青々と生い茂る木々に生える葉。
その葉をじっと見つめている天音に咲が話しかける。
「ちょっと天音、聞いてる!?」
「えっ? なんだっけ?」
「もう、しっかりしてよ! クラスマッチの参加種目、何に出るのか聞いてたじゃん!」
「あぁ……そうだった。何に出よう……」
二週間後の校内で行われるクラスマッチでどの種目に参加するのかをホームルームで話し合いが進められていた。
天音と咲が悩んでいると、邪馬斗と幹弥が天音達の元にやってきた。
「お前らは何の競技に出んのー?」
幹弥が先に聞いてきた。
「んー、まだ決めてなーい」
咲が頬杖をつきながら答えた。
「俺と邪馬斗は借り物競争に出るぞー。なあ?」
「なあって……お前が強制的に決めたんだろ!」
「まぁまぁ」
借り物の競争に出ることに納得していない邪馬斗に幹弥がなだめていた。
「私、頭使う競技嫌だな~」
「となると、リレーしかないよ?」
「咲~、一緒にリレーでない!?」
「そうだね~、良いかもね~。でも、このリレー、男女混合だよ?」
「んじゃ~、邪馬斗と幹弥君も一緒ということで」
「お、良いねー。やろやろー! 俺らだったら最高コンビだから一位間違いないでしょ!」
盛り上がる天音と咲と幹弥に対して困惑しながら邪馬斗がストップをかける。
「待て待て! 俺、走るの得意じゃねーし! 却下!」
「大丈夫だって! 私達三人がカバーするから、出よーよ邪馬斗!」
「嫌だってば!」
言い合っている四人に猿田先生がチョークを持ってニコニコと笑いながら声を掛けてきた。
「やる気満々で良いですねぇ~。リレーだけ全く決まっていなかったんですよ~。やる気ある生徒がいて良かった良かった!」
そう言いながら猿田先生はリレーの参加氏名を黒板に書き始めた。
「ちょっ! なんで勝手に書いてるんですか!? 俺、出るって言ってないですよ!」
「まぁまぁ、そんなやる気出さずにぃ~」
「何お前、俺のこと抑えてるんだよ! 離せって!」
「先生! 今のうちにメンバーの名前書いちゃって下さい!」
天音はキラキラとした目で猿田先生に言う。
「は~い。これで全種目決まりましたね。それでは皆さん、当日は怪我をすること無く楽しみましょうね」
「はーい!」
「……はぁい」
そうしてホームルームが終わった。
下校時、未だに落ち込んでいる邪馬斗に天音が声をかける。
「ほーら、いつまで不貞腐れてるの? シャキっとしなさい! シャキっと!」
「くそぉー」
「本番までにバトンパスの練習、四人でやるよー!」
「はいはい」
不貞腐れている邪馬斗の背中をポンポンと叩きながら家に向かって歩いていった。
巫神社の辺りまで来ると、威勢の良い男性の声が聞こえてくる。
「フレー! フレー! ファイトー! ファイトー! おぉー!」
「なっなんだ?」
「邪馬斗、こっちから聞こえる! いってみよー!」
「あぁ」
二人は声が聞こえる方へ走って行く。
すると、神社の前で一人の男性が両腕を大きく振りながら大声を出していた。
その男性は頭に鉢巻を身に着け、学ラン姿であった。
背が高く、ガッチリと体格が良いため、見た目の迫力が凄い。
「あれ、霊だね」
「そうだな。俺たちと同い年ぐらいに見えるな」
二人は木の影から男性を観察している。
そんな二人に気が付いた男性は二人の方を見ながら大声で話しかけてきた。
「そこの男女! 君たちに! 聞きたいことが! あぁーるぅー!!!」
「あーもー! 鼓膜破れるぅ!」
「う、うるせー!」
思わず二人は耳を抑える。
その様子を見て男性がハッとして慌てて二人の元に近寄ってきた。
「す、すまない。思わず応援の時の声量で話しかけてしまった。不快な思いをさせてしまって申し訳ない!」
男性は何度も頭を下げて二人に謝った。
「いえいえ……。えっとー、ここで何をしていたんですか?」
天音が苦笑いしながら聞く。
「私は、東高校で応援団長を務めている佐々木熱男という者であります! いや……務めていたの方が正しいかもしれない」
「自分がもう霊であることは分かっているんだね」
邪馬斗は冷静に話しかけた。
「ああ。実は病気で死んでしまってな。高校三年の時に病気が分かって。分かった時には既に手遅れで入院して一ヶ月後には死んでしまっていた。んで気がついたらこんなスケスケな姿に……」
