「えーっと……小麦粉とお砂糖、あとは卵……」

 とある休日。
 天音は家の台所で趣味のスイーツ作りをしていた。
 材料はきちんと揃えるが、分量は目分量で作るのが天音流。
 そして整理整頓をせず作るため、台所は材料と調理器具で散乱しており、とても綺麗と言えない状態であった。
 そこに鈴子が台所に入ってきた。

「天音、少しは片付けながら作りなさい。シンクには使った調理器具が溜まってるし、テーブルは粉で白くなってるし……」
「あとでちゃんと片付けるってばー」

 ガチャガチャと材料を混ぜながら、天音は忙しそうに言う。
 明日、クラスメイトのために手作りのマドレーヌを持っていこうとしていた。
 そして、一時間後。

「うん! うまく焼けた!」

 美味しそうに焼けたマドレーヌを、天音は綺麗にラッピングする。

「明日が楽しみだなー。あまりの美味しさに、みんなビックリするだろうな~」

 クラスメイトが喜んでいる顔を想像しながら、天音は上機嫌でニヤニヤして明日の登校を楽しみにしていた。
 翌日。いつものように放課後になると、天音はクラスメイトらに声を掛けた。

「みんな! 今度はマドレーヌ作りに挑戦してみたんだけど、食べてみてよ!」
「あぁ……。部活に遅れちゃうからまた今度ね!」
「俺も……ゴメンな!」
「私は委員会の仕事あるから……またね!」

 クラスメイトらは各々の適当な理由を喋り、小走りで教室を出て行ってしまった。
 例の如く、教室に残っていたのは邪馬斗ただ一人であった。
 マイペースで帰る準備をしていた邪馬斗に、天音がルンルン気分で話しかけた。

「ねーねー、邪馬斗ー。邪馬斗なら食べてくれるよね?」

 天音は、絶対に食べてもらうんっだと言わんばかりのような、まるで獲った獲物は逃さないという目つきで邪馬斗に言った。
 しかし、邪馬斗は落ち着いた様子でいた。

「そんなに自信があるのであれば食べてやってもいいけど。今度こそうまく出来たんだろうな?」
「もちろん! さあさあ、食べてみてよ!」

 邪馬斗はマドレーヌを一口食べた。

「うん」
「ね? 今度こそ美味しいでしょ?」
「不味い。見た目はいいけど、全然甘くないし、なんか粉っぽいぞ」
「うそー!」
「そう言うんだったら食べてみろよ」

 邪馬斗に勧められ、天音はマドレーヌを一口、口にした。

「んー! 確かに美味しくない……。全然甘くない!」
「だろ? てか、なんでいつも味見しないで持ってくるんだよ」
「えー、だって私が食べちゃうと少なくなって、みんなの口に入らなくなるじゃん!」
「よくこんな不味いもの作っておいて……。その自信はどっからくるんだよ」

 邪馬斗は呆れながら言った。

「邪馬斗、よく顔色一つも変えないで食べてくれるよね」

 天音は眉間にシワを寄せながら言った。

「今までどんだけ不味いものを食わされてきたと思ってるんだ? あんなに食べてきたら自然と慣れてくるよ。たまに上手いお菓子作ってくるくせに……。あれは何なんだ?」
「自分でもよく分かんないんだよねー。それにしてもマズ過ぎる! 帰りにケーキ屋さんに行ってこよーっと。口直ししないと……」
「お前、お詫びに俺にも口直しのケーキ奢ってくれ」
「えー!」

 天音は心の底から不服そうな声を出す。

「えー、じゃねーだろ! いつもマズイお菓子食わされてる身にもなってくれ!」
「はいはい、わかりました! じゃーさー、駅前のケーキ屋さんに行こうよ!」
「あー、あのケーキ屋か……。気になってた店だけど入ったこと無いんだよなー」
「めっちゃ美味しいお店だよ! じゃー、早速行こう!」

 天音と邪馬斗は学校を出て、駅前のケーキ屋に行った。
 すでに、お客さんが店の前に並んでいて賑わっている。

「人並んでるなー」
「ここ、美味しいからいつも夕方になると混んでるんだよねー。今日はそこまで行列作ってないし、並んで待っていよーよ」
「そうだな」

 天音と邪馬斗は、最後尾に並んで順番を待つ。

「ここのケーキ屋さんね。甘さ控えめだけどちゃんと素材の味を生かしていてすごく美味しいんだよねー。ここのケーキ屋さんみたいな、美味しいお菓子作りに憧れてマネしながら作ってるんだよねー」

 天音がワクワクしながら言った。

「だからお前、いつも味気ないお菓子ばっかり作ってるんだな」
「甘さ控え過ぎてるのかな?」
「かなりな。あとちゃんと分量計れよ!」
「えー、面倒くさい」
「まったく……」
「あ、もうそろそろ玄関の前まで来るよ」

