二日後。休日にスイーツ作りをすることを約束していた天音と崚平。
 毒味をさせるために、天音は邪馬斗を自宅に呼んでいた。

「さて、この前天音ちゃんがうちの店で買っていたパウンドケーキの作り方を教えてあげよー」

 崚平は腕まくりをしながら言った。

「え? 良いんですか!? あーゆーのって企業秘密じゃないんですか?」

 天音は心配そうに言った。

「まぁー、別にいいよ。あのパウンドケーキは僕が生きていた時に制作して販売させたやつだし」
「そうだったんですか!? シンプルだけど、しっとりしていて甘すぎず、とても美味しかったです!」
「そう言ってもらえると作ったかいがあって嬉しいよ! さ、早速取り掛かろうか」
「はい! 宜しくおねがいします!」

 天音が張り切って敬礼をしながら言った。

「ちゃんと分量は計ること!」
「はい!」
「容器に生地を流したらしっかり空気抜きをすること!」
「はいッ!」

 崚平に手取り足取りパウンドケーキの作り方の手ほどきを受けながら、天音は作業に没頭する。

「はあ……。暇だなー」

 毒味のためだけに呼ばれていただけあって、完全に放置されてしまった邪馬斗。

「邪馬斗君、こっちでお茶でもどうかね?」

 暇そうにしている邪馬斗に、鈴子が話しかけてきた。

「んじゃー、お言葉に甘えて……」

 邪馬斗は鈴子に案内されて居間に向かった。

「いつも迷惑かけて申し訳ないね~」

 鈴子は邪馬斗にお茶を出しながら言った。

「いえ、別に慣れてるし、大丈夫ですよ」
「これ、私が作った大福。良かったら食べてみー」
「ありがとう。巫山のおばあちゃんが作った大福美味しいんだよなー。じいちゃんも大好きでいつも黙々と食べてたなー。俺の口に一個も入らないことが多いんだよな」
「オホホホホ。では、包んであげるからお土産に持っていきなさい」
「ありがとう」

 邪馬斗が美味しく大福を頬張っている様子を見ながら、優しい微笑みで鈴子が話し始めた。

「この大福の作り方はね、邪馬斗君の死んだおばあちゃんから教えてもらったものなんだよ」
「え! 初耳!」

 邪馬斗は口から大福をこぼしそうになりながら驚いて言った。

「そうだよ。何回も巫川の家に通って教わったのよ」
「……あぁ、だからじいちゃん、巫山の家から大福もらうといつも仏壇に備えてから食べてるのか」
「そうだったのね。嬉しいね~」

 そう言って、鈴子は照れながら茶をズズッとすする。
 すると、バタバタと音を立てて走ってくる音が聞こえてきた。

「邪馬斗! おまたせ! 出来上がったよ、パウンドケーキ!」

 襖を思いっきり開けて、息を切らしながら天音が言った。

「やっとか」
「さ、台所に来て! 先に行ってるね! 待ってるから!」
「はいはい」

 天音はひと足早く台所へ走って戻って行った。
 邪馬斗は腰を上げて居間を出ようとすると、鈴子が話しかけてきた。

「邪馬斗君、はいお土産の大福」
「ありがとう。ありがたくいただきます」
「忙しない子だけど、これからも天音と仲良くしてね」
「はい。危なっかしいやつで、いつも苦労してるけどね」

 邪馬斗は笑いながら言って、台所へ向かった。
 焼きたてのパウンドケーキが食べやすいようにカットされて、皿に盛り付けてあった。

「いい匂いがするなー」

 台所に入るやいなや、甘くて香ばしい香りに気づき邪馬斗が言った。

「匂いだけじゃないよ! すんごく美味しいよ! ねー、食べてみてよ!」
「ちゃんと味見したのかよ」
「したよー! だから、早く食べてみてよ!」

 天音に焦らされながら邪馬斗は、焼きたてのパウンドケーキを一口かじった。

「美味い! え? 本当にお前が作ったのか?」
「私もやればできるのよ!」

 天音が威張りながら言った。

「いや~、天音ちゃんは教えがいがあって楽しかったよー」

 崚平は満足そうに言った。

「りょうさんの教え方がすごく分かりやすかったお陰ですよ!」

 自分が作ったパウンドケーキを、モグモグと食べながら天音が言う。
 すると、崚平がパウンドケーキを見つめながら話し始めた。

「そうだなー……。実は俺、製菓の学校の先生になって子供達にお菓子を作る楽しさを教えたかったんだ。そして、未来を背負う子供達と一緒にお菓子作りをしたかったんだよ」
「そうだったんですか……」