熱男は悲しそうに言う。
「それにしても、びっくりだよ。私の姿が見える人とは初めて会ったよ」
「私達、あなたみたいにあの世に行けずこの世を彷徨っている霊を魂送りして、あの世に送ることをしているので、霊が見えるんです」
「えぇ! そうなの!? う~ん……その前にやりたいことがあるんだよな~」
「どんなことだ?」
「俺、みんなのことを応援することが生きがいだったんだ。だから応援団に入ったんだ。自分には特別特技がなかったんだ。でも、誰よりも大きい声を出せることができる自分にとって応援団がぴったりだと思って……。私が亡くなった日は高総体の壮行式の日で出場選手にエールを送る日だったんだけど、出れなくてね……。この声が届かなくてもいいから、また応援団としてエールを送りたいんだ」
「ふ~ん……あ」
天音はふと思いついた。
「熱男さん、二週間後に私達の学校でクラスマッチがあるんですよ。それに私達男女混合リレーに出るんです。そこで私達のことを応援してくれませんか!?」
「おお! いいな! ぜひやらせてくれ!」
「決まりだね、邪馬斗!」
「まぁ、良いんじゃね」
「これで邪馬斗のリレーに対するやる気が高まれば……」
「お前、それが目的だったろ?」
「えぇー、なんのことー?」
「とぼけるな!」
「まぁまぁ。熱男さん、よろしくお願いしますね!」
「任せろ! 押すっ!」
「すげぇ、圧力……」
数日後。
リレーに向けて天音達は校庭の一角でバトンパスの練習をしていた。
周りには他のクラスの生徒もリレーの練習をしている。
そして、熱男も天音たちのことを見守っている。
「はい、幹弥!」
「おう!」
リレーは咲からスタートし、幹弥、天音、そしてアンカーの邪馬斗にバトンをつなげる。
「はい! 天音ちゃん!」
「オッケー!」
幹弥からバトンを受け取った天音は勢いよく走り、邪馬斗にバトンをつなげる。
「邪馬斗!」
「うん!」
邪馬斗の手にバトンが乗ろうとしたその瞬間であった。
威勢の良い大迫力の声が飛んできた。
「フレー! フレー! あーまーね! ファイトー! ファイトー! やーまーと!」
熱男の熱いエールのリズムが崩れ、邪馬斗は一度手の平に乗ったバトンを掴みそびれ落としてしまった。
「あ、おっしいー!」
「あいつら運動神経良いはずなのに、あんなショボ的なミス珍しいな」
バトンパスのミスを見て咲と幹弥は言う。
「わ、わりぃ」
「私こそごめん! ていうか……」
天音はそう言って目線を熱男に向けた。
その視線に気づいた熱男は嬉しそうに両手を振りながらエールを続けた。
「ガンバー! ガンバー! おぉー!」
天音は咲達に言う。
「ちょっと休憩しよー」
「そうね。十分くらい休憩時間にしよっか」
「ありがとう! ちょっと席外すね」
天音は熱男の方に向かって走っていき、ヒソヒソと話しかけた。
「ちょっと! 練習中は静かに応援してよ!」
「応援は腹の底から大きな声を出してするもの! 声が小さいのは弱々しくてダメだ!」
「本番の時はどんなに大きい声出してもいいから、練習の時は加減してよ!」
「むむむむ……」
そこに邪馬斗がやってきて、天音の頭を鷲掴みしながら言う。
「さっきのバトンパスは俺らのミスだ。どんな状況でも平常心を持たないと勝つものも勝てないぞ」
「むぅ……」
「大変失礼なことを言ってしまってすまない」
「いや、君たちの練習を邪魔してすまなかった」
「大丈夫。ちょっとびっくりしただけだ。応援されて嫌な気持ちになる人なんていない。むしろ嬉しかったよ」
「ほわほわ……」
「ぷっ、強面で図体がデカい男の人が……ほわほわって……」
「ほら、休憩時間終わるぞ! 幹弥達の元に戻るぞ!」
「くっ……首がぁ、ごめん、ごめんってば!」
照れている熱男の顔を見て思わず吹き出す天音の襟をつかんで引っ張って行く邪馬斗。
「頑張れー!」
そんな二人を微笑んで見送る熱男であった。
そして、クラスマッチの日がやってきた。
運動会のように校庭にはテントを張っている。
晴れ晴れとして気持ちの良い天気だ。
「えーっと、次の種目は借り物競争だね」
プリントを見ながら咲が言う。
「確か、邪馬斗と幹弥君が出るんだっけ?」
「そうだね。応援しよー!」
「うん!」
