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 喜三郎様は、かつて巨大財閥として名を馳せた鬼灯(ほおずき)家の三男として生まれました。

 長男の朔太郎様のようなカリスマ性はなく、次男の健二郎様のような商才もありませんでしたが、喜三郎様には周囲を和ませる柔らかい雰囲気が、生まれつき備わっていました。

 上の兄二人には峻厳(しゅんげん)な態度を取る両親も、喜三郎様の前では相好を崩していることが多かったように思えます。
 しかし、だからと言って、喜三郎様が兄たちから恨まれるといったこともなく、兄弟仲は良好そのものでした。
 誰とでも分け隔てなく接する喜三郎様は、親族だけではなく使用人たちからも愛されていたので、大袈裟ではなく、鬼灯家に関わる人の中で、喜三郎様を悪く思う方は一人もいなかったのではないでしょうか。

 周囲からたくさんの愛情を受けて、喜三郎様はすくすくと成長しました。

 「お前は天性の人たらしだな」

 喜三郎様の父親であり、鬼灯家の当主の倫太郎様は、喜三郎様によくそんな言葉をかけました。

 「しかし、その愛嬌は海千山千の経営者たちには通用しないだろう。それどころか逆に利用されてしまうかもしれない」

 倫太郎様は、会社の後継は朔太郎様と健二郎様に任せ、喜三郎様には自由な人生を謳歌するように助言しました。

 もともと会社の経営に携わるつもりなどなかった喜三郎様は、素直にそれを受け入れました。

 その後、喜三郎様は勉学に励み、高等学校に進学しました。
 最初は遠慮がちだった生徒たちも、その温厚で誠実な人柄に惹かれていったのでしょう。喜三郎様の周りはすぐに友人でいっぱいになりました。
 
 しかし、喜三郎様が高等学校に入学した年の秋、鬼灯家を揺るがす大事件が起きました。

 給仕係の一人が、鬼灯家の夕食に毒を盛ったのです。