中間テストに向けての家庭教師が始まり、一週間が経った。
 刻一刻と過ぎていく時間に、天音は焦りを隠せない。
 この日は、日本史の勉強の日であった。

「え~っと、いいくに作ろう江戸幕府!」
「違うよ、バカ」
「バカって言わないでよ! ボケただけよ! 室町だよね、足利頼朝が作ったんだよね」
「鎌倉な、鎌倉。いいくに作ろう鎌倉幕府。あと、源頼朝な。色々混ざってるぞ」
「むぅ……。似たような名前ばっかり……」
「似てねえよ! いや、足利も同じ源氏だけどさ……」
「じゃあ似てるじゃん!」

 頭を抱える邪馬斗、ぷんぷん怒る天音。
 毎日、この繰り返しであった。

「じゃあ、次は江戸時代の三大改革」
「えっと、きょうほーのかいかく、かんせーのかいかく、てんぽーのかいかく」
「なんでカタコトなんだよ。で、享保の改革をしたのは誰?」
「暴れん坊将軍!」
「お前、それ書いたら怒られるぞ。徳川吉宗な」
「えー、だって、吉宗って暴れん坊将軍なんでしょ」
「いや、ちが……、違くはないけど、違うんだよ」
「いいじゃんもう、全部暴れん坊がやったことにすればいいじゃない。暴れん坊改革よ」
「どこまで本気で言ってんのかわかんねえよ……。真面目にやれ! バカ!」

 邪馬斗にとっても、天音にとっても、地獄のようなテスト勉強が続く。
 そしてようやく、中間テストの日となった。

「おはよーって……天音、大丈夫? 既に燃え尽きた感が出てるよ」

 机にへばりついている天音に、咲は心配そうに話しかけた。
 そこに、邪馬斗と幹弥がやってくる。
 机に突っ伏している天音を見て、邪馬斗が笑う。

「おはよう。昨日までみっちり勉強教えてやったからなー。こうなるのも無理はないな」
「どんな教え方すればこんな干物みたいな状態になるんだよ……」

 顔を引きつらせながら幹弥が言った。

「は~い。みんな、おはよ~。テスト始めるよ~。席についてね~」

 猿田先生が教室に入ってきて、生徒達に号令を掛けた。

「天音! 起きなよ、天音! テスト始めるってよ!」

 咲は天音の体を揺らしながら言った。

「は……話しかけないで……。参勤交代が……江戸が……頭の中から出ていっちゃう……。せっかく頭の中に叩き込んだのに……あぁ……あぁ~、いかないで殿様~」
「この子、テスト終わるまで生きていられるかな?」

 咲は真後ろで唸っている天音が心配で、気が気でなかった。

「みんな用紙回ったかな~? じゃ~、始めるよ~。よ~いスタートー」

 猿田先生の合図で、一斉にテストに取り掛かる生徒達。
 静まり返った教室に、鉛筆の音だけが響き渡る。
 頭を抱えながら、天音は頑張って問題を解いていった。

「やっと終わった~! この開放感、半端なっ! 明日から部活再開だし、頑張ろーっと!」

 背伸びをして言う咲。
 ふと天音の方を見ると、天音はニコニコとして咲を見ていた。

「良かった~。ちゃんと生きてた~。お疲れ、天音。……ん? あまねー、おーい。天音ったら! ……こりゃ~、固まっちゃってるわ……」

 咲が何度も天音に声をかけるも、天音はニコニコと笑ったまま固まってしまっていたのであった。

「天音ー、帰るぞー」

 そこに邪馬斗がやってきた。

「こいつ、どうしたの?」

 邪馬斗は固まったままの天音に指を指しながら、咲に聞いた。

「燃え尽きたようだね……。邪馬斗君、頑張って持ち帰ってね」
「無理だろ。このまま置いてくわ」
「いやいや、責任取って持ち帰れよ」

 邪馬斗の後についてきた幹弥が話に加わってきた。

「何の責任だよ」
「テスト勉強頑張ったせいか、朝から干物みたいに気の抜けたようになってたぞ。テスト終わってこうなるのも仕方ないだろ」
「まぁ、全ては結果次第だろうけどな」
「テスト帰ってくる前にそんなこと言うなよ……」

 幹弥は呆れながら言った。
 邪馬斗と幹弥、咲の三人が責任を押しつけあっていると、天音が我に返る。

「あ、みんなごきげんよー」
「やっと喋ったと思ったら、やっぱり壊れたままじゃん。天音、ホームルームも終わったし帰るよー」

 咲が席を立って言った。

「はーい……私、もうだめだと思うの」
「終わってしまったことクヨクヨしない! さあ、幹弥と邪馬斗君も、一緒にケーキ屋さんに行こうよ! テストお疲れさん会しよー!」
「あ! 私、駅前の美味しいケーキ屋さんに行きたい!」

 ケーキ屋さんという言葉を聞いた天音は、勢いよく立ち上がった。

「あ、完全に生き返った」
「お前、本当にお菓子好きだな……」
「元気になって良かったじゃん。これでお持ち帰りしやすくなったな邪馬斗」

 三人は、天音の豹変ぶりにドン引きしながら言った。

「早く行こーよ!」

 天音はノリノリで言いながら、廊下へ走って出て行った。

「あー、待ってよーあまねー」
「やれやれ、行くか幹弥」
「おう」

 そして、中間テストから一週間後。
 先に、四教科のテストが返される。
 そして、国語の時間。最後のテストが返ってきた。

「天音……どう?」

 不安げに天音に声をかける咲。

「九十点……」
「マジ!? 良かったじゃん!」
「うん!」
「他の教科は?」

 天音は机に他の教科のテストを並べていく。

「えーっと……。数学が七十点でしょ。理科が六十八点、社会が七十二点、英語が六十一点!」
「何で国語だけズバ抜けて点数高いの?」
「だってぇ~。憧れの猿田先生の教科だも~ん」

 天音は目線を下にしモジモジしながら言った。

「分かるぅ~」

 咲も国語だけは高得点だった。
 授業が終わると、邪馬斗と幹弥がやってくる。

「全教科戻ってきたな。どうだった?」
「うちも天音も、赤点回避できたよ!」
「おー、良かったな。やっぱ邪馬斗のカテキョーが効いたんだな」

 幹弥は邪馬斗の肩をバシバシと叩きながら言った。

「良かったじゃん」
「ありがとう、邪馬斗。あ、そうだ! お礼にクッキー焼いてきたんだけど食べてよ! 咲も幹弥君も、私のこと心配してくれてし、二人も食べてね!」

 天音は鞄から、手作りのクッキーが入った小袋を出す。
 すると、三人の表情が一気に曇った。

「あ……。俺、部活に行かないと! じゃーな!」
「うち、今日バイトだった! また明日ね、天音、邪馬斗君!」

 そう言って、咲と幹弥は小走りで教室を出て行った。
 いつものように、邪馬斗だけが取り残されてしまう。

「はい、どうぞ!」

 天音はニコニコしながら、邪馬斗にクッキーを差し出した。

「んじゃ……、一つ」

 邪馬斗はクッキーを一つ頬張り飲み込んだ後、一言ボソッと呟いた。

「……マッズッ」
「なんでよー!」

 盛大に顔をしかめる邪馬斗と、変わらない味のお菓子を作った天音。
 いつもの二人が帰ってきた。