「押す!」
天音の横には張り切っている熱男が立っていた。
「この気持ちの良い天気の中で行われるクラスマッチ……大盛り上がりだ! 応援日和だ!」
「応援日和って……」
天音は苦笑いしながら呟くと、咲が不思議そうに声をかけてきた。
「ん? なんか言った?」
「う、うんうん! 何にも言ってないよ! ほら、始まるよ!」
まもなく借り物競争が始まるようで、スタート地点では邪馬斗と幹弥がスタンバイしていた。
「位置について、よーい……パン!」
邪馬斗達はスターターの音を合図に中央にある机に向かって勢いよく走り出した。
「フレー! フレー! やーまーとー!」
熱男も気合を入れてエールを送る。
机の上には借り物の指示が書かれている紙が入った封筒が置かれている。
いち早く封筒を手に取り指示を確認した幹弥が天音達の方に向かって走ってきた。
そして、咲を見つけると咲の手を引いた。
「ちょっと来い!」
「えー! なんでぇ~」
「咲、いってらっしゃい!」
咲は幹弥に手を引かれてゴールに向かって走って行った。
すると、まもなく邪馬斗がやってきた。
「天音、居るか! あまねー!」
「どうしたの? 私ならここにいるよ」
「やっと見つけた! 来てくれ!」
「えっ!? 私!?」
「お前しかいねんだよ!」
その邪馬斗の言葉にクラスメイト達は歓声を上げた。
「ヒューヒュー!」
「邪馬斗君、やるぅー!」
「あまねー、いってら~!」
その歓声に天音の顔が赤くなり恥ずかしがっている。
「う、うるさい! もう、言うなぁ~!」
恥ずかしがっている天音をよそに邪馬斗は天音の手を引いて走っていく。
「ほら、走って!」
「あぁーもぉー!」
そんな二人はどこか楽しそうに走っていた。
その姿に熱男の気合もより一層入っていく。
「おお! これぞ青春! ファイトー! あーまーねー! やーまーとー!」
いち早くゴールした幹弥と咲がゴールの先に待っていた。
二着でゴールした邪馬斗と天音。その後に一緒の組で走った二人がゴールした。
「もう、散々だよ~」
走った汗と冷や汗が額から流れている天音は汗を拭く。
「ちょっと、天音聞いてよ! 幹弥が引いた紙になんて書いてたと思う!? 好きな物ですって! あたしは物かっ!?って話!」
興奮しながら咲は天音に言ってきた。
その話を聞いた天音はニヤけながら幹弥の方を見た。
「ほほぉ~、咲のこと好きなんだー」
「好きだよ! 悪いかよ!」
幹弥は赤裸々に言う。
「もう、堂々とそんな事言わないでよ!」
「いってー!!!」
恥ずかしがる咲は幹弥に思いっきり平手打ちをした。
咲の平手打ちの威力は凄まじく、幹弥はふっ飛ばされていた。
「ところで、邪馬斗。引いた紙にはなんて書いてたわけ?」
「……ん」
照れながら邪馬斗は天音にその紙を無言で見せた。
その紙には『あなたの思う最高のパートナー』と書いてあった。
天音は顔を赤くなるも、一呼吸置いて恥ずかしそうに呟く。
「ま、まぁ……確かにパ、パ、パートナー……だけどさ」
「お、お前がいなきゃ、魂送り出来ないしな……」
「そ、そうね……」
もじもじし合う天音と邪馬斗。
方や悶絶し、平手打ちを浴びてぶっ倒れている幹弥と恥ずかしそうにもじもじする咲。
「次の走者がスタートしますので、ゴール地点にいる方々は離れてくださーい」
クラスマッチはスムーズに競技が行われていき、いよいよ最後の種目、男女混合リレーの時間がやってきた。
「さ、最後の種目だ! 気合を入れて、悔いの残らないよう思いっきり走り切ってこい! 押す!」
「ああ!」
「押す!」
熱男の激励に天音と邪馬斗は頷いて応える。
そして、天音達はそれぞれの立ち位置についた。
四人の気持ちは一つになっていた。
「位置について、よーい……パン!」
各クラスの選手が一斉に走り出した。
第一走者の咲は三番目につけていた。
「さきー! がんばー!」
「行けー! 咲!」
「咲ちゃーん!」
「ガンバー! ガンバー!」
熱男も天音たちと一緒に声を上げて応援をする。
「はい、幹弥!」
「任せろ!」
バトンが咲から第二走者の幹弥に繋ぐと、二位に位置着く。
そして、第三走者の天音にバトンが渡る。
「天音ちゃん! 邪馬斗に繋いでくれ!」
「オッケイ! 任せて!」
