「我が名は巫山みよ」
突然現れた女性の霊は、そう言って二人を見つめた。
三十代半ばぐらいの、きれいな女性だ。
「……巫山?」
「巫山って……お前んとこじゃん」
邪馬斗は呆然としている天音をゆっくりと見て言った。
「そう……だね。でも、聞いたことない名前だし……」
天音がそう言うと、みよは小さく笑った。
「分からないのも無理はない。我はもう死んでしばらく経つからのぅ。なにせ、江戸初期の時代を生きていたからのぅ」
「江戸!? そんな前の人が何で成仏されてないんだ」
邪馬斗は驚きながら言った。
「まぁまぁ、落ち着くがよい。少し話をしよう。もしかしたら、お主らが知りたいことも話せるかもしれないしの。その巻物を広げたということは、巫神社、もしくは巫神楽のことについて知りたいことがあるからであろう?」
みよは天音と邪馬斗と向かい合わせになり正座をしながら言った。
「確かにそうね」
「まず、お主らが知りたいことを聞こうか。その方が話が早いかもしれん」
「んじゃー、遠慮なく……」
邪馬斗は巻物を巻き戻しながら言った。
「実は、俺達が通う学校で気配を消せるくらいの霊力を持った人間とその人間に憑いている羽織を着た女性の霊について知りたくって……」
「ふむ……。実は我は神鏡が割れてしまってから、お前達のことをずっと見守ってきていた。しかし、我もその者たちの気配を感じていなかったのだ。多分、あの時魂送りした霊に不意に見られて、我が気づく前に気配を消したのだろう。だから、我もお前達も気づくことが出来なかったのだろう。すまんがこの件については我の口からは何も言えん。力になれなくて申し訳ない」
「いえいえ。大丈夫です」
天音は少し残念そうに言った。
「それで、あなたはなぜ今の時代まで、この世にいるんですか?」
邪馬斗は真剣な顔で言った。
「そうだな。その事も含めて、我が知る限りのことを話してやろう……」
みよは少し深呼吸をしてから話し始めた。
「単刀直入に言うが、お主らは、これまでにないくらいの巫神楽の存続危機を生んでいる。その危機と我にまだ残っている後継者としての力が影響しているため、こうして我が霊となってこの世を彷徨っているのだ。さっき、神鏡が割れた時からお主らを見守っていたと言っただろう? 我はあの神鏡が割れた例祭の日からこの世に居るのだ」
「そうだったのか……」
邪馬斗は信じられない表情をしながら言った。
「巫神楽の存続危機ってもしかして、神鏡が割れたことと関係があるんですか?」
天音が言うと、みよは静かに頷いた。
「そうだ。神鏡は後継者の心の鏡でもある。永るる時代の中、幾度となくお主らと同じく、神楽に関心がない後継者達がいた。それでもなんとか現代まで巫神楽は後世に継承されてきた。しかし、時代の流れは厳しく、流れに比例するかのように力が弱くなり、後継者の巫神楽への意識も薄れてしまった。そのような中、現代のお主らが再び巫神楽への関心を失くしてしまったことで、神鏡が割れてしまったということだ」
「そのことは重く受け止めています。神鏡が割れてしまった時、じいちゃんが書物を読んでくれて……。その時に、俺らに要因があることを知りました」
邪馬斗はうつむき加減で言った。
