事件から一月が経過した頃、倫太郎様は喜三郎様を部屋に呼びました。

 「朔太郎と健二郎がああなってしまった以上、鬼灯家の後継はお前しかいない。わかるな」

 「はい、お父様」

 喜三郎様は、強く唇をかみしめて頷きました。
 それは同時に、平和な日常との訣別を意味していたのです。

 「鬼灯家の人間たるもの、下賤な輩との付き合いを禁ず」

 倫太郎様はそう命じると、喜三郎様の交友関係を厳しく制限するようになりました。

 せめて友人に事情を説明させて欲しいと喜三郎様は嘆願しましたが、倫太郎様はそれを許しませんでした。

 鬼灯家は化学や金融など様々な事業を展開していましたが、当時最も力を入れていたのが製薬会社だったのです。

 そんな中、身内の人間から毒薬を盛られたなどという噂が広まれば、製薬会社だけではなく、関連会社に大きな影響が出ることが予想されます。

 そのため、警察や病院には多額の口止め料が支払われ、事件は無かったことにされました。
 当然、喜三郎様から周囲に事件の真実が語られることなど許されるわけがありません。

 このような事情に加えて、長年支えた給仕係の裏切りに遭い、倫太郎様は疑心暗鬼になっていたのでしょう。

 「他人に気を許さず、私的な繋がりは作るな」

 倫太郎様は血走った目で何度もそう口にしました。

 鬼灯家の将来が懸かっていることです。喜三郎様は倫太郎様の言葉を受け入れざるを得ませんでした。

 その日から喜三郎様は高等学校を休学し、心配した友人たちが屋敷を訪ねてきても、決して扉を開けませんでした。

 この時、喜三郎様には小百合様という女学生の恋人がいたのですが、この小百合様とも、別れの言葉一つないままに離れ離れとなりました。

 すっかり孤独になってしまった喜三郎様でしたが、落胆している暇はありませんでした。

 高等学校に通わないからといって学業の手を抜くわけにもいかず、さらにその合間を縫って鬼灯家の後継としての仕事を覚えていかなければならないのです。

 元々は朔太郎様と健二郎様が二人で行う予定だった業務を、喜三郎様は一人でこなさなければなりません。
 
 自由時間など取れるはずもなく、喜三郎様は食事や睡眠まで削るようになりました。

 十六歳の少年には、過酷すぎる運命です。
 喜三郎様の顔からは笑顔は消え去り、心身の衰弱のせいで別人のように窶れてしまいました。