天音はバトンを強く握って勢いよく走っていく。
一位との差がなかなか縮まらず、苦戦する天音。
そこに熱男の力強い応援の声が聞こえる。
「フレー! フレー! あーまーねー! ファイトー!」
顔を真っ赤にしてキラリを光る汗を頬に滴せながら、大声で応援する熱男。
その声はしっかりと天音の耳に届いていた。
「熱男さん! 私、絶対に負けない!」
熱男の応援の声に背中を押されるかのように徐々に一位との差が縮んでくる。
その様子に咲達は圧倒して目を丸くして見ていた。
「天音、あそこまで足早かったっけ?」
「さ、さぁ……」
そして、いよいよアンカーの邪馬斗の元に近づいてきた天音。
「邪馬斗ー!」
「天音!」
おもいっきりバトンを持った腕を伸ばす天音。
そのバトンは落とすこと無く邪馬斗へと繋がる。
「いっけぇー!」
「おう!」
邪馬斗は一位の生徒に向かって走っていく。
「ガンバー! ガンバー! やーまーとー! おー!」
「ファイトー! ファイトー! やーまーとー! おー!」
天音も熱男と同じく腕を大きく振りながら邪馬斗の応援をする。
天音が自分と同じフリで応援しているのに気づいた熱男は涙目になる。
生きていた時に応援団の仲間と一緒に応援合戦をしていた時のことを思い出したのであった。
「あぁ、懐かしいな。俺が入院していた時も病室で応援団の仲間が応援しに来てくれたっけ。あまりにもうるさすぎて、看護師さん達に怒られてたっけ……。あと、俺の葬式の時も応援合戦してくれたなぁ……。嬉しかったなぁ。あの時、応援された側の気持ちを実感した。すごく……すごく嬉しかったなぁ~」
気がつくと、熱男の目から大粒の涙が溢れていた。
「頑張れー! 邪馬斗くーん! 君なら一位取れるぞぉー!」
涙を溢しながら熱男は叫んだ。
「邪馬斗くん! いっけぇー!」
「邪馬斗ー!」
「走れ、やーまーとー!」
みんなの声援を背に邪馬斗は全身全力で走る。
「まーけーてーたーまーるーかぁー!!!」
更に勢いをつける邪馬斗は一位との差を縮め横に並んだ。
そして、僅差で抜いて天音達のチームは一位でゴールした。
「やったあああ!」
天音達は邪馬斗の元に駆け寄り、喜びを分かち合った。
「やったな、邪馬斗!」
「練習の成果だね!」
「さすが、邪馬斗ね!」
四人はハイタッチを交わした。
「応援の力ってすげぇな」
邪馬斗がボソっと呟く。
その声が聞こえた天音は微笑んで熱男の方に顔を向けた。
「そうだね。熱男さんのお陰だね」
天音は熱男に向かって大きく手を振ると、熱男も笑顔で手を振り返した。
「さて……天音。行こうか」
「あ、そうだったね」
天音と邪馬斗は人気のいない所に熱男を呼び出す。
「ありがとう。こんな気持良い応援は久しぶりだった。それに、生きていた時の思い出も蘇ってきて思い出にも浸ることが出来た」
「こちらこそ、応援ありがとうございました! 熱男さんの応援のお陰でリレーで一位取ることが出来ました!」
「いや、私は特別なことしていない」
「いや……。応援は人の大きな力になる偉大なものだと思う。応援のお陰でこんなに最大限の力を発揮することができる」
「応援をしてこんなにお礼言われることなんてないよ」
照れながら熱男は言う。
「あの……熱男さん」
「分かっている。魂送りしてくれるんだろ? 頼む。私は満足した。君たちのお陰だ。ありがとう」
「では、始めますね。邪馬斗、いくよ」
「ああ」
天音達は魂送りを始めた。
天音の鈴と邪馬斗の笛の音で熱男は淡い光に包まれていく。
『彷徨える御霊よ、安らかに眠りたまえ。幽世へ行き来世の幸を祈ろうぞ』
そして、天音と邪馬斗は声を揃えて、熱男が消える前にエール返しをする。
「サンキュー! サンキュー! あーつーお! おぉー!」
エール返しは熱男に届き、涙を流した。
「私の葬式以来だよ、エール返し。君たちに魂送りしてもらえて本当に良かったよ。ありがとう」
そう言って熱男はあの世へ行った。
まもなくして、咲と幹弥がやってきた。
「こんなところにいたー! 探したんだよ!」
「リレーで一位取ったから打ち上げ行こうぜ!」
「良いね! あ、私ケーキ食べたい!」
「またお前ケーキかよ。太るぞ」
「バシッ!」
「いってぇ!」
四人ははしゃぎながらケーキ屋さんに向かって行ったのであった。