「そうだったな。そこで改めて我からお主らに頼みがある。どうか、この巫神楽の舞と笛を継承し、巫神社を守って後世へ残してほしい。毎年、例祭があり、楽しみにしてくれている人々がいる。それだけではない。巫神社の例祭の本当の意味は、御霊を鎮めること。御霊を鎮めることで、霊達が安らかにあの世に生き、次の人生を歩むことができる。霊達にも来世での未来があるのだ……」
みよは悲しそうな顔をしながら思いを語った。
その顔を見て、天音は言った。
「私達は、神鏡が割れてしまったあの日から、沢山の人達の魂送りをして霊達をあの世に送ってきました。魂送りをしてきた中で知ったのは、霊達にもあの世で待っている大切な人がいるということ……。私達が神鏡を割ってしまう原因を作ってしまったことによって、あの世に行けずこの世を彷徨っている霊がいた……。霊の中には私達の巫神楽継承を願っていく人もいました。私と邪馬斗は、あの例祭の日とは違う巫神楽への強い思いを持つようになりました」
天音は手に強く握りながら言った。続けて邪馬斗も言った。
「俺達が神鏡を元に戻して、巫神楽を次世代に継承することによって御霊への鎮魂を捧げ、霊達もあの世に行くことができる。未来のためにも……」
天音と邪馬斗の意欲的な目を見て、みよは肩を下ろして微笑んだ。
「お主らが魂送りをしているのも見てきた……。魂送りをする毎にお主らの巫神楽への関心、思いが強くなってきているのが分かっていた。そして、霊力も強くなっている。今のお主らの霊力は先代の持っていた霊力に近いものではないかと思っている。少なくとも我が生きていた時に見たことがないくらいの強い霊力をお主らは宿っている」
「そうなのか?」
「全然、実感がない……」
天音も邪馬斗も霊力が向上しているのは自覚ないようだ。
「お主らの意欲しかと受けた。ありがとう。感謝する」
みよはそう言って、天音と邪馬斗に深く頭を下げた。そして、考え深そうに言った。
「それにしても、後継者の力が後世に継がれるたびに弱くなってきているというのに、これほど魂送りができる霊力があるとは……。お主らは何か特別なものを持っているのかもしれない。もしかすると、先代でも経験したことのないことが起きるのか定かではないが……。その霊力がある人間と羽織姿の霊のこともある。今まで以上に心して魂送りの儀を執り行うように」
「はい!」
天音と邪馬斗は声を合わせて返事をした。
「大丈夫だ。どんな困難があっても巫山家と巫川家の両家の者が力を合わせれば、きっとどんな困難があろうとも乗り越えられることであろう。お主らと話ができて安心した。さあ、我を送っておくれ。まさか、我が継いできた舞で子孫達にあの世に送られるとは夢にも思っていなかったがな」
みよはふと笑いながら言った。
「はい。さ、天音」
「うん。みよさん、私必ず神鏡を元通りにしてみせますね。先代の思いも一緒に後世へ巫神社と巫神楽を継承していきます。なので、安心して休んで下さい」
「ありがとう、我が子孫よ。巫川のものよ。お主もありがとう」
邪馬斗はその場で静かに会釈をし、笛を吹き始めた。
天音は鈴をシャンシャンと鳴らしながら、優雅に舞を舞った。
『彷徨える御霊よ、安らかに眠りたまえ。幽世へ行き来世の幸を祈ろうぞ』
天音が神唄を歌うと、みよは消えていってしまった。
「ふぅ……」
「大丈夫か? 天音」
「うん。まさか、先祖に会えるとは思ってもいなかったなー」
「しかし、きれいな人だったな……お前、本当に遺伝子受け継いでい……」
ドスッ!!!
