を奏で、天音が舞い始める。

「あぁ……やはりな」

 天音と邪馬斗の舞を見た猿田先生は、目を細めながら呟いた。
 二人の姿が、自分たちの姿に重なって見えたのだ。
 はるか昔、自分の奏でる笛に合わせて舞っていたアメノウズメ。
 その艶やかな姿を思い出し、猿田先生は目を潤ませていた。

 例祭に集まっていた霊達が、あの世へ導かれ、天に向かっていく。
 かつて、自分たちが魂送りをしていた時のことを思い出しながら、天音たちの神楽を見守っていた。
 魂送りの舞を終えた天音。
 そして、再び邪馬斗が笛を奏で、天音は扇子を取り出して勢いよく広げた。
 魂送りに続けて、奉納の舞を踊るのだ。

「こんな演目もあったのか」
「この子達、今まで披露されていなかった演舞を新しく覚えたんだわ。流石、巫神楽の後継者だわ」
「期待のルーキーだ!」

 初めて見る奉納の舞に、観客達は驚きながら見入っていた。
 魂送りとは打って変わった勇壮な舞を見て、巫神楽の後継者に期待する人々。
 その様子を見て、猿田先生は星が輝く夜空へ目を向けた。

「みんなが私達の子孫に期待と希望を抱いてくれた……。もう心配することはないな、ウズメよ……」

 猿田先生はそう呟いた。

「はっ……ふっ……はぁっ!」

 扇子を構えた天音が、力強く足を床に叩きつける。
 大地を踏み固め、神の力で鎮める意味を持つ動きだ。
 トンと音を立てて宙を舞い、中腰の姿勢で大地を踏む。
 激しい動きに、天音の額から汗が滲んでいる。

 後ろで笛を吹く邪馬斗も、滝のような汗を流していた。
 肉眼では捉えられぬほど速い指の動きで奏でられる音は、天音の舞に負けずと荒々しく響き渡る。
 邪馬斗の笛、天音の舞が、相互に力を増幅させて、神の元へ届けと言わんばかりに激しさを増していく。

 これまでに出会った霊たちへの想いを、そして御神楽の後継者としての覚悟を。
 すべての想いを笛と舞に込めて、二人は神の力と同化していく。

「……ハッ!」

 舞を締める甲高い笛の音が天へと響いた。
 同時に、天音が高々と飛び上がり、力強く大地を踏みしめる。
 境内に静寂が満ち、神々しい力の波動が、観客の体を駆け抜けていった。

「うわぁぁぁ!」

 奉納の舞が終わると、歓声と拍手が沸き起こる。
 今にも倒れそうなほどフラフラになりつつも、天音と邪馬斗は堂々と礼をした。
 割れんばかりの歓声を受けながら、二人は神楽殿の控室へと戻っていく。

「やった……やったね……邪馬斗!」
「ああ、すごかったな、天音!」

 天音と邪馬斗はハイタッチをして、お互いを称え合った。

「これからも魂送りだけじゃなくて、奉納の舞も例祭でやろうな」
「もちろん! 伝えていくためにもね!」

 一時は、神楽の存続すら危うい状況であった。
 しかし、二人の姿は以前とは違う。
 後継者としての覚悟を決めた、強い意志に満ち溢れている。

「天音ー!」
「あ! 咲ー!」

 神楽殿を降りると、咲と幹弥が駆け寄ってきた。

「天音、なんかかっこよくなった!? すごかったよ!」
「マジ? ありがとう!」

 天音は咲と抱き合って喜びあった。
 年相応の、無邪気な表情に戻っている。

「邪馬斗、お疲れ様。ほれ、差し入れ」
「おぅ、サンキュー幹弥」

 邪馬斗は、幹弥が差し出したお茶を飲む。

「あ! 猿田先生は……」

 天音は辺りを見回して、猿田先生を探した。

「え!? 猿田先生来てんの!?」
「うん。えーっとー……。あっ! いたいた! せんせーい!」

 猿田先生を見つけた天音は、走って向かっていく。

「お疲れ様、ちゃんと見てたよ。奉納の舞、素晴らしかったよ」
「よかった~」
「先生!」

 邪馬斗も、猿田先生に駆け寄る。

「笛、バッチリだったよ。ありがとう、邪馬斗君」
「これも継ぐ者としての使命ですから」

 邪馬斗は照れながら言った。

「あれ~? 邪馬斗君、照れてますぅ~?」
「うるせー!」

 天音にイジられてムッとしがら、邪馬斗は天音の髪をかき回した。

「せんせー!」
「あ、咲さんに幹弥君。こんばんは。例祭に来ていたんですね」
「はい! 天音達の応援です!」

 ぐぅー。

 天音の腹の音が盛大に鳴った。
 向けられた視線に、天音の顔が真っ赤に染まる。

「だって、二演目も踊ればお腹空くじゃん! 仕方ないじゃん! みんなしてそんなに見つめないでよ~」

 天音は赤面し、両手で顔を隠しながら言った。

「あ! そうだ。先生! カワイイ教え子の為に奢ってくださいよ~」
「そうだ、先生。俺、焼き鳥が良いです」

 咲と幹弥は猿田先生にせがんだ。

「え? いいんですか? じゃー、私は焼きそばが良いです! 超大盛りで! あとフランクフルトでしょ、チョコバナナでしょ、あと、あと……」

 目を輝かせた天音が、矢継ぎ早に食べたいものを言う。
 猿田先生は慌てて両手を振った。

「いや、まだ奢るとは言ってな……」
「まだってことは、奢ってくれる予定なんですね?」

 邪馬斗はすかさず、猿田先生を見つめて言った。
 その目に、がっくりと肩を落とす猿田先生。

「分かりました……。いいですよ。屋台に行きましょ~」
「やったー!!!」

 猿田先生の一言に大喜びの天音達。

「さあ、行きましょう! 猿田先生!」

 天音は、猿田先生の手を引いて屋台に向かって走り出した。

「あ! 天音ずるい! うちも猿田先生と手繋ぎたい!」

 咲も猿田先生の手と握ってかけて行った。

「俺達も行こうぜ、邪馬斗」
「おう」

 邪馬斗と幹弥も天音達の後を追って、屋台に向かって行った。

「先生、うち、綿あめ!」
「私は、さっきのにプラスして、たこ焼きとソフトクリームも!」
「天音、遠慮って言葉知らねーのか」
「えー、お腹空いてるんだもん! あと、頑張って踊ったし!」
「邪馬斗、何食べる?」
「幹弥、お前もか……」
「みんな~、勘弁してよ~。先生の給料安いんだよ?」

 屋台の前でねだる天音達。
 遠慮なくねだる天音達にタジタジになる猿田先生。
 そんな様子を本殿の階段に座ったアマノウズメが、優しく頬笑みながら見守っていた。