その葉をじっと見つめている天音に咲が話しかける。
「ちょっと天音、聞いてる!?」
「えっ? なんだっけ?」
「もう、しっかりしてよ! クラスマッチの参加種目、何に出るのか聞いてたじゃん!」
「あぁ……そうだった。何に出よう……」
二週間後の校内で行われるクラスマッチでどの種目に参加するのかをホームルームで話し合いが進められていた。
天音と咲が悩んでいると、邪馬斗と幹弥が天音達の元にやってきた。
「お前らは何の競技に出んのー?」
幹弥が先に聞いてきた。
「んー、まだ決めてなーい」
咲が頬杖をつきながら答えた。
「俺と邪馬斗は借り物競争に出るぞー。なあ?」
「なあって……お前が強制的に決めたんだろ!」
「まぁまぁ」
借り物の競争に出ることに納得していない邪馬斗に幹弥がなだめていた。
「私、頭使う競技嫌だな~」
「となると、リレーしかないよ?」
「咲~、一緒にリレーでない!?」
「そうだね~、良いかもね~。でも、このリレー、男女混合だよ?」
「んじゃ~、邪馬斗と幹弥君も一緒ということで」
「お、良いねー。やろやろー! 俺らだったら最高コンビだから一位間違いないでしょ!」
盛り上がる天音と咲と幹弥に対して困惑しながら邪馬斗がストップをかける。
「待て待て! 俺、走るの得意じゃねーし! 却下!」
「大丈夫だって! 私達三人がカバーするから、出よーよ邪馬斗!」
「嫌だってば!」
言い合っている四人に猿田先生がチョークを持ってニコニコと笑いながら声を掛けてきた。
「やる気満々で良いですねぇ~。リレーだけ全く決まっていなかったんですよ~。やる気ある生徒がいて良かった良かった!」
そう言いながら猿田先生はリレーの参加氏名を黒板に書き始めた。
「ちょっ! なんで勝手に書いてるんですか!? 俺、出るって言ってないですよ!」
「まぁまぁ、そんなやる気出さずにぃ~」
「何お前、俺のこと抑えてるんだよ! 離せって!」
「先生! 今のうちにメンバーの名前書いちゃって下さい!」
天音はキラキラとした目で猿田先生に言う。
「は~い。これで全種目決まりましたね。それでは皆さん、当日は怪我をすること無く楽しみましょうね」
「はーい!」
「……はぁい」
そうしてホームルームが終わった。
下校時、未だに落ち込んでいる邪馬斗に天音が声をかける。
「ほーら、いつまで不貞腐れてるの? シャキっとしなさい! シャキっと!」
「くそぉー」
「本番までにバトンパスの練習、四人でやるよー!」
「はいはい」
不貞腐れている邪馬斗の背中をポンポンと叩きながら家に向かって歩いていった。
巫神社の辺りまで来ると、威勢の良い男性の声が聞こえてくる。
「フレー! フレー! ファイトー! ファイトー! おぉー!」
「なっなんだ?」
「邪馬斗、こっちから聞こえる! いってみよー!」
「あぁ」
二人は声が聞こえる方へ走って行く。
すると、神社の前で一人の男性が両腕を大きく振りながら大声を出していた。
その男性は頭に鉢巻を身に着け、学ラン姿であった。
背が高く、ガッチリと体格が良いため、見た目の迫力が凄い。
「あれ、霊だね」
「そうだな。俺たちと同い年ぐらいに見えるな」
二人は木の影から男性を観察している。
そんな二人に気が付いた男性は二人の方を見ながら大声で話しかけてきた。
「そこの男女! 君たちに! 聞きたいことが! あぁーるぅー!!!」
「あーもー! 鼓膜破れるぅ!」
「う、うるせー!」
思わず二人は耳を抑える。
その様子を見て男性がハッとして慌てて二人の元に近寄ってきた。
「す、すまない。思わず応援の時の声量で話しかけてしまった。不快な思いをさせてしまって申し訳ない!」
男性は何度も頭を下げて二人に謝った。
「いえいえ……。えっとー、ここで何をしていたんですか?」
天音が苦笑いしながら聞く。
「私は、東高校で応援団長を務めている佐々木熱男という者であります! いや……務めていたの方が正しいかもしれない」
「自分がもう霊であることは分かっているんだね」
邪馬斗は冷静に話しかけた。
「ああ。実は病気で死んでしまってな。高校三年の時に病気が分かって。分かった時には既に手遅れで入院して一ヶ月後には死んでしまっていた。んで気がついたらこんなスケスケな姿に……」