「イッテー!!! なんでどつくんだよ!」
「ふん! ほんと、女子に対してデリカシーないね、邪馬斗は! ほんと、こんな男のどこが良くてファンレターを毎日下駄箱に入れてるんだか……。確かに綺麗な人だったけど……」
天音は口を尖らせながら言った。内心、天音はなぜ先祖の美貌が自分には一欠片もないのか気になっていた。
「それにしても、結局学校にいる男の人とその人に憑いている女の霊についてわからずじまいだったな」
邪馬斗はそう言いながら床に広げた巻物を拾って、巻いて片付けた。
「そうね……。でも今のところ、私達に害ないようだし、取り敢えず、今は神鏡をもとに戻すために、魂送りを頑張ろう!」
「そうだな」
「あ、そうだ。今日神社の掃除した時に確認したら、神鏡半分以上戻ってたよ」
「本当か! もう少しだな……」
「そうだね……」
先祖の願いを胸に巫神楽の後継者として、気を引き締める天音と邪馬斗であった。
突然現れた女性の霊は、そう言って二人を見つめた。
三十代半ばぐらいの、きれいな女性だ。
「……巫山?」
「巫山って……お前んとこじゃん」
邪馬斗は呆然としている天音をゆっくりと見て言った。
「そう……だね。でも、聞いたことない名前だし……」
天音がそう言うと、みよは小さく笑った。
「分からないのも無理はない。我はもう死んでしばらく経つからのぅ。なにせ、江戸初期の時代を生きていたからのぅ」
「江戸!? そんな前の人が何で成仏されてないんだ」
邪馬斗は驚きながら言った。
「まぁまぁ、落ち着くがよい。少し話をしよう。もしかしたら、お主らが知りたいことも話せるかもしれないしの。その巻物を広げたということは、巫神社、もしくは巫神楽のことについて知りたいことがあるからであろう?」
みよは天音と邪馬斗と向かい合わせになり正座をしながら言った。
「確かにそうね」
「まず、お主らが知りたいことを聞こうか。その方が話が早いかもしれん」
「んじゃー、遠慮なく……」
邪馬斗は巻物を巻き戻しながら言った。
「実は、俺達が通う学校で気配を消せるくらいの霊力を持った人間とその人間に憑いている羽織を着た女性の霊について知りたくって……」
「ふむ……。実は我は神鏡が割れてしまってから、お前達のことをずっと見守ってきていた。しかし、我もその者たちの気配を感じていなかったのだ。多分、あの時魂送りした霊に不意に見られて、我が気づく前に気配を消したのだろう。だから、我もお前達も気づくことが出来なかったのだろう。すまんがこの件については我の口からは何も言えん。力になれなくて申し訳ない」
「いえいえ。大丈夫です」
天音は少し残念そうに言った。
「それで、あなたはなぜ今の時代まで、この世にいるんですか?」
邪馬斗は真剣な顔で言った。
「そうだな。その事も含めて、我が知る限りのことを話してやろう……」
みよは少し深呼吸をしてから話し始めた。
「単刀直入に言うが、お主らは、これまでにないくらいの巫神楽の存続危機を生んでいる。その危機と我にまだ残っている後継者としての力が影響しているため、こうして我が霊となってこの世を彷徨っているのだ。さっき、神鏡が割れた時からお主らを見守っていたと言っただろう? 我はあの神鏡が割れた例祭の日からこの世に居るのだ」
「そうだったのか……」
邪馬斗は信じられない表情をしながら言った。
「巫神楽の存続危機ってもしかして、神鏡が割れたことと関係があるんですか?」
天音が言うと、みよは静かに頷いた。
「そうだ。神鏡は後継者の心の鏡でもある。永るる時代の中、幾度となくお主らと同じく、神楽に関心がない後継者達がいた。それでもなんとか現代まで巫神楽は後世に継承されてきた。しかし、時代の流れは厳しく、流れに比例するかのように力が弱くなり、後継者の巫神楽への意識も薄れてしまった。そのような中、現代のお主らが再び巫神楽への関心を失くしてしまったことで、神鏡が割れてしまったということだ」
「そのことは重く受け止めています。神鏡が割れてしまった時、じいちゃんが書物を読んでくれて……。その時に、俺らに要因があることを知りました」
邪馬斗はうつむき加減で言った。