 まもなく店の前まで列が縮んできたその時であった。

「……天音」

 邪馬斗が急に小さい声で天音の名前を呼んで引き止めた。

「なに急にヒソヒソ声になって」
「店の戸口の影、見てみろよ。誰か居る」
「え?」

 天音は邪馬斗に言われた通りに店の戸口をじっと見た。
 すると戸口の影から、男性がひょっこり現れたのであった。
 男性はパティシエの格好をしている。

「店の人……じゃなさそうだね」
「元店の人かもな」
「どうする、邪馬斗。あの人、きっと霊だよね?」
「たぶん霊だな。でも周りに人多すぎるし、とりあえず知らないフリでもしてるか」
「うん。ケーキ買ってから話しかけても良いかもね」
「そうだな」

 天音と邪馬斗は、なるべくパティシエの霊と目を合わせないように店の中に入った。

「どれにしよーかなー」

たくさんのケーキがずらりと並んでいる光景に、キラキラと目を輝かせながら天音は言った。

「俺、ガトーショコラにしようかな」
「えー! 私も食べたい!」
「シェアすればいいだろ」
「あー、そういう考えもあるか。んじゃー、もう二個頼んでも良いかな~」
「お前、どんだけ食べる気でいるんだ?」
「よし! 決めた! 店員さーん! ガトーショコラ一つとモンブラン一つとチーズケーキ一つとショートケーキ一つとパウンドケーキ一つ下さい!!!」
「……」

 予想以上に注文する天音に、邪馬斗は開いた口が塞がらなかった。

「ありがとうございましたー! またのお越しをお待ちしております」
「また来ます!!!」

 天音は満足そうな顔で定員さんから受け取ったケーキが入った箱を大事そうに抱えながら店を出た。

「どんだけ食うつもりだよ。太るぞ」
「大丈夫! 部活で発散するし! それにいつも魂送りを頑張っている自分にご褒美を!……あ! そうだった! あの男の人は!?」
「お前、ケーキ買えたことに満足してて忘れてただろ?」
「えへへへ……」
「酷いな~、忘れてただなんて。でもうちの店のケーキ買ってくれてとても嬉しいよ! まいどあり~!」

 天音と邪馬斗の後ろで、ハキハキとした大きな声で話す男性の声が聞こえた。

「ぎゃぁあああ!!!」

 男性の声に驚いた天音は飛び跳ねて、奇声をあげて驚いた。
 天音が後ろを振り向くとそこには、あのパティシエの霊がニコニコと笑いながら立っていた。

「何びっくりしてんだよ。気配分かってただろ」

 邪馬斗はパティシエの霊の気配を感じていたため、まったく驚いてはいない。

「ビックリさせちゃってごめんね。君たち、ぼくのこと見えてるだろ? 目を合わせないようにしていたようだけど、なんとなく分かってたんだよねー。気を使わせてしまったようだね」

 馴れ馴れしく話してくるパティシエの霊。
 天音は息を整えると、おそるおそる話しかけた。

「いえ……。びっくりしてしまってごめんなさい。ところで、うちの店って言っていましたけど……」
「あー、そうなんだよ。ボク生きていた時、あの店で働いていたんだよ」
「そうだったんですね」
「ところで、彼女が持っているその袋。もしかしてお菓子入ってる?」
「そうですけど……。私が作ったんですけど、不味くて……。失敗作です」

 しょんぼりしながら、天音が言った。

「ちょっと見せて欲しいんだけど」
「良いですけど……。ここではなんなんで、人気の無い所に行って良いですか」
「いいよ」
「天音、巫神社なら良いんじゃないか?」
「そうだね、家も近いし」

 そう言って、三人は巫神社に行った。
 巫神社のベンチに座り、天音の手作りのマドレーヌを広げて見せた。

「おおー、美味しそうだな」
「見た目はそうなんです。でもこいつ、いっつも分量測らないで作るし、甘さを気にするあまりに砂糖の量をケチるので不味くなるんですよねー」

 天音のお菓子作りについて、邪馬斗はパティシエの霊に説明した。

「そうなのか! 見た目がとても美味しそうに見えるのに勿体ないなー! ……よし! 分かった! 僕がスイーツ作りを伝授してあげよー!」
「え! 良いんですか!?」
「良いとも! スイーツを作る者同士、スイーツに対しての気持ちは一緒だからな! そう言えばまだ名前を教えていなかったな! 僕の名前は崚平(りょうへい)。みんなからりょうさんって呼ばれていたから、君たちもりょうさんと呼んでくれ!」
「りょうさん!!!」

 天音はキラキラとした目で、崚平の名前を言った。

「あ、そういや俺達も名乗っていなかったな。俺の名前は邪馬斗って言います。そしてこいつが……」
「巫山天音と言います! 宜しくおねがいします、りょうさん!」
「こちらこそよろしく! 天音ちゃん!」

 こうして、天音とパティシエの霊、崚平とのスイーツ作りの特訓をすることになった。