熱男は悲しそうに言う。
「それにしても、びっくりだよ。私の姿が見える人とは初めて会ったよ」
「私達、あなたみたいにあの世に行けずこの世を彷徨っている霊を魂送りして、あの世に送ることをしているので、霊が見えるんです」
「えぇ! そうなの!? う~ん……その前にやりたいことがあるんだよな~」
「どんなことだ?」
「俺、みんなのことを応援することが生きがいだったんだ。だから応援団に入ったんだ。自分には特別特技がなかったんだ。でも、誰よりも大きい声を出せることができる自分にとって応援団がぴったりだと思って……。私が亡くなった日は高総体の壮行式の日で出場選手にエールを送る日だったんだけど、出れなくてね……。この声が届かなくてもいいから、また応援団としてエールを送りたいんだ」
「ふ~ん……あ」
天音はふと思いついた。
「熱男さん、二週間後に私達の学校でクラスマッチがあるんですよ。それに私達男女混合リレーに出るんです。そこで私達のことを応援してくれませんか!?」
「おお! いいな! ぜひやらせてくれ!」
「決まりだね、邪馬斗!」
「まぁ、良いんじゃね」
「これで邪馬斗のリレーに対するやる気が高まれば……」
「お前、それが目的だったろ?」
「えぇー、なんのことー?」
「とぼけるな!」
「まぁまぁ。熱男さん、よろしくお願いしますね!」
「任せろ! 押すっ!」
「すげぇ、圧力……」
数日後。
リレーに向けて天音達は校庭の一角でバトンパスの練習をしていた。
周りには他のクラスの生徒もリレーの練習をしている。
そして、熱男も天音たちのことを見守っている。
「はい、幹弥!」
「おう!」
リレーは咲からスタートし、幹弥、天音、そしてアンカーの邪馬斗にバトンをつなげる。
「はい! 天音ちゃん!」
「オッケー!」
幹弥からバトンを受け取った天音は勢いよく走り、邪馬斗にバトンをつなげる。
「邪馬斗!」
「うん!」
邪馬斗の手にバトンが乗ろうとしたその瞬間であった。
威勢の良い大迫力の声が飛んできた。
「フレー! フレー! あーまーね! ファイトー! ファイトー! やーまーと!」
熱男の熱いエールのリズムが崩れ、邪馬斗は一度手の平に乗ったバトンを掴みそびれ落としてしまった。
「あ、おっしいー!」
「あいつら運動神経良いはずなのに、あんなショボ的なミス珍しいな」
バトンパスのミスを見て咲と幹弥は言う。
「わ、わりぃ」
「私こそごめん! ていうか……」
天音はそう言って目線を熱男に向けた。
その視線に気づいた熱男は嬉しそうに両手を振りながらエールを続けた。
「ガンバー! ガンバー! おぉー!」
天音は咲達に言う。
「ちょっと休憩しよー」
「そうね。十分くらい休憩時間にしよっか」
「ありがとう! ちょっと席外すね」
天音は熱男の方に向かって走っていき、ヒソヒソと話しかけた。
「ちょっと! 練習中は静かに応援してよ!」
「応援は腹の底から大きな声を出してするもの! 声が小さいのは弱々しくてダメだ!」
「本番の時はどんなに大きい声出してもいいから、練習の時は加減してよ!」
「むむむむ……」
そこに邪馬斗がやってきて、天音の頭を鷲掴みしながら言う。
「さっきのバトンパスは俺らのミスだ。どんな状況でも平常心を持たないと勝つものも勝てないぞ」
「むぅ……」
「大変失礼なことを言ってしまってすまない」
「いや、君たちの練習を邪魔してすまなかった」
「大丈夫。ちょっとびっくりしただけだ。応援されて嫌な気持ちになる人なんていない。むしろ嬉しかったよ」
「ほわほわ……」
「ぷっ、強面で図体がデカい男の人が……ほわほわって……」
「ほら、休憩時間終わるぞ! 幹弥達の元に戻るぞ!」
「くっ……首がぁ、ごめん、ごめんってば!」
照れている熱男の顔を見て思わず吹き出す天音の襟をつかんで引っ張って行く邪馬斗。
「頑張れー!」
そんな二人を微笑んで見送る熱男であった。
そして、クラスマッチの日がやってきた。
運動会のように校庭にはテントを張っている。
晴れ晴れとして気持ちの良い天気だ。
「えーっと、次の種目は借り物競争だね」
プリントを見ながら咲が言う。
「確か、邪馬斗と幹弥君が出るんだっけ?」
「そうだね。応援しよー!」
「うん!」
「押す!」
