いつもと違って騒がしい教室。
 天音は邪馬斗と一緒に登校し、教室に入った。
 席につくと、咲が声をかけてくる。

「おはよー」
「おはよー、咲。一時限目、何だっけ?」
「国語だよ。一時限目から猿田先生の授業だよ! 良い日になりそ~」
「マジ!? やったー!」

 イケメンで優しい猿田先生は、クラスだけではなく全校の女子生徒から高い人気を誇っている。
 そんな猿田先生の授業で始まる一日に、天音と咲は浮かれているのだ。

「しかも、うちらのクラスの担任だよ!? めっちゃ最高じゃん!」
「そうそう!」

 猿田先生の話に盛り上がっていると、邪馬斗と幹弥が寄ってきた。

「おはよう。朝から気持ち悪いな、お前ら……」

 浮かれている天音と咲を見て、幹弥は頬を引きつらせている。
 いつものことなのだが、二人の顔がだらしなく緩んでいるのが気持ち悪いらしい。

「女子に対してキモいとかウザッ! こんな可愛い乙女に。ねー、天音?」
「ほんと、うちの男子は乙女心分からないもんねー」

 天音と咲は頬を膨らませながら言った。

「はいはい乙女乙女……っと。で、お二人さん、小テストの勉強した?」

 細い目をしながら邪馬斗は天音と咲に向かって言った。しかし、二人はピーンと来ない様子であった。

「邪馬斗……こいつら……」
「うん。終わったな。中間テストの時は地獄を見るな」

 呆れて言う幹弥と釘を指すように言う邪馬斗。

「え? 何のこと?」
「……あ! ……天音、ヤバいかも……。うち忘れてた」

 咲は思い出したが、天音は完全に忘れている。
 そんな天音に呆れながら邪馬斗は言った。

「今日の国語の授業で、中間テストも近いから小テストあるって言ってただろ。お前、猿田先生の顔しか見てねえだろ。話をちゃんと聞けよ」

 その瞬間、真っ青になる天音。

「あー!!! すっかり忘れてた! どうしよう……終わったわ」

 天音が崩れ落ちるのと同時に、非情なチャイムが鳴った。

「あ、チャイム。邪馬斗、席に戻ろーぜ。じゃー、乙女なお二人さん。小テストがんばー」
「おう。じゃーな、健闘祈る」

 天音と咲にそう告げて、邪馬斗と幹弥は自分の席に戻って行った。

「ま、まあ。授業ちゃんと聞いてるから、流石に赤点にはならないでしょ。ねー、天音……て、あれ? おーい、あまねー」

 咲がそう言うも、天音からの返答は聞こえない。

「あ……」

 咲は気づいた。そして思い出したのであった。天音は勉強が苦手で、頭が悪いことを……。

「さ~き~。たすけて~」

 天音は咲に泣きついた。

「結果次第では、邪馬斗君にカテキョーしてもらいな」
「えー!」
「だって、家隣だし幼馴染でしょ? それに、邪馬斗君頭良いし」

 邪馬斗は学年でも上位の成績だ。
 それに比べ、天音は下から数えたほうが早いという体たらく。

「しゃくだけど……、邪馬斗に勉強教えてもらおう……。ぐぬぬぅ……」

 そして、一時限目。

「は~い。じゃ~、予告通り、小テストするよ~。中間テストに向けての問題ばかりだから、みんな頑張ってね~」

 猿田先生は小テストの用紙を配りながら言った。

「イケメン猿田先生……私にご加護を……なにとぞ~……」
「天音、拝みすぎ……」

 両手を合わせて拝む天音に、咲は苦笑いしながらテスト用紙を手渡した。

「じゃ~、制限時間はチャイムなるまで~。頑張ってね~」

 自分の名前だけは丁寧に書き、天音は問題を睨む。
 だが、なかなかペンが進まない。

「う~ん……。古文、まったく分からん……。いとをかし……お菓子かな? 甘いものが好きってことかな。昔の人も甘いものは好きよね。次は……わろし……? わろすわろす? 面白くて笑いましたってことだな……」

 キーンコーンカーンコーン……。
 時間ギリギリまで粘り、天音は解答欄を埋める。
 結果は最悪であることは間違いないのだが、当の本人は全部埋めたことに満足していた。