 崚平の思わぬ告白に、天音はパウンドケーキを食べる手を止める。
 寂しそうな顔をしながら、崚平は話し続けた。

「そんな夢も叶わず、仕事で配達の為にバイクを運転してたら、事故にあってさ。それの事故で俺は死んじゃったってわけ。でもさー。今日、天音ちゃんにこうしてスイーツ作りを教えてあげることが出来て楽しかったよ! ありがとう!」
「こちらこそ、ありがとうございました。こんなに美味しいパウンドケーキの作り方を教えて頂けて嬉しかったです!」

 天音は涙ぐみながら言った。

「そう言ってくれて嬉しいよ! 教えたかいがあったよ!」

 崚平がそう言うと、淡い光に包まれ始めた。

「未練がはれたんだな……。天音、送ってやろう」

 邪馬斗が天音に声を掛けた。

「うん」

 邪馬斗が笛を吹き、天音は笛に合わせて舞を踊り始めた。
 そして、神歌を歌う。

『彷徨える御霊よ、安らかに眠りたまえ。幽世へ行き来世の幸を祈ろうぞ』

 神歌を歌うと、崚平は「ありがとう」と言い、光となって天へと登って行った。

「夢か……」
「どうした、急に。あまりにも美味すぎるお菓子作ったからおかしくなったか?」
「なにそれ、ダジャレ?」
「そんなつもりでいったんじゃねーよ! 天音が急に夢かーってつぶやくから!」

 頬をふくらませる天音に、邪馬斗は少し慌てる。

「私の夢ってなんだろーって思ってさ」
「そういや、俺もあまり将来の夢のこと考えたことなかったなー」
「私、巫神楽を守りたい。神楽を踊ることで安らいでくれる霊が居て、来世への一歩を踏み出すための力になってくれるのであれば、その力になれるのであれば……」

 天音は、天を見上げて言った。

「そうだな。この神楽は俺達にしか出来ない。だからこそ守って後世に継いでいく……。頑張ろうな、天音」
「うん! 相棒!」

 天音と邪馬斗はハイタッチをして、新たな夢を誓うのであった。

 崚平を魂送りして数日後の放課後。

「みんな~! パウンドケーキ、作ったから食べてみてー! 自信作だよー!」

 天音はそう言って、クラスメイトにパウンドケーキを配って歩いた。

「なー、どうするよ……」

 幹弥は引きずった顔をしながら邪馬斗に言った。

「これ、この前食べてみたけど美味かったぞ」
「まじか! じゃー、食べてみようかな。いただきまーす」

 邪馬斗の一言を聞いたクラスメイトたちは、安心してパウンドケーキを食べた。
 すると、次々と嗚咽のような声が聞こえ始めた。

「おい、邪馬斗。本当に美味かったのかよ! いつもどおりのマズさだぞ!」
「え? そんなはずは……ん!? なんでだ!? 何でこんなに不味くなってるんだ!?」

 邪馬斗は天音を問い詰めた。

「この前に食べた時はあんなに美味かったのに、なんでこんなに不味くなってるんだよ!」
「ん? そんなはずは……マズイ。アレンジしたのが失敗だったか……。料理の本には隠し味で入れるといいって書いてあったのに……」
「なんで無駄にアレンジしてんだよ! 教えてもらった通りに作れよ、バカ!」
「はぁ~? バカは余計よ! このバカッ!」

 教室にはあまりの不味さに苦しむクラスメイト達の声と、天音と邪馬斗が喧嘩している声が響いていた。