天音の横には張り切っている熱男が立っていた。
「この気持ちの良い天気の中で行われるクラスマッチ……大盛り上がりだ! 応援日和だ!」
「応援日和って……」
天音は苦笑いしながら呟くと、咲が不思議そうに声をかけてきた。
「ん? なんか言った?」
「う、うんうん! 何にも言ってないよ! ほら、始まるよ!」
まもなく借り物競争が始まるようで、スタート地点では邪馬斗と幹弥がスタンバイしていた。
「位置について、よーい……パン!」
邪馬斗達はスターターの音を合図に中央にある机に向かって勢いよく走り出した。
「フレー! フレー! やーまーとー!」
熱男も気合を入れてエールを送る。
机の上には借り物の指示が書かれている紙が入った封筒が置かれている。
いち早く封筒を手に取り指示を確認した幹弥が天音達の方に向かって走ってきた。
そして、咲を見つけると咲の手を引いた。
「ちょっと来い!」
「えー! なんでぇ~」
「咲、いってらっしゃい!」
咲は幹弥に手を引かれてゴールに向かって走って行った。
すると、まもなく邪馬斗がやってきた。
「天音、居るか! あまねー!」
「どうしたの? 私ならここにいるよ」
「やっと見つけた! 来てくれ!」
「えっ!? 私!?」
「お前しかいねんだよ!」
その邪馬斗の言葉にクラスメイト達は歓声を上げた。
「ヒューヒュー!」
「邪馬斗君、やるぅー!」
「あまねー、いってら~!」
その歓声に天音の顔が赤くなり恥ずかしがっている。
「う、うるさい! もう、言うなぁ~!」
恥ずかしがっている天音をよそに邪馬斗は天音の手を引いて走っていく。
「ほら、走って!」
「あぁーもぉー!」
そんな二人はどこか楽しそうに走っていた。
その姿に熱男の気合もより一層入っていく。
「おお! これぞ青春! ファイトー! あーまーねー! やーまーとー!」
いち早くゴールした幹弥と咲がゴールの先に待っていた。
二着でゴールした邪馬斗と天音。その後に一緒の組で走った二人がゴールした。
「もう、散々だよ~」
走った汗と冷や汗が額から流れている天音は汗を拭く。
「ちょっと、天音聞いてよ! 幹弥が引いた紙になんて書いてたと思う!? 好きな物ですって! あたしは物かっ!?って話!」
興奮しながら咲は天音に言ってきた。
その話を聞いた天音はニヤけながら幹弥の方を見た。
「ほほぉ~、咲のこと好きなんだー」
「好きだよ! 悪いかよ!」
幹弥は赤裸々に言う。
「もう、堂々とそんな事言わないでよ!」
「いってー!!!」
恥ずかしがる咲は幹弥に思いっきり平手打ちをした。
咲の平手打ちの威力は凄まじく、幹弥はふっ飛ばされていた。
「ところで、邪馬斗。引いた紙にはなんて書いてたわけ?」
「……ん」
照れながら邪馬斗は天音にその紙を無言で見せた。
その紙には『あなたの思う最高のパートナー』と書いてあった。
天音は顔を赤くなるも、一呼吸置いて恥ずかしそうに呟く。
「ま、まぁ……確かにパ、パ、パートナー……だけどさ」
「お、お前がいなきゃ、魂送り出来ないしな……」
「そ、そうね……」
もじもじし合う天音と邪馬斗。
方や悶絶し、平手打ちを浴びてぶっ倒れている幹弥と恥ずかしそうにもじもじする咲。
「次の走者がスタートしますので、ゴール地点にいる方々は離れてくださーい」
クラスマッチはスムーズに競技が行われていき、いよいよ最後の種目、男女混合リレーの時間がやってきた。
「さ、最後の種目だ! 気合を入れて、悔いの残らないよう思いっきり走り切ってこい! 押す!」
「ああ!」
「押す!」
熱男の激励に天音と邪馬斗は頷いて応える。
そして、天音達はそれぞれの立ち位置についた。
四人の気持ちは一つになっていた。
「位置について、よーい……パン!」
各クラスの選手が一斉に走り出した。
第一走者の咲は三番目につけていた。
「さきー! がんばー!」
「行けー! 咲!」
「咲ちゃーん!」
「ガンバー! ガンバー!」
熱男も天音たちと一緒に声を上げて応援をする。
「はい、幹弥!」
「任せろ!」
バトンが咲から第二走者の幹弥に繋ぐと、二位に位置着く。
そして、第三走者の天音にバトンが渡る。
「天音ちゃん! 邪馬斗に繋いでくれ!」
「オッケイ! 任せて!」
天音はバトンを強く握って勢いよく走っていく。