「時間で~す。お疲れ様~。後ろの席から用紙を前に回してくださ~い」
「天音、ポカーンとしてないで早くテスト用紙ちょうだいよ。……てか、大丈夫?」

 天音は真っ白に燃え尽きている。
 咲につつかれて、ようやく我に返った。

「なんとか解けたかなー! 赤点にはならなそう。天音はどうだった?」
「とりあえず全部埋めたよ! つかれたぁー」

 力尽きて机に伏せる天音を、咲はよしよしと撫でてやった。
 邪馬斗と幹弥は手応えがあったのか、ハイタッチをして健闘を称え合っている。

「邪馬斗君も幹弥も、満足いく出来だったようね」
「くぅ……頭いいヤツ……きらい……」
「ゆっくり休みたまえ、天音氏……」
「……うん。……ぐっすん」

 あまりの出来の悪さに涙ぐむ天音を、咲は優しく慰めるのであった。

 そして、小テストから三日後。
 国語の授業で、採点された答案用紙が返ってきた。

「巫山天音さん」
「はい!」

 名前を呼ばれた天音は元気に返事をして、教壇に立つ猿田先生の元へと歩いて行った。

「天音さんは返事が元気で良いですね~。その元気さで勉強も頑張りましょーねー」
「はい!」

 そう言って天音は猿田先生から答案用紙を受け取り、自席へ戻った。

「天音、どうだった? ヤバそうだったじゃん」

 上機嫌で席に着席した天音に、心配そうに咲が話しかけた。

「元気あって良いねって褒められた~」
「いやいや、そうじゃなくて、テストの点数の話よ。この小テスト、二週間後の中間テストを占うって話だよ? 私は赤点回避出来たけど……。天音はどうだったの?」
「う~ん? ………ハッ!」

 言われるまま返された答案用紙を見ると、天音の顔が急速に青ざめていく。
 ひと呼吸置いて、咲は呆れながら話しかけた。

「いちおう聞くけど……何点だったの?」
「……二十九点。咲は?」
「六十八点」
「……マジ? 私……中間テストヤバいかも……」
「まあ、中間テストまでの二週間は部活停止になるから、その期間を使って邪馬斗君にカテキョーしてもらいなよ」
「やだー! 絶対バカにされるもん……」
「だって、ほら……」

 そう言いながら邪馬斗の方に視線を移した咲。
 そこには、邪馬斗のテストの点数に驚くクラスメイト達がいた。

「邪馬斗、満点じゃん!」
「さすが、トップクラスだな!」
「スゲ~」

 クラスメイト達の歓声が聞こえる。
 幹弥が、天音と咲のところにやってきた。

「お前達はどうだったんだよ」
「うちは赤点回避出来たけど……」

 咲はそう言いながら、天音の方に目を向けた。

「私は……」

 天音はそう言って、静かに幹弥に向けて答案用紙を見せた。

「お、お前……。まあ、邪馬斗に教えてもらうんだな」
「幹弥君まで、咲と同じこと言うのね……」

 天音はガッカリしながら言った。

「幹弥はどうだったの?」
「俺? 俺は、九十点」
「……そんな……」

 幹弥は自信満々に答案用紙を突き出した。
 咲は拍手していたが、天音はショックを受け、机におでこをつけていた。

 放課後、中間テストに向けて、全ての部活が停止となった。
 生徒達は教室に残って勉強したり、図書室で勉強したり、下校して家で勉強したり、またはこの時ばかりと思ってゲームセンターへ遊びに行ったりする人もいた。
 天音は家に帰ってテスト勉強をする心づもりだった。
 教室を出ようとする天音に、邪馬斗が声をかけてきた。

「よう。帰るのか?」
「うん。流石に中間テスト怖く感じたからね。家に帰って勉強するよ」
「へえ~。一人で勉強とか大丈夫なのか?」
「まあ~、なんとかするしかないよ。あと二週間しかないし……」
「幹弥から聞いたぞ。国語の小テスト二十九点だったって?」
「ほんと、情報早いね」
「家に来いよ。テスト勉強、付き合ってやるから」
「邪馬斗に教えてもらうの~? なんか負けた気分……」
「いや、現に負けてるじゃん。ほら、俺、満点だったし」

 邪馬斗のナルシスト発言に、天音は頬を膨らませた。

「むぅ~。でも、確かに今回の中間テストヤバいしな~。しょうがない! 教えてもらおうかな……」
「しょうがないって……。こっちのセリフだし」
「じゃー、何で勉強教えるって言ったのよ!」
「幹弥と咲がお前のことを心配して、天音に勉強教えてやってくれって言われたんだよ」
「そうだったの? みんな私のこと心配してくれてるんだ……。ありがたやぁ~」
「一番は咲だよ。中間テストで赤点出されて部活停止されたら困るって喚いてたぞ」
「……えっ? 中間テストで赤点だと部活停止しちゃうの?」
「お前、そんな大事なことも忘れたのかよ……」
「わっ、忘れてた~!」

 天音が通う高校では中間テスト、期末テストで一教科でも赤点が出ると、追試で合格点を出すまでは部活に出れない決まりがある。
 そのことをすっかり忘れていた天音は、いまさらのように慌てふためいている。

「あと、魂送りをする余裕もできなくなるだろ?」
「たっ、確かに……」

 少し考えて、天音は邪馬斗に頭を下げて叫んだ。

「一生のお願いです! 私に勉強を教えて下さい!」
「ここで一生のお願いを使ってしまうのか……。しかも俺の記憶上、お前からの一生のお願いを数え切れないほど言われたことがあるのは気のせいか……」
「いいから、頼むよ!」

 天音は邪馬斗の腕をつかみ、ブンブン振りながら言った。

「分かった! 分かったって!」
「ありがとう!」

 こうして天音は、邪馬斗とテスト勉強をすることになった。