「そうだったな。そこで改めて我からお主らに頼みがある。どうか、この巫神楽の舞と笛を継承し、巫神社を守って後世へ残してほしい。毎年、例祭があり、楽しみにしてくれている人々がいる。それだけではない。巫神社の例祭の本当の意味は、御霊を鎮めること。御霊を鎮めることで、霊達が安らかにあの世に生き、次の人生を歩むことができる。霊達にも来世での未来があるのだ……」
みよは悲しそうな顔をしながら思いを語った。
その顔を見て、天音は言った。
「私達は、神鏡が割れてしまったあの日から、沢山の人達の魂送りをして霊達をあの世に送ってきました。魂送りをしてきた中で知ったのは、霊達にもあの世で待っている大切な人がいるということ……。私達が神鏡を割ってしまう原因を作ってしまったことによって、あの世に行けずこの世を彷徨っている霊がいた……。霊の中には私達の巫神楽継承を願っていく人もいました。私と邪馬斗は、あの例祭の日とは違う巫神楽への強い思いを持つようになりました」
天音は手に強く握りながら言った。続けて邪馬斗も言った。
「俺達が神鏡を元に戻して、巫神楽を次世代に継承することによって御霊への鎮魂を捧げ、霊達もあの世に行くことができる。未来のためにも……」
天音と邪馬斗の意欲的な目を見て、みよは肩を下ろして微笑んだ。
「お主らが魂送りをしているのも見てきた……。魂送りをする毎にお主らの巫神楽への関心、思いが強くなってきているのが分かっていた。そして、霊力も強くなっている。今のお主らの霊力は先代の持っていた霊力に近いものではないかと思っている。少なくとも我が生きていた時に見たことがないくらいの強い霊力をお主らは宿っている」
「そうなのか?」
「全然、実感がない……」
天音も邪馬斗も霊力が向上しているのは自覚ないようだ。
「お主らの意欲しかと受けた。ありがとう。感謝する」
みよはそう言って、天音と邪馬斗に深く頭を下げた。そして、考え深そうに言った。
「それにしても、後継者の力が後世に継がれるたびに弱くなってきているというのに、これほど魂送りができる霊力があるとは……。お主らは何か特別なものを持っているのかもしれない。もしかすると、先代でも経験したことのないことが起きるのか定かではないが……。その霊力がある人間と羽織姿の霊のこともある。今まで以上に心して魂送りの儀を執り行うように」
「はい!」
天音と邪馬斗は声を合わせて返事をした。
「大丈夫だ。どんな困難があっても巫山家と巫川家の両家の者が力を合わせれば、きっとどんな困難があろうとも乗り越えられることであろう。お主らと話ができて安心した。さあ、我を送っておくれ。まさか、我が継いできた舞で子孫達にあの世に送られるとは夢にも思っていなかったがな」
みよはふと笑いながら言った。
「はい。さ、天音」
「うん。みよさん、私必ず神鏡を元通りにしてみせますね。先代の思いも一緒に後世へ巫神社と巫神楽を継承していきます。なので、安心して休んで下さい」
「ありがとう、我が子孫よ。巫川のものよ。お主もありがとう」
邪馬斗はその場で静かに会釈をし、笛を吹き始めた。
天音は鈴をシャンシャンと鳴らしながら、優雅に舞を舞った。
『彷徨える御霊よ、安らかに眠りたまえ。幽世へ行き来世の幸を祈ろうぞ』
天音が神唄を歌うと、みよは消えていってしまった。
「ふぅ……」
「大丈夫か? 天音」
「うん。まさか、先祖に会えるとは思ってもいなかったなー」
「しかし、きれいな人だったな……お前、本当に遺伝子受け継いでい……」
ドスッ!!!
「イッテー!!! なんでどつくんだよ!」
「ふん! ほんと、女子に対してデリカシーないね、邪馬斗は! ほんと、こんな男のどこが良くてファンレターを毎日下駄箱に入れてるんだか……。確かに綺麗な人だったけど……」
天音は口を尖らせながら言った。内心、天音はなぜ先祖の美貌が自分には一欠片もないのか気になっていた。
「それにしても、結局学校にいる男の人とその人に憑いている女の霊についてわからずじまいだったな」
邪馬斗はそう言いながら床に広げた巻物を拾って、巻いて片付けた。
「そうね……。でも今のところ、私達に害ないようだし、取り敢えず、今は神鏡をもとに戻すために、魂送りを頑張ろう!」
「そうだな」
「あ、そうだ。今日神社の掃除した時に確認したら、神鏡半分以上戻ってたよ」
「本当か! もう少しだな……」
「そうだね……」
先祖の願いを胸に巫神楽の後継者として、気を引き締める天音と邪馬斗であった。