一位との差がなかなか縮まらず、苦戦する天音。
そこに熱男の力強い応援の声が聞こえる。
「フレー! フレー! あーまーねー! ファイトー!」
顔を真っ赤にしてキラリを光る汗を頬に滴せながら、大声で応援する熱男。
その声はしっかりと天音の耳に届いていた。
「熱男さん! 私、絶対に負けない!」
熱男の応援の声に背中を押されるかのように徐々に一位との差が縮んでくる。
その様子に咲達は圧倒して目を丸くして見ていた。
「天音、あそこまで足早かったっけ?」
「さ、さぁ……」
そして、いよいよアンカーの邪馬斗の元に近づいてきた天音。
「邪馬斗ー!」
「天音!」
おもいっきりバトンを持った腕を伸ばす天音。
そのバトンは落とすこと無く邪馬斗へと繋がる。
「いっけぇー!」
「おう!」
邪馬斗は一位の生徒に向かって走っていく。
「ガンバー! ガンバー! やーまーとー! おー!」
「ファイトー! ファイトー! やーまーとー! おー!」
天音も熱男と同じく腕を大きく振りながら邪馬斗の応援をする。
天音が自分と同じフリで応援しているのに気づいた熱男は涙目になる。
生きていた時に応援団の仲間と一緒に応援合戦をしていた時のことを思い出したのであった。
「あぁ、懐かしいな。俺が入院していた時も病室で応援団の仲間が応援しに来てくれたっけ。あまりにもうるさすぎて、看護師さん達に怒られてたっけ……。あと、俺の葬式の時も応援合戦してくれたなぁ……。嬉しかったなぁ。あの時、応援された側の気持ちを実感した。すごく……すごく嬉しかったなぁ~」
気がつくと、熱男の目から大粒の涙が溢れていた。
「頑張れー! 邪馬斗くーん! 君なら一位取れるぞぉー!」
涙を溢しながら熱男は叫んだ。
「邪馬斗くん! いっけぇー!」
「邪馬斗ー!」
「走れ、やーまーとー!」
みんなの声援を背に邪馬斗は全身全力で走る。
「まーけーてーたーまーるーかぁー!!!」
更に勢いをつける邪馬斗は一位との差を縮め横に並んだ。
そして、僅差で抜いて天音達のチームは一位でゴールした。
「やったあああ!」
天音達は邪馬斗の元に駆け寄り、喜びを分かち合った。
「やったな、邪馬斗!」
「練習の成果だね!」
「さすが、邪馬斗ね!」
四人はハイタッチを交わした。
「応援の力ってすげぇな」
邪馬斗がボソっと呟く。
その声が聞こえた天音は微笑んで熱男の方に顔を向けた。
「そうだね。熱男さんのお陰だね」
天音は熱男に向かって大きく手を振ると、熱男も笑顔で手を振り返した。
「さて……天音。行こうか」
「あ、そうだったね」
天音と邪馬斗は人気のいない所に熱男を呼び出す。
「ありがとう。こんな気持良い応援は久しぶりだった。それに、生きていた時の思い出も蘇ってきて思い出にも浸ることが出来た」
「こちらこそ、応援ありがとうございました! 熱男さんの応援のお陰でリレーで一位取ることが出来ました!」
「いや、私は特別なことしていない」
「いや……。応援は人の大きな力になる偉大なものだと思う。応援のお陰でこんなに最大限の力を発揮することができる」
「応援をしてこんなにお礼言われることなんてないよ」
照れながら熱男は言う。
「あの……熱男さん」
「分かっている。魂送りしてくれるんだろ? 頼む。私は満足した。君たちのお陰だ。ありがとう」
「では、始めますね。邪馬斗、いくよ」
「ああ」
天音達は魂送りを始めた。
天音の鈴と邪馬斗の笛の音で熱男は淡い光に包まれていく。
『彷徨える御霊よ、安らかに眠りたまえ。幽世へ行き来世の幸を祈ろうぞ』
そして、天音と邪馬斗は声を揃えて、熱男が消える前にエール返しをする。
「サンキュー! サンキュー! あーつーお! おぉー!」
エール返しは熱男に届き、涙を流した。
「私の葬式以来だよ、エール返し。君たちに魂送りしてもらえて本当に良かったよ。ありがとう」
そう言って熱男はあの世へ行った。
まもなくして、咲と幹弥がやってきた。
「こんなところにいたー! 探したんだよ!」
「リレーで一位取ったから打ち上げ行こうぜ!」
「良いね! あ、私ケーキ食べたい!」
「またお前ケーキかよ。太るぞ」
「バシッ!」
「いってぇ!」
四人ははしゃぎながらケーキ屋さんに向かって行ったのであった。